EdTechが変える教育の未来

世界最高齢のプログラマー 若宮正子氏が語る、人生100年時代に学び続ける原動力とは?

世界各国で「創造性」「課題解決力」「科学技術」を重視した教育改革が進み、さまざまなEdTech(エドテック、Education x Technology)の教育現場への実装が進んでいる。国内では、経産省主導のもと『「未来の教室」とEdTech研究会』が設置され、先日最終報告回を終了した。今まさに、これからの日本の学び方はどのように変わるべきか、が問われるタイミングといえる。本連載では、同研究会の座長代理を務めた佐藤昌宏氏(デジタルハリウッド大学大学院教授)のご協力により、著書「EdTechが変える教育の未来」(インプレス刊、以下本書)よりEdTechキーパーソンのインタビューを5回にわたって掲載する。

第1回 EdTechの本質(デジタルハリウッド大学大学院教授 佐藤昌宏氏)
第2回 教育が変わるために必要なこと(デジタルハリウッド大学学長 杉山知之氏)
第3回 EdTechのサービスを立ち上げた理由(料理研究家 行正り香氏)
第4回 ブロックチェーンは教育をどう変えるか?(ソニー・グローバルエデュケーション代表取締役社長 礒津正明氏)
第5回 人生100年時代に学び続ける原動力とは?(世界最高齢のプログラマー 若宮正子氏)

※【ブルーバックス×インプレス】講談社ブルーバックスとのコラボレーションにより、著者・佐藤氏のインタビュー『教育の既成概念を根本から変える「EdTech」の実力をご存知か』も公開中︕

「世界最高齢のプログラマー」は日本にいます。81歳からプログラミングを学び始めた若宮正子さんです。若宮さんは2017年にiPhoneアプリ「hinadan」 をリリースし、9万ダウンロードを突破。現在も世界中でスピーチやセミナーを行い、精力的に活動しています。若宮さんに学びの原動力を聞き、人生100年時代を生き抜くヒントを探ります。

若宮正子(わかみや・まさこ)。1935年東京生まれ。定年をきっかけに、パソコンを独自に習得。1999年にシニア世代のサイト「メロウ倶楽部」の創設に参画し、現在も副会長を務めるほか、NPO法人ブロードバンドスクール協会の理事として、シニア世代へのデジタル機器普及活動に尽力している。2014年にはTEDトークに出演。2016年秋からiPhoneアプリを開発し、2017年6月には米アップルによる世界開発者会議「WWDC 2017」に特別招待される。2017年2月に国連総会で基調講演。安倍政権の「人生100年時代構想会議」の最年長有識者メンバーにも選出された。

――若宮さんはいつ頃からパソコンを始めたのですか。

私は60歳で銀行を退職して、その後、母親の介護をしたのですが、自由に外へ出られなかったので家で楽しめるパソコンを始めました。それまでキーボードに触った経験もありませんでしたが、生まれつき好奇心旺盛だったのでホームページを見たり、チャットをしたりして楽しんでいたんです。

――パソコンには早くから親しまれていたのですね。プログラミングを始めたきっかけは何ですか?

プログラミングを始めようと思ったのは、シニアが楽しめるアプリがなかったからです。ある人に「何か年寄りが喜べるアプリを作ってよ」と話したら、その方に「自分で作った方がいいですよ」と勧められて。そう言われたら、何だかやってみようという気になってね(笑)。「分からないことがあったら僕が教えますよ」と言ってくださったし、それに今はわざわざ聞きに行かなくても、データファイルを共有してスカイプなどで話せますからね。楽に学べるなと思いました。

若宮さんが作ったiPhoneアプリ「hinadan」

――そうして「hinadan」(ヒナダン)アプリが誕生したのですね。

はい。「hinadan」を思いついたのは、それ以前から「電脳ひな祭り」の活動をやっていたからです。シニアは外に出られないことが多いので、自宅で楽しめるものを作ろうと思いまして。それに、お雛様を並べるゲームだったら、シニアが若い人に勝てるでしょ(笑)。ゲームで楽しみながら、若い人に伝統を伝えたいなあと。私がプログラミングをやる前に作っていたエクセルアートも、日本にある昔からの文様を後世に伝えられないかと思って始めたんですよ。

若宮さんが作った「エクセルアート」の例。セルを塗りつぶして幾何学模様を作るものから、図形を組み合わせるものまでさまざまな種類がある

――81歳からプログラミングを始めて、戸惑ったことはありませんでしたか。

よく「勇気がありましたね」って言われるのですが、なぜ皆さんがそんなことを言うのかが分からないです。だって、プログラミングは体力もいらないし、お金もかからない。嫌になったらやめればいいし、会社じゃないから誰にも迷惑がかからない。

私は戦争中に育って小学校2年生以降は、学童疎開で勉強ができませんでした。だから歳を取るごとに学ぶことが好きになったんです。お腹が空いて初めて自分の好きなものを食べたって感じです。

――学びたい意欲がずっとあったんですね。

ええ。もともとすごく、好奇心が旺盛なんです。でも、今の教育を見ていると、お腹の空いていない子どもたちにむりやり、食べ物を与えているように見えますね。授業で数学が嫌いになったとか、英語アレルギーになったとか、そんな話を聞くと、学ぶ場所で一番あってはならないことだと思います。子どもの頃は、先生のキャラクターが何だか面白くて覚えてるぐらいの感覚でいいのではないでしょうか。種をまいておけば、ある時期がくれば自然に花開くと思いますよ。

――その子どもたちの学び方は大きく変わろうとしています。若宮さんはテクノロジーを活用した学びについて、どう思われますか?

大事なのはテクノロジーとアナログをうまく使い分けることだと思っています。学ぶ内容や場所によって、デジタルを使うか、アナログでやるか、それを判断する力も必要ですね。なぜって、これからの子どもたちはAIとお友達で生きていかなければなりません。頭から上はAIにまかせて、人間は首から下、ハートで頑張る。そのためには、総合的な人間力がモノを言うので、デジタルでもアナログでも、いろんなものと付き合うのが大切だと思います。例えば、ベートーベンはデジタルで調べるけど、本当の音楽はちゃんと生のオーケストラを聞きに行くとか。

――なるほど。

後は、もっと失敗をした方がいいと思います。親やシニアは、子どもたちが失敗しないことを大切にしますが、逆です。ロボットプログラミングなどで何回も失敗すると恥ずかしいと思う子どもがいますが、私なら「良い勉強ね」と褒めてあげますよ。シニアだって、AIとかIoTとか本を読んで分かった気になるより、お孫さんと「ポケモン GO」を持って歩き回る方がよっぽどテクノロジーが分かると思うんです。まずは自分が体験してみることが大切ですよね。

――体験や失敗が学びになるということですね。

そうです。子どもやシニアだけではなく、社会に出て働いてる人もそうですよ。就職したらもう勉強しなくていいや、ではなく、さらに学ぶ必要性を知って、新たなチャレンジのために教育を受けて、というようなサイクルで学ぶべきだと思います。それと、みんな同じでなくてもよいでしょう。学校に入学したけど、一年目は勉強して、二年目は海外に行って、という具合に、いろいろなかたちで学べばいいと思うんですね。同じ学校に4年も通う必要もないかもしれませんし。

――学び方も多様になってくると。

はい。それには、保護者が10年後、20年後はどんな世界になるかを知らないといけませんね。いまの時代の延長だと思ったら、お子さんも本人も不幸になります。もしかしたら、仕事が絶滅するかもしれません。一生学ぶつもりで、自分の興味を広げていくことがよいのではないでしょうか。私はそう思います。

講演会「TEDxTokyo(テデックストーキョー)2014」でプレゼンテーションを行う若宮さん

(本書P.174~180より、Web掲載用に一部改変して転載)

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佐藤昌宏

1967年生まれ。1992年、日本電信電話株式会社(NTT)入社。主に経営企画業務に従事。1999年、無料ISPライブドアの立上げに参画。2002年、デジタルハリウッド株式会社執行役員に就任。日本初の株式会社立専門職大学院デジタルハリウッド大学大学院の設置を経験。同年、Eラーニング開発、人材育成コンサルティング事業を運営する株式会社グローナビを立ち上げ、代表取締役社長に就任。2009年より同大学院事務局長を経て、専任教授としてEdTechの研究実践および学生の指導にあたる。また2017年には一般社団法人教育イノベーション協議会を設立、代表理事に就任。教育に関する国の委員や全国の教育系起業家の育成にも関わる。