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家に自転車があっても「シェアサイクル」 観光も伸びるHELLO CYCLINGの今

会員登録数300万人を突破した、シェアモビリティプラットフォーム「HELLO CYCLING」。最近では、新車両区分である特定小型原付「電動サイクル」のシェアリングサービスを始めたり、子乗せ電動アシスト自転車レンタルの実証実験を行なったりと、さまざまな取り組みを展開しています。

HELLO CYCLINGを運営するOpenStreet 代表取締役社長 CEO 工藤 智彰氏に、最近の取り組みやシェアサイクルの現在地、今後の動向についてお話を伺いました。

OpenStreet 代表取締役社長 CEO 工藤 智彰氏

PayPayからの利用や訪日客の需要増

HELLO CYCLINGの電動アシスト自転車シェアサービスは、2016年に開始。開始当初、ステーション数は3カ所だったが、現在は7,500カ所以上に設置されています。

特にこの1年で会員数は大きく伸び、2月8日に300万人を突破しました。1年間で大きく会員数を伸ばした施策にはどういったものがあるのでしょうか。

「サービス提供エリアの面では、東京や大阪などの中心都市の郊外にエリアが広がり、そうしたエリアでも会員数が増えています。例えば、東京では、練馬区や杉並区、大阪では東大阪市や堺市などで、自治体連携の取り組みが始まりました。

また、元々はドコモ・バイクシェアのシェアサイクルを導入していた自治体が、複数の事業者と連携を開始した例もあります。東京都内の例で言うと、文京区、杉並区、中野区など都心部でも自治体との連携が増えてきました。結果として、人口が集中するエリアについてはほぼ全域をカバーするようになってきたことも、会員数の増加に大きく寄与しています」(工藤氏)

東京都杉並区にオープンしたHELLO CYCLINGのステーション

HELLO CYCLINGは、キャッシュレス決済アプリPayPayから利用ができる点も特徴。気軽に借りられることから、多く利用されているそうです。

「外部サービスからの流入で大きいのは、PayPayのミニアプリからの利用と、Google マップの経路検索に弊社のシェアサイクルサービスを含めた結果が表示されるようになったことです。PayPayミニアプリとの連携は2022年7月にスタートしており、外部からの流入動線としては最多です」(工藤氏)

PayPayアプリからも利用できる

「Google マップとの連携については、Googleさんから連絡をいただいたわけではないので正確なタイミングはわからないのですが、2023年6月頃には対応が完了したようです。弊社ではシェアリングサービスにおける標準フォーマット『GBFS(General Bikeshare Feed Specification)』形式への対応は2年ほど前に完了しています。

Google マップの経路検索に表示されるため、訪日客の利用も多く見られます。ヒアリングの結果、Google マップが利用できない中国を除いて、訪日客がシェアサイクルを知るきっかけの多くはGoogle マップのようです。

ほかに訪日客の利用が伸びている背景には、台湾人YouTuberが「日本におけるYouBike」(YouBikeは台湾・台北などで利用できるシェアサイクル)のように弊社サービスを紹介いただくなどの影響もあるようです。

弊社サービスの海外ユーザーで最も比率が高いのは台湾ユーザーですが、これには台湾ではシェアサイクルの『YouBike』を利用した体験がある人が多いため、海外でもシェアサイクルを使う動機付けになっているのだと思います」(工藤氏)

台湾のシェアサイクル「YouBike」(2018年頃)。地下鉄駅前などに多くのポート・自転車が設置されている

会員数とステーション数は「国内最大」

現在、HELLO CYCLINGのシェアモビリティ用のステーション数は、全国に7,400カ所以上。これは国内で最多ですが、毎年、各ステーションごとの利用人数も増えているそうです。

「2020年頃は1つのステーションあたり全国平均で40人程度、多いところで100人から1,000人と幅がありました。2023年の第2四半期では全国平均で80人程度へと、2020年時点の約2倍に増えています。

伸び方は指数関数とまでは言えませんが、直線的というよりは曲線的な伸びが見られます。その勢いは、会員数が200万人だった頃よりも、300万人が近づいている今の方が勢いを感じています。

一方で、まだステーションが設置できていない場所もありますし、密度や自転車台数も足りていないエリアもあります。ステーションを増やすと、今度は自転車が足りないとか、満車になってしまうことが起きるので、需要に供給が追いついていない状態があります。

ステーションの設置場所については、都心部で獲得競争が激しいですが、OpenStreetではこれまで参入していなかったエリアで、順次サービスを開始していることもユーザーの伸びに繋がっています」(工藤氏)

HELLO CYCLINGプラットフォーム。ステーション数は全国に7,400カ所以上

黒字化エリアと撤退するエリア

HELLO CYCLINGでは、サービス開始当初から、そのプラットフォームを全国各地のパートナー企業へ提供し、それぞれの地域でシェアサイクル事業を運営するビジネスモデルを展開。現在65企業が参画しています。1つのHELLO CYCLINGアカウントで、さまざまなパートナー企業の自転車や貸出返却拠点であるステーションをシームレスに利用できるといったメリットがあります。

観光特化型のステーションや、大学付近での通学利用など、さまざまな利用がされていますが、ビジネス構造に変化はあるのでしょうか。

「エリア単位では、自転車への投資と運営費に対して収入が上回るエリアが増えてきています。23年に参加した事業者さんについては、自転車1台あたりの売上がコストを上回り、黒字化できています。

これは我々の強みでもありますが、プラットフォームに参加した時点で、ある程度のネットワーク性の恩恵が受けられます。首都圏においては、参入したいけど自転車が供給できない、自転車メーカーの供給が追いつかないため、少し待ってもらっている事業者さんもあります」(工藤氏)

HELLO CYCLINGのプラットフォームを全国各地のパートナー企業へ提供し、それぞれの地域でシェアサイクル事業を運営するビネスモデルを展開。現在65企業が参画している

「地方都市に関しては、観光目的での導入など、コストをかけて二次交通課題を解決するような位置づけのため、売上があまり出ていない都市もありますが、人口規模で20万人ぐらいの都市では黒字化し、自転車やステーションを増やしていくというフェーズに入った都市もあります。一方で、長くサービスを提供しても定着することができず、撤退する判断をした都市も中にはあります。

シェアサイクルが定着できなかった都市の例では、散漫にステーションを展開してしまい、観光スポットにだけ設置したり、シェアサイクルの「複数拠点で貸し借りできる」という特性を活かさずに、旧来型のレンタサイクルの置き換えとして展開したりする例があります。

また、居住者の利便性と観光客の利便性を両立させず、観光特化型で進めても、定着しないケースがありました。その他にも、シェアサイクル事業はある程度最初に設備投資が必要で、売上は小さく長く積み上がるモデルなので、純粋に事業者さんの体力的な問題で撤退せざるを得ないケースもありました」(工藤氏)

シェアサイクルと似ている携帯電話業界

シェアサイクル事業者はHELLO CYCLING以外にも、ドコモ・バイクシェアやLUUPなど複数存在します。貸出・返却ステーションは増えていますが、シェアサイクル用の用地やステーションをシェアする動きは広がっているのでしょうか。

「現在、東京都内では東京都庁や新宿駅の付近など一部の場所で、複数のシェアサイクル事業者が同じ場所を使っている事例があります。また、大きな民間施設においても複数のシェアサイクル事業者の場所を用意している地点もありますが、全国的には未だ限られた事例です。

一方で、ユーザーさんから見れば複数の事業者を選べる方が利便性が高いよね、ということで事業者ごとに物理的なスペースを奪い合うのではなく、同じポートを共有化するような動きも、シェアサイクル協会など共通の団体を通して事業者同士で積極的な意見交換を行なっています」(工藤氏)

OpenStreet社が入居する東京ポートシティ竹芝オフィスタワー
複数のシェアサイクル事業者のステーションがある

「携帯電話業界の推移に似ているところがあると思います。携帯電話業界も、最初はMNP制度などもなくて、とにかく自分たちで白地を奪い合っていたところが、だんだん同じところで競い合うようになり、その先にインフラシェアリングなどの取り組みが始まっています。シェアサイクルでも、剥がして、剥がされての競争の結果で何も残らなくなるのは嫌だよね、そんな話をしている事業者さんもあります。

一方で、足元では民用地の獲得に場所代をある程度かけている事業者さんもあり、ある程度ステーションが剥がされてしまう例はあります。あまり場所代を高くしすぎると、シェアサイクル事業の損益分岐点が上がってしまうので、我々としては売上から逆算してかけられるコスト考えて展開しています。

単純に場所代としての収益目的ではなく、事業として連携して相手側もシェアサイクルを導入する目的がある場所にステーションを導入してもらう方が、コスト面でも通常では設置できない場所でもステーションが置けるという面で良いと思っているんです。

例えば、JR上野駅前に44台のステーションを先日オープンしました。これは、JR東日本さんから出資して頂いている関係もあり、いろんな取り組みをさせて頂いています。

他にも、駐車場の会社さんと連携して、駐車場の中で車室ごとの稼働率を見て、稼働率が悪い車室を減らして駐車場の空きスペースをシェアサイクル用に転用している事例もあります。駐車場そのものとの稼働率ではシェアサイクルの方が不利になりますが、稼働率が高くない車室を1つ減らしても、全体的にはプラスになることもあります」(工藤氏)

JR上野駅 広小路口と正面玄関口の間にステーション設置

家に自転車があっても「シェアサイクル」を選ぶ例も

シェアサイクルの普及で、ユーザーの自転車の使い方にも変化が生まれました。かつては所有している自転車で駅まで向かい、駅前の駐輪場に自転車を止めるという光景が多く見られましたが、そこにシェアサイクルの存在が強くなっているようです。

「特に郊外エリアでの話ですが、普段から自宅から駅までの通勤や通学に自転車を使っている人がいます。駅までのアクセスに自転車を使おうとすると、駅前の駐輪場代として1回100円から200円前後の料金負担が発生します。

これがシェアサイクルになると電動アシストつきで、130円(利用開始30分130円、延長100円/15分、1,800円/12時間)の料金ですむので、駐輪場代と大きく変わらないんです。それで、帰りの時間帯は天気が悪い予報の場合や、帰りは行きと違う駅から帰ってきたい場合、自分の自転車を使うよりもシェアサイクルの方が便利、というケースがあるようです。そうやって利用機会が増えていくうちに、自分で自転車を所有するよりも便利で、シェアサイクルをメインに切り替える例もあるんです」(工藤氏)

杉並区のへーベルメゾンでは空き駐車場を使ってステーションを設置するトライアルも行なわれた

他にも、一人暮らしをする世代だと、引越先や新しく住み始める家の近くにシェアサイクルがあるケースも増えており、新しく自転車を買わずにシェアサイクルが活用できる例も増えているようです。

「賃貸検索サイトなどで、“シェアサイクルあります”のようなオプションはまだありませんが、LUUPさんのポートがある、ということをアピールしている賃貸検索サイトがあったと思います。また、物件を紹介するフリーコメントの中で、『近所にシェアサイクルポートあり』とうたう例は増えています。

賃貸検索サイトでは、徒歩10分を超えてしまうと検索される数がガクンと減る中で、駅からの距離はちょっと遠いけど、バス停から何分、あとは『シェアサイクルで○○駅直行、何分』のように紹介するケースは増えてきています。パートナーの地方銀行さん経由で、そういった駅からはちょっと離れた場所にあるアパートへのステーション設置を紹介いただく例も増えています」(工藤氏)

大学や病院へのステーション設置が広がる

大学では、卒業時に大学の駐輪場に捨てていってしまう。という問題がどの大学にもあるようです。そうした背景から、最初からシェアサイクルの設備を備えておきたいと考える大学も増えています。

直近では、関西大学千里山キャンパスと吹田みらいキャンパス、近畿大学東大阪キャンパスに、HELLO CYCLINGのステーションが新たに設置されました。

1月25日に、関西大学千里山キャンパスと吹田みらいキャンパスにステーションを設置

「大学キャンパスまでの移動で言うと、駅から離れた場所にキャンパスがある大学では、駅との間にスクールバスを運行している例ももちろんありますが、バスの便数が限られるのと、ピークタイムにはバスに乗りきれない人も出る。という課題を聞いています。

そこで代わりにシェアサイクルが使われている例があります。また、学生が休みの期間中でも職員の通勤の足として使われる例もありました。コロナ禍で授業がオンライン化された際に、ステーションを一時廃止するか尋ねたところ、職員さんから絶対にやめてほしいとご要望頂いたこともあります。大学と同じように、病院などでも患者さんに限らずその拠点に勤めている人の足として、シェアサイクルが活用されています。

事業者側としても、大学生は朝夕のピーク時間帯に限らず、日中時間帯も大学への行き来に使ったり、体力があるためか長距離を乗ってくれている例も多いです。一方で、料金に対してはシビアで、アンケートをとると料金を安くしてほしいという要望が上位にきています」(工藤氏)

HELLO CYCLINGの基本料金(都道府県別、同一ステーションでも車種によって料金の異なる場合がある)

料金面での取り組みでは、電車やバスの定期券と組み合わせて、この区間の定期券を持っている人は、そのエリア内で一定の月額料金でシェアサイクルも使い放題になるというトライアルを実施。定期券を買うべきか、買わないべきか微妙な通勤回数がラインの人も、シェアサイクルも使えるならと、定期券を購入した事例もあるようです。

「こうした取り組みの課題としては、使い放題の通信サービスと同じように一部のヘビーユーザーが突出して使うことで、特に業務用として使う人は利用回数が非常に多くなっています。これを純粋に事業として成り立つラインにすると、ユーザーから見てちょっと高い値付けになってしまうので、それをどう設計するかが課題です。

問題のある使い方という意味ではありませんが、業務利用で多いのは地域の不動産屋さんの営業回りや物件回り、あるいは訪問介護などでの訪問など、地域を回る会社さんでの法人契約が増えています。こうした会社の場合、訪問先の近所で駐車場を停めて支払いするよりも早く到着するケースも多いですし、運転免許証を持たない従業員でも担当できるメリットがあります」(工藤氏)

このほか、マラソンやジョギングの片道用にシェアサイクルを使って、出発地まで電動アシスト自転車で行って帰りをジョギングして走って帰ってきたり、逆に走れるところまで走って帰りはシェアサイクルで帰るという片道利用のケースもあるそうです。

事業の広がりとともにユーザー自身のアイディアでさまざまな利用方法があるのが、シェアサイクルならではの特徴のようです。最近では1月30日から、千葉市やさいたま市で免許不要の電動モビリティ「電動サイクル」のシェアリングサービスも始まりました。これらも含め、今後さらにどういった広まり方をしていくのか注目したいと思います。

島田 純