西田宗千佳のイマトミライ

第70回

Amazonデバイスの未来を担う「Sidewalk」の正体。スマートホームの“次”

9月25日、Amazonは、デバイス関連事業に関する発表会をオンラインで開催し、新製品を多数発表した。日本でも「Echo」シリーズや「Fire TV Stick」シリーズの新モデルの他、自動車向けのスマートスピーカーである「Echo Auto」の日本発売も公表されている。

Amazon Echoが球体デザインに一新。AZ1プロセッサ+音質最適化

Amazon、ユーザーを追従する10型スクリーンの「Echo Show 10」

Fire TV Stick一新。HDRや新UI対応で4,980円

クルマでAlexa。ハンズフリー操作の「Amazon Echo Auto」 4,980円

こうやって並べてみると相当なニュース量だが、これでも、日本国内で発売される製品だけ。Amazonはアメリカ市場への先行投入という形で、より広範な製品を投入している。

自然になったアレクサやEcho ShowのZoom対応。飛行カメラなどAmazon新デバイス

その中でも筆者が注目しているのは、「セキュリティ製品」のRingシリーズだ。そして、昨年突如発表された通信規格「Sidewalk」についても様々な進展が見られた。

発表会後に行なった、米Amazon デバイス&サービス担当シニア・バイス・プレジデントのデイブ・リンプ氏への単独インタビューで得られた情報を含め、「日本未発売の製品から見えるAmazonのデバイス戦略」について解説してみたい。

アメリカで大ヒット、セキュリティデバイス「Ring」とは

Amazonの新製品の中でも、1番SNSでバズったのは、「Ring Always Home Cam」の話題ではないだろうか?

なにより、Ring Always Home Camは発想がぶっ飛んでいる。スマホでの宅外コントロールに対応した、家庭内を飛行して警備するための小型ドローン、という文章だけで「それを売るのか」という気持ちになる。しかも、予定価格は249ドルと意外と安い(ただし、現在はFCC認可待ちで、発売時期などは公開されていない)。

「Ring Always Home Cam」。自宅内を飛んで警備する家庭用デバイス

ここまでぶっ飛んではいないものの、日本でもヒットしそうだと思ったのは自動車向けのセキュリティデバイスである「Ring Car」シリーズだ。自分の車を監視し、盗難防止に役立てる。

自動車の盗難や破損を防ぐ自動車向けセキュリティデバイス「Ring Car」シリーズも登場

こうした製品は全て「Ring」ブランドで展開されているが、その理由は、アメリカを中心に「Ring」によるホームセキュリティがヒットしているからに他ならない。Ringはいわゆるドアベル型カメラだが、サービス連携によって非常に便利な使い方ができるのがポイントだ。

自宅内のEcho Showなどから来客を確認できるのはもちろん、外出中にスマホに通知が来るようにしたり、これまでの履歴を確認したりもできる。さらには、近隣の利用者や警察などの情報と連動し、「近くで発生した盗難事故」「未然に防がれた犯罪情報」「犯罪につながりそうな痕跡」などが共有され、統合的なセキュリティサービスを実現している。警察と家庭の連携は「相互監視社会を作る」との批判もあるが……。

Ringではサービスと連動し、来宅者やドア前の不審者の映像をスマホから外出中でもチェックできる。
地域の警察情報や他のRing関連サービス利用者からの情報を加味し、周囲の状況を把握できるようにもなっている

これがヒットしているのは、アメリカが治安の面で日本よりも不安が大きいから、という事情はあるだろう。だがそれだけでなく、「スマホ+サービスを連動させた、圧倒的に良くできたもの」であるからなのは間違いない。Ringは最上位モデルでも250ドル。アメリカ在住の友人・知人にも導入している人は多いが、皆使いやすさを褒めている。日本で売られている、同様の低価格なセキュリティシステムに比べ、完成度はずっと高い……というのが筆者の評価だ。

こうした部分で着実な評価を得ていることが、Ring Always Home Camのようなある種の「飛び道具」を出す余裕にもつながっている。Amazonのデバイス事業はEchoだけでなく、Ringを含めたセキュリティデバイスに牽引されており、「ホームセキュリティ」がスマートホームの軸の一つである。なお、ホームセキュリティが軸であるのはAmazonだけでなく、 Googleも同様である。

Ringの日本展開の可能性はどうなのか? Amazonのデバイス事業トップであるデイブ・リンプ氏へのインタビューで質問すると、彼は次のように答えている。

米Amazon デバイス&サービス担当シニア・バイス・プレジデントのデイブ・リンプ氏

リンプ氏:どの国でも展開したい、とは考えています。しかし、順番なんですよ。市場に合わせたテストも必要です。Ringはようやく、昨年ヨーロッパに展開することができました。「日本でも成功するだろう」という意見はありがたいですし、興味が当たります。Ringをいつ日本に展開できるのか、はっきりとしたタイムラインは示せません。しかし、時間が経てば必ず日本にも提供できると思っています。

明かされた謎の通信方式「Sidewalk」の正体

Ringとの連携が予定されていて、今後重要になるのが、Amazonが開発中の「Sidewalk」という通信技術だ。Sidewalkは昨年この時期に開催された発表会で突如公開された「広域通信用プロトコル」で、Amazonのジェフ・ベゾスCEOも「IoTを変える画期的な技術だ」としていた。

昨年秋のAmazon発表会より。通信方式として「Sidewalk」が発表されたものの、その詳細は明かされていなかった
昨年の発表会にはジェフ・ベゾスCEOも登場。SIdewalkが同社にとって重要な技術であるとアピールした

Wi-FiやBluetoothでは到達距離に限界がある。かといって5Gでは消費電力が大きい。一度充電すれば年単位でバッテリーが持つような通信規格を使えれば、IoTでは有用だ。

その正体はなんなのか? 簡単に言えば、900MHz帯の電波を使い、低速だが到達距離が長く、消費電力も低い通信を行なう技術。いわゆる「LoRa」と呼ばれる通信方式だ。

簡単にまとめると以下のようなものになる。

  • 900MHz帯でLoRaを使い、消費者が無許可で使えて、開発するメーカー側も用途を自由に設定できる
  • 500mから1マイル(1.6km)は到達可能
  • 通信方式やソフトウェア、ハード構成はシンプル
  • 通信速度は80kbpsを想定し、1カ月で500MBまで
  • 消費電力は低く、バッテリーだけで「年単位」の利用が可能

だがその規定は電波の利用だけに留まらず、機器同士のプロトコルやネットワーク上の処理まで多岐に渡る。今回さらなる情報が公開され、Bluetooth LEも併用することが明かされた。要は、複数の通信方式を使い、ネットワーク上で各種IoT機器からの通信を統合し、サービスへと伝送するプロトコル全体がSidewalk、ということなのだ。

通信には「ブリッジ」となる機器が必要になる。庭用のライトや新しいEchoシリーズはSidewalkのブリッジになることも公表されている。それらがメッシュ状につながり、広域ネットワークを構築する。家に配置するRingや前出のRing CarもSidewalkと連携し、情報をやりとりする。メッシュネットワークなので、自分の通信は「他人のネットワーク」を通る可能性が高い。だがSidewalkの通信情報は幾重にも暗号化されており、他人に中身を見られることはない。

リンプ氏はSidewalkの展開について、次のように説明する。

リンプ:私たちはこの1年間で多くの進歩を遂げプロトコルを完成させました。ネットワークが安全であることを確実にするために、慎重にレビューを行っています。

パートナーとも話を始めました。「Tile」は最初のパートナーです。

Tile

歩道にネットワークを敷設しており、今後数カ月、今から年末にかけて、アメリカでネットワークの稼働を開始する予定です。最初の製品は各家庭のエンドポイントになるEchoなどであり、持ち歩く「Tile」のようなものです。今日発表したRing Carでも、歩道ネットワークを使用します。

リンプ氏のいう「Tile」とは、いわゆる忘れ物防止タグで、日本でもサービス展開している。それをSidewalkネットワークに対応させることになったのだ。AmazonはRingなどのセキュリティ機器だけでなく、Tileのような持ち歩く機器での通信確度を高めることにSidewalkを使う。技術詳細の一部は以下のページで公開されている。

新たに公開された、Sidewalkの詳細解説ページ。セキュリティ関連のホワイトペーパーもここで公開されている

Sidewalk 技術詳細

現在アメリカでテストが進んでいる段階で、日本での導入はまだ先になる。だが、IoTとセキュリティ機器を軸にするAmazonとしては、広域・高信頼性ネットワークが必須だ。そういう意味では、やはりSidewalkは戦略的な技術であり、ここからさらに時間をかけ、同社製品を含むIoT機器の基軸技術へと高めていこうとしているのだ。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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