西田宗千佳のイマトミライ

第127回

大手テック企業の“次”を左右する半導体戦略

Qualcommのクリスティアーノ・アモンCEO

11月最終週から12月2日にかけて、IT業界では大きなテクノロジー企業のプライベートイベントが2つ開催されていた。

1つは、Qualcommによる「Snapdragon Tech Summit 2021」。そしてもう1つが、Amazon Web Services(AWS)による「re:Invent 2021」である。

どちらも例年、この時期に開催されているイベントだ。コロナ禍ではあるが、今年はリアルとバーチャルの併催となり、Snapdragon Tech Summit 2021はハワイ、re:Invent 2021はラスベガスに、主にアメリカからの参加者を集めて開催した上で、配信による参加を併用、という形が採られている。

AWSのアダム・セリプスキーCEO。4月にCEO就任し、初めての大型イベントになった

クアルコムはこのイベントで新チップセットを公開するのが常となっているが、今年は「Snapdragon 8 Gen 1」を発表した。

クアルコム、新チップセット「Snapdragon 8 Gen 1」を発表

AWSも同様に多数の発表を行なっている。中でも今回は、AWSが発表した新プロセッサーに注目したい。

AWSはこれからも先駆者を目指す re:Invent 2021で新サービス発表

QualcommとAWSという、方向性も顧客も異なる大企業同士だが、それぞれが使う半導体の方向性には共通項も見出すことができる。

その辺を含め、トレンドをまとめてみよう。

スマホで「ソリューション」を強調するSnapdragon

まずはQualcommからだ。

今回からさらに「Snapdragon」をブランドとしてより強く押し出すようになった印象が強い。同社は、Snapdragonを「プロセッサー」でなく「ソリューション」としている。それは、彼らがチップを売っているだけでなく、スマートフォンやARMコアベースのPCを開発する上で必要な要素をセットで提供しているから、という部分が大きい。

新チップセットである「Snapdragon 8 Gen 1」のアピールは、まさにその印象が強い。

スマートフォン向けの新チップセットである「Snapdragon 8 Gen 1」

CPUコアの処理速度が上がった、GPUコアの処理速度が上がった、ということも重要なのだが、全体のアピールを見ていると、それよりも「各要素の強化による総合力の向上」という側面の方が前面に出ている印象が強い。

例えば通信速度。「Snapdragon 8 Gen 1」では「Snapdragon X65 5G Modem-RF System」が採用されるのだが、下り最大10Gpbsという速度だけでなく、上り回線でのキャリアアグリゲーション対応による高速化もアピールされていた。Wi-Fiも「Qualcomm FastConnect 6900」によって、Wi-Fi 6だけでなく、「Wi-Fi 6E」対応もアピールされた。

「Snapdragon X65 5G Modem-RF System」が5G向けの最新通信チップセットであり、高速であることをアピール

こうした部分は、5Gモデムセットを同時に提供するからアピールできる部分であり、「プロセッサーメーカー」にはできないことだ。

ここでいう他社とは、アップルやGoogleのことだ。ご存じのとおり、この両社は「自社半導体戦略」へ舵を切っており、結果としてSnapdragonブランドが霞んでいるような部分がある。

だが、実際には現状、両社ともワイヤレスチップには他社製品を使っている。アップルはQualcomm製だし、Googleはサムスン製だ。性能もさることながら、そうした「総合力」をアピールし、総合力を持つブランドがSnapdragonである……という形に持っていくことで、他社との差別化を図りたいのだろう。

このほかにも、カメラ処理用ISPとして「Snapdragon Sight」、AIエンジンとして「Hexagon」プロセッサを紹介し、Bluetoothの新オーディオ規格である「LE Audio」とそのコーデックである「LC3」採用もアピールされた。

AIエンジンが強化され、Snapdragon 888比で4倍高速になった
新Bluetooth規格の登場もあり、オーディオ面での向上もアピールされている

多くのハイエンドスマホがSnapdragonを採用している現状に変わりはなく、Qualcommもその分野でのリードを譲るつもりはもちろんない。

今後もいかに「総合的なソリューションで他社と差別化するか」が、Snapdragonの持ち味ということになるだろう。

そういう意味で興味深かったのが、突如発表されたソニーとの提携だ。

Qualcommはソニーと協業で、スマートフォンのカメラに関するジョイントラボを設立する。ラボはサンディエゴのQualcomm本社内に置かれ、ソニー側からはイメージセンサーに関する知見が提供された上で、スマホのカメラに向けた共同開発が行なわれる。

クアルコムとソニーがジョイントラボ、カメラ分野の開発を強化

これはもちろん、今後もソニーモバイルのスマホでSnapdragonが使われていくからにほかならないのだろうが、イメージセンサーを生かしたカメラ開発の加速が今後の高画質化には必須であり、そのことが、プロセッサー+ソリューションを売るQualcommと、イメージセンサーを売るソニーの両方にとって重要だから、ということなのだろう。

ゲーム向けソリューションも登場。モデルケースは「VR」成功か

もう一つ、ソリューションとしてのSnapdragonを強調する出来事だったのは、ゲーム向けプラットフォーム「Snapdragon G3x Gen 1」の発表だろう。

ゲーム向けプラットフォーム「Snapdragon G3x Gen 1」。写真はRazerと共同開発されたリファレンスデザイン・ハードウェア

クアルコム、次世代ゲームデバイス向け「Snapdragon G3x Gen 1」

Androidをベースとしたゲーム機を開発するためのプラットフォームで、開発キット「Snapdragon G3x Handheld Gaming Developer Kit」は、Razerとの協業で開発されている。

こうした展開は、ある意味で「VRでの成功」を受けたものではないか、と筆者は考えている。VRでは、スマホ向けのSnapdragonを再設計したプラットフォームである「Snapdragon XR」が大きなシェアを持っている。Meta(Facebook)の「Oculus Quest 2」(Meta Quest 2に名称変更を予定)も「Snapdragon XR2」を使っているし、多数のスタートアップの製品も同様だ。そのためQualcommは、「Snapdragon is your ticket to metaverse」と称している。

Snapdragonは車からVRまで多彩なデバイスに搭載されているが、特にVR向けは昨今成功がめざましく、「Snapdragon is your ticket to metaverse」とも強調された

Valveがx86(AMDの独自APU)ベースのハンドヘルドゲーム機である「Steam Deck」の出荷を2022年2月に予定しており、既存のプラットフォーマー以外の手によるゲーム機への注目が集まりつつある。スマホ向けやクラウドゲーミングなど、多様なゲームができる環境として、Androidベースのゲーム機開発を考えるところも出てくるだろう。そうした流れに乗り、ソリューションとして売り込むのがQualcommの狙いと思われる。

携帯ゲーム機「Steam Deck」のパッケージ公開。日本語も

ただ、それが成功するかはなんとも言えない。結局は「提供できるもののバリューがどうなるか」という点にかかっているからだ。

現在もAndroidベースのゲーム機はあるが、必ずしも成功していない。Valveの試みが注目されているのも、PCゲームで大きな勢力である「Steam」を抱えるValveのやっていることだから、という部分もある。

VRにおけるOculus Questのような成功例を、ゲームにおいてQualcommが手にすることができれば面白いが、その姿はまだ見えていない。

その辺は、PCにおけるSnapdragonベースのデバイスと似たところがある。今年もプラットフォーム刷新が行なわれ、性能・コストパフォーマンスは向上したが、x86ベースのWindows PCとの差別化ではまだ苦労しそうだ。アップルが自社で全てをやってM1への移行を成功させたこととは環境が異なる。PCメーカーから、新しい「PC向けSnapdragonプラットフォーム」でコストパフォーマンスの良い製品が出て来ればいいのだが。この辺は、今後の開発も含め、まだしばらくジレンマが続きそうな印象を受けた。

Windows 11 PC向けのSoCである「Snapdragon 8cx Gen 3」が発表に。写真の赤いPCは、リファレンスデザイン・ハードウェア

Qualcomm、Windows 11用SoC「Snapdragon 8cx Gen 3」

AWSは独自チップで「機械学習」と「省電力」をアピール

ここで話をAWSに変えよう。

AWSはクラウドインフラを提供する企業なので、B2B向けの話題が中心になる。だから、Snapdragonに比べても地味で専門的な話題になりがちだ。

そんな専門的な話題の中でも筆者が注目しているのが、同社のプロセッサー戦略だ。

AWSはインフラを効率化するため、積極的な技術投資を続けている。ネットワークスイッチング用の半導体から自社開発を本格化し、現在はサーバーでクラウド処理を行うプロセッサーも、自社開発のものを用意するようになった。

「AWS Graviton」シリーズは、Armベースのコアを使ったサーバー向けプロセッサーで、今年はその第三世代に当たる「Graviton 3」が発表されている。

AWSはArmベースのサーバー向けオリジナルプロセッサー「Graviton 3」を発表。機械学習性能向上と消費電力低減をアピールした

Graviton 3は処理性能の中でも、特に機械学習系処理の高速化をアピールしている。現行世代の「Graviton 2」との比較では、一般的な処理で平均25%高速化、暗号化処理では2倍高速化しているのだが、機械学習系では「3倍」と大きく性能が向上している。しかも、同等性能のインスタンスに比べ、消費電力は60%削減されているという。

ここで消費電力に触れるのが今のトレンドだ。

AWSに限らず、どのクラウドインフラ事業者も、「クラウド化がCO2削減に効果的である」ことを強くアピールするようになっている。彼らとしても、消費電力の削減は自社のコスト削減であると同時に、CO2削減であり重要なポイントだ。顧客に導入を促す際にも、「新技術のインスタンスを採用すればCO2排出量が減る可能性がある」というのは大きなアピールポイントになっているのだ。

さらにもう1つ、独自チップがある。機械学習の「学習」に特化した「Trn1」である。

大規模な機械学習処理の高速化を打ち出した「Trn1」も発表になった。800Gbpsもの帯域を持ち、大量のデータによる学習処理の高速化を狙う

AWSは2019年、機械学習の推論高速化チップである「Inferentia」を導入し、2020年に機械学習のモデル学習チップ「Trainium」を導入した。Trn1はTrainiumを進化させたもので、大規模な学習処理の高速化を担当する。

AWSの技術投資は多岐にわたるが、処理能力に関わるプロセッサー部分での投資が「機械学習」に紐づいているのは、それだけクラウドインフラを使う顧客の中で、機械学習に関する処理のニーズが高いことを示している。

各社が依存するArm。NVIDIAによる買収にアメリカも「待った」

QualcommとAWSの施策は、それぞれのビジネスに最適化されたものであり、方向性としてはまったく異なる。

ただ、共通項があるとすれば「機械学習(AI)」と「Armコア」だ。

どちらも独自の技術を加えて機械学習(AI)周りの速度向上を図っている。個人が使うデバイスでも、企業がサービスを運営するインフラでも、機械学習が占める割合が増えており、その高速化・高性能化が差別化のカギ、ということなのだろう。

そして、どちらのオリジナルプロセッサーでも、Armからライセンスを受けた技術を採用している。

それだけArmの存在が重要ということになるのだが、ArmはNVIDIAによる買収が予定されている。

だが、その雲行きも怪しい。

12月3日、米連邦取引委員会(FTC)は、NVIDIAによるArm買収を阻止する、と提訴に至った。買収されることで、多くの企業が使うArmの中立性が阻害される、という判断からだ。

米連邦取引委、NVIDIAによるArmの買収阻止目的で提訴

今年の4月には、イギリス政府が介入を発表、現在2回目の調査が行なわれている最中だ。そのため、「買収承認は最短でも2022年5月以降」とみられていたのだが、アメリカFTCの動きにより、それはさらに先になる可能性も出てきた。

NVIDIAのArm買収実現は最短でも半年先

確かに、QualcommとAWSの例を見るだけでも、Armの価値の大きさはわかる。サーバーやスマホだけでなく、VR機器・ゲーム機、そして自動車へとArmベースのプロセッサーは広がっていくことはQualcommも発表している通りだ。

1、2年という短期では買収が各社の戦略を変えることはないだろうが、中長期的な戦略を占う上では、買収の雲行きにも注目しておきたい。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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