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これからのローカル線はどうなる? 住民の足を守るための打開策

『日本のローカル線150年全史』で取り上げている福井鉄道は福井市を中心にした路線網を形成。市街地では路面電車、郊外では一般の鉄道として運行されている

昨年、JR各社は路線の収支や営業係数を相次いで公表し、赤字路線が明らかにされたことが大きな話題になりました。これが引き金となり、ローカル線の存廃議論が始まっています。このままでは、多くの路線が廃止される可能性も否定できません。このほど『日本のローカル線150年全史』(清談社Publico)を出版した著者の佐藤信之さんに、今起きているローカル線問題と生き残るための処方箋を聞きました。

2023年度からローカル線を残す術が広がる

佐藤信之さん。このほど出版された『日本のローカル線150年全史』は、これまでに集めた資料をまとめておきたいという思いがあったと語る

――昨年、JR西日本は2017年から19年までの3年間における17路線30区間の収支、営業係数を初めて公表しました。これを皮切りにJR東日本なども利用者が特に少ない66区間に絞って2021年度の収支を公表しています。全国の鉄道が危機に瀕しています。

佐藤氏:日本の鉄道は明治期に殖産興業の掛け声のもとで拡大・発展を遂げてきました。政治も鉄道敷設法や軽便鉄道補助法などを制定して、鉄道の拡大を後押ししてきました。

そもそも政治は、住民からの陳情を予算化・制度化するプロセスなので、現状、地方議員は住民の意見をそのまま国会議員へと伝えるだけの仲介しかしていません。鉄道を存続するにしても廃止するにしても、住民にとってどれだけの影響が出るのか? 主体的に利益と損失を検証していない気がします。

行政は財政の収支が大事なので鉄道を残すときに生じる財政的な負担を受け入れたくないと考えるのは不思議なことではありません。つまり自治体側が「鉄道を残そう」「鉄道を残す必要はない」と判断するのに、議員は住民の意見・価値観を掬い上げることができているのか? それを自治体の政策や決定に反映させることができているのか?ということが問われています。

今、地方都市へ行くと住民レベルではローカル線を重視していません。例えば、「新幹線がほしい」と言い続けて、その実現のために大物政治家を頼ってきました。

しかし、いざ新幹線を着工する段階になると、反対が起こります。なぜでしょうか? それは、与党である自民党の政策決定プロセスがいびつだからです。自民党の政策プロセスからはずれてしまった人たちや地域住民が異を唱えるのです。かつて日本の政治家はローカル線をたくさんつくってきましたが、次第に時代にそぐわなくなってしまいました。

――国家が鉄道政策を決めていた旧時代の習わしが、今の時代にそぐわないということでしょうか?

佐藤氏:国による政策決定が、必ずしも押し付けになっているとは限りません。むしろ、国がどういう社会を目指しているのか? というビジョンがないことが問題です。それが明確になっていないと、公共交通のあるべき姿も定まりません。

今、公共交通政策に求められているのは、国がきちんとした公共交通の方針を決めることです。それを明確にしなければ、公共交通が必要なのか不必要なのかが不明瞭のまま議論が進んでいきます。つまり、国が公共交通に対する“哲学”を持っていないのです。

――日本は海外に比べて鉄道が発達していると言われますが、哲学はないんですね……。

佐藤氏:ヨーロッパでは、中世、国なり自治体が住民の移動を促進するような政策を取ることで経済発展につながりました。人が自由に移動できることは国が栄える根幹でもあるのです。だから、政治は人の移動や物流を妨げるような障壁を排除することに全力をあげます。地域の足を守ることは国の責任であると決められているのです。

ドイツは憲法で交通権が保障されています。そうした概念は、日本にはありません。日本は議員立法で交通政策基本法が制定されましたので、名義上は国が国民の足を守るというお題目にはなりました。ところが、肝心の財源は手当されませんでした。

――財源がないと鉄道の維持は困難です。

佐藤氏:2023年1月、国土交通省の斉藤鉄夫大臣は2023年度予算案の折衝を終えた後に「今年は『地域公共交通再構築元年』です」と発言しています。地域公共交通再構築という政治的取り組みでは、採算面から多くの鉄道路線がバスへと転換させられることになるかもしれません。

他方で、これまで社会資本整備総合交付金(公共事業関係費)の対象外だったローカル線を含めた鉄道設備にも使途が広がりました。社会資本整備総合交付金の創設前は、道路・空港・港湾などの整備は、個々の特定財源によって地方への補助金や負担金という形で財源の移転を図ってきました。これが一般財源化したうえで2003年度にひとまとめになって社会資本整備総合交付金が創設されました。

これにより使途が弾力化されたのですが、既存の鉄道施設への整備が対象になっていなかったのです。それが2023年度から鉄道設備にも使えるようになります。

――財源という面からも公共交通政策が変わるということでしょうか?

佐藤氏:これまでは、鉄道を廃止して通常のバスやBRTへ転換する際に発生する経費は国が面倒を見ていました。つまり、赤字のローカル線を廃止した場合は財源面からバスやBRTなどに転換するしか選択肢がなかったのです。また、政府は新幹線や地下鉄などは公共事業として整備を財源的に支援していましたが、ローカル線の整備には財源を手当してくれませんでした。

そのため、自治体がローカル線を残す術が限られていました。例えば、自治体が線路や駅舎などの鉄道施設を保有し、鉄道会社は運行に専念するといった上下分離も自治体が鉄道を残そうとした施策のひとつといえますが、これからはそれらに加えて鉄道を残すための投資に関しても国が面倒を見ることが可能になります。ようやく鉄道を残すために前向きな考え方ができる素地が整ったのです。

幹線にも「ローカル線問題」はある

――このほど、『日本のローカル線150年全史』を出版されました。本書についてお伺いできますか?

佐藤氏:3月22日に発売した『日本のローカル線150年全史』は、個人的には趣味的な内容だと思っています。これまで集めてきた資料などをまとめておきたいという思いが、まずあります。

本書では、まず明治時代からローカル線はどのように発達してきたのか、過去、地方がどのように鉄道を獲得し、廃止問題と取り組んできたか、をまとめました。歴史を正しく認識することで、これからいかにすべきか?という課題に対して何らかのヒントを与えてくれるかもしれません。

佐藤さんは、少年時代から鉄道が好きだったと語る

――ざっくりとローカル線があります。これらを通史としてまとめることは大変だったのではないかと想像します。

佐藤氏:一般的にローカル線とは、特急列車などが走っていない路線と解釈されていますが、厳密にローカル線を定義することはできません。当初の伯備線はローカルな計画でしたが、地元住民から瀬戸内海との連絡線になるように計画を拡大してほしいと要望され、最終的に山陽・山陰を結ぶ現状のような連絡鉄道になるわけです。伯備線のように、計画が持ち上がったときはローカル線だったのに、全線が開業したら幹線的な役割を果たしているローカル線はたくさんあります。

ローカル線と幹線を厳密に線引きすることもできません。また、無理に区別して論じても意味がありません。本書では福井鉄道を取り上げていますが、福井鉄道はローカル線ではなく都市鉄道といえます。

厳密に分類してしまうと、ローカル線問題の議論はまとまらなくなります。そのため、解決策が見出せなくなます。ローカル線問題がややこしいのは、「定義をしなければ議論が始まらない」のではなく、「定義をしてしまうと議論が始まらない」という点です。言ってみれば、幹線にもローカル線問題はあるということです。

例えば、山形新幹線は福島県の福島駅と山形県の新庄駅を結んでいますが、新在直通の新幹線として整備されました。そのため奥羽本線と同じ線路を走っているのですが、これもローカル線問題を抱えています。

また、北海道でも存廃が議論されている路線は函館本線や根室本線など、大部分は幹線です。だから、より厳密な表現をすれば「ローカル線」なのではなく「ローカル線問題」とする方がいいかもしれません。本書のタイトルは『日本のローカル線150年全史』ですが、本の中で論じているのはローカル線問題であり、正確に言えば『日本のローカル線問題150年全史』ということになるでしょう。

――山形新幹線でも、ローカル線と同様の問題を抱えているという話は衝撃的です。

佐藤氏:山形新幹線の走る奥羽本線は、山形新幹線「つばさ」を除けば維持が困難な路線になりつつあります。私は、奥羽本線を活性化させるためには、沿線の自治体が積極的に運行に関わることが望ましいと考えています。

沿線自治体は、線路や設備を保有する第2種鉄道事業者になり、「つばさ」と同じ線路を使って、奥羽本線のローカル列車を走らせればいいと考えています。形式としてはJRに運行を委託することになると思います。

来年度における政府予算案の概要を見ると、公共交通におけるサービスの購入という記述が目にとまります。これは自治体が公共交通の運行のサービスを決めて、その供給者を入札によって決めるというものです。

これを活用して、自治体は山形新幹線が走る奥羽本線でローカル列車の走るダイヤを決めて、山形新幹線とローカル列車を組み合わせて地方鉄道を再構築するのです。それにより路線収支が改善されるかどうかは別として、利用者や地域の住民に大きなメリットを与えることになるでしょう。ただ、現状、国がイメージしているのはバスが中心でしょうか。

こうした手法は、ほかの地域でも応用が可能です。例えば、地方でも県庁所在地などの人口規模がそれなりにある自治体なら確実に通勤・通学需要があります。そうした都市の近郊は、サービスを充実させれば鉄道の利用者数を増やせるんです。

特に、運転本数や列車の乗り継ぎの時間、始発の繰り上げと終発の繰り下げといった部分を改善することで大きな効果をもたらします。だから、地域の特性を踏まえた自治体が積極的に列車の運行に関わっていくことが重要です。

地域の課題は鉄道事業者だけでは解決できない

――自治体がサービスを決め、それを入札で決めるというスキームは現実的に可能なのでしょうか?

佐藤氏:ヨーロッパではローカル線の運行者を民間に委託しますが、その際に自治体がサービスメニューをすべて決めています。サービスメニューとは何か? それを具体的に言いますと、1日に何本の列車を走らせるのか? 始発・終発の時間をどうするのか? 運賃はいくらに設定するのか? といった内容です。

そうしたサービスメニューを決め、自治体は補助金の額を設定します。その上で入札をするわけですから、民間企業もその条件で受託できると判断してから応札します。だから民間事業者は、やり方によって黒字にすることも可能です。

設備は公が所有し、運行にかかるサービスを民が担当する。いわば、自治体が鉄道運行を受託した企業からサービスを買って住民へ提供する方式です。この方式は、これまでの日本では馴染まない鉄道システムと思われてきました。しかし、これから検討していく余地は大きいでしょう。

現在、日本各地ではコミュニティバスがあちこちで走っています。このようなコミュニティバスの多くは、自治体がサービスメニューを作成して、それに見合う補助金を示した上で民間企業が応札する形をとっています。つまり、すでにバスでは自治体が運行者からサービスを買う方式が定着しているのです。

かつて私は、千葉県印西市の公共交通会議の副会長を務めていました。印西市も「ふれあいバス」では、市の負担が最小になるように落札者を決め、サービス内容は一義的に市が決めます。

佐藤さんは、ローカル線を残すためのアイデアは無限にあると力説

――自治体がサービスを決めてから入札で事業者を決めるという方式を採用すると、鉄道のサービスは向上すると考えていいのでしょうか?

佐藤氏:運行事業者は公が保有する線路や駅舎を使ってサービスを提供する事業者と捉えれば、ひとつの路線や地域にこだわる必要はなくなります。

例えば、Aという事業者が東北で2路線の運行を受託し、関東でも3路線、近畿で3路線、四国で1路線、九州で2路線といった具合に全国で運行を受託できます。鉄道の運行は現場単位になりますが、経理部や人事部といった間接部門は共通化できます。

フランスには、そういった交通事業者がローカル線を運行ビジネス化しています。そして、海外にも積極的に進出して運行を受託しています。

日本国内にも、みちのりホールディングスという交通事業者が似たような形で事業を展開しています。みちのりホールディングスは、岩手県・福島県・新潟県・茨城県・栃木県・神奈川県でバス事業を受託し、福島県の福島交通や茨城県のひたちなか海浜鉄道、神奈川県の湘南モノレールなどを手がけています。

――自治体がサービスメニューを決めて、運行事業者に入札してもらうというシステムですと、自治体側に交通のプロがいないとうまく回せないという問題が起きそうです。

佐藤氏:だいたいの自治体には、一人ぐらいマニアのように詳しい人がいるんですよね(笑)。とはいえ、交通のプロでなくても大丈夫だと思います。

例えば、交通事業者で運行管理を担当している職員も、その職務に就いてから運輸局や運輸支局などに指導を受け、そこから少しずつノウハウを学んでいます。自治体職員が鉄道のサービスメニューをつくることになったとしても、スタート時からプロ並みの知識は必要ないでしょう。

逆に、運輸局や運輸支局は地域の特性を配慮しない役所なので、全国一律の指導をしがちです。その全国を画一的に見るような考え方が、公共交通の再生においてネックになっています。

だから自治体側でサービスメニューを作成する担当者は、交通の知識に長けた人よりも地域が抱える問題を熟知した人の方が望ましいでしょう。そうしないと、地域住民に使ってもらえるような鉄道に生まれ変われません。

実際には、協議会をつくって議論していくことになります。その協議会には、自治体職員や交通事業者だけではなく、住民にも参加してもらいます。地域の交通は、結局のところ住民が主役なのです。だから、住民の意見を取り入れなければ公共交通は生き残れない。将来的には交通に精通した自治体職員が、住民と一緒にサービスメニューを練っていくことが望ましいのですが、それはまだ先の話です。

――住民に使いやすい鉄道にするためには、やはり地域ごとの事情を反映させることが重要なのですね……。

佐藤氏:ローカル線は誰のためにあるのか?と問われれば、それは沿線住民のためにあるわけです。だから、なによりも住民にとって使いやすい鉄道へとサービスを改善していかなければなりません。

現在の鉄道事業者は、利用者の多い大都市部の利益を利用者の少ない路線に回して線路を維持しているという構図です。そのビジネスモデルは、もう成り立ちません。だから、もう鉄道事業者に任せっぱなしにするのは無理なんです。

肝心なのは財源です。今、自治体はローカル線問題で金を出したくないと考え、だから廃止を選ぶ自治体が増えています。

しかし、公共交通を維持するために総務省・国土交通省などが交付金や補助金で財源を手当てしています。自動車免許を持たない高齢者や高校生などの足として活用することを前提にすれば、厚生労働省や文部科学省からも交付金が手当てされるべきでしょう。

鉄道を維持するためのさまざまな財源を活用できれば、収支が厳しいローカル線でも残せる道はあります。ほかにもローカル線を残すためのアイデアは無限にあります。

佐藤信之(さとう・のぶゆき)
1956年、東京都江戸川区生まれ。亜細亜大学大学院経済学研究科博士後期課程単位取得。亜細亜大学講師や一般社団法人交通環境整備ネットワーク相談役を務めるほか、公共事業学会や日本交通学会で会員。著書に『鉄道会社の経営』『新幹線の歴史』『通勤電車のはなし』『鉄道と政治』(すべて中公新書)、『JR北海道の危機』『JR九州の光と影』(すべてイースト新書)など多数

小川 裕夫

1977年、静岡市生まれ。行政誌編集者を経て、フリーランスに転身。専門分野は、地方自治・都市計画・鉄道など。主な著書に『渋沢栄一と鉄道』(天夢人)、『東京王』(ぶんか社)、『都電跡を歩く』(祥伝社新書)、『封印された東京の謎』(彩図社文庫)など。