西田宗千佳のイマトミライ

第27回

シャープ・NHKの「巻き取れるディスプレイ」から見える未来

11月8日、シャープは、NHKと共同開発した30型・4Kフレキブル有機ELディスプレイを公開した。11月13日から15日まで、千葉市・幕張メッセで開催される国際放送機器展「Inter BEE 2019」のNHK/JEITAブースにて展示される。

シャープ、巻き取れる30型4K有機ELディスプレイ。薄さ0.5mm、世界最大

動画を見ていただければおわかりのように、ディスプレイが丸められていく様はかなりのインパクトがある。このような技術はどういう意味をもっているのか、それを読み解いてみよう。

有機ELはなぜ「丸められる」のか

実のところ、「巻き取れるディスプレイ」はこれが初めてではない。すでに・LGエレクトロニクスが商品化している。

LG、画面を巻き取れる65型4K有機ELテレビ

どちらも狙いは同じだ。バックライトのような複雑な構造が不要なので、基盤部分に柔軟性の高いフィルム素材を使うことで、折り曲げは比較的容易に実現できる。問題は、巻き取りを繰り返しても信頼性を保てるか、という部分。製品化にこぎ着けた分だけ、LGの方が先を走っている。

とはいえ、有機ELディスプレイの詳細な構造は異なるので、実現できる製品の性質もかなり異なる。

LGは白発光の有機ELにフィルターをかけた構造なので、液晶に比べればシンプルとはいえ、多層構造であることに違いはない。表面のカバーも含め、あまり柔軟性の高いディスプレイは作れない。だから、大きなサイズのものを比較的緩い曲率で曲げていき、ロール形状にする。結果として大型のものにならざるを得ない。

それに対してシャープの技術はRGB各色が発光するタイプで、カラーフィルターという部品が不要なため、LGのものよりもずっとパネル構造はシンプルになる。結果として、より薄いものが作れ、巻き取った時にもコンパクトなものになる。だから小さなディスプレイで巻き取り式を実現できるのだ。一方、蒸着式・RGB独立画素の有機ELは、白一色であるLGの有機ELに比べ、大きな面積のものを安定的に量産するのはまだ難しい、と考えられる。サイズが大きなディスプレイでの量産効果は厳しい。

どちらかといえば、スマートフォンサイズからPCディスプレイまでの領域をカバーするのが中心の技術だ。それでも30型まで大型になってきているが、テレビ市場で求められる60型以上のサイズで競争力があるものをすぐに作るのは難しいだろう。

サムスンが「Galaxy Fold」を発売したが、あれも「曲げられる」という有機ELの性質を活かしたもの。今回の「丸められるディスプレイ」も、同じ特質を活かしている。

以前より、液晶に対する有機ELの利点として、ディスプレイメーカー側は「曲げられる」ことをアピールしてきた。だが、「完全に折り曲げる」「筒状に丸める」といったことは難易度が高く、特に市販される製品向けには提供されてこなかった。しかし、すでに「有機ELであること」は珍しくなくなった。有機ELで作るだけでは差別化が難しくなるのは間違いない。

液晶では、中国系ディスプレイメーカーが低価格化を進めており、競争が厳しい。有機ELで同じ事が起きる前に、有機ELの特性を活かした部分へと進んでおくことが重要だ。「二つ折りスマホ」が注目されるのも、スマホ市場の競争だけでなく、「有機EL」というパーツでの競争が存在するがゆえのことなのだ。

「四角くて固いディスプレイ」時代の終わりが見える

では、丸められるディスプレイが増えるとなにが起きるのか?

現状、ディスプレイはどれも「四角くて固い板」である。ガラスで作られていて、衝撃には強くない。スマートフォンにPC、テレビに至るまで、このディスプレイというパーツの特性が、製品の形を決めている。

だが、ディスプレイが「四角くて固い板」でなくてもいいなら、ハードウェアの形は大きく変化できる。

Galaxy Foldのようにスマホが「二つ折り」になれば、本体のサイズはもっと小さくできる。LGのテレビは、不要な時にはディスプレイ部をしまうことで、部屋のレイアウトを変えることを狙っている。

もし仮に、PCに「丸められるディスプレイ」が搭載されたらどうなるだろう? ノートPCのディスプレイが「開く」ものでなく「引き出す」ものになったとしたら? 今とは違う形の製品がいくらでも考えられるではないか。

今回のシャープの技術発表には注目すべき点がある。それは「NHKとの共同開発」である、という点だ。

実はNHK、正確にはNHKの技術研究部門であるNHK技研は、以前より「有機EL」に力を入れていた。といってもスマホ向けではない。巨大なテレビ向のディスプレイである。

NHKは8Kを推進している。だがそこには、「8Kの解像度を活かす巨大なテレビをどうやって家に置くのか」という問題が横たわっている。8Kを活かすには、70型以上の大型テレビであるのが望ましい。縦の大きさから1.5倍の距離(1.5H)で見るのがベストとされているので、小さいと本当に近くで見ることになるのだ。しかし、70型・80型のテレビは大きすぎて輸送も搬入も困難。日本家庭全体に普及する、と想像するのは難しい。

だがここで発想を変えよう。

テレビがシートのように丸められるとしたら? 壁に簡単にかけられる軽いものになり、設置が楽でコストも安いとしたら?

NHK技研は「シート型テレビ」として、大画面の有機ELをずっと研究している。

NHK技研公開、8K 240fpsスローカメラやシート型有機EL、3次元テレビ

シート型になれば、今の「薄型テレビ」ともさらに違う世界がやってくるし、解像度が「8K」でも、サイズが70型でも大きな問題はなくなる。テレビ自体に大きな変化がやってくることになる。

シャープの発表がNHKと共同で行なわれているのは、そうした関係からである。

もちろん、それは来年など近い未来の話しではなく、ずっと先の話だ。だが、「固い四角い板」でなくなるとすれば、やってこない未来ではない。

みなさんも、今の常識を頭からぬいて、「ディスプレイが固い板でなくなった時代」のことを考えてみていただきたい。そこには、新しいデバイスと生活の姿がある。ブラウン管から液晶に移行し始めて、そろそろ四半世紀が経過する。液晶という「堅い板」の次の時代も、ようやく見えてきたのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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