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東京の地下に「谷」。地層を立体化した3次元地図公開

産業技術総合研究所(産総研)は5月21日、東京都心部の3次元地質地盤図を公開した。地質図とは地下の地盤や岩石がどのようなものでできているか、それらがいつ頃できたものなのか、地層や岩石の関係がどうなっているのかを地図上に色や記号で表したもの。通常は紙ベースで出版されるが、今回の3次元地質地盤図はWebベース(都市域の地質地盤Webサイト)。Webブラウザで見たいところをクリックすると2.5×2.5kmの範囲の地下の地質特性を閲覧することができる(プラグインとしてCortona3D等が必要)。

都市域の地質地盤Webサイト
地下の立体図を見ることができる。これは三田近辺

平面図タブ、柱状図タブ、立体図タブ、断面図タブに分かれており、それぞれの属性情報を確認することができる。立体図ではボーリングデータによる岩石の固さの違いや、隠れた谷構造、硬い岩盤層の上に柔らかい層が覆っていることを見ることができ、平面図だけではわかりにく地下の様子がわかる。また、断面図タブでは任意の部分で切った断面図を作成できる。

地下立体図のほか、任意のラインで切った断面図も作成可能

5万点の既存の土木工事を目的としたボーリング調査(地面を掘削し地下の地層を棒状にくりぬいて調べる方法)データに産総研のデータを組み合わせて解析、3次元地質モデルを作った。今回のモデル作成により、東京西側に分布する低地の埋没谷の形状が詳細にわかった。また、武蔵野台地にも低地の沖積層に似た谷埋め泥層が分布することがわかった。

Web公開を前提とした3次元の地質図

産総研 地質調査総合センター 地質情報研究部門 研究部門長の荒井晃作氏は「都市部の地質図作成は難易度が高い。岩石が露出している露頭が少ないからだ。露頭があっても人工物で覆われてしまっていて調べにくい。今回は大量のボーリングデータを使うことで東京都の地下構造を可視化することができた」と語った。

詳細は地質情報研究部門 情報地質研究グループ 研究グループ長の中澤努氏と、同主任研究員の野々垣進氏が解説した。今回の地質図作成は経済産業省「第2期知的基盤計画」の重点化項目「ボーリングデータの一元化による詳細な地質情報の整備」として実施された。きっかけは東日本大震災。浦安の液状化被害などにより国民の地盤リスクへの関心が高まった。いっぽう都市インフラ整備を進めるためには地質地盤情報整備が必要になる。

産総研では従来から地質図を作成している。従来スタイルは紙で出版される2次元のものとなるが、2次元では地下の地質表現には限界がある。そこでWeb公開を前提として3次元の地質図を作成した。3次元にすることで都市平野部の地質図において多様な表現が可能になる。

まずはモデル地域を設定した。千葉県北部地域である。この地域で作成した地質地盤図は2018年3月に公開済みだ。地質平面図に加えてボーリングデータの閲覧、5kmメッシュ区画ごとに立体図を閲覧したり、任意の箇所の断面図を描画できる。そのノウハウを生かして、東京都心部の情報整備に取り組んだ。

Web公開前提の3次元地質図
まずは千葉県北部地域をモデルとして作成、2018年に公開済み

5万点の工事用ボーリングデータに産総研の調査データを組み合わせ

5万点のデータを活用。緑の点が工事用ボーリング点、赤色が産総研による基準データ

ベースとなったのは自治体の土木建築工事のボーリングデータ。東京都土木技術支援・人材育成センターの協力のもと5万地点分のデータを活用した。大量のデータがメリットだが、もともと研究用ではなく工事データなので地層の記載自体は簡素だ。

そこで、このデータに加えて要所要所となる20箇所で産総研で独自の調査を行ない、詳細なデータを取得。これを基準データとして位置付けて、自治体の工事データに地層を対比していった。

そして研究グループによる独自手法で地層境界面を推定。単純に地層区分だけで繋げるのではなく、地下の地形からどのような地形に堆積した層であるか判断して繋げていったという。その地層境界面を何層も積み重ねることで3次元地質モデルを構築した。

工事用ボーリングデータと産総研のデータを組み合わせ
地層境界面を推定し3次元モデルを構築

東京低地の埋没谷の詳細な地形が明らかに

東京23区の地形

ではこの解析で何がわかったのか。23区はおおよそ東西32km、南北32kmの範囲となっている。東部には東京低地が分布している。低地は河川沿いや海沿いの低い地域だ。西部には武蔵野台地が発展している。一段高い地形である。今回の大量のボーリングデータを解析したところ、地下に谷地形が埋没していることがはっきりわかった。約2万年前の寒冷な氷期に形成されたもので、柔らかい泥による沖積層が堆積している。

谷地形の形状がこれほど詳細に描かれたのは初めてだという。亀有から新木場、東京湾へと抜ける谷の基底は-80m。つまり、80m程度の厚さの柔らかい沖積層が分布していることになる。

東京低地の地下の埋没谷の地形が詳細にわかった

なぜこのような谷が形成されたのか。過去45万年間の海水準を見ると、およそ10万年のサイクルで海面が上下に変動していることが知られている。これは寒冷な氷期と温暖な間氷期に対応している。最終氷期となる2万年前は、120から130mも海水準が低かった。このときに深い谷が形成されたと考えられる。

その後、温暖化によって谷に海が侵入して水没し、奥まで入江が形成される。縄文海進である。その入江で溜まったのが沖積層だ。この地盤が東京下町を形成している。軟弱な沖積層の分布形態は埋没谷をそのまま現している。

2万年前の氷期で形成された谷がその後の縄文海進で埋まった

武蔵野台地にも埋没谷が存在

固い地盤とされる武蔵野台地

いっぽう、山手線の西側にある武蔵野台地は沖積層によりも古い30万年前から5万年前の地層で構成されており、一般に固い地盤だと考えられている。しかしながら今回、この台地の地下にも埋没谷が見出された。武蔵野台地を構成する地層を堆積年代・堆積環境で再区分。3次元解析を実施したところ低地の沖積層に似た柔らかい泥層が谷埋め状に分布することが明らかになった。武蔵野台地上の埋没谷層は大きく二つ。世田谷区の西部と、もう一つは代々木から高輪に至る部分だ。

武蔵野台地にも柔らかい泥層が分布

なぜ武蔵野台地にも谷埋め状の泥層があるのか。低地の沖積層は最終氷期にできた谷地形を縄文海進で埋めたものだが、いっぽう武蔵野台地の谷埋めは、そのもう一つ前の14万年前の氷期と温暖化のサイクルで埋められたものだという。

14万年前の氷期で形成されたものと考えられる

武蔵野台地の下の谷埋め泥層は、他の部分と比べて地盤の揺れ特性はどのくらい違うのか。谷埋め泥層の揺れ特性は台地にも関わらず、低地に似た1~2Hzにピークを持っていた。つまり他の部分に比べると地震には弱いということだ。

谷埋め泥層は低地に似た揺れ特性

中澤氏は港区三田のモデルを例として示し、ボーリングデータによる地下の岩層、地層の固さ柔らかさを示すN値表示ができることを示し、「低地の下には柔らかい沖積層が分布し、台地の下は比較的固い地層が分布する。一部には昔の谷を埋めるように柔らかい沖積層が分布する。その様子を立体で見ることができる」と改めて述べた。

三田近辺の3次元モデル
岩層分布の表示
N値(地盤の固さ)の表示
昔の谷を沖積層が埋めている様子がわかる

想定される利活用

想定される利活用シーン

想定用途はハザードマップ作成、都市インフラ整備、地下水流動・地質汚染調査、不動産売買など。今後の予定としてはさらに範囲を拡大。既にできている千葉県北部地域、東京都23区に加えて、埼玉県南東部、千葉県北部、中央部、神奈川県東部へと拡張。2024年までに首都圏主要部をカバーする3次元地質地盤図完成を目指す。

2024年までに首都圏主要部をカバーを目指す