西田宗千佳のイマトミライ

第136回

Arm再上場へ。NVIDIAへの売却断念とソフトバンクGの事情

ARM再上場へ

ソフトバンクグループは、2022年3月期第3四半期決算とともに、かねてから進めていたNVIDIAに対するArm(アーム)の売却を断念したと発表した。Armは2022年を目標に、ソフトバンクGから再上場を目指す。

NVIDIAによるアーム買収断念、ソフトバンクGはアームの上場目指す

8日、ソフトバンクGの孫正義・会長兼社長執行役員は、決算の説明もそこそこに、Armに関する話題を熱心に解説した。記者からの質問も、主にそこに集中していた。

Armが大きなシェアを持ち、極めて重要な企業であることは疑いない。同時に、NVIDIAも重要な企業だ。その企業同士の合併に「待った」がかかったことは、どう評価すればいいのだろうか。

そして、単独での再上場を目指すArmは、これからどのような立場になっていくのだろうか。

「Armアピール」の場となった決算会見

先ほど述べたように、8日の会見の中心は、決算内容というよりはNVIDIAによるArm買収断念の報告であり、Armの上場に向けたアピールの場だった。

NVIDIAによるArm買収断念と、Arm再上場を報告する、ソフトバンクGの孫正義・会長兼社長執行役員

ソフトバンクGがArmを買収したのは2016年7月のこと。買収額である3.3兆円は、当時のソフトバンクGにとって過去最大の出資額による買収案件だった。

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孫氏は当時、「世界一の企業を買収した」「これで人類の未来に関われる」とアピールしている。これからの社会にArmのテクノロジーが重要、という発想は今も変わっておらず、8日にも「これからの社会を支える。第二の成長期とも言える状況」と強調した。

今回の売却断念に際し、孫氏は「オリジナルプランに戻った」「元々は手放したくなかった」と語る。

ソフトバンクGはArm買収後、ひとたびは非上場企業とするものの、数年の時間をかけて価値を高め、再上場するとしていた。2018年に孫氏は「5年後、7年後にもう一度上場させる」と語っているので、NVIDIAによる買収がなくとも、2023年くらいには単独で再上場、ということになっていたようだ。

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その状況は、2020年にソフトバンクGの業績が厳しくなって変わった。2020年通期は1兆3,500億円の赤字。コロナ禍の影響で「SoftBank Vision Fund(SVF)」の投資先評価額が大きく下がっていた時期でもある。

その状況に対処する必要に迫られたこと、そして、NVIDIAが強く買収を望んだことなどから、NVIDIAへの売却が決まった。当時の売却額は約4.2兆円とされているので、買収時の評価よりは高く売る算段がついていたことになる。

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Arm売却への「抵抗」は本当に予想外か

だが現実的に、NVIDIAによるArmの買収は断念された。独占禁止法への抵触に加え、Arm本国であるイギリス政府の懸念などが理由だ。

孫氏は「(GPUを作るNVIDIAとCPUコアを作るArmは)言ってみれば、エンジンとタイヤぐらい違う。(異なる業界の企業の合併が阻まれることは)独禁法の法律が始まって以来。我々も驚いた」と語る。

まあ正直に言って、この主張はかなり無理がある。

NVIDIAとArmの合併により、CPU+GPUをセットにしたSoCの分野で、他社との競合優位性は圧倒的に高まる。同じ「高性能半導体」の分野でそれぞれがトップシェアであり、孫氏の例えを真似るなら「エンジンと過給器」くらいには関係も近い。特にNVIDIAは存在感を増しており、他のCPUメーカー・GPUメーカーだけでなく、NVIDIA・Armのプロダクトを使う企業から見ても、合併による発言力向上の懸念が出るのは明らかだ。

当局がどう判断するかに注目は集まっていたが、当初から「この合併は承認されるのか」という話題がついて回っていたのは事実である。

状況変化に伴う様々な逆風があったとはいえ、「買収が成立しない」ことを予想しなかった業界関係者はいないと思うし、事実、成立しなかったことに驚きもなかった。

孫氏も、実際はそうなのではなかろうか。

もちろんNVIDIAへの売却が進むことを望んでいたのだろうが、次第に旗色が悪くなっているのも理解していただろう。

「プランBというか、もともとオリジナルはこちら(ソフトバンクGによるArmの再上場)。我々としてはむしろプランAなのかもしれない」

孫氏のこの言葉は、確かに本音なのだろうと思う。

買収不成立でもNVIDIAには「損がない」

NVIDIAによるArmの買収が成立しなかったことで、両社はどうなるのだろうか?

意外と、NVIDIAは損をしていない。

買収時にNVIDIAが先払いした12.5億ドル(約1,448億円)は、大型買収の手付金のような性質があるため、売却不成立でもNVIDIAに返却されず、ソフトバンクGの利益となる。

こんな金額が戻ってこないなんて……と思うかもしれないが、今回の売却不成立の合意に基づき、NVIDIAはArmから、20年間のライセンス利用権を取得している。NVIDIAほどの規模であれば、20年のライセンス料としての12.5億ドルは「格安」といえる。買収を前提とした戦略から切り替えていけばいいだけなので、そこまで痛い話ではない。

ソフトバンクGとしては、Armを再上場し、「より高い価値企業」として売り込むことができればそれでいい。12.5億ドルの儲けも含め、こちらもまあ、そこまで損はない。

ただ、ソフトバンクGとしては、中国国内でのテック企業への締め付けにより、アリババを中心とした中国系企業への投資は大きく減損しており、投資先も他へ振り分けねばならない状況にある。アメリカのテクノロジー市場も低迷しており、そこも同社にはマイナスだ。

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だからこそ、ソフトバンクGはなにがなんでも、手元に戻ってきたArmの価値を高め、再上場による利益を手にする必要がある。

「そんなに価値が高いなら、上場せずにもっと長く持っていればいいのに」とも思うが、今のソフトバンクGの状況を考えると、「とっておきたいが利益確定も必要」という微妙な状況でもあるのだろう。

孫氏は記者からの質問に答える形で、「できるだけ、あんまり売りたくないなあと、内心思っている」とも語った。一方、外部投資家の目も考えると、バランスをみてある程度の株式を売却しなければいけないだろう。

「単純な薔薇色」でもないArmの未来、重視される「スピード」

最大の課題は「Armはどれだけの利益を生むのか」という点だ。

スマートフォンから家電まで、Armコアを使ったプロセッサーが大量に使われていることは間違いない。今後、自動運転を視野に入れたEVが中心になると、自動車分野での利用も増えていく。サーバー用途も、彼らのいう通り拡大するだろう。

孫氏はArmがこれから「第二の成長期を迎える」と自信を見せる
サーバーに必要な処理能力は年々上がっており、そこでの消費電力を下げるため、Armのニーズが高まる、と孫氏は主張する

だが、ライバルも懸念もなく成長するのか、というと、そうでもない。

例えばサーバー向け。Armがソフトウエアエンジニアを中心としたサポートを強化した結果、Armコアベースのサーバー用CPUは増えている。ただ、それを明確にしているのはAWSが中心。他社の利用状況は不透明な部分もある。

また、サーバー向けでは、CPU以外のニーズも拡大している。GPUや機械学習専用プロセッサー、消費電力が低く性能が高いネットワークスイッチャーなど、多くの側面から高性能化・低消費電力化が試みられている。そもそもArmは伸びるだろうが、インテルが単純に減っていくとも考えづらい。

x86でもArmでもないCPUコアの隆盛もある。オープンアーキテクチャである「RISC-V」だ。

この2年ほどで中国の新興メーカーを中心に生産・開発が活発化しており、一般的なCPUだけでなく、Wi-FiやBluetoothのコントローラーなどにも使われるようになっている。筆者も驚いたが、すでに百円ショップで売られているBluetoothヘッドホンの中には、RISC-Vで作られたコントローラーで動いているものもある。

インテルやルネサスもRISC-Vを手がけるようになり、もはや無視し得ない勢力である。

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短期的に見れば、スマホなどのプロセッサーがArmからRISC-Vに一気に入れ替わる……ということはない。しかし、低価格な組み込み用途や、完全新規設計の機器から「ArmでもRISC-Vでも、その時の状況にあわせて選ぶ」ようになっていくパターンが出てくる可能性は否定できない。

ならばArmはどうするべきか?

必要なのはとにかくスピードだ。

「買収後に費やしてきた開発力が、まもなく花開く」と孫氏は言う。その成果をいかに見せるかがポイントだ。

Armは自社で製造するのではなく、設計を提供する企業である。先行開発の精度とスピードが命の企業だ。その点は変わらず、競争の激化によってさらに強く求められることになるのだろう。

2022年の上場というのは、その辺の事情が「まだArmに有利」な時期かと思う。そう考えると、ソフトバンクGは「長く持っていたい」とはいうものの、価値が高いうちにArm上場による収益化を素早く進めていくのではないか……というのが筆者の予想だ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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