小寺信良のくらしDX

第9回

国が「中古スマホ」をオススメする謎 本当に必要なこと

11月2日に「デフレ完全脱却のための総合経済対策」が閣議決定された。「3つの狙い」には、「物価高により厳しい状況にある生活者・事業者支援」「教育DXフロンティア戦略の推進」「宇宙政策の戦略的強化」といった景気の良いワードが並ぶ。

これを受けて、11月7日には総務省より「日々の生活をより豊かにするためのモバイル市場競争促進プラン」が公表された。上記「デフレ完全脱却のための総合経済対策」で携帯電話の料金やサービスの競争促進が盛り込まれたことを踏まえて策定されたものだ。

国が「中古スマホ」を推奨?

2019年に電気通信事業法を改正し、携帯電話会社のスマートフォン値引き販売に厳しい規制をかけられたが、今回発表されたプランでは年内にも省令を改正し、これまで規制の抜け道であった「白ロム割」による「1円スマホ」の撲滅へ動き出した。

いわゆる転売ヤーの養分になる現状を是正しようというわけだ。

同時にこれまで通信契約付きで販売してきたスマートフォンへの値引き上限を2万円から4万円に緩和する。ただし8万円以下の端末については価格の50%まで、4万円以下の端末については上限2万円までとなる。

白ロム割規制と割美技額上限の緩和

だが個人的に気になったのは、その先だ。端末価格の高騰を受け、「国民が低廉で多様な端末を選択できるようにする」ために中古端末の流通を促進するという。

中古端末の安全安心な流通の促進

今やスマートフォンは多くの人にとって、情報社会の中核を担う機器なだけに、持たないという選択肢はない。だが正直、国が「中古品を買いなさい」と促すのは違和感がある。中古品流通は、産業振興にはならないからだ。古本をいくら売っても、作り手が儲からないのと同じ話である。

確かに「デフレ完全脱却のための総合経済対策」には既存デジタル産業促進が含まれていないので知ったこっちゃないという事かもしれないが、そもそも端末の高騰を招いた理由の1つは、総務省が厳しい割引制限を敷いて、国内スマホメーカーを弱体化させたからではないのか。

情報社会に欠かせないスマートフォンだが……

スマートフォンに詳しい人なら、すでに販売終了した珍しい端末が欲しいといった理由から、中古を探すという事はあるかもしれない。だが全く普通の人が中古品に手を出すのは、想定外のリスクが高いように思う。

OSはさすがに初期化してあるとしても、ディスプレイの変色やバックライト・バッテリーの劣化、水没履歴などは通販では確認できない。また非認可の業者による修理歴、非純正製品のパーツ交換などは、たとえ実機を見ても確認できない。スマートフォンは、非認可の事業者はもちろんのこと、自分で分解しても電波を発した時点で電波法違反に問われるという、めんどくさい端末なのである。メーカー保証も終了しており、壊れた場合の修理費用もそれなりにかかる。

加えて盗品やローン未払いなどが原因で、購入後に端末がロックされるような事態も起こりうる。こうしたリスクを多くの人が理解しているとは思えない。

そのため中古販売業者を厳しく審査していくという事かもしれないが、消費者保護や手厚い保証を実施するには資金力が必要だ。結局は大手中古販売事業者の寡占が起こり、中古端末の高騰を招いてしまえば、本末転倒である。

そもそも端末を買い換えたいという理由は、最新の機能を試したいとか、カメラ性能が今のトレンドに追いつけなくなってきたからであり、一般の社会人の感覚では、スマートフォンの寿命は2年から3年、学生なら4年程度だと考えられる。

その射程距離で考えれば、いくら安いからといっても2年落ちの中古品では製品寿命は残り2年程度であり、また2年後には中古品を買わざるを得ないという、永遠に終わらないサイクルに陥ることになる。中古販売の促進は、必ずしも今のトレンドではない。

では何が今のトレンドなのか。米国では2022年に電子機器を対象とした「修理する権利」を定める法案がニューヨーク州議会で可決されたのをきっかけに、端末を自分で修理するためのキットの販売が始まった。EUではスマートフォンのバッテリーを簡単に交換できる設計とする規制を実施、2027年までにメーカーはバッテリー交換可能なスマートフォンの出荷が義務付けられる。Googleは「Pixel 8/8 Pro」で7年間のアップデートを保証する。以降販売されるモデルも、これに準じるだろう。

Google Pixel 8シリーズは7年間のアップデートを保証

つまり、スマートフォン高騰時代に対応する今のトレンドは、「修理してでも自分の端末を長く使う」ことである。

以前に誰がどう使ったかわからない、何が仕込まれているかわからない中古端末を買い入れて未知のリスクをわざわざ抱え込ませることが、消費者保護や「物価高により厳しい状況にある生活者・事業者支援」になるはずがない。

昨今は、中国メーカーなどの格安スマホも数多く販売されるようになった。最先端の機能が必要でないなら、しばらくは格安スマホで凌ぐという手もある。中国製の新品より日米韓の中古のほうがマシ、という考え方があるのかもしれないが、それを国が言うとなると、とたんにきな臭くなる。市場原理に任せるふりをして、中国製スマホを排除するという思惑もあるという事だろうか?

本来政府が行なうべき施策は、多少高くとも新品の端末が定期的に買い換えられるような賃金の上昇である。また現状ほとんどのスマートフォンが輸入品であることを考えれば、円安の抑制や、国内メーカーや国内生産拠点への支援も有効だろう。

だがこうした骨太の政策ではなく、小手先の逃げのような策しか提案できないというのでは、日本という国の屋台骨が劣化し始めていると言われても仕方がない。情報社会の未来を見つめた先が中古品売買というのは、あまりにもサイバーパンク過ぎて、笑えない。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。