小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第29回

この聖火リレーは意味があるのか

1964年東京オリンピック聖火リレーコース図(出典:東京都立図書館)

筆者は今から20年ほど前に、埼玉県戸田市に住んでいたのだが、荒川沿いに建設された戸田漕艇場に隣接する道路は、オリンピック通りと呼ばれていた。埼玉でオリンピックは変じゃないかと調べてみたところ、この戸田漕艇場は1964年の東京オリンピックの際にボート競技場になったところであるという。その時にこの道路を聖火ランナーが通ったことから、通称オリンピック通りと呼ばれるようになったそうである。

筆者が生まれたのが1963年なので、オリンピック当時の記憶はない。当時の聖火ランナーがどこを走ったのか、正確な記録は見つけられなかったが、東京都立図書館がまとめたところによると、当時は日本全国を4コースに分けて、全国から聖火を繋いで東京に集まるというコースが設定されていたそうである。

第3コースで埼玉が設定されているので、そのときに戸田のオリンピック通りを走ったという事かもしれない。我が町宮崎も第2コースで通過しているが、オリンピックにちなんだ地名や通り名は聞いたことがない。やはりそれだけ、東京からの距離は物理的にも精神的にも、今より遠かったという事だろう。

国外からの到着地として沖縄が設定されているが、当時まだ沖縄は日本に返還されていないので、国外と表記する以外になかったのであろう。それでも聖火ランナーコースに設定したあたり、当時の政治的意志を感じさせる。オリンピックに政治は持ち込まないのがセオリーであるが、「国」が主体になる以上、どこかに政治が顔を出す。

一方2021年の聖火リレーは、福島を出発地として、47都道府県全部を一筆書きのようにして結び、最終的に東京に帰ってくるというコースが設定されている(聖火リレールート情報)。各府県の実施状況がニュースになったりしているが、一般観覧を規制したり、公道での実施を中止したりするところもあった。またタレントの聖火ランナー辞退も何件かあったようである。

宮崎県では4月25~26日に聖火リレーが開催された

こんな中で強行?

ここ宮崎県の聖火リレー実施は4月25日と26日で、2週間ほど前から道路には交通規制の看板が立てられた。

ところが宮崎県では23日、大型のクラスターが発生し、これまで10人前後だった1日の感染者数が、一気に35人に跳ね上がった。クラスターが発生したのは、県北部の美郷町というところの高齢者施設である。かなり山の方の町で、実は宮崎の聖火リレースタート地である高千穂町に近い。人口密集地域ではないが、内部から自然発生するわけはないので、誰かが持ち込んだ、つまり人の出入がそこそこあるということである。

23日に宮崎県は感染第4波に入った

またその前日の22日には、都城市役所でクラスターが発生している。そこでは変異ウイルスへの感染が疑われる患者も新たに7人が確認されるなど、三郷町とはまた違った状況にある。都城市は、宮崎県下では宮崎市に次ぐ2番目の経済規模があり、ここは2日目の聖火リレーコースに設定されている。

まさに条件としては満身創痍の中、宮崎県の聖火リレーは強行された。ご承知のように宮崎は車社会なので、交通規制が敷かれると、現場に近づくことが難しくなる。近くまで車で行ってあとは歩きで接近も考えられるが、宮崎では各店舗に駐車場は用意されているものの、汎用のパーキングは非常に少ない。近隣の店の駐車場に車を乗り捨てて観覧というのも、迷惑な話であろう。加えて大量の感染者を出したあとに人が集まる場所へ行くのも憚られることから、宮崎市内での観覧は断念した。

コースと近隣道路が交通規制されると、コースにいけるのは近隣の人に限られる

あとで知ったのだが、オリンピック公式サイトでは聖火リレーの模様を動画配信していた[東京2020オリンピック聖火リレー 4月25日(日) 宮崎県 1日目]。

ただ、見たいところにジャンプしようとするたびに毎回CMが挿入されて、自分は一体何を見せられているのかわけがわからなくなる。それならNHK+のハイライト[東京2020オリンピック聖火リレー]を見た方がいいだろう。

この異様な光景は、子供にどのような記憶を残すだろう

当日は厳しい観覧規制やセレモニーの縮小などが行なわれたが、そうまでして実施する聖火リレーにどういう意味があるのか。そもそもこの聖火リレーは、福島の復興祈願や、コロナで落ち込んだ心を元気づけようという主旨があったものと思うのだが、大型クラスター発生直後に強行するものでもないだろう。ウイルスに負けるな!! という決意は買うが、ウイルスは個人が気合いで戦ってどうにかなるものでもない。

気合いと根性でウイルスに勝てればいいのだが…

そもそも地方人にとってオリンピックとは、たとえ東京開催であっても例年通りテレビで観戦するものでしかない。ましてやこんな聖火リレーで一体感を感じろというのも、無理な話である。

GW中は九州全域、そのあと日本海側を北上して北海道で折り返し、太平洋側を南下して、ゴールは7月23日となっている。そもそもオリンピックそのものが開催できるのかどうかも危ぶまれている状況で、聖火は本当にこのまま最後まで日本中を駆け巡るのだろうか。

(写真提供:小嶋 裕一 @mutevox)

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。