西田宗千佳のイマトミライ

第12回

宮迫・田村亮 会見生中継に見るAbemaTVの強さ

AbemaTV「雨上がり宮迫さんロンブー亮さん謝罪会見」から

7月20日午後3時、タレントの宮迫博之さんと田村亮さんが開いた記者会見は、事前に想像された「闇営業に関する謝罪会見」とは違う方向に広がり、多くの人々に衝撃を与えた。

筆者も、会見のネット生中継を見ていて、衝撃を受けた一人だ。正直興味本位に、仕事の片手間に流しておこう……くらいのつもりで見始めたのだが、気がつくと2時間半の会見の間、仕事の手を止めて中継を見つめていた。

筆者は芸能記者ではない。読者の方々よりは芸能関係者に会う機会も多いが、とはいうものの、芸能関係を主題になにかを語れる立場にはない。だから、今回話したいのは、彼らの話した内容についてではない。

こうしたことがあると、ネットでの生中継が広く使われるようになっている。それらはどのように視聴されているのだろうか。日本ではそこでAbemaTVの存在感が高まっているが、なぜAbemaTVはこのジャンルで利用されるのだろうか。

そして、「ネット生中継」は、メディアにとってどのような意味を持っているのだろうか。今回は、その点について解説してみたい。

多くのサービスが会見を「生中継」していた

今回の記者会見は、20日午前になって報道各社へ開催の連絡があり、その日の午後3時から開始、という慌ただしいものだった。

こうした「緊急会見」の場合、テレビで生中継するのは意外と難しい。SNSでは「テレビはなぜ生中継しなかったのか。吉本興業に配慮したせいか」といった声も見かけたが、それは考えすぎだ。

テレビで放送スケジュールを変更するのは、人命にかかわる大きな事件・事故や国際的事件、天災など、社会的に大きな影響があるニュースが飛び込んできた時に限られる。しかも、今回の件は「芸能関連のネタ」であり、しかも、事前にあそこまで大きな内容になると判断するのは難しかった。

土曜の午後の時間には情報バラエティ番組も報道番組もやっていないので、番組内容の差し替えも難しい。数日前からわかっていたなら編成の組み替えもあり得るが、緊急会見の場合それもできない。

というわけで、このようなパターンでは「テレビでの生中継」は用意しづらいのである。

そうなると活用されるのが、ネットでの映像配信だ。

編集部の協力も受けて調べてみたが、今回はざっと以下のようになっていた。すべてを網羅しているわけではないことをご留意いただきたい(視聴数は7月21日夜現在。生中継後のアーカイブ配信の視聴数を含む)。

宮迫・田村亮会見を中継していた主なサービス

会見者本人

宮迫博之さん:Twitter

https://twitter.com/motohage/status/1152457379989995521

視聴数・約119万回

田村亮さん:Twitter

https://twitter.com/ryolondonboots/status/1152452821016408064

視聴数・約104万回

放送局・既存マスメディア系

NHK

同社公式ページおよびNHKニュース・防災アプリで配信

https://twitter.com/nhk_news/status/1152458575366754304

アーカイブ配信はなし

日本テレビ

同社動画ニュースサイト「日テレNews 24」で配信

http://www.news24.jp/articles/2019/07/20/07468260.html

上記ページより「ノーカット会見」と題し、会見を7本に分割してアーカイブ配信中

テレビ朝日

テレ朝newsで配信

https://twitter.com/tv_asahi_news/status/1152465679938805767

https://news.tv-asahi.co.jp/news_society/articles/000159944.html

上記ページより「ノーカット会見」と題し、会見を7本に分割してアーカイブ配信中

TBS

TBSニュースアプリとYouTubeの同社チャンネルで配信

https://twitter.com/tbs_news/status/1152445848996868096

アーカイブ配信はない模様

フジテレビ

FNNプライムオンラインで配信

https://twitter.com/FNN_News/status/1152523301840777217

https://www.youtube.com/watch?v=zLUI05uziWI

視聴数・約161万回

ネット系

AbemaTV

雨上がり宮迫さんロンブー亮さんが謝罪会見

"ノーカット生中継"放送 と題してノーカット配信。現在も無料アーカイブ配信中

https://abema.tv/channels/abema-news/slots/EBKBgvh5xW4x87

ヤフー
会見全編をYouTubeを使い配信。現在もアーカイブ配信中

https://news.yahoo.co.jp/story/1394

視聴数・約178万回

ニコニコ

ニコニコニュース・ニコニコ生放送で配信

宮迫博之・田村亮「闇営業」問題に関する謝罪会見 生中継
http://nico.ms/lv321108091

ニコニコ生放送の来場者数は403,946人、コメント数は482,093

なぜAbemaTVは「生中継」に強いのか

と、このように、当日は多数のサイトで生中継が行なわれた。この他にも、ニュースサイト系では多数配信や中継などが行なわれていたようだ。累計の視聴者数はさだかではない。これらはすべて「視聴数」でカウントされており、途中からの視聴者や、何度も出入りした人を含む「延べ数」だからだ。だが、トータルで数百万人がなんらかの形で視聴しているのは間違いないだろう。

一方で、これだけ多数のサイトで配信されていたにも関わらず、生中継での視聴は特定のサービスに偏っていたように思う。本人の配信やYouTube系での配信は、7月20日以降のアーカイブ視聴でかなり増えている。リアルタイム視聴ではAbemaTVやNHKが多かったように思う。

民放各局も配信していた。しかし、リアルタイム視聴ではAbemaTVやNHKの認知度に比べ、劣っている。

なぜこの2つ、特にAbemaTVの認知度が高いのか?

それには複数の理由がある。

まず、視聴の中心がスマホである以上、特定のウェブサイトに行くよりも「アプリ」の方がわかりやすい。会見があることを知り、視聴したいと思った人が「あのアプリでなら見れるだろう」と思って開くのが、AbemaTVでありNHKのニュース・防災アプリである、ということなのだろう。

アーカイブ配信をしているサイトでは後日の視聴が増えているが、これは、SNSなどでシェアされてくるリンクから視聴する人が増えた結果、と考えていい。

ではなぜそもそも、NHKのニュース・防災アプリやAbemaTVが「会見をやっているのではないか」と開かれるアプリになっているのか?

それはなにより、これまでの積み重ねが大きい。

地震や突発的な事故などで、今の状況をニュースで知りたい、ということはある。そうした要望をマスコミ各社もわかっている。だから、映像系ニュースサイトを作っている。だが、スマホの時代、「サイト」ではダメなのだ。アプリにして、しかも毎回、なにかあるたびにちゃんとのそのアプリ上で「生配信」を積み重ねていく必要がある。その経験があると、なにかあった時に「まずあのアプリを開こう」という意識付けになる。そして、アプリ自体の作りも工夫し、アプリを開くとすぐに「今注目であろうニュースが飛び込んでくる」構造にしておく必要がある。

特にAbemaTVは、この、「開けばニュースが出てくる」というユーザー体験をうまく作っている。テレビの電源を入れるとニュースが流れてくる……という構造をうまくアプリに採り入れているのだ。

AbemaTV自身、このサイクルが自社アプリにとても重要であることをよくわかっている。

スマホの通知機能を使ってこうした突発的な配信があることをユーザーに伝えているし、他にも告知を欠かさない。実は20日の午後、メディアのニュース担当者には、AbemaTVから、「15時より会見を全編ノーカット中継する」というニュースリリースが発信されている。これを読んでニュース記事を掲載したメディアもけっこうあるのではないか。

メディア向けに中継予告も

こうした細かな積み重ねを、他のニュースアプリはやっていない。当然だ。ニュースの運営とアプリの運営では担当が違うので、そこまでやらないのがあたりまえだからだ。

だが、AbemaTVは、アプリのマーケティングという側面で、こうしたニュースの通知も活かす。こうした「ノーカット生中継」が、AbemaTVの利用者増に大きな役割を果たす、という分析を持っているからだ。

事実、AbemaTVのDAU(デイリー・アクティブユーザー)は、南海キャンディーズの山里亮太さんと蒼井優さんによる結婚記者会見が放送された2019年6月5日に史上最高を記録、その週のWAU(ウィークリー・アクティブユーザー)も1,000万を超えた。それら過去の成功体験を活かし、単に配信するだけでなく、「配信すること」の告知・周知にも力を尽くしているのだ。

こうして、「なにかあったらAbemaTVなら生中継やってるだろう」と利用者にすり込んでいくことが、彼らの上手さであり、他のテレビ系ニュースサービスと異なる点だ。

ニュースであろうがエンタメであろうが活かして、アプリ・サービスへのリテンションにつなげる。その意識を、エンタメ系アプリの担当者と同じレベルで、「ニュースアプリ」の担当者も考えているだろうか。AbemaTVの強さは、そこに境目がないことだ。

そしてもうひとつ、重要なことがある。

AbemaTVがこうした速報態勢を取れるのは、テレビ朝日と提携関係にあり、彼らの報道網を使えるからでもある。なんだかんだいって、大手マスコミの報道態勢は優れている。それをうまくネットでも活用しているのがAbemaTVの強みだ。

先日、テレビ朝日の関係者と会って話した時、彼はこう言っていた。

「AbemaTVでの効果はとても大きい。局内で課題となっているのは、いかにあの配信効果をテレビの視聴に回帰させるか」

この点はまさに、なにか新しい仕掛けが必要なのではないか、と思う。

【7月23日23時追記】
なお、7月23日夜、AbmeaTVは、7月20日の謝罪会見の視聴数が、AbemaTV・2019年総視聴数1位となる1,100万を突破したことを発表した。また、7月22日に開かれた吉本興業・岡本社長による記者会見も、総視聴数が800万を突破したという。

どちらも他の配信メディアでの視聴数を大きく上回っており、この種の「生中継」におけるAbemaTVの強さを裏付けた格好だ。

誰もが「伝えられ方を確認できる」時代に

最後にこの点も付け加えておきたい。

大きなニュースがあった時、それを生で視聴者に届けられるようになったのは大きなことだ。放送というメディアのカバーする数に比べると、ネット視聴はまだ少ない。これだけ大きな騒ぎになり、多数がネットで生中継を見ていたといっても、テレビの世帯視聴率に換算すると数%に満たない。

とはいえ、なにより「できるようになった」ことが大きい。また数年前と違い、ネット生中継が「テレビから排除された人のもの」ではなく、「テレビも巻き込むもの」に変わっていっていることも注目すべきだ。

誰もが生中継を、その後のアーカイブ配信を見られるようになった結果、「実際に話されたこと」と「メディアのフィルターを通じたもの」の差を知ることができる。なにもメディアが伝えるものはすべて歪んでいる、という話をしたいわけではない。マスに向けて短い時間でまとめるものと、長時間視聴した末に個々人がそれぞれ判断するものとでは、違って当然だ。

こうした現象を「メディアがどこかに忖度して偏向しているのが可視化された」と斜に構えるのではなく、メディアの形によって伝え方が異なるのだ、と理解して欲しい。

そんな時なにより、メディアの伝え方に疑問があった時、「自分でソースの情報をチェックできる」ことが大きいのだ。

伝え方に疑問があったとしても、そこで「別のメディア」しか頼れない、頼らないのであれば、別のバイアスが生まれる。マスメディアを信じないでバイラルメディアやSNSだけを見るのも、また同様の「偏り」である。

なにが話され、なにが伝えられ、なにが伝えられなかったのか。そうした部分を把握する糸口を「誰もが手にする」ようになった時代であることを、今回の会見は示している。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
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