「電子メール新聞の編集者」が
「ニュースサイトの記者」になるまで



 
 10周年と言えば、日本経済新聞社の「NIKKEI NET」が今年で開設10周年だという。朝日、読売、毎日もそれより1年ほど早く1995年にニュースサイトを開設していたから、「INTERNET Watch」が創刊した頃にはすでにインターネットのニュースメディアというものは日本でも存在していたことになる。

 しかし、新聞社とは違ってパソコン/インターネット専門のいち出版社が手探り状態で始めたニュースメディアだったから、INTERNET Watchでは、“取材スタイル”を確立するのに試行錯誤の時期がかなり続いた(今でも変化しつつある)。ここでは、ふだん誌面ではお伝えすることのないINTERNET Watchの裏側、すなわち編集部スタッフの“取材スタイル”の変化を通じて、インターネットのニュースメディアが認知されるようになったこの10年を振り返ってみたい。

 なお、“取材スタイル”と言っても、要は「取材先に電話をかけたときに、何と名乗るか?」ということである。これが新聞社だったら「○○新聞の記者の××です」と名乗れば、取材目的で電話してきたということが先方にも一発で伝わる。ところが、我々INTERNET Watchのスタッフは、自ら「記者」と名乗るまでに数年を要したのである。


1996年当初は「電子メール新聞の編集者」だった

今から10年前、1996年10月24日に配信した「10月25日号」の記事目次。この中で、「INTERNET Watch編集部の○○です」と名乗って通じたのは、NIFTY-Serveや日本テレコムあたり。エイベックスやJR東日本は、取材の意図を伝えるのにいろいろ説明を要した可能性が高そうだ
発掘された1998年頃の名刺。肩書きは「エディター」

 まずは、創刊から3年ぐらいの間の状況。INTERNET Watch立ち上げからしばらくの間は、スタッフは雑誌や書籍の編集出身者で占められていた。電話先に対しては「INTERNET Watch編集部の○○です」と名乗るのが普通だった。実際、1998年頃の名刺にはまだ、しっかりと肩書きに「エディター」と書かれている。


 それでも当初は、誌面で扱う内容が、取材先もいわゆるインターネット業界に限られる。ISPや通信関連製品ベンダー、行政で言えば郵政省など、業界内であれば担当者もある程度把握していたし、「INTERNET Watch」と名乗れば、ニュース記事の取材目的だと理解してもらえたようである。

 ところがインターネットが普及しだし、インターネット分野に進出する企業が増えるに連れ、取材先の範囲は一気に広がる。企業のサイトに即座にニュースリリースが掲載される時代ではなく、従来からおつきあいのあるインターネット業界の企業ではないから、広報担当部署の連絡先がわかっているわけでもない。新聞記事のコピーを片手に、とりあえず代表番号宛に電話をかけることになる。

 その際、先方から「INTERNET Watchって何ですか?」と問われれば、まだ幸いだった。ちょっと時間は食うが、

1)INTERNET Watchとは、インターネット関連の記事を配信している日刊の電子メール新聞である

2)発行元は、パソコン/インターネット専門のインプレスという出版社である

3)インプレスでは、月刊誌の「INTERNET magazine」や、パソコンの解説書「できる」シリーズなども発行している
という3項目を伝えれば、だいたいは意図を酌んでくれて、広報担当部署につないでいただけた。

 ちなみに、当時は「電子メール新聞」と表現するのがポイントだったそうだ。INTERNET Watchは創刊からしばらくメールマガジンのみだったこともあるが、ニュースサイトと言うよりも先方にはニュースメディアとして理解されやすかったらしい。

 ちなみに、「電子メール新聞」という表現は、現在でも弊社のメールマガジン申し込みページに残っている。

 一方、悲惨なのは、例えば新聞記事で見つけたネタについて取材しようとして、「○○新聞に掲載された記事の詳細をうかがいたい」と申し出たら、即座に担当者に回してくれたのはいいものの、コンシューマや一般市民からの問い合わせと勘違いされる場合だ。営業担当者につないでもらった後、取材目的を伝えると広報担当者に回され、そこでは営業担当者じゃないと詳しいことはわからないなどと戻されたり、数回たらい回しにされたこともよくあった。

 この頃、初めて連絡するような企業に取材する時は、「きっとINTERNET Watchなんて聞いたこともないんだろうなあ、説明するのたいへんだなあ」という重い気分で電話をするのが常だった。


2000年、ようやく「記者」の肩書きが浸透?

 1997年、INTERNET Watchでもメールマガジンに加えてニュースサイトを開設し、弊誌における電話取材時の説明も若干だが楽になった。これは、前述の3項目のうち、1番目の項目の「電子メール新聞」を「ニュースサイト」に置き換えるとことで効果が得られる。

 ある日のこと、とある企業への電話取材で3項目を説明した後、先方は大いに納得した様子で「あー、はいはい、『asahi.com』みたいなものですね?」と述べたのだった。私は正確に説明するために反論してもしょうがないので、電話口でやや間を置いた後で「そうです、そうです、そのようなものです」と答えた記憶がある。

 そんな出来事があってからというもの、3項目の説明だけでは先方がピンと来ていないなと感じた場合には、「asahi.comみたいなものです」などと付け加えることもあり、それでけっこう理解されていた感触がある。いわば、インターネットのニュースメディアの存在が、世の中に認知されたのだということを感じた瞬間だった(朝日新聞社様、お世話になりました。一方、電話で私からそういう説明を聞いて、INTERNET Watchがasahi.comのように超有名なメディアだと勘違いしてしまった企業の広報担当者様がいたら、この場を借りてお詫び申し上げます)。

2000年頃の名刺と思われる。いつの間にか「記者」に
 さらに1999年ごろから2000年ごろにかけて、取材スタイルに転換期が訪れた。それは、初めて業界紙や放送局の記者の経験者が編集スタッフとしてに加わるようになったことがきっかけだ。彼らが電話口で「INTERNET Watchの記者」と名乗っているのを隣の席で聞いた時、大げさでなく、私は目からウロコが落ちた。

 「記者」と名乗ることで、先方にとっては取材目的だということがすぐにわかり、広報なりマスコミの窓口なりへ即座に電話をつないでくれる。3項目の説明についても、ニュースサイトとは何か理解されずに苦労することも少なくなった。そういえば、いつの間にか、名刺の肩書きも「記者」に変わっていた。


2005年、「インプレスという雑誌社の記者です」が使用不可能に

 創刊から3~4年経ち、ようやく肩書きに「記者」を使うことを覚えてから、逆に重要になってきたのが、発行元の説明にあたる2番目以降の項目だ。ニュースサイトの取材目的だということがわかれば、発行元のインプレスという会社が怪しい組織ではないかどうかが先方にとっては気になるからだ。

 その点、インプレスが「INTERNET magazine」や「できる」シリーズを発行していたことは、我々INTERNET Watchスタッフを助けてくれた。インターネットのニュースメディアが浸透してきたとはいえ、人々にとって、まだまだ紙の発行物を持っているかいないかで信頼性の印象は大きく異なっていたのだろう(今でも、そうかもしれない)。

 なお、「出版社」という表現については、取材先によっては使い分けたほうがいい。特に官公庁などでは「雑誌社」と言ったほうが意味が通じやすいところもある。インターネットがらみの事件などの記事を多く扱うようになってからは、警察庁や警視庁、各地の道府県警にも電話取材することが増えたが、なぜか警察関連では“雑誌社”と名乗るほうがピンと来てもらえることを参考までに紹介しておく。

 「インプレスという雑誌社の記者です」というフレーズは、名乗り文句としてしばらくの間オールマイティで使えたのだが、2005年10月になって、今度は弊社が「株式会社Impress Watch」としてインプレスから分社化したことで、残念ながら使えなくなってしまった。

 INTERNET magazineなど月刊誌の発行元は正確には別会社になってしまったから、「雑誌社」というのも気が引けるのである。メールマガジンがあるにはあるものの、雑誌という言葉には、やはり紙のイメージがある。結局のところ、Impress Watchではインターネットメディアしか発行していないけれど、ごく普通に「出版社」と表現するのが今のところしっくり来るようだ。


2006年現在、とりあえずは「ニュースサイトの記者です」

2006年10月現在の名刺。本人が昇格してしまったため「デスク」になっているが、一般のスタッフは「記者」。この本人も電話取材時には「記者」を名乗る。正直言うと、分社化してからは、会社名の「Impress Watch」と媒体名の「INTERNET Watch」両方を名乗るのがかなり鬱陶しい(先方が混乱することもしばしば)
 このようにして、当初はインターネットのサービスそのものや製品そのもの、Webサイトそのものの記事を扱っていたINTERNET Watchだが、現在ではご存じのように、国の政策や犯罪などのトラブルといった社会的なニュースまで取り扱わざるを得ないほどインターネットが浸透した。特に2006年に入りWinnyによる情報漏洩事故が問題になるようになってからは、中央省庁や警察はもちろん、地方自治体や各地の農協などにも電話取材しなければならない状況になっている。

 しかし、今ではニュースサイトというものの存在が、10年前とは比較にもならないほど市民権を得た。そんなわけで、2006年10月現在、初めて電話取材するような企業などに対して電話をかける時、「“ニュースサイトの記者”と名乗ることで、なんとか意図が通じますように!」と念じながら、日々、代表番号のダイヤルを押している。

 なお、我々が「ニュースサイトの記者です」と名乗るのは、あくまでも目的を先方に早くわかりやすく伝えるための形式上のものだから、必ずしも業務の内容を反映しているとは言えないかもしれないし、今後はもしかしたら「市民記者の走りです」と名乗ったほうが一発で通じる時代が来るかもしれない。

 いずれにせよ、世の中におけるインターネットのニュースメディアの位置付けが変化するのに伴い、今後の10年においても、INTERNET Watchの“取材スタイル”(繰り返すが、「取材先に電話をかけたときに、何と名乗るか?」)は、試行錯誤しながらどんどん変化していくはずだ。

(INTERNET Watch デスク 永沢 茂)



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