いつモノコト

3万円の手挽きコーヒーミルを買った

ザッセンハウスの最高峰コーヒーミル「BARISTA Pro」

出会いは唐突だった。サイクリング中に立ち寄ったとあるコーヒーショップ、その店内に佇んでいた1台の手挽きコーヒーミルに目が吸い寄せられた。「ヤベえ、かっけえ」。語彙力をなくした筆者が展示品を思わず手に取るも、脇にある値札を見て「スン……」ってなった。33,000円。電動でもなく、手で回して豆を粉にするだけのコーヒーミルとしては破格すぎる。買えない。買えるわけがない。しかし、そのコーヒーミルは今手元にある。ヤベえ、かっけえ。

手挽きコーヒーミルを3万円で購入した理由

BARISTA Proのパッケージ内容

なぜそんな高価なコーヒーミルを購入してしまったのか。筆者は、コーヒーそのものに、ものすごくこだわりを持っているわけでは決してない。だいたい毎日コーヒー豆を手で挽いて、布フィルターでネルドリップし、1、2杯飲む程度のライト層だ。ミリグラム単位で豆の量をチェックしつつ、蒸らし時間を厳密に管理し、最適なお湯の量を注ぐ、みたいに、コーヒーが本当に好きで、本当に美味しく飲みたい人がやるような作法はすっ飛ばしている。面倒なので。

ただ、どうせ飲むなら美味しくないコーヒーよりそこそこ美味しいコーヒーを飲みたい。豆から挽いて手で淹れるだけで、最初から粉になっているものやインスタントよりはずっと美味しくなるから、その程度の作業であれば美味しさと手間のバランスが釣り合うだろう、というくらいの考えである。

本体の他に携帯用ケース、掃除用のブラシが同梱されている

それまで使っていたコーヒーミルは、およそ4年前に4,000円弱で購入したもの。不満は特になかったが、4年間も使い続けてきたことで、内部のセラミック製の歯がすり減ってきた。使い物にならない、というわけではないにしても、そろそろ買い替えてもいいんじゃないかな、というタイミングにはきていたと思う。

左が4年間活躍してくれたコーヒーミル
内部の歯を取り出してみると、そこそこ摩耗している様子(左)。右がBARISTA Proの金属歯

そして決定的だったのは、自分自身の誕生日だったことである。すでに誰かに祝ってもらったり、プレゼントしてもらったりすることはない年齢だ(あくまでも筆者の家庭では)。そうすると自分で自分にご褒美を用意するしかないわけで、だったら普段自分のお金ではまず買うことのない、でも欲しいかも、と思っているものを買ってみるのもいいのではないか、なんて思った。まあ、結局自分のお金なんだけど。

というわけで、購入したのはドイツの老舗メーカーであるザッセンハウスの「BARISTA Pro」という製品。何度も言うが、33,000円。

ネット通販で手に入れることもできるとはいえ、あえて初めて目にしたコーヒーショップで買いたかった。事前に電話し、在庫を確認したうえで、再び自転車で向かう。往復55kmの道のり。「そこまでしてオレは欲しいんだ」という覚悟を自分自身で確かめるためにも、乗り越えるべきちょうどいい障害だと思うことにした。

挽いたコーヒー粉の圧倒的均一感、メンテナンス性も抜群

ソリッド感のあるずっしり重い本体

持ち帰ってさっそく開封したBARISTA Pro。やはり一番目を引くのはそのデザインだ。重厚感のある金属ボディで、実際に手で持ってみてもずっしり重い。表面には細かい凹凸のローレット加工が施され、これによって高い質感を演出しているだけでなく、ボディを手で持って豆を挽くときの滑り止めの役目も果たしている。

ローレット加工が施されたボディ。滑り止めの役目もある

ハンドルはコーヒー豆を投入する部分の蓋と一体になっており、装着したまま指で軽く弾くだけで、音もなくスルッと滑らかに回転し続ける。この抵抗のないハンドルの動きにドイツの工業製品ならではの精度の高さが伺え、感動する。手で空回ししたときの、一切のブレも引っかかりもないヌルヌル感がたまらない。

ハンドルの動きは信じられないほど滑らか。空回ししたときの抵抗感はほぼゼロだ

内部の歯は鋭い金属だ。セラミック歯の以前のコーヒーミルだとコーヒー豆を押しつぶすようなイメージになるが、BARISTA Proではこの金属の歯で豆を切り刻む形になる。挽いているときの音は、セラミックは「ゴリゴリガッ、ゴリゴリ……」みたいな感じ。特に浅煎りの豆だとかなりの力が必要になり、疲れる。BARISTA Proは「ザリザリザリ……」と音が常に一定していて、実に気持ちがいい。必要になる力は前者より大きいと感じるが、ボディのローレット加工や安定した長いハンドルのおかげでしっかり保持でき、ザックザクいける。

そして、何より短時間で挽き終わるのがいい。以前は4~5分ほどかかっていて、お湯が沸くのが先か、挽き終わるのが先か、というような感じだったが、BARISTA Proだと1分前後で挽き終わる。一度に入る豆の量が約17gから約23gにアップしているにもかかわらずだ。手挽きは時間がかかると思われがちで、実際その通りなのだが、BARISTA Proであればかなりの時短が可能になる。

内部のダイヤルを回して細挽き~粗挽きを調整する。ダイヤルを動かすときのしっかりしたクリック感もすばらしい

ところで、押しつぶす方法だとコーヒー豆に余計な温度変化が加わって云々……だから切り刻む方が有利云々……という話もあるようだが、実際のところはわからない。ただはっきり言えるのは、挽いた後のコーヒー粉の均一度はBARISTA Proの方が(4,000円のコーヒーミルより)圧倒的に上だということだ。

左がBARISTA Proで挽いた豆、右がこれまで使っていたミルで挽いた豆

写真をご覧いただくとわかるように、4,000円のコーヒーミルで挽いたコーヒー粉は1粒1粒にかなりのばらつきがある。歯がすり減っている影響もあるのかもしれないが、全体がおおよそでも狙った粒度になってくれないのは困りもの。ドリップ時の抽出度合いが粒ごとにまちまちになり、濃さが安定しない可能性がある。対してBARISTA Proは見た目できれいに粒が揃っていることがわかるだろう。ドリップ時に全体から均一に抽出されることは間違いないし、この時点で漂ってくるコーヒーの香りも断然強い。

粒度が一定していることがおわかりいただけるだろうか
従来のミルだとばらつきが大きい。セラミック歯のすり減りも原因かも

粒度が一定になっているおかげか、コーヒーを淹れ終わった後の豆かすを捨てるとき、フィルターに張り付いて残るものが少ないようにも感じる。これもコーヒー豆を均一に挽けている証拠だろうか。フィルターの掃除がちょっと楽になるかも、くらいの話ではあるが、こういった細かい部分でもコーヒーミルとしての質の違いを感じる。

それとあと1つ、ほぼ全部のパーツを取り外せるのもポイントだ。使い続けているとどうしてもコーヒー粉がミルの隙間に詰まり、不衛生な感じになったりするもの。BARISTA Proは本体内部のパーツをほとんど1つ残らず簡単にバラバラにでき、隅々までキレイに掃除できる。長く使うことを考えると、こういったメンテナンス性の高さも大事なところだ。

内部パーツはほとんど全部取り外して分解、清掃できる
こちらの下歯の方も取り外せるようだ

3万円は果たして価格相応なのか

さて、淹れたコーヒーの美味しさが以前と変わるかというと、それもよくわからない。美味しくなったかもしれないし、以前と大して変わらないのかもしれない。コーヒーというものはちょっとしたお湯の注ぎ方1つで味わいが変わったりするものなので、コーヒーミルによって違いが出るのは、筆者のテキトーな淹れ方だと、ほとんど誤差みたいなものだろう。

中挽きくらいで挽いたものをネルドリップ

とはいえ、以前よりははるかに安定した濃さで抽出できているはずだし、コーヒー豆のポテンシャルをそれなりに引き出せているだろうという確信もある。手挽きするメリットの1つは、いろいろなコーヒー豆の本来の味わいを楽しめるところにあるが、BARISTA Proでいろいろな産地、焙煎方法のものを正しく比べられることで、好きなコーヒー豆とそうでないコーヒー豆の区別をきっちりつけやすくなる。お気に入りのコーヒー豆を探し出す楽しみがさらに増す、とも言えるのだ。

蒸らし時の泡の出方も、以前とはちょっと違うような気がする

3万円のコーヒーミルでなければそれができない、というわけではないとは思う。1万円程度の類似品でも同じような体験ができるのかもしれない。実のところ、BARISTA Proを購入したコーヒーショップでは、それらも並べて売られていた。

ただ、直感的に惹かれたのはやはりBARISTA Proだったのだ。1万円のものを選んでいたら、きっとここまでの満足感は得られなかっただろう。「あのとき3万円のにしていたらどうだったのかな……」という迷いがずっと頭から離れなかったに違いない。

チョコレートをつまみながらの一杯。最高すぎる

大事に使えばBARISTA Proはたぶん一生物だ。30年使うとすれば、1日たったの3円である。それだけでこれからずっと最高に美味しいコーヒーを飲めて、毎日満ち足りた気持ちで過ごせるのだ。……ということを考えれば、値段なんて大した問題ではないのかもしれない。

一番いいコーヒーミルで挽いたコーヒーを飲める人生と、そうでない人生、どっちがいいのか、答えは明らかではないか。それにしても、今日もコーヒーがうまいなあ!

日沼諭史

Web媒体記者、IT系広告代理店などを経て、フリーランスのライターとして執筆・編集業を営む。AV機器、モバイル機器、IoT機器のほか、オンラインサービス、エンタープライズ向けソリューション、オートバイを含むオートモーティブ分野から旅行まで、幅広いジャンルで活動中。著書に「できるGoProスタート→活用 完全ガイド」(インプレス)、「はじめての今さら聞けないGoPro入門」(秀和システム)、「今すぐ使えるかんたんPLUS+Androidアプリ 完全大事典」シリーズ(技術評論社)など。Footprint Technologies株式会社 代表取締役。