西田宗千佳のイマトミライ

第36回

Microsoft Edgeが「新生」する理由

1月16日、マイクロソフトは、かねてより開発中だったChromiumベースで動作するWebブラウザー「Edge」の新バージョンの正式版配布を開始した。これに合わせ、Edgeのアイコンも、ブルー一色からグリーン+ブルーのものに変わっている。

アイコンのデザインは青一色から変更へ

Chromiumベースになった新「Microsoft Edge」が配信開始

直接ダウンロードしてもいいが、Windows 10の場合、自動更新でインストールされるので、しかるべき時期が来ればPCの中にある、という状況になる。ただし日本では、自動更新は4月1日までは行なわれない。

IEから「モダン環境への移行」を目指して

Microsoft Edgeは、2015年にマイクロソフトが発表した、「Internet Explorer(IE)」に変わる新しいウェブブラウザーだった。IEは長くPC上の標準ブラウザーの地位を占めていたが、設計の古さもあり、GoogleのChromeにその座を明け渡している。マイクロソフトとしては、IEの後継として「今の時代に相応しいエンジン」を備えたウェブブラウザーを必要としており、そのために開発されたのが、2015年発表の「Edge」である。IEは「11」で終了し、その座をEdgeに受け渡した。

Edgeは通称「EdgeHTML」と呼ばれる、IEに使われていた「MSHTML(Trident)」を作り直したもの。もっとも大きな違いは、Active Xなどの古い技術をサポートしていないことにある。そのため、IE向けに作られたページがすべて閲覧できるわけではないが、よりパフォーマンスが良く、マシンパワーを消費せず、安全性も高かった。

筆者は個人的に、EdgeHTML時代のEdgeも嫌いではなかった。非力なマシンでウェブを見る場合には、ChromeやIEよりも快適なことが多く、特に消費電力の面では優れていたからだ。

マイクロソフトを悩ませた「互換性のジレンマ」

だが、実際に日常的になにを使っていたか、といえばやはりChromeだった。Edgeでの動作確認を行なっていないサービスは意外と多く、一方、Chromeで動かないサービスは少ない。Edgeでも大きなトラブルはないが、それでも、Chromeを使っている方が安心だったのは間違いない。

同じような発想の人は多かったのではないか。これは、マイクロソフトがEdgeに対して抱えていたジレンマそのものである。

IEの利用を止め、より新しい環境に移行してほしくてEdgeを開発したものの、サービスを作る側は、新しい「Edge」という環境での動作検証を面倒なものに感じていた。さすがにIEを考慮するサービスは減っているが、ならば、多くの人が使うChromeにターゲットを絞った方がいい。

Chromeのエンジンは「Blink」。Androidの標準ブラウザーも今はBlinkベースだ。macOSおよびiOS/iPadOSは「WebKit」だが、BlinkはWebKitから分岐したプロジェクトなので、互換性は高い。

Chromeにはオープンソースプロジェクトの「Chromium」があり、現在はOperaなどのブラウザーも、Chromiumから開発され、Blinkをエンジンとして使っている。

独立したエンジンを使ったウェブブラウザーとして、残るメジャーなものは「Mozilla Firefox」くらいではないだろうか。

マイクロソフトがEdgeに移行した2015年以降、Chromeの勢力はどんどん強くなり、ウェブの世界はWebKitとBlinkが主軸になった。

IEの時代と違い、マイクロソフトの狙いは「独自のウェブブラウザーでシェアトップをとること」ではない。わざわざPCにブラウザーを入れない人(とても多い)に対して、モダンかつ安全で、パフォーマンスの良いブラウザーを提供することだ。だとするなら、EdgeHTMLをメンテナンスし続けるより、オープンソースであるChromiumプロジェクトにコミットし、開発の軸足を移した方が、ユーザーのメリットにも、ウェブサービスコミュニティの現状にも、マイクロソフトの開発費削減という意味でも、理に適っている。

というわけで、マイクロソフトは、2018年末にEdgeをChromiumベースとすることを発表し、2020年1月に正式版を公開したのである。もはやブラウザー戦争の時代ではない。マイクロソフトにとって、ウェブブラウザーのエンジンを握ることは競争軸でもなんでもなくなっているのだ。

なお、EdgeHTMLは基本的に、Xboxを含むWindowsが動く機器向けに開発されてきた。だがChromium版からは、macOS版も提供される。

Chromium版Edgeは、各種Windowsプラットフォームの他、macOSなどにも提供される。ただし、iOS版のコアは、OSの制約により、BlinkではなくWebKitだ。

「e-tax非対応」問題で日本での強制アップデートは4月以降に

機能的に見れば、新Edgeは「ほぼマイクロソフト版Chrome」といっていい。レンダリング品質もChromeとほぼ同じだし、動作速度にも違いはあまり見られない。Chromeからの環境移行もできる。拡張機能もChromeと同じものが使える。

インストール時にはIEやEdgeからはもちろん、Chromeからも環境移行が行なわれる。Chromeから移行すれば、使い勝手は「ほぼChrome」だ

率直にいって、Chromeをインストールしているなら、新Edgeを無理に使う必要はない。使い勝手にあまり差がないからだ。しかし逆にいえば、「別にブラウザーをインストールする必要がなくなった」とも言える。Chromeをダウンロードしてインストールするようなことを「しない」大多数の人にとっては、ウェブサービスの動作状況などはより良くなる、と考えられる。

一方、EdgeHTML版にあった機能のいくつかは削減されている。影響があるのは、電子書籍などで使われる「EPUB」の閲覧機能がなくなることだろうか。これにより、Windowsで使える標準的なEPUBリーダーがなくなることになり、別途アプリのダウンロードが必要になる。

前述のように、各種ウェブサービスへの対応状況は、「基本的に良くなる」傾向にある。だが、日本においては大きな例外がある。そのため、日本でのWindows UpdateによるEdgeの配布は、今年の4月1日を過ぎるまで行なわれない。

理由は、確定申告用の「e-tax」が、Chromeに対応していないためだ。

e-taxのWindowsでの動作保証ブラウザーは、IE11と「EdgeHTML版のEdge」。Chromeでは動作しないし、Chromium版の新Edgeをインストールすると「動作対象外」との表示が出て使えなくなる。

Chromium版Edgeでe-taxにアクセスすると、「ブラウザーが動作対象外」と表示される。e-tax利用者は注意

e-taxは「OSに標準搭載のブラウザーで動作する」ことを前提にしているようで、WindowsはIE11とEdgeHTML版のEdge、macOSではSafariで動作する。Chromeに対応していないことには従来から批判が集まっていたのだが、とにかく今は使えない。なので、e-taxで確定申告を行なう人は、新Edgeには移行すべきではない。それがわかっているので、自動移行は4月1日以降とされたのだ。逆にいえば、来年度からは、新Edgeを含めたChromeがサポートされる可能性も高くなったといえるかもしれない。

その他、ブラウザーの移行には、業務アプリの動作検証など、e-taxと同様の問題が発生する可能性がある。サービスのサポート対象に「Chrome」が入っているなら、新Edgeでも大きな問題が出ることはないと思うが、サービスの対応状況が明確でない場合には、自分で慌てて移行せず、サポートなどからのアナウンスを待つ方が良い。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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