攻めのモノ作りを再び



若さと熱気にあふれていた1990年頃のパソコン産業

革命ともいえるWindows 95の発売からパソコン産業は大きく変化した。
 Impress Watchが創刊した1996年、筆者は現在と同様、あちこちに出向いて取材活動をしていた・・・その当時を振り返るにあたり、筆者が記者として仕事を始めた頃から、パソコン業界を巡る状況を振り返ってみたい。

 筆者が記者として仕事を始めたのは1990年。Windows 3.0が米国で発売になった年である。日本ではNECのPC-98シリーズが圧倒的なシェアを確保していた時代だ。
ちょうどパソコンが普及し始めた時期で、現在に比べると、当時のパソコン産業はまだまだ発展途上の段階であった。そして、発展途上の業界には面白い人がたくさんいたのだ。

 どんな面白い経営者がいたのか。当時のエピソードで忘れられないのは、Windows95発売直前、マイクロソフトがOSだけでなく、アプリケーション分野での勢力を伸ばし、「日本のソフトメーカーは厳しい」という声が高まっていた頃の話しだ。ある日本のソフトメーカーの社長が、夜中のバーで当時のマイクロソフト社長、成毛真氏に遭遇した。お互いに酔っ払っていた同士、思わず本音が飛び出したのだそうだ。

  後日、この話しをしてくれたあるソフトメーカーの社長によれば、「思わず、お前は日本のソフトメーカーを殺す気か!と叫んじゃったんだよね。でも、凄かったのはその後。成毛さんが、『悔しかったら、俺を刺せ』と言ってきてさあ。俺、相手に強く出られると弱いタイプだから、そう言われて困っちゃって、思わず『すいません』と頭下げちゃった」とか・・・
この話しが実話なんだと実感したのは、Windows 95が発売された夜。そのソフトメーカーの社長は、赤いバラの花束を持ってあらわれ、成毛氏にプレゼントしていた。酔っ払った夜の「おとしまえ」をつけたのだ。

 まあ、これは極端な逸話ではあるが、業界の黎明期、パソコンに関わる経営者の年齢は若く、かくもエネルギーに満ちていた。もちろん、面白い経営者がいるから、面白い製品ができあがるとは限らない。ただ、出来上がったばかりのパソコン産業に携わる人の年齢も若く、「立派な社会人」ではなかったかもしれないが、面白い人がたくさんいる活気あふれる業界だったのだ。取材をしていても(少々疲れるところはあったが)楽しかった。


産業として成熟期を迎えたWindows 95発売以降のパソコン産業

パソコンはもはや「秋葉原で買うもの」ではなくなった。
  そのパソコン産業に変化の兆しが訪れたのは、Windows 95発売以降のことである。
パソコンには、「日本独自の部分」はすっかりなくなってしまった。ソフトも、くだんのソフトメーカーの社長のことば通り、マイクロソフトの威力が増して、日本メーカーが置かれた状況はどんどん厳しくなっていった。周辺機器メーカーも、USBというお手軽でオールマイティな規格が登場したことで、技術力よりもマーケティング能力が重視されるようになった気がする。

 パソコンはどんどん普及し、「秋葉原で購入するもの」というよりは、東京だったら新宿や有楽町のカメラ量販店や、もしくは住居に近い郊外の家電店で購入するものになっていった。余談だが、ちょうど1990年代の後半、秋葉原のパソコン販売店では、「郊外の店舗では売っていないようなマニアックなゲームソフトを品揃えすれば、わざわざこのソフトを買いに来てくれるお客さんがいる」と予約特典付きで、マニアックなゲームソフトの販売を始めていた。「今から思えば、あれは間違いなく、『萌えビジネス』の走りだったよね」と、パソコン専門店の人と感慨にふけったことがある。

 パソコン産業に関わる人々もどんどん年を取った。2005年にマイクロソフト日本法人の初代社長である古川享氏のマイクロソフト卒業記念パーティが開催されたのだが、その時の来場者を見ると、パソコン創世記から関わっていたパソコンメーカーの幹部で、すでに会社を定年退職されている方もたくさんいることに驚いた。

 「パソコン業界は他の業界に比べれば若いと言われていたが、決してそうじゃなくなっているよね」と、来場者の一人がつぶやいた。確かにその通りで、「IT産業」という括りで考えると、かの『ホリエモン』をはじめ、インターネット産業に身を投じる若者はたくさんいた。が、IT業界の中でも、「パソコン」に限定してしまうと、新たに業界に参入する人は意外に少なかった。

 2000年前後は、ネットビジネスを起ち上げた若手経営者に取材をする機会も多かったが、「高学歴の人が多い」、「理路整然とビジネス展望を語る人が多い」という印象があった。同じ「IT産業」でありながら、ネットビジネスに関わっていた人と、パソコンビジネスに関わっていた人が一緒にビジネスをやるケースは結構少なくて、取材をしている側からすると、「何故だろう?」と不思議な感じもした。ネットビジネスを起ち上げた若手経営者からすれば、2000年前後のパソコン産業に携わる経営者が世代の違う大人に見えたのかもしれない。


普及したからこそあえて「攻め」の姿勢での開発が必要なパソコン

歴史を築いた大物たち。このような型破りな経営者が今こそ必要だ。
 最近、ある飲み会で先輩記者の一人が、「最近、取材してみて、これは面白かったという経営者はいた?」と問いかけた。すると、その場にいた全員が、「うーん」と考え込んでしまった。1990年頃に出会ったような、ハチャメチャなパワーをもった経営者は明らかに少なくなっている。

 ただ、近頃、デジタル家電製品や白物家電などの取材をしていると、相当なパワーを持って商品作りを進めている人に出会うことが多い。トラディショナルな企業の中に、「あらあら・・・」と思うような面白い志を持って仕事をしている人もたくさんいるというのは、うれしい発見であった。

 白物家電のような歴史の長い製品の開発をしている企業に取材し、痛感するのは、話題を集めるような面白い商品を開発するためには、常識にとらわれない発想で物作りをする必要があるということだ。まさに、1990年頃のパソコンのように、規格が定まらない部分が大きい製品を開発していると、これまで作ってきたものを「守る」ことはできない。「攻め」の姿勢で、常識にこだわらない発想で開発することが必要だ。

 ところが、規格が定まってくると、これまで作ってきたものを守ろうとする気持ちが強くなる。
白物家電のように、「あるべき姿」がはっきりしている商品の開発は、「別に新しいことをあえてしなくても・・・」という気持ちになりがちなのだそうだ。「それをあえて、違うことをしようと考えるには、強いエネルギーがいる」とある家電メーカーの担当者が話していた。

 この話しをパソコンに置き換えると、パソコン産業においても、「攻めの姿勢で開発してやる!」と考える人が出てくる開発者、それを許す経営者が出てくるタイミングもあるだろう。そろそろそういうタイミングに差し掛かっているのではないか・・・と考えるが、どうだろうか?


(三浦 優子)




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