鈴木淳也のPay Attention

第53回

「サブスクリプション」と「マイクロペイメント」の狭間で有料コンテンツを考える

1996年のサイト立ち上げ時から一環してサブスクリプションを導入しているWall Street Journal

先日、本誌に連載を持つ人気ジャーナリストの西田宗千佳氏がTwitterに投稿していた一連のやり取りの中で少し気になることがあったので、今回はそれをテーマにインターネット上の「有料コンテンツ」について考えてみたい。

投稿ツリーが分散しているのでツイート1つだけを抜粋すると誤解を招く可能性があるが、同氏の最初の投稿は「記事の本文全体を読むために課金が必要なサイトのURLを貼られても困る」というコメントに対して反応したものだが、「月額契約しても980円なんだから、それくらい出して読んでほしい」と著名ケータイジャーナリスト氏が返信していたり、「だったら記事ごとに支払いが可能な手軽な決済システムがあってもいいのに」といった感想が連なっている。



このツリーには筆者自身も反応しているが、新聞社系のWebサイトでよくみられる「本文全体を読むには月額購読が必要」というのはビジネスモデルそのものであり、仮に記事単位の課金を可能にする実用的な「マイクロペイメント」が出現したとして、おいそれと導入できない事情が新聞社側にはあるのだと筆者は考えている。

日本ではかつて読売新聞が月間購読者数1,000万件を突破したことが大きくアピールされるなど、全国紙の配達モデルがよく整備されて安定収入を達成していた。だが現在、購読者数は減少の一途をたどっており、それに続く形で広告掲載料金も下落を続け、各社ともに厳しい台所事情の中で経費削減に努めつつ、なんとか取材体制を維持しようとしている。これを補うのが、いわゆる「サブスクリプション」と呼ばれる月額契約モデルであり、その存在こそが安定収入として機能しているという考えだ。

新聞発行部数と広告売上は落ち込むが、デジタル購読は伸び続ける

興味深いデータがある。Pew Research Centerがまとめた米国における日刊紙と週末版の新聞発行部数の推移によれば、1990年ごろをピークに減少の一途をたどっている。

後述するが、大手紙ではこの間も発行部数を伸ばし続けているのだが、業界全体でみれば下降の一途であり、1940年ごろの水準にまで落ち込んでいる。

一方で、例えばNew York Timesは2016年だけで50万件の新規デジタルサブスクリプションを獲得しており前年比47%の急成長、有料系サイトでは老舗となるWall Street Journalも同時期に15万件の新規デジタルサブスクリプションを獲得して23%の成長を達成している。米国ではその広大な国土が理由でUSA Todayなど一部を除いて全国紙が発達しなかったが、代わりに多数の地方紙が存在している。販売店網のよく整備された日本と対照的だが、米国で紙の新聞が消えていく一方で、それまで難しかった全国読者の獲得がデジタル化によって達成され、大手新聞に収れんしつつあるとも考えられる。

米国における新聞発行部数の推移(出典:Pew Research Center)

筆者はWall Stree Journalのデジタル版を長いこと購読しているが、過去記事のアーカイブ検索機能が非常に充実しており、ほぼこの機能のためにサブスクリプションを支払っている状態だ。この中で見つけたものの1つが2009年4月の「Circulation Drops at Most Big Newspapers」という記事だ。趣旨は、全米の395の日刊紙全体で7.1%の部数減少を見せるなか、発行部数上位25紙のうちで唯一Wall Street Journalのみが0.6%増加のプラス成長を実現できたというもの。手前味噌の内容ではあるが、リーマンショックを経て社会全体が厳しい時期でもあり、この頃がちょうど各社ともにビジネスモデルの見直しを始めた時期だとも考えられる。

Wall Street JournalはNews Corporationの一部門(Dow Jones)として同社の決算報告からだけでは事業概況を読み取り難いのだが、New York Timesは独立した公開企業として存在しており、過去のビジネスの変革も含めて分かりやすい。参考までに、同社の3つの四半期の10-Qフォーム(四半期報告書)を抜き出してきたので、特に「Revenue(売上)」の部分に注視してほしい。2009年第1四半期(1-3月期)から最新の2020年第1四半期まで、およそ5年おきに6つの四半期のデータが比較できるようになっている。

2010年第1四半期(1-3月期)の決算報告
2016年第1四半期(1-3月期)の決算報告
2020年第1四半期(1-3月期)の決算報告

Revenueは「Advertising(広告)」「Circulation(購読販売)」「Other(その他)」の3つで構成されており、2010年時点では新聞そのものの販売よりも広告収入の比重が大きいことが分かる。さらにいえば、売上そのものは2020年現在よりも当時の方が2-3割ほど大きい。ところが2015-2016年にもなると広告は新聞の販売額を下回るようになってくる。しかも、新聞の販売額が増えているにもかかわらず、広告費は減少の一途をたどっている。

もう1つ興味深い変化が、2015-2016年時点では「Circulation(部数)」と表記されていた新聞の売上が、2020年には「Subscription」となっている。このあたりにビジネスモデルの変革を少し感じていただけるだろうか。

“Metered Paywall”

つまり、「減り続ける広告収入を新聞購読収入で穴埋めしなければいけない」というのがすべての発端となっている。2011年にNew York Timesは「Metered Paywall」を同社サイトに導入し、それまで無料公開されていた記事を有料化する方針に切り替えた。

「Paywall」とは目的のコンテンツに到達するまでに「課金の“壁”」があることを意味しており、これに「Metered(メーター付き)」の特徴を加えたものとなる。例えば、「月10本までは無料」というMeteredを設定したら、同月に11本目から先の記事を読むにはPaywallを突破する必要がある。対するWall Street Journalは全コンテンツがPaywallの先にあるため、基本的にはサブスクリプションを購読しない限りオンライン上の記事は読めない。New York Times方式は「Soft Paywall」とも呼ばれ、柔軟性を持たせることで利用者を呼び寄せる効果を狙ったもので、対するWall Street Journal方式はがっちりとPaywallでコンテンツをガードしていることから「Hard Paywall」とも呼ばれる。

米ニューヨークのNew York Times本社

Metered Paywallを導入して以降のNew York Timesの戦略は明確で、「とにかく読者を呼び込んでサブスクリプション契約をさせること」に尽きる。2000年代以前は120万部といわれた日刊紙の発行部数だが、2009年時点ですでに100万部を割っており、デジタルへの切り替えが急務だった。幸い、若い読者層を中心に急速に新規読者層を獲得し、往年の紙版の発行部数を上回る水準を達成している。

Metered Paywallは2段階で存在し、最初の記事1本目までは完全無料で誰でも読め、以降の閲覧はユーザー登録が必要となる。ユーザー登録はGoogleやFacebookなどの認証システムも利用できるため、ここでまずユーザー情報を取得される。次に、指定本数を超過した場合のサブスクリプション課金だ。ただ、この上限数は少しずつ変化しており、2011年のスタート時は20本までとなっており、すぐに10本へと減らされ、現在では5本までとなっている。

一方で、検索エンジン等から流入してきたユーザーは2011年時点で25本までの無料閲覧が許されているなど、差別化が図られている。これが意図するのは、ライトユーザーに対する間口を広げつつ、少しずつサブスクリプションへと誘導していこうということなのだろう。

Metered Paywallの表示例

少なくとも、現時点で同社の戦略は成功しているように見える。Wall Street Journalは2010年以前にすでにデジタル版契約数が100万を突破していたが、200万の大台に乗ったのは今年2020年になってのことだ。一方のNew York Timesは急速に読者層を拡大しており、2020年第1四半期ではメインとなるニュースコンテンツの契約だけで389万7,000に達しており、昨年比で100万以上契約を増している。同紙ではこのほか、人気のクロスワードパズルや料理レシピのコンテンツだけで100万契約を有しており、往年の紙版の発行部数を大幅に上回っている。

ヘビーユーザーを有料のサブスクリプションへと誘導するのが狙い。最初の数ヶ月や初年度割引を行うのも常套手段

マイクロペイメントでコンテンツが買える日はやってくるか

前置きが長かったが、ここで今回の本当のテーマである「マイクロペイメント」の話が出てくる。マイクロペイメントの定義は特にないが、筆者が考えるのは「100円以下」の決済全般であり、場合によっては「1円未満」の支払いも含まれている。

キャッシュレスの世界はとかく“手数料”がつきまとうが、一般に決済のトランザクションを実行するミニマムコストは購入金額によらず一定であり、マイクロペイメントの世界ではコストが決済金額を上回る可能性さえある。少なくとも現状の日本国内で利用されている決済システムでは数十円以下のマイクロペイメントの利用はほとんど想定されていないため、加盟店が手数料を相殺できないという問題が発生する。

ただ、手数料高止まりの一因であったNTTデータのCAFISや全銀システムの料金体系に再考の気運が盛り上がりつつあり、マイクロペイメントの実現はまだ難しいとしても、数百円程度の少額決済でキャッシュレスを忌諱することは少なくなっていくはずだ。

マイクロペイメントを実現する鍵の1つはブロックチェーン技術だ。中央集権的なシステムなしに安全な送金が可能であり、従来の決済システムの代替として使えないか、あるいは接続する形でうまく利用できないかという観点で研究が進んでいる。

界隈ではBitcoinが有名だが、最も長く運用されてきたシステムだけに課題が見えてきている。これを解決するための技術開発が行なわれているほか、送金技術として活用が進められているRippleの技術と、それを活用したデジタル資産ネットワークのXRPも注目を集めている。企業単位ではHyperledgerやEnterprise Ethereumなどの活用研究も進められており、マイクロペイメントそのものはそう遠くない将来に実現すると筆者は考えている(今後詳しく触れたい)。

XRPの特徴。Rippleの資料より抜粋

さて、問題は記事単位の購入がマイクロペイメントの実装によって可能になったとして、これを前述のWall Street JournalやNew York Timesが導入するだろうか。おそらくだが、当面はサブスクリプションの契約数を増やすことが主眼であり、ビジネスモデルを崩すマイクロペイメントに興味を示さないのではないかと考える。Metered Paywallが典型だが、ライトユーザーには間口を広げつつ、少しずつヘビーユーザーへと誘導し、そこからガッツリ稼ぐというのが現在のビジネスモデルだ。「この記事だけ読みたいんだけど……」というユーザーはどちらに属するかといえば、間違いなくライトユーザーだ。Metered Paywallの考えでいえば、彼らには出し惜しみせず、堂々と質の高いコンテンツを提示するのが常套手段となる。

ところがHard Paywallと呼ばれるWall Street Journal方式の場合、SNSや検索エンジンなどのライトユーザーが直接記事にアクセスすることを想定していない。むしろ、そういった読者よりは「自身のサイトで提供している情報を本当に必要としている層に届けたい」と考えているのかもしれない。筆者がアーカイブ検索で同紙を契約しているのはこちらに該当する。いずれにせよ、マイクロペイメントで細かく稼ぐより、サブスクリプションを契約してフルで機能を使ってほしいというのが本音なのだろう。

翻って日本の新聞社はどうか。日本経済新聞が2010年に電子版の提供を始めてから10年が経過し、朝日新聞と毎日新聞がそれに続いている。日本ではほぼHard Paywallが中心だが、マイクロペイメントを含むビジネスの拡大戦略をどこに見出しているのか、引き続きウォッチしていきたい。

日本経済新聞電子版のHard Paywall。今後このビジネスモデルはどう発展していくのか

鈴木 淳也/Junya Suzuki

国内SIerでシステムエンジニアとして勤務後、1997年よりアスキー(現KADOKAWA)で雑誌編集、2000年にプロフェッショナル向けIT情報サイト「@IT」の立ち上げに参画。渡米を機に2002年からフリーランスとしてサンフランシスコからシリコンバレーのIT情報発信を行なう。2011年以降は、取材分野を「NFCとモバイル決済」とし、リテール向けソリューションや公共インフラ、Fintechなどをテーマに取材活動を続けている。Twitter(@j17sf)