西田宗千佳のイマトミライ

第43回

楽天モバイルは「低価格」「シンプル」を維持できるか

発表会で「Rakuten UN-LIMIT」を発表する、楽天・三木谷浩史社長

3月3日、楽天モバイルが正式サービスの詳細を発表した。既報の通り、4月8日スタートで、300万人については1年間無料、月額料金は「2980円」の1プラン、というシンプルな「Rakuten UN-LIMIT」のみだ。

楽天モバイル、MNOのサービス発表会を開催、料金は「ワンプラン」

実際、「1年間無料」「楽天モバイルエリア内ならデータ通信使い放題」という点が注目され、発表直後は申し込みが殺到し、同社の公式サイトにもつながりにくい状況になったほどだ。

では、この料金は「なぜこの価格なのか?」 「本当に安いのか?」 「シンプルをずっと実現できるのか?」という3点に絞って検証してみよう。

「仮想化だから安い」とは言い切れない事情

まず、「なぜこの価格なのか?」ということ。これは、他の3つの携帯電話事業者との競合バランスの上で設定されている、と考えていい。以前より、菅義偉官房長官は、「携帯電話の価格は4割下げられる」と主張してきた。その4割の根拠は、楽天が耳打ちしていた価格である、というのが通信業界での定説だ。確かに月額2,980円、という価格にはインパクトがある。

最初の1年は300万名無料、その後も月額2,980円という価格のインパクトは大きい

一方で、この価格は「原価的にこれですぐに利益が出る」から設定された価格ではなかろう。携帯電話事業はとても難しいものだ。十分な顧客を確保し、インフラ投資の初期段階も終わり、3年・5年という時間が経過してはじめて、いわゆるキャッシュカウ的なビジネスになる。いまでこそ、ソフトバンクのモバイル事業は同グループ内のキャッシュカウになっているが、それまでは大変だった。

楽天は低価格化のポイントとして「完全仮想化ネットワーク」の価値を挙げる。特に無線アクセスネットワーク(RAN)において、完全仮想化ネットワークの恩恵は大きく、運用コストが30%、設備投資費が40%削減できた、と楽天側は主張している。これは確かに大きなことだろう。

楽天モバイルは「仮想化ネットワーク」での構築技術を推しており、その結果、RANの運用コストが30%、設備投資費が40%削減できた、と主張している

だが一方で、携帯電話のインフラコストにおいて、仮想化ネットワークによって実現出来る削減コストは、あくまで長期的に、同じ条件でネットワークサービスが運営された時に効いてくるものだ。

現状、楽天モバイルと他の大手3事業者の設備規模は大きく異なる。NTTドコモの携帯電話基地局数は約64,000。それに対し、楽天モバイルは4,000しかない。利用可能な電波帯域も、ドコモの場合全部合わせて240MHz分。楽天は40MHz分しかない。そもそも規模的に大きく違うのだ。小さな規模であれば投資額も抑えられる。

しかも、楽天には「通販と金融を軸にしたポイント経済圏」という巨大な本業がある。ブランドを認知するために投下するマーケティングコストも削減できる。楽天も携帯電話販売店の増強を進めてはいるものの、現状、他社ほどコストをかけているわけではない。ポイント還元もあり、ウェブでの完結率も高そうだ。この2年続いてきたモバイルペイメントを軸にした「ポイント還元合戦」にも、楽天はそこまで力を入れていない。

楽天経済圏の強みを強化するのが携帯電話事業の目的であり、そのコスト感も、携帯電話事業にリソースを全振りしているような企業とは異なる。そうすると現状、「他のトップ3事業者と同じ規模・同じ快適さ」にはなりようがなく、その上で割安感を打ち出す必要がある。となると「2,980円」という価格は、低価格なMVNOと大手3社(MNO)の間であり、ちょうどいい。

逆にいえば、他の3事業者が同じ値段にできるかというと、ゼロから営業体制を見直さない限り無理だろう。

「自社ネットワーク内のみ使い放題」のわかりにくさ

では、次は「本当に安いのか?」ということ。

ここにはシンプルに疑問符がつく。なぜなら、使い放題なのは「自社ネットワークの中だけ」だからだ。楽天モバイルの自社ネットワークは、当面日本全国をカバーできない。現状は東名阪の一部がエリア化された状況で、地下鉄なども例外。それ以外の地域では、KDDI(au)からのローミングで対応する。

現状「R」で示された自社ネットワークは都市部に限られ、それ以外はKDDIからのローミング。この状況をいかに早期解決するかがポイントだ

KDDIとのローミングエリアで利用する場合、楽天モバイルの通信は「UN-LIMIT」ではなくなる。月に2GBまでで、それを超えると速度制限がかかる。

昨年秋から行われている「無料サポータープログラム」ではKDDIはもちろん、海外とのローミングまで無制限だったが、今回はそうはいかない。KDDIとのローミングには相応の費用がかかるため、使い放題にすると出費の問題が出る。そこで、「月に2GB」という制限をかけるのはしょうがない、といえる。

ただ、この制限は想像以上に重い。比較的エリアカバーが進んでいる都内にいても、地下鉄や屋内などでKDDIネットワークを使っていることはけっこうある。なによりも問題なのは、そのことが利用者にはよくわからないことだ。スマホのアンテナ表示のところ(ピクトグラム)だと、ローミング中でもそうでなくても表記は「Rakuten」だ。サービス開始後には、楽天モバイルが提供するアプリから確認できるようになる、とのことだが、わかりにくいことに変わりはない。

そもそも、しばらくは楽天モバイルのエリアが都市部に限られる。都市部に住んでいない人には「単に2GB制限のある携帯電話事業者」にしかならない。

そんなことは楽天モバイルとしても百も承知だ。だからこそ、スタートの段階では「300万人は1年無料」という大胆な施策を打ち出し、ユーザー側の出費や不満を抑え、2021年に予定されているエリア拡大が落ち着く時期までを乗り切ろう、ということなのだ。

6月からは5Gのサービスがスタートする。設備的にも、5Gを中心に構築を考えた方がいい。この端境期を「できる限りダメージが小さい状態で素早く駆け抜ける」ことが楽天にとって重要であり、そのコストを小さくするためのものが仮想化ネットワーク、といって差し支えない。

一方で、楽天モバイルに与えられている周波数帯が40MHz分しかないことに変わりはない。いかに設備を充実しようと、大量の人が大量のデータを転送することになれば、帯域は逼迫していく。楽天モバイルはそもそも不利であり、「トップ3社より少ない人数が安定顧客である間は快適」なインフラであることに変わりはない。総務省側は「価格が下がった」と一定の評価をしているようだが、3社とイコールに戦える状態にはなく、そのことを理解した上で利用する必要がある。

ソフトバンクも最初は「シンプル」だった

最後の「シンプルをずっと実現できるのか?」、ここが問題だ。

楽天モバイルは「縛りなし」「SIMロックフリー」を謳う。このシンプルさは望ましいものだが……

楽天モバイルがシンプルな1つの料金体系、縛りのない契約態勢を目指すことは、他社と比較する上で好ましいことだ。だがそれは、他の事業者も「参入時には必ず言う」ことでもある。

2006年、ソフトバンクはボーダフォン株式会社を買収し、MNOとして携帯電話事業者になった。10月、同社独自の料金プランである「ゴールドプラン」を発表した。今となっては懐かしい「予想外」という言葉を使ったのもこの時が最初だ。

その時にソフトバンク・孫正義社長はどう言ったのか。記事から引用しよう。

「携帯電話の料金プランは、最終的にいくらになるのか、よくわからない。今回発表する当社のプランは一発回答」

ソフトバンク孫氏、「日本のケータイに健全な活性化を」

あれ。どこかで聞いたフレーズではないだろうか。

どの会社も、料金体系の複雑さは問題だと思っている。だが、長くビジネスをしていくと、「いかにキャンペーンで安く見せるか」「店頭での他社競合で有利に立つか」といった事情から、プランや例外規定は増えて行く。初期の構想を貫くのは難しいものだ。シンプルであることは美しく望ましいことだが、現実はそんなに簡単でない。

そもそも、現状の楽天のプランですら、「2GB」の制約というわかりにくさがある。

また、自前の基地局を持たない「MVNO」の時代と比較すると、シンプルになった結果「高くなる」という矛盾が発生している。

「MVNO」としての楽天モバイルのホームページより引用。現状のプランはこれだけある。実はMNOとしての楽天モバイルより安価なプランが多い。ここからのマイグレーションをどうするのかは大きな課題だ

MVNOとしての楽天モバイルは4月7日で新規契約を中止する。当面「サービスは維持する」としているが、MNOがMVNOを持ち続けることは公平上望ましくない。では、「MVNOとしての楽天モバイルを安価に使っていた」人は、より高価な「MNOとしいての楽天モバイル」に移行しないといけないのだろうか? 特に、楽天モバイルの独自エリアが整備されていない今は、MVNOからMNOへ移行する利点が薄い。ここで過去の契約者のためのプランを維持したり、特例を作ったりしていくと、「一つのシンプルなプラン」の維持は難しくならないだろうか?

楽天モバイルは矛盾を抱えている。

新しくシンプルな携帯電話事業者を目指すことはウェルカムであり、筆者も応援したい。だが一方で、そのことは簡単ではない。少なくとも、三木谷浩史社長の口ぶりほどシンプルではない。

現場の人々は、こうした矛盾や競合とひとつひとつ戦いながら、落としどころを見つけていくのだろう。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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