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路面電車では国内初 「熊本市電」のオープンループ乗車を体験する

実証実験開始を受けてVisaのタッチ決済乗車のプロモーションを行なう熊本市電のラッピングカー

ビザ・ワールドワイド・ジャパン、三井住友カード、小田原機器、QUADRAC、そして熊本市交通局が7月7日より、熊本市内を走る熊本市電での「Visaのタッチ決済」を用いた交通サービスの実証実験を開始している。実験期間は2023年3月31日までを予定しており、約9カ月をかけて導入効果の測定を行なっていく。

南海電鉄や福岡市地下鉄で先行稼働している三井住友カードの公共交通機関向けソリューション「stera transit」を用いた点は同様だが、トラム(路面電車)向けの導入では国内初のケースとなる。

43台中の16台を対応車両に

熊本市電では、田崎橋(熊本駅方面)と上熊本のそれぞれの停留所を出発するAとBの2系統の路線があり、区間内均一運賃となっている。支払いは現金のほか、Suicaやnimocaといった交通系ICカード、そして熊本エリアの地域振興カードである「おでかけICカード(くまモンのICカード)」が利用可能だ。

今回の実証実験では、この支払い手段の1つとして「Visaのタッチ決済」が新たに加わった形だ。

南海電鉄や福岡市地下鉄のように駅に改札があり、入場時と出場時の記録で差分の運賃を請求するシステムとは異なり、熊本市電では降車時に運転手横の運賃箱のカードリーダーに非接触の“タッチ決済”に対応したカードまたは携帯端末を“かざす”ことで、均一運賃の170円が請求される仕組みになっている。

先行するサービスと同様、支払った運賃は1日単位で集計され、まとめて請求が行なわれる。

熊本市電の路線図(出典:熊本市交通局)

ただし、現状でVisaのタッチ決済が利用できるのは、熊本市交通局が保有する車両のローリングストック全43台のうち16台まで。2両編成の車両すべてと低床車での配備を完了していると同局では説明しているが、狙って乗車できるかは時刻表などを参照しつつ、リアルタイムの運行状況を把握できる「熊本市電ナビ」を参考にするといいだろう。

2両編成の車両のうち、1台のみが冒頭の写真にあるラッピング車両となる。実際に当該の車両がVisaのタッチ決済に対応しているかは、入り口付近にその旨の掲示があるので確認できる。

2両編成の超低床車「COCORO」。Visaのタッチ決済に対応する車両だ

対応車両での乗降方法だが、熊本市電では「後ろ乗りの前降り」の方式を採用しており、通常であれば乗車時に交通系ICカードをタッチして、降車時に運賃箱にあるリーダーに再びICカードをタッチすることで170円の支払いが行なわれる。Visaのタッチ決済の場合は乗車時のタッチ動作は必要なく、降車時にのみ交通系ICカードとは別の位置にあるリーダーにタッチすればいい。

また、1回のタッチで複数の支払いも可能だ。例えばバスの乗車時など、支払いたい人数を「大人2人子ども3人」といった具合に運転手に伝え、交通系ICカードをタッチしてまとめて支払うケースがあるだろう。熊本市電でも同様に支払いたい人数をあらかじめ伝えておくことでこれが可能で、「Visaのタッチ決済」で支払うことを明示しつつ人数を伝えれば、1回のタッチで済むようになっている。

Visaのタッチ決済に対応した車両では、運賃箱の専用リーダーにカードをタッチすることで支払いが可能
通常のVisaのタッチ決済での支払時の動画
あらかじめ人数を指定して1回のタッチ決済で支払う場合の動画

ここで気になった方がいるかもしれないが、「均一運賃なのに、なぜ交通系ICでは乗車時と降車時の2回タッチを行なう必要があるのか」という点だ。

先ほど説明したように、熊本市電は2系統の路線があり、辛島町以降の停留所では線路が2手に分かれるようになっている。そのため、上熊本方面と熊本方面とで乗り換えたい乗客の利便性を考え、交通系ICカードを利用した場合には20分間の乗り換え猶予時間が与えられており、この時間内に同じICカードをタッチした場合であれば2回目の乗車には追加請求が行なわれない仕組みが採用されている。

乗車時の交通系ICカードのタッチは、1つ前の車両から降車する際にタッチした情報と合わせ、その時間差分が20分以内に行われているかを計測するためのものだ。つまり、乗り換えがないのであれば、交通系ICカードであっても乗車時のタッチは不要ということだ。

現状のVisaのタッチ決済では、この仕組みは利用できない。ただ熊本市交通局によれば、辛島町での降車時に運転手に乗り換えの旨を伝えることで「乗換乗車券」が発行されるので、これを乗り換え先の車両での降車時に運転手に提示すればいい。このほか、熊本市電では500円で利用可能な「1日乗車券」も発行しており、車内での購入が可能だ。専用アプリを使ってのモバイル1日乗車券のキャッシュレス発行も可能になっており、移動プランに応じて最適なチケットを購入するといいだろう。

Visaのタッチ決済“未対応車両”の乗車口には、このような交通系ICカードのリーダーが設置されている
Visaのタッチ決済“対応車両”の乗車口には、交通系ICカードのリーダーに加え、Visaが利用可能な旨の告知が行われている。ただしここにタッチはできないので、やや紛らわしい印象があるが……
運転席横の運賃箱。過去の実証実験同様に、既存の交通系ICカードのリーダーとは別にVisaのタッチ決済用のリーダーとディスプレイが新たに据え付けられている

2023年以降の国内オープンループ乗車

今回の実証実験だが、三井住友カードから熊本市交通局への提案の形でプロジェクトがスタートした。三井住友カード社内での内部検討は半年ほど前にスタートし、実際の提案と導入は5月から始まっている。

熊本市交通局 熊本市交通事業管理者の古庄修治氏は、今後インバウンドが復活してくるなかでの支払い手段の多様化を狙いの1つとして挙げている。現状で、nimocaなど交通系ICカード利用や定期券は全体の6割以上、現金が3割弱、残りを「くまモンのICカード」として知られる地域振興ICカードまたは高齢者などに発行される「おでかけICカード」が占めるという。

実際に支払い手段の7割近くが交通系を含むICカードで支払われている形になるが、今後全世界で10億枚以上が発行されているVisaカードが国内外の利用者に活用されるようになれば、さらに利便性を向上させつつ、今後増加する旅行者ニーズを取り込めるのではないかとの考えだ。熊本市は国内外旅行者のルートとしても比較的人気が高く、熊本市電は路線や使い方の面での分かりやすさから、バスなどの交通手段に比べて旅行者が利用する傾向が高いという。前述のモバイルチケットと合わせ、キャッシュレス面でのこうした移動ニーズの底上げは市にとっても旅行者にとってもメリットが大きいということだろう。

また古庄氏は「東京の新宿駅で1日350万人が通過するシステムと、われわれのように一番多い場所で1日5,000人が利用するシステムが果たして同じスペックである必要があるのか、コストパフォーマンス的にどうなのかという考えは当然ある」とも触れている。

同じトラム型の市電では、先日広島市電が交通系ICカードのPASPY(パスピー)を廃止してQRコード型の乗車システムに移行することを発表して話題となったが、損益分岐点の面から今後について再検討を始める事業者が出てきているのは確かだ。熊本市電の場合は「10カード」といわれる地域外のICカードも受け入れる形で交通系ICカードがすでに広く利用されており、これをいきなり止めることはないと思われるが、現金利用やインバウンドを含むニーズの隙間をクレジット/デビットカードの非接触決済で埋めつつ、その推移を見守っていく段階なのだと考えられる。

熊本市交通局 熊本市交通事業管理者の古庄修治氏

今回のシステム導入にあたっては、ベースとなる「stera transit」を三井住友カードが用意し、請求システムのバックグラウンドをQUADRACが提供するという、日本国内で進んでいる既存の「オープンループ乗車」プロジェクトの布陣となっている。そして運賃箱への組み込みは、バス向けの運賃徴収システムに強みを持つ小田原機器が担当し、先行する南海電鉄や福岡市地下鉄のケース同様に、どのような形でタッチ決済用のリーダーやディスプレイを組み込むのが最適なのかの検証も行なっている。

三井住友カード Transit事業推進部長の石塚雅敏氏は「Visaのタッチ決済による乗車システムは世界500都市で実用化されており(開発中は700都市)、グローバルスタンダードな手段となりつつある。1枚のカードで国内外を問わず交通機関を利用できる利便性を、日本国内においても目指していきたい」と述べている。

実際、オープンループ乗車の国内プロジェクトは急速に展開が進んでおり、新たにJR九州が博多駅を中心とした区間で7月22日から開始することを発表している。福岡市内では先行する地下鉄のほか、西日本鉄道(西鉄)が天神と太宰府方面を結ぶ路線での実証実験に参加している。九州ではほかに鹿児島空港と市内を結ぶ空港バスがオープンループ乗車の実証実験を進めており、全国でもオープンループ対応には比較的前のめりだ。

三井住友カード Transit事業推進部長の石塚雅敏氏

日本国内の場合、Visaブランドの発行済みカード比率は全体の5割を越えているといわれており最大勢力だ。現状でstera transitがサポートするのは「Visaのタッチ決済」のみとなっているが、実際にサービスを利用できる割合は高いと考えられる。ただ、今後を考えると他の国際ブランドへの対応も必要で、石塚氏は「2023年中には対応していきたい」としている。話によれば、American ExpressやJCBなどについては問題ないものの、Mastercardや銀聯カード(UnionPay)については(主にリスク面での)仕様の調整に手間取っており、この点で時間がかかっているとのこと。引き続き経過を見守っていきたい。

またVisaのブランドとして公共交通機関向けの手数料ルールの整備も進んでおり、特に今回の熊本市電のような100円や200円単位の運賃徴収に従来のルールをそのまま適用すると事業者の手数料負担が大きくなるため、より利用しやすい料率体系を目指しているようだ。現状まだ国内のオープンループの多くは実証実験の域を出ておらず、利用環境も含めインフラ整備は今後数年をかけて進んでいくことになる。