2001年12月

vol.23『オーシャンズ11』

vol.22『プリティ・プリンセス』

vol.21『ピアニスト』

vol.20『アモーレス・ペロス』

2001年11月

vol.19『ハリー・ポッターと賢者の石』

vol.18『殺し屋1』

vol.17『ムッシュ・カステラの恋』

vol.16『インティマシー』

2001年10月

vol.15『Short6』

vol.14『メメント』

vol.13『GO』

vol.12『赤ずきんの森』

vol.11『ドラキュリア』

2001年9月

vol.10『陰陽師

vol.9『サイアム・サンセット』

vol.8『ブロウ』

vol.7『ブリジットジョーンズの日記』

2001年8月
vol.6『おいしい生活』

vol.4『キス・オブ・ザ・ドラゴン』

2001年7月
vol.3『まぶだち』

vol.2『がんばれ、リアム』

vol.1『眺めのいい部屋』


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  誰もが抱える「真の人生とは何か」という問いに、
気鋭の監督が挑んだ刺激的な作品

   19世紀末のロンドン。イーストエンドのユダヤ人街で生まれ育った少女エスター(サマー・フェニックス)は、家業の洋裁を手伝いながら女学校の通う普通の女の子。内気で頑固、そして自分の感情をあまり外に出さない彼女は周囲の人間と上手にコミュニケーションをとれないばかりか、家族の中でも常に浮いた存在だった。そんなエスターはある晩観にいった芝居がきっかけで、女優になりたいと強く願うようになる。エキストラ出演を重ね、着実に女優への道を歩み始めたエスターは、演劇批評家のフィリップ・ヘイガード(ファブリス・デプレシャン)と恋愛関係に陥る。ほどなくして初めての主演の座を手に入れ、すべてが順調に見えたエスターだったが、フィリップの心変わりを知り・・・・。


  心を閉ざした少女が自分の居場所を見つけるまでの魂の記録

 

 面白くて観た直後は興奮していても、次の日にはすっかり記憶の彼方という作品もあれば、1週間以上ひきずったり、観た直後から抹消されてしまうようなものまで、映画にもいろいろある。この「エスター・カーン」はボディ・ブローのように観た後じわじわと効いてくる作品だ。私がこの原稿を書いている今現在は、映画を鑑賞してからかれこれ1週間が経っているのだが、時が経てば経つほど「ええもん観せてもろたわぁ~~(なぜか関西弁)」と、しみじみと感じ入ってしまうのだ。

 人生とはとどのつまり、もっとも基本的な家族という集合体をはじめ、仕事(自分がすべき事)、友人、恋人など、「自分はここに居てもいいんだ」と感じられる場所を手に入れるための活動だと言っていいだろう。この映画の舞台背景はまだ女性が差別されていた時代のイギリスで、なおかつエスターはユダヤ人として育っている。彼女の家庭は貧しく、満足な教育も受けられていない。これだけでも、自由に生きることが困難な状況に加え、彼女は家族の中にさえ自分の居場所を見つけることが不可能な孤独な少女だ。しかし、芝居と出会ったことにより、エスターは徐々に自分の生きる場所を確保し始める。だが、演じることを覚え始めた頃のエスターはまだ真の自分に目覚めていたわけではなかった。幼い頃から家族や周囲を観察し、彼らの真似をしていた彼女にとって、演じるということはごくごく自然でたやすいことだっただけなのだ。そんな彼女の女優としての素質に惚れこみ、彼女を演技指導する老優ネイサン(イアン・ホルム)は、彼女に言う「君には何かが欠けている。世の中を拒絶するな。恋をしろ」と・・。



  デプレシャンの計算された演出・カメラワークによって
眩いばかりの輝きを放つ、ひとりの女優誕生の瞬間

 

 映画を観てのお楽しみが減ってはいけないので、物語の内容に触れるのはこれくらいにするが、とにかくデプレシャン監督の見事なまでの演出と世界観に圧倒される。映画はエスターがまだ演劇に目覚める前の少女時代と、女優として成長していく後半部分とに大きく分かれるが、前半の少女時代と後半の対比が面白い。少女時代のエスターはほとんどしゃべらず、家業の洋裁を手伝っていた時に針が刺さっただけでも、ひどくおびえるような少女だったが、後半では自分の主張は絶対曲げず、女優として成長するためだったら、処女を捨てることも、髪を切ることもためらわない。また、恋人の裏切りによる激しい動揺と舞台に立ちたくないという気持ちから、自分の顔を思いきり殴りつけたり、ガラスを噛み砕いたりと、野性的なまでの激しさを見せる。このような対照的なエスターを私たちに見せることによって、デプレシャンは世界と自分が乖離している「静」の状態(エスターの少女時代)と、世界と自分が一体化しはじめている「動」の時代(女優になってからのエスター)を私たちに印象付けることに成功している。

 また、映画の中でエスターが出演している劇中劇のシーンにはすべてハワード・ショアの音楽が流れるため、我々は最後までエスターが「女優としてしゃべるセリフ」を聞くことはできない。あくまで、この映画は“エスター・カーン”の物語なのだ。そしてエスターが真の人生を手に入れる主演舞台「ヘッダ・ガブラー」の初日の日の輝かしさを文章で伝えるのは難しい。デプレシャンの巧みな演出やカメラワークによって、観客はエスターの感覚(高揚、歓喜、緊張など)を彼女と一緒に共有することができるのだ。自分の世界を持っている女は強い。21世紀に生きる私達にとっても、彼女の生き様に学ぶべきものはとても多い。すべての女性に観てもらいたい作品だ。

 最後に、主人公エスターを演じるサマー・フェニックスの演技には目を見張るものがあった。印象的なラストシーンは、そのままサマー・フェニックスという新進女優の華麗な歴史の第一歩に代わるに違いない。


(谷本 桐子)

今秋、日比谷シャンテ・シネにてロードショー

監督:アルノー・デプレシャン
製作:パスカル・コシュトー、クリス・カーリング
脚本:アルノー・デプレシャン、エマニュエル・プレデュー
原作:アーサー・シモンズ
撮影:エリック・ゴティエ
音楽:ハワード・ショア
衣装:ナタリー・デューリンクス
美術:ジョン・ヘンソン
劇中劇演出:ラミン・グレイ

出演:サマー・フェニックス、イアン・ホルム、ファブリス・デプレシャン、ラースロー・サボー他

2000年仏・英合作/145分/カラー/ヴィスタ(1:1.85)ドルビーSRD
2000年カンヌ国際映画祭コンペティション部門出品作

提供:日活/セテラ・インターナショナル
配給:セテラ・インターナショナル




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