西田宗千佳のイマトミライ

第168回

新Pixelシリーズに賭けるGoogleの本気

Pixel 7(左奥3機種)とPixel 7 Pro(右奥3機種)、Pixel Watch(手前)を発表

10月7日、Googleは、同社のフラッグシップスマートフォン「Pixel 7」と「Pixel 7 Pro」を発表した。また同時に、Googleブランドとしては初のスマートウォッチ製品となる「Pixel Watch」も発表している。

これらの新製品にはどんな意味があり、Googleはなにを狙っているのだろうか。今回はその辺を探ってみよう。

「Made by Google」のアピールにピチャイCEOも登場

Googleは、同社のハードウェア事業を「Made by Google」としてブランディングし、かなり力を入れている。その主力市場はアメリカだが、同様に日本もかなり販売数量の多い地域であり、以前から重視はしていた。

発表会上には、ルーターなどを含めた「Made by Google」も勢揃い

だが今回は特に力が入っていたように思う。

東京・渋谷のGoogle日本法人で開かれた発表会にはシークレットゲストとして、GoogleとAlphabetのCEOであるスンダー ピチャイ氏も登壇した。

シークレットゲストとして、GoogleとAlphabetのCEOであるスンダー ピチャイ氏も登壇

日本へのデータセンター投資や太平洋を横断する海底ケーブル「Topaz」(2023年開通予定)など、日本関連の投資を1,000億円規模で行なっており、今回の来日では岸田文雄総理大臣への表敬訪問もあったという。

色々な条件が重なっての来日ではあったのだろうが、そこで「Pixel 7発表日」を選んだのは、やはりそれだけ、日本でのPixelシリーズの売れ行きに期待する部分があるからだろう。

Google社内にあったPixelチームを描いたイラストには、そっとピチャイCEO自筆のサインが

もちろんオープン(SIMフリー)市場向けに、Google自身も販売を行なうが、日本の大手携帯電話会社の中では、今年はKDDIとソフトバンクが扱うことになっている。eSIM化の流れもあり、KDDIは「povo」、ソフトバンクは「LINEMO」を推しているのが非常に興味深い。

Google StoreのPixel 7の予約ページには、KDDIの「povo」とソフトバンクの「LINEMO」に関する連動プロモーションも

Google悲願の「Pixel Watch」誕生

一方、製品ラインナップや戦略を俯瞰すると、スマートフォンである「Pixel」以上に「Pixel Watch」の方が興味深い。Pixel Watchが登場するまでには、非常に長いストーリーがあるからだ。

いまやスマートウォッチといえばApple Watchが代名詞のような存在になっている。だが、Apple Watchの発売が2014年9月だったのに対し、Googleがスマートウォッチ向けプラットフォーム「Android Wear」を発表したのは2014年3月のこと。最初のハードウェア販売パートナーはLGだった。

ただ、その後の流れはかなり違った。

スマートウォッチのブームはすぐに過ぎ去り、売れ行き不振の中、Android Wearを採用した企業からは撤退も増えていく。Apple Watchもいわゆる「幻滅」のサイクルへ入っていったのは同じである。

地道にビジネスを継続したApple Watchは、「フィットネス」という良い活用先を見つけ、2017年頃から売り上げが回復していく。

だが一方、Android Wearはいまひとつ元気が出ず、シェア拡大には至っていなかった。

同時期に、フィットネス向けでシェアを拡大していたのが「Fitbit」だ。創業は2007年と早く、当初はまさに、フィットネスを軸にしたスマートデバイス事業を主軸にしていた。一方、Apple Watchなどのライバルの登場により、ハードウェア自体の収益性は落ちていた、2017年にはハードウェアだけでなく、フィットネス向けのサービスや企業提携なども含めた「総合フィットネス事業」への転換を図っている。

どちらにしろ、Fitbitは販売数量・ビジネスシェアの両方で、Googleのスマートウォッチ事業よりも有利な位置につけていたのは間違いない。

同時期にGoogleは、スマートウォッチ関連ビジネス全体の立て直しを進めていた。

2018年にはまず、Android Wearから現在の「Wear OS Google」へプラットフォーム名称を変え、さらに2019年1月、時計会社Fossil Groupから、同社のスマートウォッチ関連の知的財産や関連技術を4,000万ドルで買収している。

FossilはAndroid Wear時代からスマートウォッチでGoogleと協業する仲だったのだが、ビジネスの不調に悩むFossil側と、「立て直しのためには自社ハードも必要」と考えていたGoogle側の思惑が一致した結果、Fossilの開発チームと関連知財をGoogleが買収する形で、同社内に取り込む決断がなされたわけだ。

さらに2019年11月、GoogleはFitbitを約21億ドル(当時の為替相場で約2,272億円)の巨額を支払って買収し、子会社化した。

Fitbitとしてはフィットネスビジネスを展開しつつ、そこから得られた知見をWear OSに組み込み、本格的に「勝負に勝てるスマートウォッチ」の開発に取り組み始めたことになるわけだ。そこからPixel Watchの発売までには3年の時間が必要だったわけだが、そのくらい力の入った商品、ということでもある。

なおGoogleは昨年、Wear OSの基盤技術をAndroidから、サムスンが同社のスマートウォッチで使っていた「Tizen」に変更し、Wear OSに統合することになった。この際、フィットネストラッキング機能についても、Fitbitとの協業によるものが採用されることになった。

これだけの準備をして、自社ブランドで「満を持して」展開することになるのがPixel Watchである。

今回のPixel Watch・Pixel 7ではFitbitを軸にした連携が

ハード・ソフトでの価値提供には「すべてを持つ」ことが必要

なぜGoogleが、そこまでスマートウォッチのビジネスに固執したのか?

もちろん、それだけフィットネスが非常に大きな市場である、ということは間違いない。色々な企業がスマートウォッチだけでなく、体重計やエアロバイクなど、フィットネスの状況を「ログとして記録」し、健康に活かすビジネスを手がけている。その中核がスマートウォッチ事業であることに疑いはない。

一方で、単に「計測できるスマートウォッチ」を作ることは、いまや難しくない。中国のEMS企業に依頼すれば、低価格の製品がすぐに出てくる。

そこでちゃんと差別化するには、「データが正確である」「体験が良い」ことが必須となる。

そこで重要になるのがFitbitのノウハウだ。長年に渡り大量の顧客から得たデータから、安価な民生用センサーを使いつつも、より正確なフィットネスデータを取得可能になる。

Pixel WatchでGoogleは「データの正確さ」をウリにしている。それはまさに、Fitbitのノウハウがあってのものなのだ。

精度の良さはFitbit連携の賜物

そしてもう一つ重要なことが、「個人の生活に必要な機器を1社で満たすために必要なもの」である、という事実だ。

現在のスマートデバイスは、どれか1つの製品だけでは成り立たない。中身にしても、Bluetoothヘッドホンはもはやソフトウェアの塊だ。単に音を出すだけのものより、アプリでコントロールしてより良い体験を目指すものが増えている。

セットアップが簡単で、連携がスムーズであることが「良い体験」のベースになっていて、各社がその価値を磨いている。

そこで全体価値を訴求して「顧客の囲い込み」に成功しているのがアップルだ。iPhoneを買った人は、イヤホンとしてまずAirPodsを検討するし、スマートウォッチでもApple Watchを選ぶ。そうするのが一番わかりやすくて、ベストな体験を提供できるからだ。

Amazonにしても、自社音声アシスタント「Alexa」と連携するイヤホン「Echo Buds」を発売しているし、スマートスピーカーからテレビまで、相互連携が基本だ。

ではAndroidにおいてはどうか? サムスンはかなり、自社スマホとヘッドホンなどの連携を強化し、価値拡大を図っている。

もちろんGoogleも、自社ハードウェア路線を強化する中で、「ハード・ソフト・サービスの連携」による価値創造を目指している。

7月に発売したイヤホン「Pixel Buds Pro」も、設定の簡単さはAndroidと一緒に使った時の方が良い。音声アシスタントとして連携するのはもちろん「Googleアシスタント」だ。

Pixel Watchは、個人市場向けの「Made by Google」製品の輪にとって、最後のパーツと言える。

自社SoCによる差別化も「Googleらしさ」のアピール

しかも、Pixel 7は自社SoC「Google Tensor」シリーズの第二世代版である「G2」を搭載する。

Pixel 6の時の経験で言えば、Google Tensorは、一般的なスマホ用SoCとしてみるとハイスペック・高速というわけではなかった。一方で、機械学習処理が関わる音声認識・画像認識・画像処理などでは圧倒的な強みを発揮している。その結果、上位機種と同じSoCを使った「Pixel 6a」のコストパフォーマンスが圧倒的に良くなる、という現象も生み出していたりもする。

高性能化した「G2」では、さらに機械学習処理の速度が上がり、その上消費電力も下がっているという。

そういう特徴の強いSoCを活かすには、自社で最適なソフトとハードを作る必要があり、それが「Pixel 7」ということになる。そこでは当然、Googleがクラウドで鍛えたAI技術も必須の要素だ。

ピチャイCEOも「Al+Android+Google Tensor」を強調

問題は、Googleのアピールがどれだけ「本物の快適さ」につながっているか、という点にかかっている。これはちゃんとレビューなどを通して見ていく必要があるだろう。

ただ少なくともGoogleは、そこに自信を持っている。だから、下取りも含めた積極的な価格展開を用意し、「できるだけ安価にPixelシリーズを入手できる」体制を整えているのだ。それがうまくいけば、「Googleのハードウェアを買い換え続ける顧客」の獲得に成功することになる。

今回のPixel 7では、下取りによる価格戦略を積極的に活用し、拡販が展開される

そこまで考えると、Pixelの人気がアメリカに次いで高い、と言われる日本に、ピチャイCEOがやってきたのも不思議なことではない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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