教員のICT活用 - こどもとIT

教師がEdTechに望むこととは? 世界各国の教師によるパネルディスカッション

――「Global Education & Skills Forum 2019」レポート

2019年3月22~24日、イギリスの財団「Varkey Foundation」が主催する「Global Education & Skills Forum 2019」(以下GESF 2019)がドバイで開催された。GESF 2019の概要については速報記事『教育のノーベル賞「Global Teacher Prize 2019」決定、Global Education & Skills Forum 2019速報レポート』が掲載されているので、そちらを見ていただきたい。

ここでは、2018年にGlobal Teacher PrizeのTop50に選ばれた、滋賀県立米原高等学校の英語教師である堀尾美央氏が登壇したパネルディスカッション「What teachers want from EdTech」(教師がEdTechに望むこと)の内容を紹介する。

世界中から集まった登壇者たち、左から2番目が堀尾氏

EdTechは教育の助けになるが、その使い方が重要

GESFでは、過去のGlobal Teacher Prizeのファイナリストや教育に関して多大な功績を挙げている人による、さまざまなパネルディスカッションや講演などが行われている。3月22日にSpice Room Cで開催された「What teachers want from EdTech」(教師がEdTechに望むこと)は、Global Teacher Prize 2018のTop50に選ばれた堀尾美央氏をはじめとする4人の優れた教師が、EdTechをどのように自分の授業に取り入れるかということについて議論するパネルディスカッションである。

このパネルディスカッションには、日本の堀尾美央氏、ベルギーのKoen Timmers氏、ケニアのAdbikadir Ismail氏、チリのMario Santibanez Caro氏の4人の教師が参加。司会進行役はイギリスのEdTech関連Podcast「The EdTech Podcast」の創業者であるSophie Bailey氏が務めた。参加者の注目は高く、用意された席は全て埋まり、立ち見も出るほどであった。

司会進行役のSophie Bailey氏は、イギリスのEdTech関連Podcast「The EdTech Podcast」の創業者である

ディスカッションは、Sophie氏の「みなさんは自身の国でどのようにEdTechを使った教育を行っているのか」という問いかけから始まった。

最初に応えたベルギーのKoen氏は、Webデザインを教えるとともに教員研修も担当している立場から、「これからの教員にとってテクノロジーを教室で使うことはよいことで、多くの利点があると思う。私たちは、世界中の学生とのつながりを育むために、テクノロジーを活用した国連の持続可能性(SDGs)に関するいくつかの教育プロジェクトを世界規模で立ち上げた」と語る。

ケニアのAbdikadir氏は、校長を務める学校がとても田舎にあると前置きした上で、「教育や学習には、ごく基礎的なテクノロジーを使うことを教員に奨励している。テクノロジーはあくまでも私たちの学生(の学び)をもっと豊かにするために教員を補助するものであり、彼らの(学生に教育をするという)行いを置き換えるものではない。英国文化振興会や、時にはマイクロソフトとともに、教師に対して教室でのテクノロジーの使い方についてのトレーニングも行っている」と答えた。

堀尾氏は、「私は日本のほぼ中心、京都の隣にある人口約4万人の滋賀県の高校で英語を教えている。直面している課題は、世界との繋がりがあまりなく、学生たちの英語を学ぶモチベーションが低いことだ。そこで、Skypeやいくつかのツールといった世界とつながるためのテクノロジーを使って、私の学生を世界の人々と繋げるということをしている」と、日本という島国ならではの英語教育の課題と取り組みについて語った。

堀尾美央氏は滋賀県立米原高等学校の英語教師で、Global Teacher Prize 2018のTop50に選ばれた

Mario氏は科学教師という立場から、チリには2つの困難があると切り出した。「科学を教えるための十分な研究室がない、そしてそのための時間やお金がない。だがテクノロジーはそれを助けてくれる。画面の向こうには十分な研究室があり、私はそこで仕事ができる」と語り、経済的な窮状を繰り返し訴えた。

続いて、Sophie氏がEdTechについての意見を求めたところ、Koen氏がEdTechで重要なのは多様性があるということであり、多くの教師が間違ったやり方をしていると応じた。Koen氏は「テクノロジーを直接カリキュラムに結びつけることは間違った方法だ。だから、どうやってテクノロジーを自分の教室で活かすかということが大切になる。Skypeはもともと教育のためではなく、コミュニケーションツールとして誕生した。マインクラフトは偉大なゲームだが、教室でどうやって活用するかということがポイントだ」と、テクノロジーそのものをカリキュラム化しがちな現場に警鐘を鳴らした。

ベルギーのPXL-Educationの研究者であり、普段はWebデザインを教えつつ教員研修も担当しているKoen Timmers氏、Global Teacher Prize 2017および2018のTop10に選ばれた

Sophie氏はとある英国の大学講師へのインタビューで、学生からSnapchatをメッセンジャーのプラットフォームにしたいという要望があったエピソードを紹介。そういった主流のツールをどのように使うかはとても興味深いとし、Mario氏が実践するゲームベースの学習をどのように取り入れたのかを尋ねる。Mario氏は「学生が“ゲーマー”だから?」と前置きして会場の笑いを誘いつつ、「おそらく教師は、目的に合った標準的なテクノロジーを見つけて、学校に持ち込む必要がある。例えば、QRコードは標準であり世界中で使えるが、ARはすべてのアプリが異なる。我々が、それを使うために多くの異なるアプリを必要とするようでは難しい。その他の事柄にも同じことが言える」と答えた。

チリのMatilde Huici Navas Schoolの生物学教師であるMario Santibanez Caro氏は、Global Teacher Prize 2017のTop50にも選ばれた

さらに、Sophie氏が「EdTechツールはたくさんあるが、どれが役に立つと思うか、どうやって決めているか?」と尋ねたところ、Koen氏は「どのツールを使うかは、学生の年齢や経済的背景などによっても変わってくる」とし、Abdikadir氏は「それが、手頃な価格で使えるのか、どのくらい人々に影響を与えるのかが重要だ。254名の学生がいるが、ノートPCは2台しかない」と実情を説明した。堀尾氏は、「テクノロジーというのは、教師たちが直面している課題を解決するものとして捉えている。私の場合は、世界との繋がりがない地域という課題を解決するためのツール(としてSkype)を使っている。こういった地域に住むと他の国籍に対する偏見を持つ学生がいるが、(Skypeなどのツールを使った)本物の繋がりはそういった偏見を解消できる」と語った。

ケニアのムワンザで中等学校の校長をしているAbdikadir Ismail氏

ここでSophie氏は、日本でのSTEM/STEAM教育に大きな焦点を置いているか、または、そうした教育を広げるように伝えているのかと尋ねると、堀尾氏からは文部科学省と経済産業省もそうした活動を行っているが、まだ始まったばかりだ、と日本の現状を説明。それを受けてShopie氏は、他国でのEdTechに対する政府のイニシアチブがあるのか、それとももっと保守的かと問いかける。チリのMario氏は「私たちの子どもは、難しい世界に生きている。だから私たちは、彼らに知識を学ぶことの大切さを伝えている」と答え、ベルギーのKoen氏は、「ほとんどの人はまだ考慮中だ。マインクラフトを教室で学ぶのと同じように、彼ら(政府の人)も学ぶ必要がある」と答えた。

質疑応答ではEdTech導入の利点と問題点についての質問が相次ぐ

最後に会場からの質疑応答の時間では、ケニアから来た方から「インターネットはよいものだろうが、子どもたちが安全に使うにはどうしたらよいか。また、インターネットは子どもたちの創造性を殺してしまわないか」という質問が挙がった。それに対して堀尾氏は、「創造性を教えるのは難しい。なぜなら、まず教師こそ創造的でなければならない。私たちが創造的でなければ、創造性を学生に教えることができないからだ。インターネットも同じだ。Skypeやその他のツールはとても便利だが、教師がそれを安全に使う方法を知らなくては、子どもたちにもそれを教えられない。だから、最初に私たち教師はたくさん学ぶべきだ」と返答した。

また、学校経営者からは「すべての子どもが、自分のノートPCやタブレットを持っていて、学校でインターネットを使える、ということが必ずしもいいことではない。子どもたちが、そうした機器を使って、教師が意図していない使い方をしたり、遊び始めてしまうためだ。教師はそれをうまく管理することができない。明らかに、EdTechの可能性は素晴らしいが、どうしたらそうした欠点を避けることができると思うか?」という質問が挙がる。Koen氏が「そのバランスを見つけることが重要だ。そのためには、まず、教師に正しいやり方で技術を使う方法を教えなければならない。フェイクニュースを広めたり、ネットいじめをしない、といったリテラシーもあわせて教える必要がある」と答えた。

今回、世界の教員とのパネルディスカッションに登壇した堀尾氏と、冒頭に紹介したGlobal Teacher Prize 2019 Top10ファイナリストに選ばれた立命館小学校 英語教師の正頭英和氏は、ともにマイクロソフト認定教育イノベーター(MIEE)としても活動している。MIEEは、認定教員とマイクロソフトが互いに協力して教育の変革をめざす、教育現場でICTを活用する教員の活動を支援するプログラムで、現在2019~2020年度の認定教員を募集中だ。

情報を発信し、自分の周りを巻き込んで、良い方向に教育を変えて行く。この取材を通じて、ICTの活用でよりよい教育を志し、実践し、その情報を根気強く発信できる教員が増えることが、一人でも多くの子どもたちに豊かな学びの機会を与えることにつながると感じた。

石井英男

PC/IT系フリーライター。ノートPCやモバイル機器などのハードウェア系記事が得意。最近は3DプリンターやVR/AR、ドローンなどに関心を持ち、取材・執筆を行っている。小中学生の子どもを持つ父親として、子どもへのプログラミング教育やSTEM教育にも興味があり、CoderDojo守谷のメンターとして子どもたちにプログラミングを教えている。