鈴木淳也のPay Attention

第173回

盗難で店舗の閉鎖も。小売業における「損失防止」最前線

米カリフォルニア州サンフランシスコ中心部の目抜き通り(Market St.)。周辺の店はすべて撤退してシャッター街になっている

先日、Business Insiderが全米10カ所のWalmart店舗の閉店を報じたが、後にWalmart自身がこれを認め、「複数の要因により、われわれの想定を下回る運営状況だった」とその理由を説明している。これだけであれば“不採算店舗の整理”ということで話が終わったのだが、後にNew York Postなどが報じたところによれば、Business Insiderが報じた10店舗のうち、オレゴン州ポートランドにある2店舗について「万引き(Shoplifting)多発で経営に大打撃を与えた」ことを伝えており、多発する犯罪行為が店舗整理を加速した可能性があったことが議論となった。

これは米Walmart CEOのDoug McMillon氏がCNBCの“Squawk Box”の番組に出演して語ったもので、盗難行為がかつてない水準で問題化していると述べている。CNBCの解説では米Target CFOのMichael Fiddelke氏の発言も引用しており、それによれば万引き行為は前年比で約50%の上昇、被害額にして同社会計年度で4億ドル以上に上るという。

直近でこのような問題が話題になったのは米カリフォルニア州サンフランシスコの事例が有名だが、ドラッグストアチェーンのWalgreensが同市内の店舗を2020年のコロナ禍突入以降から段階的に閉めており、少なくとも10数店舗が2年弱の期間で同市内から消えた。理由の1つは2020年10月時点である1店舗での1日の被害額が10万ドル以上(本稿執筆時点で1,360万円以上)にも上った報告がある盗難行為であり、カリフォルニア州での「被害額上限が950ドル以内であれば盗難は軽犯罪行為として検挙されない(正確には“されにくい”)」という「Proposition 47」という法律の存在がそれに拍車をかけているとされている。

実際、筆者が2021年10月に同市内在住の友人宅近くにあるWalgreensを訪問したところ、目の前で堂々と店内の商品を物色して持ち去る様子を15分ほどの間に2回も見かけている。なお、同店舗は翌月閉店となっており、友人宅近くで利用可能なWalgreens店舗はなくなった。

さんざん商品を物色されたサンフランシスコ市内のWalgreens店舗を2021年10月末に撮影。目の前の人物は万引き行為の最中で、カメラを向けても行為を止めず、堂々と退店していった

コロナ禍で「ORC」が小売業での大きな問題に

サンフランシスコの事例は極端なものだが、こうした小売業界での盗難案件を全米の都市別に集計すると同じ州のロサンゼルスが長年トップに君臨しており、カリフォルニアの大都市における大きな問題であることは確かなようだ。

全米小売協会(NRF)が「National Retail Security Survey 2022」を公開しているが、それによれば2020年時点での損失(Loss)の総額が908億ドルだったのに対し、2021年には945億ドルまで増加している。インフレーション要因の考慮も必要なため単純な金額の増加で比較するのは難しいが、2021年時点での売上に対するロス率は1.4%平均となっており、2020年の1.6%平均よりは若干下がっている。ただ、このコロナ禍における比率は過去と比較して高水準を保っており、依然として小売業者の悩みの種であることは間違いない。

会計年度におけるロス率の推移をまとめたもの。Averageの部分が全体での平均値となる(出典:NRF)
コロナ禍を経て損失の要因ごとの増加傾向をまとめたもの(出典:NRF)

ここでキーワードの1つとなるのが「ORC」の存在だ。ファンタジー世界の住人の話ではなく、「小売事業者に対する組織的犯罪(Organized Retail Crime)」の略称のことだ。

「Shoplifting」はいわゆる個人が小規模に行なう「万引き行為」だが、ORCはより組織的行為であり、より大規模で巧妙なケースも多い。例えば集団での襲撃や窃盗、トラック輸送や倉庫など商品の流通段階を狙う、あるいはサイバー犯罪に近い形で企業のシステムに打撃を与えて金銭を直接せしめるなど、数の暴力から知能犯までさまざまだ。

ORCの事例を紹介しているサイトもあるが、コロナ禍での抑圧からの衝動的集団窃盗であったり、あるいはAmazonのようなマーケットプレイスの返品システムを悪用しての詐欺行為であったりと、従来の防犯対策だけでは不十分なケースも少なくない。コスト的に割に合わなかったり、システムのハッキング行為に近いもので対策が困難など理由はさまざまだ。

損失が発生する要因(出典:NRF)

ORCの比率が急増しているとはいえ、依然として残る問題は従来型の犯罪行為だ。「Inventory Shrinkage(棚卸減耗)」という言葉があるが、本来台帳に記載されている在庫の内容と実際の在庫を比べた際に発生する差異のことだ。前述のようにShopliftingなどに代表される外部からの盗難行為はもちろんだが、店舗の従業員による不正持ち出し、あるいは販売までの過程で損壊などを経て逸失したり、処理の不手際で数の不一致を起こしていたりと、内部的な理由に起因するケースも依然として多い。店員と客が“グル”になって返品行為を繰り返して店に損害を与える事例もある。

こうした行為の場合、チェーン店全体の取引の中で従業員や特定の顧客の動きを追跡することで詐欺行為の兆候を早期に見つけて被害を最小限に抑える仕組みが有効で、各ソリューションベンダーがそれぞれの知見を活かしてサービスを提供している。下の写真はNCRの事例だが、レポーティングツールはそうした不正防止の一助となるもので、内部が絡む問題で威力を発揮する。

万引きによる損失は氷山の一角。実際には複数のさまざまな要因が損失に結びついている
返品率やクーポン使用率などの分析から不正の兆候を発見するNCRのソリューション

万引き犯罪と防止策

外部者の不正行為について、コロナ禍で堂々と盗難を行なうケースが増えてはいるが、やはり外部犯として多いのは個々人による万引き行為となる。人目から忍びつつ行為に及ぶのだが、不正が行なわれやすい場所としてよく挙げられるのがセルフレジだ。

人員削減と“行列に並ばない”という利便性向上の両面で欧米ではセルフレジ導入が進んでいるが、張り付ける人員に限りがあるため、どうしても商品スキャン時の不正をすべて追いかけるのは難しい。小売の展示会でさまざまなデモンストレーションを見ているが、「そもそも商品をスキャンしない」「単価の高い商品のバーコード部分に別の小さくて安価な商品のバーコードを重ねて読み取り機を通過させる」といった行為がそれに該当する。数字としてのデータは持ち合わせていないものの、セルフレジ導入でこうした「商品登録」にまつわるトラブルが増えたという話はよく聞く。

そうした経緯もあり、セルフレジ導入が進んだ2010年代以降はここでの不正を検出するための技術開発がかなり本格的に始まっており、筆者が把握する限りでも2013年のNRF Retail's Big Show(NRF)でNCRがスタートアップ企業のStopLift Checkout Vision Systemsと組んで画像のリアルタイム解析による不正防止セルフレジのデモンストレーションを披露している。なお、StopLiftは2018年にNCRに買収されており、同社のセルフレジ向け不正防止ソリューションを提供する部門となっている。

StopLift Checkout Vision Systemsの技術を組み込んだNCRのセルフレジ。2020年1月開催のNRFにて
SmartAssistという機能により、不正な挙動を検知する。アラートが挙がっている写真のケースでは、読み取ったバーコードと商品の内容が合致していないことを検知している

過去のNRFではこのほかにも、富士通や東芝のブースで同様の展示を見ている。「Loss Prevention」(損失防止)というメッセージは小売関係者が多く来場する展示会において抜群の宣伝効果を持っており、つねに人だかりができている。

実際の導入ケースについて、筆者の実感ではそれほどという印象はなかったのだが、聴き取りを行なっていると大手チェーンなどを中心に導入されていることが多いようで、市場としては確実に広がっているらしい。要因の1つとしては、やはり近年の盗難被害の拡大が無視できない水準になりつつあることも大きいのかもしれない。

NRF 2023での東芝ブースの「Loss Prevention」の展示。人が多過ぎてカメラで正面から撮影する余裕がまったくなかったほど

日本での万引き対策は?

ここまで主に米国での話をまとめてきたが、翻って日本の状況はどうだろうか。実は「Loss Prevention」(損失防止)に関するまとまった業界団体の公開データのようなものがなく、筆者の把握する範囲で探すことができなかった。

参考になる数字として、2018年6月とやや古いデータになるが、全国万引犯罪防止機構が公開している「第12回全国小売業不明ロス・店舗セキュリティ実態調査分析報告書」がある。それによれば、アンケートの有効回答となった企業のうち、年間総売上に対する損失率は平均で0.42%であり、先ほどの米国でのNRF調査による1.4%平均という数字と比べると低い。生鮮品で1.32%、宝飾品で1.00%、ドラッグストアで0.73%とやや高めになっているが、「日常の買い物の延長」「高額品狙い」といった傾向はある程度うかがえる。

最近は無人店舗の増加もあり、万引き行為がたびたびニュース報道でも紹介される程度には問題化している印象はある。店舗における万引き率のようなデータが表に出ることはないが、過去の聴き取りでは業種や地域によって非常に高い万引き率が出ている店舗もあり、特に利益率が1-3%程度しかないといわれるスーパーマーケットにとっては致命的な問題にもなり得る。それにもかかわらず、米国ほど業界を挙げて対策に本腰を入れているような印象も受けない。それに、前述のようなセルフレジにおける「Loss Prevention」のような技術も、開発が進んでいて展示会でのデモンストレーションが見られるものの、実際に導入に至ったケースは聞かない。

文化や優先順位の付け方の違いという意見がある。例えば、欧米では比較的早期からセルフレジが広く普及したが、日本国内での普及は遅く、むしろ「セミセルフレジ」がその中心になってしまった。小売店側の認識として、「商品スキャンは店員がやった方が早い」「日本は決済手段が多いのでここを自動化したい」といった要望がセミセルフを生み出したのだと考えている。

同時に店舗のピーク時に行列をいかに効率的に捌くかという問題もあり、それがセルフレジの設置やセルフスキャン端末を使った専用レーンの設置(イオンの「レジゴー」など)、スマートカートの導入といった横展開に広がってきた。

つまり、来店客がセルフスキャンする機会が増えたことで欧米のような不正対策を考慮する余地が広がり、日本においても「Loss Prevention」について改めて考えなければならなくなったというわけだ。

実際、日本国内の複数の展示会を見ていると、東芝テックをはじめ、セルフレジに不正防止機能を盛り込んだものを参考出展するケースがここ数年増えている。だが実店舗への導入となると二の足を踏むことが多いようで、実導入に結びついたという話は現在のところ聞いていない。理由は、「実際に導入したとして、システム上での警告を理由に客に注意するのが難しい」「不正対策にかけるコストと損失を見比べて、まだ前者の負担が大きい」といった部分にあるようだ。

現状でセルフレジ上部にカメラが据え付けられ、行動を動画として記録することで犯罪抑止としているケースがみられる。だが一部のケースでは「カメラ自体がダミーで実は何もしていない」という話も聞いており、米国ほどの「Loss Prevention」に対する意識はないというのは感じる。

リテールテック2023で展示されていた東芝テックのセルフレジでの不正行動検知システム。AIカメラで挙動を追跡し、アラートを出す仕組み。買い物客正面にもディスプレイがあり、自身の行動を映すことで抑止効果を狙っているという
東芝テックによれば、さまざまな不正行動のパターンをひたすら機械学習させ、該当する行動が不正かどうかの判定を行なっているようだ
リテールテックでの富士通ブースの展示。手や商品などを追跡オブジェクトとして判定しつつ、その動きで不正検出を行なう

セルフレジでの動きがまだまだこれからといった状況で、スマートカートでは一部その機能が搭載されつつある。Retail AIが提供するスマートカートでは、2022年のリテールテックのタイミングで「カートに未スキャンの商品が投入されると警告を出す」機能が実装されており、すでに最新カートを導入しているトライアルの店舗では展開が始まっている。Retail AIではトライアル以外の店舗にもスマートカートを拡大する準備を進めており、おそらくは日本におけるテクノロジーを活用した「Loss Prevention」対策はスマートカートから始まることになるのかもしれない。

Retail AIのスマートカート。未スキャンの商品がカートに投入されると写真のような警告メッセージが表示される

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)