鈴木淳也のPay Attention

第188回

ついに登場した「楽天ペイ」オールインワン端末を分析する

「Coming Soon」だった「楽天ペイターミナル」が満を持して発表から8カ月の時を経て登場

「楽天ペイ(実店舗決済)」の新型オールインワン決済端末がついに提供開始した。この新端末の登場予告を「Coming Soon」で行なったのが約8カ月前のこと。その後すぐに取材して記事化したのだが、「そういえばもうサービスインしていたっけ?」とふと思い出したころに正式デビューとなった。

インタビューのタイミングが早過ぎて、まだ詳細が何も決まっていない時点での話だったのだが、その後、当時描いていたプランがどのように実現したのかをチェックしていきたい。

接続の煩雑性とレジ周りのスペース問題を解決

以前のインタビューで楽天ペイメント執行役員 営業第二本部 副本部長の近藤嘉徳氏が触れていたが、もともと店舗決済におけるオールインワン端末投入のきっかけの1つが、顧客へのヒアリングの中で出てきた「もう少しコストをかけてもいいので、さらに高い要求に応えられるものはないか」という声だ。

「楽天ペイ(実店舗決済)」が2012年に「楽天スマートペイ」の名称でクレジットカード決済サービスの提供を開始したとき、仕組みとしては非常にシンプルで、スマートフォンのイヤフォンジャックに“ドングル”を挿入して“カードの受け口”を確保するというものだった。さまざまな条件はあるが、当時といえば店舗がカード決済を受け入れる場合、基本的には非常に高価なカード決済端末を導入し、高い加盟店手数料を交渉のうえで受け入れるしかなかった。その閾値を下げたのが、スマートフォンやタブレットなどの汎用端末をレジやカード決済端末にしてしまうという「mPOS」という仕組みだ。ライバルと目されるSquareやリクルートのAirペイなども推進しており、楽天はその1社ということになる。

2012年のサービス開始時は楽天ペイ(実店舗決済)が「楽天スマートペイ」だった時代

その後、対応カードブランドの種類を増やして決済手数料を業界でも最低水準の3.24%に固定、それまで磁気ストライプ方式のカードしか受け入れられなかった“ドングル”に対し、ICチップに対応したEMV方式の決済の受け入れも可能にするBluetooth接続の専用端末の導入を開始した。

この時期には楽天グループ内での組織再編もあり、「楽天ペイメント株式会社」が成立。従来より提供されていたスマートペイのサービスは「楽天ペイ(実店舗決済)」となり、今日に至っている。専用端末は、いわゆるクレカの“タッチ決済”のほか、日本で提供されている各種電子マネーにも対応するなど非常に多機能だが、それまで“ドングル”をスマートフォンに挿入するだけで済んでいたものが、Bluetoothによるペアリングが必須でやや不安定だった点も否めない。これはレシートを印刷するBluetoothプリンタも同様だが、接続の不安定さに加え、3つの機器がただでさえ狭い中小小売店舗のレジのスペースを占有してしまう問題もあり、「もっと楽な方法はないのか」という意見が出てくるのも当然だ。

実際、mPOSの代替となるような「オールインワン型決済端末」がライバル各社から投入されつつあり、楽天ペイもまたそのトレンドに乗ってきた形だ。

楽天グループの再編を受けて「楽天ペイ(実店舗決済)」にリブランディング。決済端末も現行の英Miura Systems製のものに

オールインワン端末のメリットは何よりその取り扱い時の手軽さと省スペース性だ。楽天ペイメントによれば、バッテリ駆動により通常時でも2-3日程度の連続利用が可能で、少なくとも1日の店舗の営業時間は充電なしで使えるという。そのため、閉店後に充電しておけば翌営業開始時点からはケーブルを外してフルで活用が可能ということになる。ペアリング作業も必要ないため、端末を起動してすぐにカードや各種決済の受け入れが可能だ。

これ1台ですべての決済を任せるのも手だが、複数の端末を導入しての並行でのキャッシュレス決済受け入れもできる。例えば飲食業において、レジには固定で従来のmPOS型の決済端末を配置しつつ、別途今回のオールインワン端末を“ハンディ”として店内で持ち歩き、テーブル決済を行なえる。もともと、今回のオールインワン端末は従来のmPOSを置き換えるものではなく、「用途に応じて使い分けてもらうことを想定しており、併売していく」(同社)とのことで、既存の端末についてMiuraがいつまで製品をサポートするのかという問題こそあるものの、同社としては可能な限りサポートを継続していきたいようだ。

同時に、価格面の訴求力も比較的高い。今回は初期導入0円のキャンペーンがあるため前面ではアピールしていないが、オールインワン端末の本体価格は38,280円と、競合他社に比べて比較的安価に設定されている。「必要があれば追加で購入」というニーズにも応えられるわけで、加盟店が個々のビジネス状況に応じて最適なシステムを構成しやすいというのが強みの1つになっている。

ハンディ端末として実際に顧客の場所へ端末を移動させて決済させることも簡単
楽天ペイメント執行役員営業第二本部長の末吉覚氏、同社執行役員営業第二本部副本部長の近藤嘉徳氏、同社プロダクト本部楽天ペイプロダクト部副部長の井上卓也氏

楽天モバイルとの協業とハンディターミナル用プラン

オールインワン端末でもう1つ注目なのがネットワーク回線だ。4G LTEに対応しており、Wi-Fiが施設されていない場所でもすぐに利用が可能となっている。店舗内にWi-Fi環境を設置するのはそれほど難しくないが、例えば屋内外での各種イベント会場や食料品の移動販売など、電波の混信や準備の問題でWi-Fiの利用があまり向いていないケースがある。その点、このオールインワン端末であればLTE回線が通じている場所ではすぐにでも利用が可能になるため、この点は大きなアドバンテージになる。

以前のインタビュー時点では「できればいいし、楽天グループとしてはそうあるべき」としていた「楽天モバイルによる専用プランの提供」が、今回は正式発表されている。「ハンディターミナル用プラン」の名称で、3GBのデータ回線を450円と安価に利用できるものだ。基本的には“楽天モバイルのサービスエリア”が対象となるが、1点注意するのがプラン申請時に「ショップコード」の提出が必要な点が挙げられる。これは「楽天ペイ(実店舗決済)」の加盟店に与えられる13桁のコードで、つまり店舗決済を行なわないユーザーが「安価なデータ通信プランのみ利用する」といったことは事実上できない。

楽天モバイルの「ハンディターミナル用プラン」。月額450円で3GBまで利用可能

オールインワン端末では通常の物理SIMとeSIMの両方に対応しており、データ通信可能なSIMさえあればハンディターミナル用プランを選択しなくてもLTE回線での運用が可能。楽天ペイメントでは「楽天モバイルのSIMでのみ検証済み」としているが、特にロック機構などはかかっていないため、実際には同社以外の携帯キャリアのSIMも利用が可能とみられる。ただし対応バンドの関係で利用可能エリアに大きな制限がかかる可能性が高いと考えられ、基本的にはWi-Fiまたは楽天モバイル回線での運用が中心になるだろう。

端末背面のフタを開けてバッテリを取り出すと、SIMスロットが見える

楽天モバイルとの協業という面では、これら店舗でオールインワン端末を販売したり、サポートするためのストアフロントとすることも考えられる。ただ現状ではリアル店舗を積極的に活用するというよりは、あくまでプロモーションの窓口で、従来通りの「申請後に郵送」といったフローに変化はないようだ。サポートについてもハードウェアの故障対応や、近い将来にやってくるバッテリの劣化にともなう交換ニーズにどのように向き合っていくのかについても、今後ベターな方法を検討していく形になるという。まずは走らせてみて、実際にどのようなサポートや協力体制が必要かを見極めている段階なのかもしれない。

決済端末ではあるがPOSではない

先ほどSquareやリクルートのAirペイを競合として挙げたが、「楽天ペイ(実店舗決済)」とこれら競合との最大の違いが「POS」の存在だ。SquareはもともとPOSの機能を中小小売にも提供することを主眼としており、キャッシュレス決済はそれに付随する機能の位置付けだ。Airペイは決済機能のみだが、こちらも同じくリクルートが提供するAirレジをはじめとした各種「Air」のサービスとの連動が基本になっている。つまり、POSが必ず標準で付いてくる点に特徴がある。

一方で「楽天ペイ(実店舗決済)」はサービス開始当初から一貫して決済サービスの位置付けであり、これはオールインワン端末が登場した現在でも変わらない。

「POS機能がないことによる競争上の不利はないのか?」という疑問を楽天ペイメント側にぶつけてみたところ、「サービスがターゲットとしている中小の加盟店ではPOSを必ずしも必要としていない」との回答だった。ただ、ニーズがゼロではないことは認めており、それが2023年秋以降の予定で発表されている「ユビレジ」とのPOSレジ連動機能としている。

確かに、「楽天ペイ(実店舗決済)」を導入している店舗が必ずしもPOSを必要とする、あるいはPOSと相性のいい業態とは限らない。

例えば、「楽天ペイ(実店舗決済)」はヘアサロンなどの業界で比較的導入が進んでいることが知られているが、この業界はサービスメニューが複雑であり、どちらかといえば予約管理が“キモ”となるため、既存の小売店向けのPOSレジはほとんど機能しない。中途半端にPOS機能をリリースするよりは、その分野に強みを持つパートナーと逐次連携していった方が顧客にとってもメリットが大きいという考えもあるのだろう。

今後の機能拡張はパートナーとの協業が鍵に

ただ、せっかく高機能なAndroid端末を用意したのに、現状では「楽天ペイ(実店舗決済)」を実行するためのアプリアイコンしかホームスクリーン上には存在せず、非常に寂しい状況だ。楽天ペイメントによれば、オールインワン端末に導入されているカスタマイズ版のAndroid OSは完全にセンター側で制御されている状況で、アプリの追加などは同社が提供する専用ストア経由でしか行なえず、サイドローディングは一切不可となっている。ゆえに機能拡張は楽天ペイメント自身が行ない、今後も機能拡張を可能にする潜在的なパートナーとの協業を模索していくことになる。

最後に、今回のオールインワン端末ではコード決済としてついにPayPayがサポートされることになる(今秋以降)。楽天ペイメントによれば、やはりニーズはあったとのことで、これまで雑多にバラバラと導入してきたコード決済をマルチ対応でまとめていきたいという加盟店側のニーズに対応したのが今回のタイミングとしている。グループとしてオープン戦略を進めており、今回改めてそれを強化した結果ということのようだ。いずれにせよ、マルチに使える決済端末としての機能強化が主眼にあるという。

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)