EdTechが変える教育の未来
ソニー・グローバルエデュケーション代表取締役社長 礒津正明氏が語る、ブロックチェーンは教育をどう変えるか?
2018年11月9日 08:00
世界各国で「創造性」「課題解決力」「科学技術」を重視した教育改革が進み、さまざまなEdTech(エドテック、Education x Technology)の教育現場への実装が進んでいる。国内では、経産省主導のもと『「未来の教室」とEdTech研究会』が設置され、先日最終報告回を終了した。今まさに、これからの日本の学び方はどのように変わるべきか、が問われるタイミングといえる。本連載では、同研究会の座長代理を務めた佐藤昌宏氏(デジタルハリウッド大学大学院教授)のご協力により、著書「EdTechが変える教育の未来」(インプレス刊、以下本書)よりEdTechキーパーソンのインタビューを5回にわたって掲載する。
第1回 EdTechの本質(デジタルハリウッド大学大学院教授 佐藤昌宏氏)
第2回 教育が変わるために必要なこと(デジタルハリウッド大学学長 杉山知之氏)
第3回 EdTechのサービスを立ち上げた理由(料理研究家 行正り香氏)
第4回 ブロックチェーンは教育をどう変えるか?(ソニー・グローバルエデュケーション代表取締役社長 礒津正明氏)
第5回 人生100年時代に学び続ける原動力とは?(世界最高齢のプログラマー 若宮正子氏)
※【ブルーバックス×インプレス】講談社ブルーバックスとのコラボレーションにより、著者・佐藤氏のインタビュー『教育の既成概念を根本から変える「EdTech」の実力をご存知か』も公開中︕
改ざん不可能な記録システムであるブロックチェーンは、現在は仮想通貨の技術に使われていることが多いですが、今後は製造業や医療、個人売買など、あらゆる産業に広がることが予測されています。同分野をリードする株式会社ソニー・グローバルエデュケーションの礒津政明氏に、ブロックチェーンが教育をどう変えるかを聞きました。
――ソニーは教育分野にも進出しているのですね。ソニー・グローバルエデュケーションとは、どのような会社なのですか?
ソニーはエレクトロニクスやエンターテイメントの会社だと思われがちですが、長年にわたり社会貢献の一環として科学や教育に関する活動に取り組んできました。一方でプログラミング教育が必修化されるなど時代も変わり、これからは教育分野でもイノベーションが起こせると考え、2015年4月に弊社を設立しました。
現在は、「300年先の未来をつくる教育」をビジョンに掲げ、3つの教育事業を展開しています。ひとつはロボット・プログラミング学習キット「KOOV(クーブ)」、もうひとつが思考力育成のためのデジタル教材「STEM101Think(ステム101シンク)」、そして、最後が世界規模で算数・思考力を測定するコンテスト「世界算数(Global Math Challenge)」です。世界算数ではブロックチェーンによる学習履歴管理システムを試験的に導入し、フィードバックを得て開発しています。
――ブロックチェーンとはどのような技術でしょうか。
簡単に言うと、世界中に点在するパソコンやスマートフォンに同一の記録を残す技術です。このパソコンやスマートフォンの持ち主は相互に信頼関係はありませんが、記録の改ざんが困難になるネットワークを作っています。
――教育にはどのように活用できますか。
そうですね、教育結果を価値としてデータベース化し、共有できます。ブロックチェーンを活用すると、成績や資格はもちろん、学習履歴や学習記録、習い事の成果やボランティアの参加履歴など、学びに関わるさまざまなデータを、複数の教育機関や行政で共有できるようになります。この結果、大学入試や就職活動の際にブロックチェーンで保持された学習データを送信するだけで、簡単にエントリーができるようにもなります。
弊社ではブロックチェーン上でデジタル成績証明書を管理するサービスを始めています。データの真正性が確保されるほか、安全な仕組みで成績証明書を管理したり、学校間でデータを共有したりできると考えています。総務省「次世代学校ICT環境」の整備に向けた実証事業にも採択され、埼玉県川越市の学校で実証実験を進めています。
――教育分野でブロックチェーンの利用に注目したのはなぜですか?
一番の理由は、ブロックチェーンにより経済の流れが変わったことです。仮想通貨の登場で従来の貨幣経済が揺らぎ、その次は「信用経済」の時代が来ると言われています。所持しているお金の量だけではなく、その人の人格や信頼関係などが取引に影響してきます。
中国ではこの信用経済・評価経済が進んでいます。「中国のアマゾン」と呼ばれるインターネット通販大手の「アリババ」は「芝麻(ジーマ)信用」を、メッセージアプリ「WeChat(ウィーチャット)」を運営する「Tencent(テンセント)」は「テンセントスコア」と呼ばれる信用スコアを展開しています。両者はすでに中国人の生活にかなり浸透しており、きちんと支払いをする人やマナーを守る人は信用スコアが高く、シェアサービスなどのデポジットを免除されるなどの特典があります。
――その人の履歴が価値につながっているんですね。
はい。これと同じことが教育分野でも起きると考えています。今までの評価はテストの点数が中心でしたが、これからは正解がひとつとは限らない問題に取り組む学習が増えます。このような学習では、協調性や主体性など一律に評価しにくい能力である「キー・コンピテンシー」が測られます。キー・コンピテンシーは多様な観点から評価することが重要ですが、学習データをブロックチェーンで記録し、複数の教育機関で共有することで、それが可能になると考えられます。テストの点数はいまいちだったけど、志望校は自分の学習記録を評価してくれた、そんな生徒が出てくるかもしれません。
――なるほど。評価の形が大きく変わる可能性があるのですね。
すでに海外では、中国を筆頭に、アメリカ、ヨーロッパなどで導入が始まっています。特にアメリカでは、高校の間に大学の一般教養の単位を修得できる制度があるのですが、その際の学費の支払いにブロックチェーンを活用するという検討が始まっています。また、一部の留学生によるエッセイや学歴の改ざんが深刻な問題になっているのですが、それに対してもブロックチェーンが応用される動きがあります。弊社にも海外からの問い合わせがかなり増えており、今後、確実にこの流れは広がると考えています。
――全ての学習記録が残ってしまうのは、少し怖い気もします。
そうですね。でも、たとえテストの点数が悪かったとしても、テスト以外の学習記録で評価される可能性もあり、より多面的な評価が受けられるようになります。しかも、ブロックチェーン上でデータを共有するかどうかは、あくまでも学習者自身が決めます。データの所有権は学習者にあるということです。
学習の記録をデータで可視化することは、自分が何者かを知ることにつながると思います。また、さまざまな評価軸が正確に記録されることで、個人の多様性がより認められる社会に近づくのではないでしょうか。ブロックチェーンと教育との結びつきは、社会のあり方も変えていくと私は考えています。
(本書P.150~156より、Web掲載用に一部改変して転載)