西田宗千佳のイマトミライ

第25回

日本でも11月2日スタート 「Apple TV+」とはなにか

11月2日から日本でも「Apple TV+」がスタートする

11月2日から、新しい映像配信サービスである「Apple TV+」がスタートする。日本語でのサービスも同時に開始するものと見られており、この種のものには珍しく、日本が「後日サービス開始」でないのがうれしい。

この11月、アメリカでは、Apple TV+の他にも「Disney+」もスタート予定で、複数の映像配信が生まれる、なかなか騒がしい月になる。そのためビジネス誌などでは、「動画配信の競争激化」に関する記事も増えている。

一方で、Apple TV+の特質をちゃんと理解している人は意外と少ない。そこでサービス開始前に、「Apple TV+とはどういうサービスなのか」を改めて解説してみたい。

Apple TV+はApple TVの「一部」でしかない

Apple TV+は有料・月額会員制の映像配信サービスだ。日本での価格は月額600円。無料のお試し期間は7日間と、他のサービスに比べ短めに設定されている。だが、他と大きく違うのは、「iPhoneやMacなどのアップル製品を買った人は1年間無料で見られる」ということだ。この措置が来年以降もつづき、「毎年なにかアップル製品を買っていればずっと無料になる」のかは明確でない。アップル側も「来年以降のことについてはコメントできない」としている。だが少なくとも、アップル製品の愛好者にはとてもお得なサービスであることに違いはない。

Apple TV+で11月2日より公開される新番組 「フォー・オール・マンカインド」

とはいえ、Apple TV+はアップル製品でなければ見れない、というわけではない。正確には「海外の場合、アップル製品からでも視聴可能になっている」といった方が正しい。

今年に入ってからアップルは、同社の「Apple TVアプリ」を他社製品にも提供するようになってきたからだ。サムスンは同社のテレビ向けに「Apple TVアプリ」が提供されており、年度内には、ソニー・LG・VIZIOなどのテレビにも提供が決まっている。

そもそも、セットトップボックス(STB)として「Apple TV」を購入すれば他社のテレビやディスプレイでも利用可能なのだが、STBの中で高いシェアを持つAmazonの「Fire TV」や「Roku」にもApple TVアプリは提供される。Fire TVについてはすでに他国での提供がスタートしている。

残念ながら日本での状況が不明確だが、少なくともソニーやAmazonなどは、後日になるものの、対応が期待できるだろう。

なぜアップルはアプリを他社に供給するようになったのか?

理由は単純で、サービスで収益を得る以上、窓口は広い方がいいからだ。

そもそも「Apple TV」というビジネスにおいて、Apple TV+はひとつのパーツでしかない。Apple TV+の映像配信=Apple TVというサービス、という勘違いをしそうになるが、それはあくまで「日本からはそう見える」だけに過ぎない。

過去、アップルの映像関連事業は、iTunes Storeを通じた映像のレンタル・販売(Electric Sell Through、EST)が中心だった。iTunes Storeが音楽のデータ販売で成功したものを、そのまま映画へと横滑りさせた形だった。

その時代には、「Apple TV」というのはあくまで「STBの名称」であり、多くの人が直感的に思い出すのは、今もこちらの方が中心だろう。

だが今年に入り、アップルの方針は大きく変わった。「Apple TV」というブランドで行なうサービス領域が大きく変わっている。

Apple TVとは、「アップルが提供する映像配信ビジネス全体のブランド」であり、そのサービスを利用するために必要なハードウェアとソフトウェアの名前になったのだ。ここには従来の映像配信で購入したコンテンツの視聴も、Apple TV+のような新しい映像配信サービスも含まれる。

Apple TVの画面。複数の映像配信が1アプリでまとめて使えるようになっていて、「Apple TV+」もその中のひとつ、という位置付けだ

だから、iPhoneやiPad、Macに提供されている視聴用アプリも、アップルが販売するSTBも、他社のテレビ関連機器でアップルのサービスを視聴するためのアプリも「Apple TV」という名称なのである。

ケーブルTV的に「サービスを束ねる」のがApple TV

そして、Apple TVに含まれるサービスも、特にアメリカでは変わった。

Apple TVからは、他の映像配信事業者のサービスも契約し、利用できる。HuluやDirecTV、PlayStation Vueといった多数の配信チャンネルが総合的に見られるサービスから、HBO、CBS All Accessといったそれぞれの事業者が提供するコンテンツを提供するサービスまで、提供形態は様々だ。

日本では、ネットでの映像配信というと、1つ1つのサービスに加入していく……というイメージが強い。Netflixなどがその代表格だ。だがアメリカの場合、ケーブルテレビで提供されていたチャンネルがそのままネット配信になるようなものも少なくない。そういうサービスの場合、1つに契約すると結果的に複数の配信事業者のコンテンツが見られる。

アップルがやっているのは、後者のビジネスモデルである。アップルという、強い課金機能を持つ会社が「Apple TV」という窓口を作り、その中でアラカルト形式で契約するサービスを選んでいく……というスタイルだ。こうすると、利用者はアプリを切り換えずに複数の配信から好きなものを選んで、同じUIで視聴することができる。サービスごとにアプリが違う、という面倒くささがなくなるわけだ。

今年3月に開催されたApple TVの発表会より。これらのチャンネルを契約し、同じApple TVというアプリの中で視聴する

そこに参加する事業者は、当然アップルに「サービス利用料」という名の寺銭をとられる。自社だけでサービスをした方が収益はいいのだが、集客のためには、スマホとタブレットで大きなシェアを持っていて、今もESTでは巨人である「アップル」の背に乗った方がいい……という判断になるのだ。

実はこの方法、Amazonも同じビジネスモデルを採用している。「チャンネル」という名前でAmazon Prime Videoと併存するように他社の映像配信を契約できるようになっている。そもそもこの形態はAmazonが始めたもので、アップルは後追いとも言える。ただ、「単一アプリと課金モデルによる集客効果」の強さでは、アップルの存在が圧倒的だ。

Amazonでは他社の映像配信をPrime Videoと併存させる形で「チャンネル」化し、契約を促している

現状、日本でアップルは「Apple TV」として、他の映像配信事業者を束ねて契約するビジネスを展開しない。単体で「Apple TV+」という映像配信を新しくスタートするだけだ。

「Apple TV+対Netflix」という図式は間違いだ!

だから本当は、「Apple TV+のスタートで、アップルがNetflixなどと競合する」という捉え方は間違っている。

アップルがケーブルTV的な「コンテンツ配信社の窓口」となり、総合的な映像配信事業者として、「多数のコンテンツを揃えた総合的配信事業者であるNetflixと競合する」と捉えるべきなのだ。

Apple TV+は、アップルが出資して制作するオリジナルコンテンツが軸にある。筆者も特に、「SEE 暗闇の世界」や「フォー・オール・マンカインド」を楽しみにしている。しかし、それらのコンテンツがあっても、当初は作品数が少ない可能性が高い。少なくとも、NetflixやHulu、Amazon Prime Videoのように「見切れないほど作品がある」ことはない。

前述のように、そもそもApple TV+は「アップルが出資して作るオリジナルコンテンツのチャンネル」であって、総合配信サービスではない。だから、Netflixのような総合配信サービスとイコールではくくれない。はっきりいえば、どちらか1つだけを契約するなら、Netflixの方がずっと「コスパはいい」のである。

だが、そんなことはアップルも百も承知だ。そもそも、アメリカで想定されるApple TVの使い方は、Apple TV+だけを契約するのではなく、多数の他のサービスを契約した上で「プラスで契約する」ものだからだ。そう考えると、名前が「プラス」であるのもわかるだろう。

そんな事情から、Apple TV+は、特に日本では、当初苦戦するのではないか、と考えられる。先を走るAmazonやNetflixは総合サービスであり、バラエティに富んだコンテンツが用意されるので、ずっとお得だからだ。

だが、コンテンツの良さが知れ渡り、さらに、アメリカと同じように「他のサービスと組み合わせて使える」ものになってくると、話が変わるだろう。

冒頭で述べたように、「アップル製品を買った人には(少なくとも今年から1年は)無料で見られる」のもポイントだ。ハリウッドでお金をかけて作られたオリジナルコンテンツがタダで見られるのだから、それらのコンテンツ一年分=600円×12カ月分、iPhoneやiPad、Macが割引きされているようなものだ。

ビジネスの行方はともかく、まず、そういうコンテンツを楽しむところからはじめてみる、というのはいかがだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41