こどもとIT

N中等部の生徒がAIを学び、先生が答えをもたない問いに向き合う

――「これからの“学び”の話をしよう~第1回 中学生がAIを学ぶとは~」トークイベントレポート

今は社会にどんどんAIが普及し、人間に代わって社会を動かしていく時代だ。しかし、実生活レベルでAIを身近に感じることは少なく、子どもたちがAIについて学ぶ機会はほとんどない。そんな課題感から、N中等部は、AI機械学習をテーマにした課題解決型学習を実施。中学生たちがAI機械学習を体験し、活用について考えた。

その様子について、7月29日に開催されたオンライントークイベント「これからの“学び”の話をしよう~第1回 中学生がAIを学ぶとは~」(学校法人角川ドワンゴ学園・株式会社グルーヴノーツ共催)で語られたので紹介しよう。

(写真左上より)株式会社グルーヴノーツ テックパーク事業部 ディレクター 赤星良輔氏、学校法人角川ドワンゴ学園 キャリア開発部 21世紀型スキル教育課 課長 目黒雄平氏、同学園 経験学習部 江村翼氏、(写真左下から)同学園 経験学習部 部長 園利一郎氏、株式会社グルーヴノーツ 代表取締役会長 テックパーク代表 佐々木久美子氏

「AIを学ぶ」のではなく、「AIの活用」について学ぶ授業

「中学生がAIを学ぶ」と聞いて、AIの何を勉強しているのかと思うだろう。学校法人角川ドワンゴ学園(以下、角川ドワンゴ学園)の園利一郎氏は「AI自体を学ぶのではなく、中学生がAIの活用について学ぶ学習」と説明する。AIをひとつのツールとして捉え、どのような課題解決に有効なのかを学ぶ、そんな課題解決型学習がN中等部で実施されたのだ。

この取り組みは、同学園とAI教育支援サービスを提供する株式会社グルーヴノーツ(以下、グルーヴノーツ)、株式会社ミミクリデザインの3社が協同し、経済産業省「未来の教室」実証事業として実施されたもの。N高・N中等部が取り組む「21世紀型スキルプログラム」の一環で、AIを活用した課題解決スキル育成プログラムを開発し、N中等部の秋葉原キャンパスに通う中学生70名を対象に実証授業が行なわれた。

N中等部は学校教育法に該当する一条校ではないため、地元の中学校に在籍したまま通うフリースクールの形態で2019年に開校。ネットコースと通学コース、2種類のコースを設けており、2020年7月時点で、両コース合わせて850名ほどの生徒が在籍している

「多様な生徒たちに不確実な21世紀の社会を自分らしく生きていけるようになってほしい。そのためにもN高、N中等部では、正解のない問題に取り組むスキルを身につけるためのプロジェクト型学習を行っている。AI、機械学習の利活用については現代の大人もほとんどわかっておらず、正解もわからない。大人も子供も一緒に考えるしかない。こうした学習機会やプログラムを今後もどんどん増やしていきたい」と、園氏は同プロジェクトに対する想いを語った。

AIに画像認識させながら、“AIを育てる”感覚を持つ生徒たち

AIを活用した課題解決型学習とは、どのような内容なのか。具体的には、画像認識ツールのAIを体験しながら、AIとはどういうものかを学んでいく。プログラム全体の流れとしては、前半で「画像認識のツールを学んで使い方に慣れる」部分と「AIフェアネス」の学習に取り組み、後半は学んだ知識を活かして「身近な問題を解決する」という、2つのパートで構成されている。

AIを活用した課題解決スキル育成プログラムの全体像。2020年1月24日から2月14日にN中等部 秋葉原キャンパスで実施された

授業の導入は、「AIってなんだろう?」という問いからスタート。グループワークで生徒自身が知っているロボットや機械を書き出し、「AIでありそうなもの」と「AIでないもの」に分けて違いを考えたり、実社会での活用を学んだりしながら、AIに関する理解を広げていく。続いて、グルーヴノーツが開発した画像認識ツール「AIブロック」を使って、AIによる画像認識を体験させる。

授業を担当した角川ドワンゴ学園 目黒雄平氏によると、AIに画像認識させる過程では生徒たちが失敗や試行錯誤を経験し、AIが万能でないことを知るようだ。色鉛筆の色の判別がむずかしいことや、画像認識の精度を高めるためには、背景に白の紙を使ったり、照明の位置を変えたりするなど、工夫を凝らす必要がある。AIにどうすれば画像を認識してもらえるのか。「生徒たちの発言に、“AIを育てる”という言葉が出てくるのが面白い」と同氏は語った。

実際にN中等部の生徒たちが、AIに画像認識させているところ。コンピューターのカメラの前で対象物をいろいろな角度に動かすことで、AIが特徴を学習し、対象物が何であるかを認識できるようになるという

その後、AIブロックに学習させた結果を使って、ScratchでAIセルフレジをつくるプログラミングに挑戦した。あらかじめ学習させた対象物をカメラにかざすと、値段が表示され、合計金額を計算するというものだ。ここでも生徒たちは、消費税を入れたり、お釣りを自動計算するなど、工夫する姿が見られたという。また自由制作では完成はしなかったものの、折り鶴の作り方をAIに学習させ、間違った部分で知らせるといった、講師の予想を超えるアイデアに挑戦する生徒もいたようだ。

AIによる画像認識を活用したセルフレジを作るというプログラミングに挑戦

目黒氏は、「子どもたちが画像認識のAIを触ることで、AIに対して具体的なイメージが持てるようになった。こういうことは、誰かに教えてもらう学習で身につくものではなく、自分がやってみないとイメージもつかめない。体験を通してAIを学べたことが良かった」と授業を振り返った。

また目黒氏と同じく授業を担当した角川ドワンゴ学園の江村翼氏も「自由制作の段階になると、生徒たちが“本当はこういうものを作りたいが、今の知識だとここまでしかできない”という気づきを得られたことも良かった」と語る。音声認識があれば、こういうこともできるのではないかと発想を広げていく姿を見て、生徒たちの成長に手応えを感じたようだ。

AIを正しく活用できるように、「AIフェアネス」についても学習

こうして、AIがどのようなものかを体験した生徒たち。今度は、AIを活用する際に必要な倫理観である「AIフェアネス」について学んだ。

AIフェアネスとは、AIに学習させるデータに偏りがあると、人種差別や民族差別、性別差別などにつながる可能性があるため、不公平なバイアスを排除することだ。たとえば、Googleで検索できる「結婚式」の写真は、西洋風のウェディングドレスを着た画像データを多く学習するため、アフリカやインドなど民族衣装を着た結婚式の写真は「結婚式の写真」として認識されず、検出精度が悪くなるという。こうした偏りを防ぐために、AIにどのようなデータを学習させるのか、AIを使う側である人間の倫理観が問われるというわけだ。

結婚式の写真を検索すると、データの多い西洋の写真は検出されるが、データの少ないアフリカなどの写真が検出されない、という「偏り」が発生する

目黒氏の話によると、生徒たちは実際に手を動かしてAIが万全なツールではないと知っているので、AIフェアネスの話も理解しやすいのか、真剣に聞いていたようだ。グルーヴノーツの赤星氏も「便利だからAIを使うのではなく、AIを間違って使わないよう学んでおくことも重要だ」と述べた。

続いて生徒たちは、これまで学んだ経験や知識を活かして、身近な人や他者の困りごとを解決する活用をグループで考え、プレゼンテーションで披露した。ゴミを判定して分別できるゴミ箱や、机の上をきれいに保つアプリなど、AIフェアネスの観点も盛り込みながら発表や質疑応答ができたという。

一連のプロジェクトを通して、生徒たちからも前向きな意見が多く聞かれたようだ。“今までAIについて何も考えていなかったけど、授業を通して結構変わったと思う”、“画像認識は大変だったけど、成功したときは嬉しかった。AIに学ばせるときは、偏った考えを教えてはいけないことが分かった”、“(AIに関する)視点が足りないと思ったので、もっと伸ばしていきたい”という具合に、AIに対しての理解を広げた。

課題解決の発表では、多くの生徒からAIフェアネスに関する質問も投げかけられたという

江村氏は、「AIの活用を考える場面では、生徒たちが教師の指示以上のことを考え始めることがすごいと思った」と感想を述べた。先生はこう話していたけど、AIならこれが可能ではないかという具合に、自分たちで議論を広げていくことができたようだ。

授業の最後は、これまでの学習の振り返りとして、生徒たちが作った作品について、どの部分がAIで、どの部分がプログラムなのかを分解して考える活動に取り組んだ。赤星氏は「AIの専門家にならなくても、10年後、20年後の社会はAIが当たり前の世の中。そのときに中身や仕組みを知っておくことが重要だ」と述べた。AIは魔法のランプではない。何に活用できるのか、トラブルがあったときはどう対応すればいいか、AIについて“知っておく“ことが大切だというのだ。

ひとつの作品に対して、どの部分がAIで、どの部分がプログラムなのか、AIとプログラムの切り分けについて整理して考える、振り返りを実施

先生が答えを持っていない“問い”に向き合う学習

トークイベントのラストは、会場からの質問に答える形のパネルディスカッションが行なわれた。

「中学生がAIを学ぶ過程で、個人の得意、不得意はあるのか」という質問に対して、グルーヴノーツ 代表取締役会長 テックパーク代表 佐々木久美子氏は、はさみやペンを使うのが得意な子、不得意な子がいるのと同じであると述べた。「AIは、ただのアルゴリズムであり、道具としてどう使うかが大切。AIを理解したから100点ではなくて、AIを活用して何を解決したかを重視してほしい」と述べた。

また、「ファシリテータ―として、取り組みの難易度を生徒にどうやって伝えればよいか」という質問も。これに対して目黒氏は「内容としてはむずかしものだと生徒に伝えているが、ここまで出来なければいけないという到達点の話はしていない」と述べる。AIに関する知識や授業の内容を100%理解できることがゴールではなく、AIを体験して活用することの方が大切だと考えている。

赤星氏は今回のプロジェクトを通して、中学生がAIを学んだこともさることながら、「先生が答えを持っていない課題について、先生も学びながら、生徒主導で進められたことが良かった」と違う視点の価値を語った。こうした学びを通して、生徒たちが数学や理科、英語など、教科学習の大切さに気づき、学校での学びが必要だと感じることにも意義があったのではないかと語る。

言うまでもなく、AIを学んだからといって、未来の社会をたくましく生きていけるわけではない。N中等部の授業でもあったように、生徒たちが答えのない問題に向き合い、どのように課題解決できるのか、どのようにアプローチしていくべきか。そこの経験値をあげていくことが、これからのテクノロジーを活用した学習には必要だといえる。中学生の多感な時期に、こうした学習が体験できるよう多くの学校に広がってほしい。

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。