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芋緑化とは何か? ビル屋上のサツマイモ栽培でエアコン効率改善

室外機の吸い込み口側にサツマイモの葉を繁茂させた様子

今年の夏は連日にわたって気温35℃を超える日が続きました。ニュースや天気予報でも、頻繁に“災害級の暑さ”という言葉が飛び交い、不要不急の外出を控えることが呼びかけられていました。

室内で過ごしていても、熱中症には気をつけなければなりません。その対策として、こまめな水分補給とエアコンの使用が推奨されました。

他方、近年はカーボンニュートラルの観点から省エネや緑化への取り組みが強まっています。東京都心部は隙間なくビルが立っていますが、それらのビルでは屋上緑化や壁面緑化が進んでいます。

そうした緑化が進む中、オフィスビルの屋上などに設置されたエアコンの室外機の周辺をサツマイモで緑化する室外機芋緑化システムと呼ばれる取り組みが拡大中です。なぜ、サツマイモで室外機を緑化しているのでしょうか? その狙いを日建設計 企画開発部門プロジェクトマネジメントグループプロジェクトマネジメント部の本郷太郎さんと東急不動産 都市事業ユニット都市事業本部資産管理部の高橋尚宏さんの2人に、この取り組みの現場でもある新目黒東急ビルで聞きました。

日建設計の本郷太郎さん(左)と東急不動産の高橋尚宏さん(右)

なぜサツマイモだったのか?

――まずビルの屋上に設置されている室外機をサツマイモで覆う、室外機芋緑化システムとはどんなものなのか? その説明をお願いいたします。

本郷氏:室外機芋緑化システム(芋緑化)のスタートは、弊社と関係が深い住友商事からの依頼です。当時、住友商事は中小規模のテナントオフィスをいくつか建てる計画を進めていました。せっかく建てるからには、次世代に相応しい環境配慮型のビルにしたいというリクエストがあったのです。

そこで環境配慮型のビルをつくるための提案のひとつとして、室外機置場を緑化するという案を示しました。しかし、その真意は緑化ではなく、室外機の効率を上げることで省エネを目指したものです。

屋上に設置された室外機は、室内の熱を捨てるために温かい空気を排出します。その排熱によって屋外の新鮮な空気も温まってしまうのです。うまく排出できればよいのですが、現状は密度高く室外機が設置されていることが多く、室外機が排熱した空気を再び取り込んでしまう傾向が懸念されていました。そうなると、熱を屋外に捨てることができません。

結果として、エアコンの効きが悪くなります。エアコンの効きが悪くなれば、当然ながらエネルギー効率も落ちます。そんな非省エネ環境を改善しようと考えたのが芋緑化です。

室外機の周辺を光合成による気化熱で涼しくし、葉で覆い日陰にすれば、それだけ吸い込む空気の温度が低くなります。そうすれば、自然とエアコンの能力が改善され、結果として省エネにつながるのです。その日陰をつくるために、サツマイモの葉で緑化することを住友商事に提案しました。

――昨今のビルは屋上緑化や壁面緑化など、あらゆる部分で緑化に取り組んでいます。そうした緑化に使われる樹種は環境に応じてさまざまですが、なぜ室外機をサツマイモで緑化しようと考えたのでしょうか?

本郷氏:サツマイモは室外機がフル稼働する7~9月の夏季に繁茂します。夏季のタイミングにぴったり合う植物であること、そして栽培に手間がかからないことが理由です。サツマイモは病害虫にも強く、強風や乾燥にも耐える力があります。

また、土壌溶液栽培というシステムを採用していることも大きな特徴です。一般的に屋上緑化のために屋上庭園をつくることも多いですが、それなりの土の量が必要になります。そのため屋上庭園は、建物の耐荷重が課題となります。土壌溶液栽培は、畑での栽培と水耕栽培をハイブリッドした技術で、小さな容積の土壌でも高栄養な液体肥料を与えることで、植物の生育が可能です。

これを応用して、小さな袋の中に芋の苗を植えたのです。その軽さを生かし室外機の横で空中にぶら下げて生育することを実験し、きちんと育つことが確認できました。

――サツマイモの栽培は手間がかからないということですが、芋緑化をするまでの流れはどうなっているのでしょうか?

本郷氏:まず3月頃から農家のビニールハウスで芋苗を芋袋の中で生育します。6月頃には苗が20センチぐらいの大きさになります。その段階になってビルの屋上へ移します。サツマイモは病気に強いのですが、週に1回程度は順調に生育しているか、芋虫が発生していないかを観察する必要はあります。

そして、7月頃になると葉が広がってきます。この時期が、もっとも青々としています。しかし収穫はまだ先です。東京だと、葉が枯れてくるのは10月前半あたりで、それが収穫のサインです。

普通の畑のいいとこ取りで実用化を実現

――芋緑化できる範囲は、最大で屋上面積の何%ぐらいまで可能なのでしょうか?

本郷氏:室外機置場の面積の半分程度になります。芋を設置するのにもコストがかかりますから、費用対効果を考えて設置します。室外機の省エネという観点から逆算して、どのぐらいの範囲を芋緑化すれば一番効果的になるのかを考える必要があります。

例えば、この屋上の室外機は横側から外気を吸い込んでいますが、その逆側はメンテナンススペースです。室外機の配置にもよりますが、芋緑化では吸い込み口側に葉っぱを繁茂させれば効果を出せますので、吸い込み口とは逆側を芋緑化する必要はありません。

繁茂したサツマイモと日建設計の本郷太郎さん

――室外機の吸い込み口に日陰をつくることで効率を上げようとする考えは理解できるのですが、そこからサツマイモに行き着いたのはなぜでしょう?

本郷氏:サツマイモ以前は、ヘデラで実験をしました。ヘデラはマンションの外構でも目にする植物です。馴染みのある植物なので、入手もしやすいと考えました。実際に屋上の室外機置場で取り組んでみると、室外機のフィンに絡まってしまいそうになるなどのトラブルが起きました。

そんな失敗を経験し、思案に暮れていたときに芋緑化に出会いました。芋緑化は、約20年前に京都大学の吉田治典研究室が水耕栽培で実験していたのです。その実験結果から、一定の効果が得られることがわかっています。しかし、吉田治典研究室が取り組んだ芋緑化は一般には普及していませんでした。大学の研究ですから一般に普及させることが第一の目標ではなかったこともあるでしょうが、私たちは、それを掘り起こした形です。

――なぜ、水耕栽培の芋緑化が普及しなかったのでしょうか?

本郷氏:実際に水耕栽培で試してみたのですが、水耕栽培には手間と費用がかかることがわかりました。そこで、水耕栽培から土壌溶液栽培へと切り替えてチャレンジすることにしました。

土壌養液栽培というのは水耕栽培と土壌栽培、いわゆる普通の畑のいいとこ取りをしたハイブリットな栽培方法です。小さな袋のような土壌でも、濃くした液体肥料を定期的に与えることできちんと生育させることができます。そして、その土壌養液栽培で試してみたところ、まさに私たちが考えていた結果が得られたのです。

こうした実証実験を経て、本格的に芋緑化に取り組むことになりました。2019年には住友商事と協同で特許を取得し、2021年には環境・設備デザイン賞で最優秀賞を獲得しました。そして東急不動産にも興味をもっていただき、このように芋緑化していただいています。こうして、少しずつ東京都内のビルでも芋緑化が広がることになりました。

――芋緑化は屋上で取り組んでいるわけですが、ビル風は気にしなくても大丈夫なのでしょうか?

本郷氏:超高層ビルの屋上のように常時強い風が吹いていると難しいと思いますが、この新目黒東急ビルは14階建てで、この程度の高さなら大丈夫です。また、台風などの一時的な強風なら問題はありません。葉がひっくり返ってしまったとしても、2〜3日で自然に戻ります。

――芋緑化は屋上緑化の一環として取り組まれていますが、屋上以外で取り組む考えはありますか?

本郷氏:屋上だけではなく壁面でも可能です。ただし芋の葉は上に伸びるのではなく横に繁茂する性質があります。壁面で芋緑化にチャレンジするとしたら、壁に吊って下に垂らすようなイメージになるかと思います。

――芋緑化に取り組むための技術面・費用面のハードルはどのように考えていますか?

本郷氏:技術的な問題はないと考えます。芋緑化のために単管のパイプを敷設して、あとはネットを敷くだけです。栽培はマニュアル通りにやるだけなので、特に専門知識は必要としません。

やはり初期費用が課題になるかと思います。芋緑化に必要な設備として、芋苗とそれを吊り下げる架台、サツマイモの葉や蔓を支えるネットは、繁茂範囲に応じたコストになります。

ただ、自動給水給肥料装置は、そうなっていません。自動給水給肥装置には土壌溶液栽培用の水と液体肥料が入っています。そして1日に3〜4回ほど、ポンプから配管を通じて養分が入った水が運ばれていきます。この設備のセットが一式で150万円程度かかります。

この費用は、室外機1台に対して芋緑化する場合でも、数十台を対象とする場合でも必要な費用です。もう少し小さな容量の自動給水給肥装置が望まれています。

手前の黒いタンク2本が自動給水給肥装置

東急不動産のオフィスビルで300kgのサツマイモを収穫

――東急不動産では、収穫したサツマイモはどのように扱っているのでしょうか?

高橋氏:昨秋に入居テナントを招いた収穫イベントを実施して、参加者に手土産としてお渡ししたほか、クッキーに加工して営業用のノベルティとして配布しました。クッキーのパッケージには芋緑化のシステム概要をイラストとして載せ、取り組みのアピールも兼ねています。

ちなみにこのビルですと、芋緑化を行なっている面積は50m2ぐらいで、収穫できるサツマイモの量は60〜70kgです。

芋袋を前にして、収穫後のサツマイモについて説明する高橋尚宏さん

――収穫したサツマイモはイベント参加者に配っているということですが、東急不動産で販売するなど事業化する考えはありませんか?

高橋氏:収穫したサツマイモを販売しようという意見は確かにありました。ただ、商品として販売するには、保健所の審査や営業許可などクリアすべきハードルが高いことがわかりましたので、現段階では販売せずに、イベントやプレゼントでの提供を想定しています。

――今後、芋緑化にも力を入れていこうという考えはあるのでしょうか?

高橋氏:現在、オフィスビルで芋緑化を導入しているのは、渋谷に3棟、恵比寿に1棟、目黒に1棟の計5棟で、昨年は300kgほどのサツマイモが獲れました。弊社では全社を挙げて環境に対して取り組んでおり、この施策はもっと展開させたい思いもありますが、設備面積や室外機配置など、状況によって検討が必要なため、現状は未定です。

――芋緑化に必要な屋上面積は、どのぐらいが必要最小限になるのでしょうか?

本郷氏:実は、それが今の課題になっています。「もっと小さい面積で芋緑化をやりたい」というリクエストもいただいているのですが、先ほども申し上げたように芋緑化は設備に150万円前後の初期費用がかかります。そのため、それなりの面積が確保できなければ採算面から導入が難しいのです。

様々な品種を試した結果「紅はるか」を推奨

――サツマイモは鹿児島県や茨城県のイメージがあります。それらを考慮すると、北海道や東北地方といった寒冷地で芋緑化に取り組むのは難しいような気がします。北海道の特産品といえば、ジャガイモです。ジャガイモでも可能なのでしょうか?

本郷氏:ジャガイモでも可能ですが、ジャガイモは3月から4月にかけて繁茂します。真夏の前の繁茂なので、省エネ効果は小さいと考えます。なので、芋緑化に取り組める地域は北関東から南ぐらいになると思います。そもそも北海道・東北地方は夏季でも外気温はあまり高くなく、室外機の排熱による課題は都心ほど求められていないように思います。

――芋緑化で使用しているサツマイモの品種は、どうやって決まったのでしょうか?

本郷氏:これまでにも多くの品種で芋緑化を試していまして、パープルスイートロードというムラサキイモでも試したことがあります。パープルスイートロードも繁茂スピードが素晴らしく、芋緑化という観点では最適ですが、そのまま食べてもあまり甘くないんです。パープルスイートロードはお菓子の材料として使うことが多いようです。

今、もっとも芋緑化に適していると考えているのは紅はるかという品種です。紅はるかは、繁茂スピードが早いですし、食べても美味しいので、芋緑化には紅はるかを推奨しています。

そのほかには、紅あずまで芋緑化に取り組んでいるビルもあります。住友商事と実験的に芋緑化に取り組んでいたときは、紅はるか・パープルスイートロード・紅あずまの3種類のほかに、焼酎に使用する黄金千貫、シモン1号なども試してみたことがあります。これらのサツマイモも人気が高いのですが、個人的には紅はるかがいいのかな、と思います。

――今、東急不動産は広域渋谷圏を掲げて、100年に一度の大開発をしています。広域渋谷圏の開発では、先ほども触れた“WE ARE GREEN”をスローガンにしているわけですが、「渋谷全体をサツマイモ畑にしてやろう」みたいな計画も密かに進めていたりするんですか?

高橋氏:個人的には、渋谷全体をサツマイモ畑にしてみたいとは思います(笑)。ただ、芋緑化は室外機の周辺を対象としますが、駅周辺の大型施設では地域熱供給を受けているため、室外機自体がほとんどありません。芋緑化は場所が限られてしまうわけですから、現実的に渋谷全体をサツマイモ畑にすることはできず、設置できる範囲で少しずつ広げていく形になるのかと考えています。

本郷氏:今後、芋緑化が普及・拡大させていくために省エネルギーの観点だけではなく、さらなる付加価値をつけることが重要だと思っています。

デザインの観点でいえば、建築家、特に意匠系の方々からは室外機はデザイン的に邪魔に感じるようです。なんとか目立たないようにしたいというニーズがあるので、芋緑化で隠したいという相談を受けたりします。

実は室外機の横で育てたサツマイモは見た目がいいだけでなく、美味しい、栄養満点となれば、地産地消にもつながります。

ヒートアイランド対策の観点からは、芋緑化はヒートアイランド対策が必要な真夏に繁茂するので効果的です。その一方で、サツマイモは一年草ですので行政の緑化面積として認められていないのが現状です。緑化面積としてカウントされれば、室外機置場の一部が緑化面積に算入されますから、これまで無理に緑化せざるを得なかった外構や屋上をより有益な活用方法に転換できるかもしれません。また、この面積を加算することでさらに緑化による容積緩和等の優遇措置が受けられることができるようになれば、ビル所有者もメリットが増し、それが芋緑化の普及・拡大につながります。

今後、芋緑化を広げていきたいと話す高橋尚宏さん(左)と本郷太郎さん(右)
小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。