トピック

なぜ「セルフ写真館」が人気なのか ”予想外”ニーズを北村写真機店で聞く

キタムラが手掛けるセルフ写真館「PICmii」

誰もが手元のスマホでいつでも写真を撮れる時代になりました。自分で自分を撮影する「自撮り」も浸透し、街で自撮りする人を見かけることも珍しくありません。しかし一方で、「自撮りでは映せない全身の写真を撮りたい」「プロカメラマンが撮影するハイクオリティな写真が欲しい」といった、スマホの自撮りでは難しい写真へのニーズも根強く残っています。

スマホネイティブの若者も同様です。自撮りではなく、「他撮り(他人が撮影する写真)」に価値を感じ、アメリカでは他撮り専用SNS「Poparazzi(ポパラッチ)」が誕生するなど、世界全体で写真に関する新たなトレンドが生まれています。

韓国では「セルフ写真館」と呼ばれる、設置されているカメラで自ら撮影できるレンタルスタジオが人気です。日本でも、2021年11月にPetralが10代~20代女性を対象として行なった調査「2021年インスタ流行語大賞」で「セルフ写真館」が5位にランクインするなど、感度の高い若者に注目されているサービスです。

そのセルフ写真館を、カメラ専門店「カメラのキタムラ」を運営する株式会社キタムラが、PICmii(ピックミー)として2022年4月にオープン。プロ仕様の本格的な機材が設置されたスタジオで15分間撮り放題のサービスで、東京都新宿区と渋谷区の2店舗を展開しています。カメラ専門店が乗り出したセルフ写真館「PICmii」について、株式会社キタムラ・ホールディングス 執行役員 新規事業推進室室長 永冨泰高氏に話を聞きました。

「PICmii」内部。カメラや照明、モニターが設置されています
新宿店はカメラのキタムラの旗艦店「新宿 北村写真機店」A館7階に

韓国で人気のセルフ写真館を日本展開

カメラのキタムラは創業89年になる老舗の写真専門店です。永冨氏は、若い層との接点を増やすためにセルフ写真館の開始を決めたと話します。

「弊社はシニアや主婦層にはお客様がたくさんいますが、若い層への接点が減っていることが課題でした。韓国でセルフ写真館が人気ということを知り、調査を重ねた結果、日本でもスケールさせられると判断しました」(永冨氏)

永冨氏によると、セルフ写真館は2017年ぐらいから韓国で始まり、2021年にはソウル市内で約300店舗に増加、現在は韓国国内でおそらく2,300店舗程度になっているそうです。

「セルフ写真館は間違いなく韓国で定着しており、日本の若者ではどうかと考えたとき、韓国文化が若者のトレンドになっていることや、日本と韓国では文化圏が似ていることなどから、いけると判断しました」(永冨氏)

株式会社キタムラ・ホールディングス 執行役員 新規事業推進室室長 永冨泰高氏

人の目を気にせず撮影。撮影過程が楽しいという声

PICmiiは、好みの撮影スタジオを選び、設置されているカメラや照明を使って写真を撮ります。スタジオはそれぞれ内装が異なり、新宿店には3種類、渋谷店には2種類用意されています。撮影はリモートシャッターを押すだけで、写真の知識がなくても高品質な写真を撮影できます。

もし不明な点があったら、カメラに詳しいスタッフにサポートしてもらえます。カメラの照明は固定されていますが、希望すれば変えてもらえます。

「人の目を気にすることなく、プロの機材で撮影できることがポイントです。初めは恥ずかしいと感じているお客様も、後半は盛り上がって楽しく撮影しています」と永冨氏は話します。

新宿店のスタジオは3種類。スタジオAは水色の壁紙で夏の需要が高いそうです(※2月8~15日の期間はバレンタイン仕様で赤い背景になります)
スタジオBは白い壁紙。結婚記念などハレの日に人気
スタジオCはベージュの壁紙。「淡色女子」や「ラテ系」といった淡いベージュを使った人気のファッションとも相性が良く、一番人気のスタジオです
リモートシャッターを利用
モニターで確認しながら撮影できます
カメラ横にはスマホスタンドがあり、自身のスマホで動画撮影できます

部屋には椅子や撮影小物が用意されています。また、撮影中の様子を自身のスマホで動画撮影したいというニーズがあるため、スマホスタンドも置かれています。

撮影カメラはソニーの「α7 III」。PCへの転送がスピーディーにでき、撮影データをすぐに渡せることから採用したそうです。

機材はソニーの「α7 III」。照明は固定されていますが、希望すればスタッフさんに変えてもらえます
各スタジオに撮影小物を用意

撮影が終わったら、受付で写真データをダウンロードできるQRコードを受け取って帰ります。撮影したデータを順次カメラからPCに転送し、すぐにキタムラのサーバーにアップロードしているため、待ち時間は5分ほどです。

他社のセルフ写真館では、AirDropなどでスマホに転送する方法を採用しているところもありますが、PICmiiはそういった時間は不要です。また、撮影時の様子を30秒のムービーにまとめるサービスもあり、とても好評だそうです。

撮影が終わったら、受付でデータを受け取って終了。QRコードを読み取ってダウンロードできます

スタジオは15分間借りることができ、料金は2名まで3,800円(税込)。撮影はモノクロが基本で、カラー撮影は1,000円の追加、撮影したデータはすべて受け取ることができます。

この料金プランについては、利用者にどのように受け止められているのでしょうか。

永冨氏がアンケートを取ったところ、15分間という長さにほとんどの人が満足しており、それ以上長く撮りたいと言う人でもだいたい30分までだったため、30分間プラン(2名まで6,800円)も用意したとのこと。

料金に関しては、収益性と韓国や国内競合店の価格を考慮して、他店対抗できる価格にしています。

割引サービスとして、学割や特定のハッシュタグを付けて画像か動画を投稿すると、撮影料金から500円を割り引く「ハッシュタグ割」も用意しています。若者をターゲットにする上で欠かせないデジタルマーケティングにおいて、ハッシュタグ割はかなり効果があると永冨氏は感じているそうです。

学割やハッシュタグ割を用意

オープン前には、価格的に女子高生はプリントシール機での撮影が中心となると推測し、女子大生が多く来店すると予想していました。しかし、実際に始めてみると、20代会社員の利用がもっとも多かったとのこと。次は学生で、渋谷店は女子高生が多く、新宿店は女子大生の利用が多いなど、立地による差が多少あるそうです。

記念日やシーズンイベントでの撮影が多く、昨年のクリスマスシーズンにはほぼ予約が埋まるほどの人気ぶりでした。小道具もイベントに合わせて使えるように、クリスマス仕様のものや日付を入れられるパネルなどを用意しています。

友人、カップル、家族との撮影以外では、プロフィール写真の撮影や「推し活」写真の撮影にも使われています。

「お客様は撮影した結果だけでなく、撮影の過程自体が楽しいと言ってくださっています。15分間のエンターテイメントと捉えていただけているかと思います」(永冨氏)

記念日撮影向けの小物も
実際の撮影データ(編集部撮影)。プロフィール写真の撮影に来店する人もいるそうです

Z世代は"盛らない"。写真への感覚が変化

若者が撮影する写真といえば、美肌や小顔、デカ目など加工ができるプリントシール機での写真もあります。しかし、永冨氏は「Z世代の感覚は変わってきている」と話します。

「Z世代にはもう"盛る"ことは流行っていないんですね。弊社で働いている女子大生に聞いても、"盛らない"と言います。自分らしさを大事にするので、リアルじゃない顔は受け入れていない。Z世代は"盛らない"方向に変化していると感じます」(永冨氏)

そして、「写真は自己表現の新たな手段になっている」と永冨氏は分析しています。Z世代は物心ついたときからスマホがあり、親に撮影されたり、自撮りするなどして撮影に慣れています。でも撮影スタジオに行くと、急に他人が出てきて撮影するため、こわばった顔になってしまいます。

「いっそ自分で撮った方がうまく撮影できる、と考えた韓国のZ世代がセルフ写真館を始めたと聞いています。韓国では全身写真を撮っている人が多く、サッカーチームのユニフォームを着て撮影するなど、自分のアイデンティティを表現しています。セルフ写真館は自分らしさを表現できる手段として認められているのです」(永冨氏)

撮影例。縦写真のため、全身を写して自分を表現する場に

マタニティフォトや区役所でのイベントも

PICmiiには妊娠中の姿を撮影する「マタニティフォトプラン」も用意されています。若者以外にニーズはないのかを検討する上でアンケート調査を行なった結果、妊娠中の女性から「撮影はしたいが赤の他人に見られるのは恥ずかしい」「男性のカメラマンは困る」「上の子が人見知りしそうだ」などの意見が集まったため、マタニティフォトプランが誕生したそうです。

「夫婦や家族だけのプライベート空間で撮影できるため、好評をいただいてます。利用率は全体の10%ほどです。妊婦さんは身重で大変なので、時間は通常の倍の30分に設定しています」(永冨氏)

マタニティフォトプラン
マタニティフォト専用の小物も

また、期間限定で出店するポップアップイベントも開催しています。カメラなどを設置したブースを設営して、店舗と同じようにQRコードを受け取って帰宅できます。湘南T-SITEと代官山T-SITEでは、ペットと撮影できる「PICmii Pets」を2022年10月、11月に出店しました。

「ペットの写真はスマホでたくさん撮影していますが、家族とペットが一緒に写っている写真は少ないんですね。そこで、本格的な機材で撮影できるブースは喜ばれました。家族だけの空間で撮影するので、ペットもリラックスできて自然な写真が撮影できます。ペットとの思い出を残したいというニーズは強いため、今後ビジネスに繋げていく予定です」(永冨氏)

また、2022年11月22日の「いい夫婦の日」には新宿区役所にブースを設営し、婚姻届けを提出する人に無料で撮影してもらえるイベントも開催しました。婚姻届を手に、10分間で130枚ほど撮影する人が多かったとのこと。20代から70代までの夫婦が撮影し、利用率は当日婚姻届を提出された人の内7割近くに達しました。

ペットと撮影できる「PICmii Pets」をポップアップイベントで展開(広報提供)
11月22日(いい夫婦の日)に新宿区役所でも開催。婚姻届を提出する人は無料で撮影(広報提供)
新宿区役所では特別な背景も(広報提供)

2023年は本格的な事業に

赤ちゃんや七五三など、子どもが幼い頃は写真館に行く機会が多いものの、それ以降は写真館で撮影する機会はほとんどありません。しかし最近では、結婚記念日にセルフ写真館に立ち寄り、15分間楽しく撮影してからデートに向かうカップルもいるそうです。

とはいえ、まだセルフ写真館の市場はこれからだと永冨氏は言います。

「若い人はセルフ写真館で撮影しているといっても、おそらく20人中1人いるかどうかと思っています。今後はセルフ写真館とPICmiiのブランド認知を上げていかなければなりません。

この一年は完全にR&D(Research & Development)で進めてきましたが、直営で行くのかフランチャイズに展開するのか、異業種と組むのかなど検討して、本格的に事業化を進めていきたいと考えています」(永冨氏)

パウダールームもあり、撮影前に利用できます(新宿店のパウダールーム)
新宿店がある北村写真機店のフロア構成。セルフ写真館の隣には、カメラマンが撮影する「スタジオマリオ」があります

韓国では、セルフ写真館の利用者の年齢層が広がり、初めは20代でしたが現在は40代まで上がっています。日本も同様に広がれば、地方への展開も考えられると永冨氏は言います。

PICmiiは国内のセルフ写真館としては後発ですが、高性能なカメラを用意し、シャッターを押せば高品質の写真が撮れるように細かく調整するなど、カメラ専門店ならではの強みがあります。

「カメラの操作で困ったときにすぐにスタッフが駆けつけられるのも、キタムラの利点です。データがもらえるのはもちろん、撮影しているその時間が楽しいと言ってもらえたのが印象的でしたね。通常の写真館とは違う、体験としての撮影をPICmiiで提供していきたいと思います」(永冨氏)

鈴木 朋子