西田宗千佳のイマトミライ

第42回

「Xperia 1 II」発表から見る5Gスマホの時代

Xperia 1 IIを発表する、ソニーモバイルの岸田光哉社長(2月24日に公開された発表動画から)

新型コロナウイルスの影響により、世界中で、大型イベントの中止・延期が相次いでいる。IT業界も例外ではない。2月最終週にスペイン・バルセロナで開催が予定されていた「MWC Barcelona 2020」も中止となり、参加予定の企業は発表をオンラインに切り換えるなど、対応に追われた。

ソニーモバイルも例外ではない。2月24日夕方、本来ならば現地でプレスカンファレンスを開催している時間にYouTubeで動画を公開し、新製品「Xperia 1 II」「Xperia 10 II」と、「Xperia PRO」の開発意向を発表した。

ソニーモバイル、5Gスマホ「Xperia 1 II」

ソニー、5Gミリ波対応の「Xperia PRO」。HDMI装備でモニタにも

この機種の価値、そして、イベントが中止になっていることの意味などを考えてみよう。

5Gスマホとは「現状もっともいいスマホ」

ファーストインプレッションとして、Xperia 1 IIはとても好ましい製品だ。実は、筆者もソニーモバイルからブリーフィングを受け、短時間だが実機を触っている。自由に使えたわけではないので、カメラの画質や5G利用時の発熱など、確認できていないことは多々ある。だから、「良いスマホ」と断言することはできない。

しかし、Xperia 1とほぼ同じボディサイズながら、機能・バッテリー容量など多くの点を改善しているという意味では、非常によくがんばっている。実質的に中身は総入れ替えで「改善モデル」といえるレベルではないのだ。だがそれでも、昨年の発表時以降評価が高かったボディデザイン構成を変えていないのは素晴らしい。ブリーフィングで実機を触った同業者の多くが同じ意見だった。

Xperia 1 IIの実機。グローバルには3色のカラーバリエーションが用意される

Xperia 1 II(マークツー)という名称は、どうやら賛否両論のようだ。「1なのか2なのかはっきりしない」というのもわかるが、ソニーのカメラはみんなこんなネーミングルールだ。「デザインはあまり変えずに、中身は逐次進化させて、名前も世代を意味する数字だけ最後に追加する」というパターンは、さほど悪くない。同じ製品名のものを、ユーザー側が発売時期で自発的に区別する、というやり方よりはいいと思う。

5GスマホとしてXperia 1 IIを見た時、特徴は意外と少ない。カメラの改善は、4Gであろうが5Gであろうが進むもので、「5G」という観点ではさほど意味がない。今回は連写性能が上がっており、その写真を皆アップロードしても5Gなら負担が小さい……といえるかもしれないが、ちょっと無理矢理感がある。動画にしろゲームにしろ音楽にしろ、どれも5Gはプラス要因ではあるが、5Gでないとできないことではない。

Xperia 1 II。Xperia 1のイメージを引き継いだ外観だ。
カメラはToFセンサーも含め「4眼」に。「ツァイス」と「T*」のロゴが目立つ

実のところ、今の「スマホ」にとって、5Gとはそんなものなのだ。速度面ではプラスに働くが、エリアの狭さを考えれば価値はトントン。むしろ、5Gの価値は、通信プランが「使い放題基準」になることだと思う。

他のメーカーの5Gスマホにしても、似たようなものだ。シャープが自社の5Gスマホ「AQUOS R5G」に8Kカメラを搭載し、「5Gでなければ8Kの価値は活かせない」ことをアピールしているが、それも「他よりは説得力がある」というレベルでしかない。

シャープの5Gスマホ。右が「AQUOS R5G」、左が5G対応モバイルルーター

シャープ、8Kカメラの5Gスマホ「AQUOS R5G」

そう考えると、今の5Gスマホは「その時一番いいスマホ」というレベルであり、その観点でみれば、Xperia 1 IIは真っ当な進化を遂げている、といえるだろう。最新のスマホで通信をふんだんに使うなら、「高速で使い放題のプラン」が望ましい……。それが、現状での5Gのありようなのだ。

ソニーとシャープが「ミリ波」をプロとコンシューマで分けた理由

そういう観点でいえば、より5Gらしい価値観を追求しているのは「Xperia PRO」だ。

発表動画より。ミリ波対応の「Xperia PRO」の開発意向を表明。発売は2020年中だ

こちらはミリ波対応で、より通信速度を稼げる可能性がある。他のカメラと接続し、放送用に撮影した素材を伝送するものとしても使える。

現状、ミリ波に対応したスマホは少ない。逆の言い方をすれば、「昨年先行したいくつかのメーカーが、サブ6+ミリ波対応という次の段階に入り始めている」ということでもある。サムスンは2月に発表した「Galaxy S20+ 5G」「S20 Ultra」で、サブ6+ミリ波対応を行っている。そこから見ると、コンシューマ向けのXperia 1 IIでミリ波対応をしなかったソニーは遅れている……と感じるかもしれない。同様に、シャープもAQUOS R5Gはミリ波対応をしなかった。

サムスン、全て5G対応の「Galaxy S20」シリーズを発表

とはいえ、サムスンもより数が見込める「S20」はミリ波対応していない。

ミリ波には現状、いくつもの問題がある。

まず、電波特性の問題から、あまり届かないこと。直進性が高く、障害物にも弱い。一方で反射しやすく、機器側で受信するには、「指向性と反射を考慮して、端末内の幅広い位置で電波を受信可能にしておく」必要がある。個人が使うスマホの場合、「手に握る」時間が長いことから、ミリ波を阻害する可能性が高い。

通信特性の問題から、ミリ波のアンテナは、現状、ごく限られた場所にしか設置されない。スタジアムの中や駅、屋内といった場所を、比較的小規模な基地局の集まりで面的に埋めていく、という運用が考えられているのだが、まだその段階にはない。

利用時に発熱が大きくなる傾向にあるのも問題だ。デバイス側での放熱対策をこれまでの機器よりも徹底しないと、長い時間続けて動作させづらい。動画を撮影し、ミリ波で伝送したとする。その最中に発熱で動作が止まって、数分しか撮影できない……ということでは困ってしまう。

というわけで、コンシューマ用途を考えた場合、「今現在」は、ミリ波をサポートしなければいけない理由は希薄だ。技術的課題を含めて考えると、「ミリ波はサポートしない」というのはひとつの見識だと思う。

だが、これが「プロ向け」となると話は別だ。メディアでの中継用などを考えると、ミリ波の対応は、テストという意味あいも含めて、初期から必要となる。機器を手で握りっぱなし……という状況も想定しづらいし、外部からの電源供給も考えられる。

そう考えると、ソニーが「プロ向け」として「Xperia PRO」を用意した理由もわかる。Xperia PROはミリ波を使うため、ボディも金属を使わず樹脂にしている。カメラなどの機能はXperia 1 IIと同じだが、これは「単体で取材するニーズ」を考えてのこと。HDMI入力があるのは、外部カメラの利用を想定してのことだ。コンシューマ向けにはマイナスな要素でも、プロ向けなら必要になる。

シャープはミリ波対応を「ルーター」に担わせた。こちらも、樹脂ボディであらゆる方向からのミリ波受信を想定したつくり。有線のイーサネット接続もできる。

シャープの5G対応モバイルルーター。放送などのプロユースを想定し、「放熱設計」「受信感度」「バッテリー動作時間を含めた長時間連続駆動」を重視している。

シャープ、5GモバイルWi-Fiルーターを開発

将来を考えると、コンシューマ向けでもミリ波対応が必要になるのは間違いない。通信機器メーカーの関係者と話すと、「駅などの公衆Wi-Fiをミリ波基地局に置き換えていく、というシナリオもあり得るのではないか」という話になる。もしかするとWi-Fi6の方がコスト的にいいかもしれないが。どちらにしろ、いつかは必要になる。先に走るメーカーは、そこでの技術蓄積で先行することになるだろう。

だが、現状は「プロ向け」という切り分けは納得できる。ソニーやシャープの判断は現実的だ。

筆者個人のことを言えば、これでもメディア関係者なので、「Xperia PRO」が欲しい。配信などにも活用できそうだからだ。ただ、Xperia PROの発売は「年内のいつかを予定」という状況で、まだずいぶん先になりそうだ。

誰もが「発表を映像配信で見ている」時代。メディアはなにをするべきなのか

今回の発表は、冒頭で述べたように、YouTubeによる動画配信で行なわれた。コンシューマも同時に見られるし、今後はこういう機会はさらに増えていくのではないだろうか。

正直、見ていて違和感はあった。まるで無観客試合のようだ。発表する側も、それなりにやりづらかったのではないか、と思う。筆者も壇上で話した経験はあるが、聴衆の反応が見えないと、なんとも落ち着かず、やりにくいものだ。

発表ビデオより。Xperiaの発表動画は、まるで無観客試合のようなイメージで行なわれた

今後、こうした発表形式は増えて行くだろう。だとすれば、メディアの側もそれに合わせた対応が必要になる。速報態勢はもちろんだが、メーカーへの質問のあり方や、同じものを見ていたコンシューマや同業者との差別化など、考えるべき点は多い。

現状、自分はメーカーとの間でブリーフィングももてる間柄だが、それが常に、いつまでも続くとは限らないし、そうでなかったとしても、メディア関係者である限り情報発信をしないといけない。

「誰もが同じものを見られる時代に、いかに情報の面で、切り口の面で差別化するのか」

メディアの側は、過去10年でそのことを考える必要性に迫られていたのだが、今回のことを契機として、より「待ったなし」になった感触を受ける。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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