西田宗千佳のイマトミライ

第176回

ソニー「mocopi」から見える「フルトラッキング」の可能性

mocopi

ソニーは小型のモーションキャプチャ機器「mocopi」を、2023年1月下旬からソニーの直販サイト「ソニーストア」にて発売すると発表した。

小さくカジュアルな見た目もあって、発表されるとかなり注目を集めたようだ。こうした製品はどういう意味を持つのか? 他社の動向も含め、改めて解説してみよう。

パーソナル化していく「モーションキャプチャ」

mocopiは、人の体の動きをデータ化する機器である。この種の技術は俗に「モーションキャプチャ」と呼ばれる。それが、500円硬貨くらいの大きさのセンサーで出来てしまう、という点に驚いた人も少なくないようだ。

モバイルモーションキャプチャー:mocopi(モコピ)の詳しい使い方

実際には、こうしたコンパクトなモーションキャプチャ機器は、mocopiが初の製品化ではない。2015年あたりからVR関連ビジネスが本格化する中で、色々な企業が開発と製品化を行なっている。

モーションキャプチャ技術については、マーカーのついた服を着てそれを外部からカメラで撮影し、データを解析して人の動きを取り込むものを思い出す人が多いだろう。そうした大規模なシステムは、映画やゲームなどで使われることが多い。

一方、VRが個人のものになる可能性が見えてくると、それら大規模なモーションキャプチャとは別の市場が必要であることもわかってきた。それは、ネットワークの向こうに「自分を伝える」ためのキャプチャデバイスの可能性だ。

人同士がコミュニケーションをするなら、仕草や表情など、より多くのデータが欲しくなる。HMDと連動して顔の向きを再現できるようになったし、ハンドコントローラーを使って手の動きも取得できるようになった。

次に来るのは「体全体の動き」だ。手や顔だけをトラッキングするのでなく、体全体をトラッキングすることから、この種の技術は「フルボディトラッキング」「フルトラ」などと呼ぶ。

初期にはHMD自体の動きを認識するためにも、外部からカメラなどを使って認識するやり方が主流だった。今も、開発自由度やコストなどを重視し広く使われているのだが、部屋に自分を認識するセンサーを設置する手間が大変だ。

そこで、体にセンサーをつけ、動き自体を取り込むアプローチが生まれてきた。mocopiも、簡単に言えばその系譜に属する。

mocopi

「Haritora」という先駆者

人の体につけるフルトラ機器として、新しいアプローチを拓いたのが「Haritora」だと筆者は考えている。

Haritora

コンパクトでワイヤレスのフルトラデバイス「Haritora

Haritoraは、低コストなモーションセンサーに小型のマイクロコントローラーを組み合わせ、BluetoothでPCに転送することで主に下半身のトラッキングを実現した機器だ。必要な機能とコストのバランスが絶妙だ。

Haritoraはいわゆる「同人ハード」であり、izm氏をはじめとした5人のチームで開発された。2020年前半に発表、同年秋より順次出荷された。

Haritoraを開発した人々。別に本業を持つ人々が同人ハードとして開発、頒布した。

それが元になり、商品としてブラッシュアップしたものがShiftallの「HaritraX」である。規模的に大きな数ではないが、生産するたびに完売し、確実なニーズが存在することは間違いない。

ShiftallはHaritoraを製品化した「HaritraX」を提供中
HaritoraXオフィシャル動作デモムービー Firmware1.2.5/Configurator0.4.3

デザインやサイズなどは異なるが、アプローチとして、mocopiはHarioraが開拓してきた流れの中にある。

他にも似た機器として、2021年にプレリリースされた「Uni-motion」があり、こちらも順調な出荷が続いているようだ。それだけ、VRchatをはじめとした「フルトラを使ったコミュニケーション」に対する需要の高まりを感じる。

HaritoraXの競合でもある「Uni-motion」

「スマホでカジュアル」を選んだmocopi

少し斜に構えてみると、mocopiはソニーが大きなコストをかけて開発した製品で、パナソニック傘下であるShiftallのHaritoraXと競い合う……という構造が面白い。

ただ、こと製品として考えると、mocopiとHaritoraX・Uni-motionなどは、相当に狙う層や使い方が違うとも感じる。

一番大きな違いは、mocopiが「スマホ連動」を前提としていることだ。

この種の機器は、センサーの動きを読み取り、それが「人の体のどこにあるか」から逆算することで、モーションの形として取り出す。手法にはいろいろあるが、ノイズとの戦いであり、最適化が重要なところでもある。

mocopiではスマートフォンにまずBluetoothでセンサーのデータを送り、そこに機械学習ベースの処理を加えて「モーション」にする。機械学習処理はソニー独自のものであり、処理のためには、ハイエンドスマートフォンのプロセッサーが備えている機械学習コアやCPUを活用する。

現在の対応機種は以下の通り

mocopi対応スマホ

・Xperia 5 IV/1 IV/5 III/1 III/5 II/1 II
・iPhone 14 Pro Max/14 Pro/14/13 Pro Max/13 Pro/13/12 Pro Max/12 Pro/12

かなり対応スマホが限定されているが、これは、アプリケーションが行なう処理とBluetoothでの通信を確実に処理できる機種がこれらである、ということでもある。

PCを使えば余裕は生まれる。他の機器がPCでの利用を前提としているのは、自由度と処理能力の余裕があること、そして、VRでのコミュニケーションがPC VRを軸に進んでいるからでもある。

もちろん、mocopiもデータ連携を使ってPCにデータを持ち込めば、さらにいろいろなことができる。

だが、それでもmocopiはスマホを軸に作られている。狙いは、「スマホからよりカジュアルに使う」ことにあるからだ。

ソーシャルSNSのニーズは底堅い。

一方で、そこに加え、ある種のパフォーマンスやVtuberなどの用途も同様に可能性は大きい。スマホで簡単に使えるということは、使う人の裾野をさらに広げられる、ということもでもある。

デザイン的にかなり凝ったものにしたのも、いままでのソーシャルSNS層だけでは届かない市場へとメッセージを広げる可能性を考えてのことだろう。

ただ、だから機能としては「カジュアル」に特化した部分がある。HaritoraXとの違いとして、mocopiは、寝た状態で体のモーションをトラッキングする(VR睡眠)には向かないという。

フルトラ市場は始まったばかりであり、「そもそも個人向けにそんなニーズがあるとは知らなかった」という人も多いはず。その中で、技術的な必要性から市場拡大へと、各社は歩みを進めている最中だ。それぞれで何ができるのか、今後どんな面白いことが待っているのかをアピールする段階と言える。

忍び寄る「Meta」 先に市場の可能性を拓くには

そもそも、「体のモーションをキャプチャする」という意味では、最大のライバルがじわじわと忍び寄りつつある。Metaだ。

Metaは自社アバターに「足」をつけていなかったが、ユーザーからの要望に応える形で、「足」をつけて体のトラッキングを実現する……と発表している。

MetaがHMDの動きから体の動きを推定する技術を開発中なのは間違いないが、どのくらいの精度で、いつ実現できるかはまだわからない。現状公開されている映像は「イメージである」ことが示されている。

Metaが10月の「Meta Connect」で公開した「足つき・フルトラ」でのアバター。ただし映像はイメージであり、リアルタイムトラッキングによるものではない

その前に、より広い可能性を消費者に示し、市場を作っておくことは重要なことだ。mocopiにしろHaritraXにしろUni-motionにしろ、フルトラが新しい価値を産むことを信じて作られた機器であることに変わりはない。

そこで、「いかにもソニーらしい」デザインやサイズ感で攻めてきた、というのは、非常に面白い現象だと考えている。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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