西田宗千佳のイマトミライ

第183回

PS5、ついに販売“正常化” ソニーのゲーム事業に死角はないのか

ソニーグループ 現会長兼社長CEOの吉田憲一郎氏(左)と、4月1日付で社長COO兼CFOへ昇格する十時裕樹氏

2月2日、ソニーグループ(ソニーG)は2022年度第3四半期連結業績を発表した。一番の話題は決算ではなく、十時裕樹氏が新たに取締役 代表執行役 社長 COO(最高執行責任者) 兼 CFOに就任すると発表されたことだ。

今期の業績は四半期売上高が3.4兆円を超え、2022年度通期業績見通しでは営業利益を1兆1,800億円と予測している。リセッションの可能性もあり、懸念事項は存在するが、ソニーGは現状好調である。

その中でも中核を占めるのがゲームだ。PlayStation 5(PS5)は発売から3年以上、生産量・物流量の課題を抱え、多くの人が手に入れられない、という状況にあった。

その状況もようやく改善されてきた。このことは、PS5にどういう影響を与えるのだろうか? 残る課題はどこになるのだろうか? 今回はその点を考えてみたい。

PlayStation 5(PS5)

PS5販売“正常化” ソニーも強気に在庫積み増し

PS5の供給量は改善されている。先日、公式に「供給量の増加」がアナウンスされるに至った。なかなか異例なことであり、この期に認知と販売を増やしたい、というソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の狙いは明白だ。

それを受け、量販店などでも予約販売・抽選販売が終了し、店頭で通常通り売られるようになってきている。筆者も週末に都内の量販店を見てきたが、PS5の販売は正常化していたし、買い求めている人も多かったように見えた。

ヨドバシカメラ・秋葉原の店頭にて。在庫水準は正常化し、予約なしに(1人1台だが)購入できるようになっていた

ソニーGも、生産投資はかなり積極的に行なっているようだ。

以下の資料は、決算発表で示された、ソニーG全体での在庫水準をまとめたものだ。緑がイメージング&センシング・ソリューション(I&SS、いわゆる半導体事業)、青がエンタテインメント・テクノロジー&サービス(ET&S、いわゆるエレクトロニクス事業)、茶がゲーム&ネットワークサービス(G&NS)の在庫量である。

第2四半期と第3四半期の在庫量。ゲームと半導体で大きく積みましている

前四半期と比較した場合ET&Sの在庫額はかなり減らしているが、一方でISSとG&NSは増えている。

一般論で言えば、現状、市場にはリセッションの可能性が高まっており、在庫水準を高めるのはリスクがある。そのことはソニーG側も認識している。

十時CFOも「ET&Sについては前期から在庫水準が高く削減を進めていたが、一層在庫水準を下げる必要がある」と話す。

だが、G&NSについては別だ。

「過去、需要があっても届けられなかったことが続いたので、生産キャパシティを思い切り引き上げている」と十時CFOは説明する。

通常ゲーム事業では年末にニーズが集中するため、年明け後の第4四半期については売上げが下がるため、在庫水準も下げていく場合が多い。だが現状は、過去の需要問題が大きかったとの判断から、1,007億円分積みましている。

「ゲームについては懸念してない。モメンタムは、PS4の4年目と比べても好調。さらに在庫自体は増える可能性がある。また、PS4の場合にはこの時期までに価格を下げていたが、PS5は単価が高いので、全体として高く見えるところはあるだろう」(十時CFO)とのことだが、そのくらい現状、ソニーはPS5の需要を強気に見ている、ということなのだろう。

以下は決算説明会で示された、四半期ごとのPS5の販売数量グラフだ。この年末(第3四半期)に生産を積み増した関係で、グッと伸びているのがよくわかる。PS5の累計販売台数は、2022年12月末までに3,200万台を突破。2022年度の通期販売台数見通しも、1,800万台から1,900万台に上方修正する。

PS5の四半期ごとの販売数量。この第3四半期に一気に伸びている

PS5の生産・供給量が改善するという見込みは、2022年10月頃から本格的に伝えられていた。筆者も複数のソースからその話を得ていたし、決算説明などでも「改善方向にある」との話が出ていた。年末の需要期にはそれでも不足していたわけだが、ここにきて本格的に流通が安定した、ということなのだろう。

なお、I&SS(半導体)で在庫を積みましているのは、少し先の需要を見据えたものだ。そうすると結果的に「設備投資を後ろにずらせる」(十時CFO)ため、あえてバランスを見て在庫水準を高めにしているのだという。

スマートフォン向けのイメージセンサーは今後もソニーGの主力ビジネスとなるが、「中国でのローエンド・ミドルクラスが軟調。ただしハイエンドの需要は強いし、今後もイメージセンサー事業を牽引するのはスマートフォン向け」(十時CFO)という状況だ。

PS5へのユーザー移行が鮮明に

ゲームについてはどう判断すべきか? PS5も今は需要が大きいが、それが継続するのかどうかが重要である。

この点について、ソニーGは現状、少なくとも外向きには楽観的な見方を示している。

理由は2つある。

1つ目は、PS5向けにファーストパーティーが販売しているゲームが好調であることだ。

昨年11月にリリースされた「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」は、発売から2カ月ほどで全世界累計実売が1,100万本を突破した。これは、SIEが手がけたゲームでは最速のことであり、利益にも貢献している。

昨年11月にリリースされた「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」は、発売から2カ月ほどで全世界累計実売が1,100万本を突破

第3四半期にG&NS事業は前年同期比で4,333億円と大幅に売上を伸ばし、利益も234億円プラスになった。売上にはハードウエア(PS5)の販売数量増加も影響しているが、利益については、「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」のヒットが与えた影響が大きい。このクラスのヒットを継続できるなら、ゲーム事業にとっては追い風以外の何者でもない。

第3四半期決算資料。ゲーム分野での利益に、「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」のヒットが貢献している

2つ目は、PS5のゲームプレイ時間が伸びていることだ。

以下の2つのグラフは、決算説明で示された、PS5のゲームプレイ時間増加に関わるデータである。

2020年にいわゆる巣篭もり需要で、PlayStationのプレイ時間は一気に伸びた。だがその後落ち着いており、あまり伸びていない。だがグラフを見ると、2022年度に入って、第3四半期は伸びた。これは「ゴッド・オブ・ウォー ラグナロク」のようなヒットがあった影響もあるだろう。

PlayStation全体のアクティブユーザー数。巣篭もり需要からの反動を、ようやく脱しつつある

また、PlayStation Networtkのアクティブユーザー数も伸びており、特にPS5のユーザーの増加が著しい。これは、PS4からPS5へのユーザー移行がようやく本格化したことを示している。

PS Networkのアクティブユーザー数。直近の第3四半期では、PS5ユーザーが増えた

さらに十時CFOは「PS5のユーザーのうち、3割はPS4を購入した経験のない層」と話す。そうした傾向が続くのであれば、確かに、PS5の需要は当面大きいまま、と考えることもできる。

「ゲーミングPCありき」でどう市場を構成するかが重要

ただそれでも課題はある、と筆者は考える。

それは、この3年の間に、PS5を入手できなかった「コアゲーマー層」がいることだ。ライバルのXbox Series Xを買った人もいるだろうが、より多いのは「ゲーミングPC」を入手した人かもしれない。

ゲーミングPCは、家庭用ゲーム機ほど劇的な数ではないものの、コアゲーマー向けとして安定的な人気がある。特に最先端のゲームを求める層は、「家庭用ゲーム機も買うがゲーミングPCも買う」層であり、決して無視できる市場ではなくなった。

PS5向けのゲームはかなりある。

一方で、「PS5にしかない」ゲームは減っており、ゲーミングPC(主にSteamでの配信)やXbox、Switchなどでも出ることが増えた。ゲームメーカーとしても、リスクヘッジのために「どこか1プラットフォームにしか出さない」という判断はしづらい時代だ。

20年前ならまだ、ゲーム機を買うことは「PCを買うよりもゲームを快適に楽しむ方法」だったろう。だが、10年前だとだいぶ怪しくなっていたし、いまは性能面でゲーム機がPCを凌駕するのは、発売直後のほんの一瞬、ほんの一部の機能だけ、といってもいい。そして、同じようなゲームがPCでもゲーム機でも出るようになった。

そんな中で、PS5を安定的に増やしていくには、過去とは違う施作が求められる。

ただ、筆者はPS5が単純にゲーミングPCとバッティングし続ける、とは思っていない。それは、似た特性を持つXboxについても同様だ。

確かに同じようなゲームができるのだが、PS5やXbox Series Xと同じくらいの性能のゲーミングPCを持っている人は限られるし、これから買う場合にもコストはより高くなる。コスト的に考えれば、同じスペックのものを量産するゲーム機の方が有利である事実は変わらない。少なくとも当面の間、ゲーム機は「ゲームをする唯一の手段ではないが、もっともコストパフォーマンスがいい方法」であり続けることに変わりはない。

とすると、PS5にとって重要なのは「入手しやすく、コスパがいい」ことだ。現在の価格はまだ高いが、出荷数量がこなれてくると、価格面での見直しが出てくるだろう。それが単純な価格改定なのか、新モデルなのかはわからないが。

ここまで入手の課題が大きかったので、この戦略はうまく機能してこなかった。

SIEは今後、とにかく「すぐ手に入る」ことを重要施策として、当面のビジネスを展開するはずだ。そうやって数を積みましていくことは、ゲームメーカーにとってもプラスにはなる。

さらに過去と違うのは、ソニー自身が「ゲーミングPC市場を敵と見ていない」ことだろうか。もはや無視できないから、「ビジネスの舞台」としてしまっているわけだ。

今年のCESで、筆者は、ソニーGの吉田憲一郎・社長兼CEOに単独インタビューしている

そこで吉田CEOは以下のように答えている。

今までは「コンソールありきでコンソールのためのソフトを」ということ「だけ」を大切にしてきました。

ただ、この感覚は少し変わり始めたかなと思っています。

例えばBungieは買収しましたが、PlayStationエクスクルーシブにするかというと、全くそのつもりはない。PCにも、Xboxにも出します。

コアゲーマー向けのゲームがあったら、コアゲーマーはPC市場にもいる。やはりそこに広げていくというのはナチュラルな動きになってきています。

今までであれば、PC版を出すことに相当のためらいがあったと思いますが、今は割と自然に、「ある時間が経過したらPCにも出していく」形で、PCのマーケットも最初から視野に入れるような考え方になっています。

要は、「コンソール起点」の考え方から「コンテンツ起点」の考え方がかなり増えてきたと思います。

鍵は“ゲーム技術とセンサー” ソニーグループ・吉田CEO単独インタビュー

すなわち、重要なのは「ソフト開発とそのビジネス」であり、その供給先として、PS5+PCというのは既定路線になっているのだ。ただし、PS5で先に出すことに変化はない。

その後PCに出し、「面白い」と思った人が、次回作をいち早く楽しむためにPS5を買う……という構図を狙っているのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『マンデーランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41