西田宗千佳のイマトミライ

第182回

「パナ、録画用BD生産完了」から考える「録画」文化の衰退

1月24日、パナソニックは、2023年2月で同社製録画用ブルーレイディスク(BD)の生産を完了することを発表した。

このことはかなり衝撃とともに受け止められたようで、SNSでもかなり拡散された。

「これでもうディスクへの録画ができなくなっていく」という誤解をしている人もいるようだが、そういうわけではない。

ただ、今回のことが1つの「節目」であるようには思う。

今回は改めて「録画」という文化と市場のこれまでを振り返りつつ、「パナソニックの録画用ブルーレイ生産完了」がもつ本当の意味を考えてみたい。

パナソニックのBD-R「LM-BR50MP」

パナが撤退しても「録画ディスク」は存在

最初に誤解を解いておきたい。

今回、パナソニックは録画用BDの販売を終了するが、録画用BD自体が売られなくなるわけではない。

現実的には、パナソニックの録画用BDメディアのシェアはそこまで大きくなかった。現在は低価格なメディアを製造する企業も出てきて、そちらの方がコスト的に有利になっていたためだ。

もちろん、パナソニック以外の企業による録画用BDメディアの販売は続けられる。そのため、録画とディスクへのダビングができなくなるわけではないし、当面、それら企業がディスク販売を止めることもないだろう。だから安心していい。

急速に縮小する「BDレコーダー」市場

ただ、BDの規格策定にも大きく関わったパナソニックが市場から撤退するというのは、「象徴的ななにか」を感じてしまう出来事ではある。光ディスク市場・BDレコーダー市場自体が急速に小さくなっているのも、また事実ではあるからだ。

以下のグラフは、電子情報技術産業協会(JEITA)が公開している、民生用電子機器国内出荷統計情報から、BDレコーダーに関するものだけを抜き出したものだ。集計範囲は、BDレコーダーが統計項目に入った2006年から、2022年末まで。どれも年間での数字をピックアップしている。

JEITA統計より筆者作成。BDレコーダーの国内出荷は下がり続け、ここ3年でさらに落ち込んでいる

2010年・2011年に「地デジ移行」の特需で大きく伸びたが、そのあとの市場はほぼ右肩下がり。特に2019年以降は落ち込みのカーブが急になってきている。

考えてみれば、録画はしても、そのほとんどはハードディスクへの「見て消し」。ディスクへのダビング頻度は減ってきている。ネットによる動画配信も急速に普及して、その影響を受けている可能性も高い。

「レコーダー」の市場は日本だけのもの

ただ、この縮小は、「記録用ディスク」市場にとっては想像以上に厳しいものである。

なぜなら、「録画したものをディスクで残す」という市場が、いまや日本くらいにしか存在しないからである。

「録画」という文化は、家庭用ビデオデッキとともに生まれた。8mmフィルム(「フィルム」であってビデオでない点に注意)で記録するとか、音声だけ録音するなどの方法論もあったが、まあここでは省く。とにかく、1975年に「ベータマックス」が、1976年に「VHS」が生まれ、家庭に対して本格的にビデオデッキが普及していくことで、「テレビ番組を録画する」「録画した番組をライブラリとして残す」という文化が生まれたわけだ。

そういう意味では、現時点で「録画文化」は50年弱の歴史、ということになるだろうか。

一方で意外に思われるかもしれないが、「録画」という習慣が根付き、機器が売れている国は非常に少ない。現在となっては日本がもっとも熱心な国で、あとはドイツなどに少し残る程度だ。アメリカなどでは、ほとんど行なわれていない。

それでも、テープの時代には多少他国にも録画文化はあったように思う。だが、テープ時代の後期から、利用の中心は「ソフトとして市販されるものの視聴」に変わっていった。

テープ時代とDVDの初期には世界的に「レンタルビデオ」が活況で、テープ時代後期からは、次第に「販売」が中心になっていった。DVD後期とBD、そしてUltra HD Blu-ray(UHD BD)については、完全にセルが中心の市場と言っていい。

DVDの規格を決めるときにも、BDの規格を決めるときにも、その本丸は記録用ディスクではなくセル用、すなわち「ROM」だった。そもそもDVDの時には、最初は記録用ディスクの規格が定まっていなかったくらいだ。

なぜ記録用が重視されなかったかと言えば、もうすでに「録画機」という市場が日本くらいにしかなかったためなのだ。UHD BDには「再生用ディスク」=ROMの規格は存在するが、記録用ディスクの規格はない。前述のように、海外市場には録画ニーズがなく、国内でも「4K以上の放送が少ない以上、巨大な容量の録画ディスクのニーズは出てこない」と、後ろ向きな判断がなされたためだ。

なぜ日本以外で録画が広がらなかったのか? 理由は1つではないだろうが、特にアメリカの場合、CATVの普及で初期から多チャンネル化していたこと、日本よりも再放送が多く、録画しなくても見る機会が多かったこと、そして「セルソフトの価格が安く、録画するより質のいいものを手に入れやすかった」ことなどが考えられる。

繰り返しになるが、録画文化があるのは日本くらいであり、日本での録画ディスク需要が小さくなると、その結果として録画ディスク自体の市場が小さくなり、コストと見合わないと判断されると、撤退する企業が出てきやすい構造にはある。

パナソニックのBD-R「LM-BR50LW11H」

録画のイノベーションを「封じた」のは権利者と政策ではないか

ここで感じることが1つある。

録画市場がある・ないという事情については、国によって文化も状況も違うので良し悪しを云々できるものではない。少なくとも、日本では「録画」という行為が親しまれてきたのだから、それが生き残って欲しいとは思う。

一方で、「録画してライブラリを作る」という行為を振り返ると、その仕組みや内容が2010年頃からほとんど変わっていないことに気づく。

「ディスクに書き出す」作業はめんどくさく、時間がかかる。スマホやクラウドに慣れた生理に合わない、とも思う。

録画に関するイノベーションは、主にハードディスクで起きてきた。REGZAが搭載している「タイムシフトマシン」のような、いわゆる「全録」も、torne/nasneのような存在も、ディスクへのダビングを前提としていない(レコーダーなどを併用すれば可能ではあるが)。

ただ、ハードディスクへの録画ですら、ここしばらく大きな進化は起きていない。

進化が止まってしまうと製品の新陳代謝は遅くなり、注目も浴びづらくはなる。

録画に、なんらかの形でイノベーションを促す環境があれば、また話は違ったのかもしれない。ライブラリ化について、「ディスクの次」があれば……ということなのだが。

世の中が配信に向い、録画しなくなるのであれば、海外で録画が顧みられなくなったように、日本でも録画という文化は無くなっていく宿命なのかもしれない、とも思う。

そして今、権利者団体は、こんなに少なくなった録画市場ですら、まだ「正当な還元がなされていない」として、補償金制度の拡充に向かおうとしている。

違法コピーして販売したり、ネットにどんどんアップロードするような行為は防がねばならない。だが、個人の「録画」「ライブラリ化」をそこまで厳しく技術面・法律面の両方で規制する必要はあったのだろうか? 補償金という、消費者からはほとんど見えないようなお金を徴収することが、本当に著作者への還元になるかは、非常に疑わしい。

このことが結果的に、新しい機器や技術の成長を阻害したのではないか。結果的にイノベーションが生まれなくなったことが、「録画」とその先に存在していた可能性を失わせたのではないか。

補償金の話にしろ技術の話にしろ、うまく折り合いをつけて共存する形がとれなかったのは残念極まりない。

一方で、こうも考えてしまう。

配信などでみられるのは、製作者が「残したい」「見せたい」と思うものだけだ。アクシデント的に生まれたものや、CMを含めたその時の風俗を示すものは残りにくい。

それらは今、「録画」という形で個人の手にある。YouTubeなどに昔のCMやニュースがアップロードされているが、それを見ることで感じる・わかることも多数ある。

いうまでもなく、他人の著作物をアップロードすることは法に触れる行為だ。また、録画したデータの著作権保護を外すことも違法だ(コピーガードの回避を伴わない保存は違法ではない)。

しかし、これらのことが貴重な情報を残すことに役立っているのも事実。非常に皮肉な話だ。「公式では残らない文化」を残していくにはどのような方法がありうるのか、そろそろ考える時期にきているのではないだろうか。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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