西田宗千佳のイマトミライ

第2回

なぜ「ランドロイド」は世に出られなかったのか

セブン・ドリーマーズの「ランドロイド」(2017年5月の発表会から)

2015年に発表され、開発が続けられてきた「ランドロイド」の開発元である、セブン・ドリーマーズ・ラボラトリーズが破産した、というニュースは、「大型調達を行なったハードウェア・スタートアップの破綻」として注目を集めた。

世界初の全自動衣類折りたたみ機「ランドロイド」開発会社が破産

一方で、ちょっと気になる言説もあった。

「パナソニックが完璧を求めたために製品が出せず、破綻した」というものだ。日経ビジネスの記事「畳めなかったエアリズム 全自動折り畳み機、事業解散へ」(4月25日)の記事を元にした言説で、「日本の家電メーカーの悪いところが出ている」とSNSなどでも非難されていた。

だがこの説、筆者には少し疑問がある。話はそこまで単純ではない、と思うからだ。

筆者はセブン・ドリーマーズに何度か取材し、代表取締役社長の阪根信一氏にも話を聞いたことがある。そこから感じた「ランドロイドが世に出なかった理由」を解説してみたいと思う。筆者の解釈が真実かはわからない。だが少なくとも、別の視点が見えて来るはずだ。

「世の中にまだない」難題に挑んだ「全自動折りたたみ機」

ランドロイドは、2015年10月のCEATEC JAPANで電撃的にデビューした。セブン・ドリーマーズは「世の中にまだないものを開発する」ことをコンセプトとした会社。そこが打ち出した「全自動折りたたみ機」は、確かに、まだ世の中にない製品だった。

ただ、ここで注意が必要なのだが、セブン・ドリーマーズは直接的に家電などを開発していた企業ではない。企画を考えて開発スタッフを集め、基礎的な部分が出来上がった段階でパートナー企業を見つけて、最終的な製品へとこぎ着けることを目的としていた。

ランドロイドの製品版開発のパートナーになったのは、パナソニックと大和ハウス工業。メカニカルな部分は、洗濯機などで実績の多いパナソニックが担当し、製品販売などでは大和ハウス工業の販路などを使う……ということになっていた。大きなものなので、住宅設備との連携が有用、と判断されていたからだ。

ランドロイドはその名の通り、「衣類折りたたみロボット」的な性質を持つ機械だった。洗濯物を入れると、内部にあるカメラが種類を判別、衣類に応じてたたみ方を判断し、内部のロボットアームが洗濯物をたたんで、種別ごとにしまう……。そんな構造だった。

人間にとって、洗濯物をたたむことは造作もない作業だ。だが、機械にとってはそうではない。衣類はやわらかいため、くしゃくしゃの状態では「どの衣類か」「表裏どちらか」「どこをつかめばたためるのか」を判断するのが難しいためだ。また、ロボットアームをどう構成すればシンプルにつかんでたたむことができるのか、方法論が明確だったわけでもない。

非常に野心的な開発であったことは、以下の記事からもよくわかると思う。

ディープラーニングで衣類を折り畳む「ランドロイド」技術が一部公開

ズルズルのびる発売時期

一方で、2015年に発表されたものの、その技術の詳細は2017年末まで公開されていなかった。筆者も取材中、ちょっとだけ中を見せてもらったことがあるが、それも2017年春のことだ。

そのせいもあって、「これは本当にきちんと動いているのか」という疑問を感じる記者が、現場には少なからずいたのも事実である。

もちろん、洗濯物をたたむデモは見ている。後日、機器が実際に動作する様子も見た。だが、「これは限定された状態で実現しているものであり、実用上、本当に問題がないのか」という疑問は、ずっと残っていた。

技術的に難しい、という話はすでに指摘した通りだが、実際にはさらに条件がいくつもあった。

まず、たたむのに非常に時間がかかった。一着の折りたたみには15分かかっており、「家の洗濯物を、寝ている間や外出中に数時間かけてたたむ」という使い方が想定されていた。

次に、たためる衣類に制限があった。靴下やハンカチなど、小さくて形の異なるものは最初から対象になっていない。Tシャツやワイシャツは問題ないが、ゴワゴワした衣類(例えばジーンズ)や表面がなめらかですべりやすい衣類は「非常に苦手」とされていた。ロボットアームがつかみにくいからだ。

もちろん、これらの点は改善を目指して開発が続けられていた。だが「制約がなくなる」ことは最初から想定されておらず、「制限はあるが、便利な要素は生まれる」という製品、という位置付けだった。だから「完璧主義で」と言われるとどうにも違和感が残る。

ランドロイドは当初、2017年3月に予約を開始し、2017年中には販売を開始する、とアナウンスされていた。2015年の発表時には「2016年中に先行販売を開始し、2017年には一般販売、2019年には洗濯機と一体化したモデルを販売」とされていたから、これでもかなりの遅れだ。

そして実際にはさらに遅れた。2017年中に予約された製品は2018年になっても出荷されず、2018年末とされていた出荷予定も守れなかった。そして結局、販売に至れなかった……というわけだ。

どこで難航したのか? 画像認識なども大変だったようだが、やはり問題はロボットアームなどの物理的構造にあった。彼らが開発していたロボットアームでは「苦手な衣類がある」ことが問題であり、この部分の評価で、セブン・ドリーマーズ側とパナソニックの意見が分かれたのは事実であるようだ。2017年から出荷を延期する際には、この部分の再開発が理由、とされていた。

「パナソニックとの意識のズレ」の本質とはなにか

「ちょっと苦手な衣類があるくらいしょうがない。まず世に出して進化させるべきだ」

確かに、筆者もそう思う。ただ問題は、「どのくらい苦手なのか」の評価だろう。「特定の衣類はたためない」なら苦手で済むが、「特定の衣類しかたためない」なら、それは欠陥だ。2017年末あたりには、おそらくほぼ後者に近い状況だったのだろう、と認識している。

ここで問題なのは、「では、ビジネスとしてランドロイドはどこを目指していたのか」ということだ。

2017年夏頃、セブン・ドリーマーズの坂根社長は、「最初は高価なもの。それを少しでも手間が減れば、面白いものを手にできれば、という方を対象に販売する。そのうち技術がこなれてくれば、低価格化して量産できる。その段階でパナソニックが大きなビジネスにすることになっている。本命はそこから」と方向性を語っていた。

2017年に予約を開始した段階で、ランドロイドは185万円「から」とされていた。正式な価格は結局公開されなかった。富裕層向けに特別なものを、というビジネスはあってしかるべきだが、問題は「それが本当に回るのか」ということ。いくら数が少ないとはいえ、「モノ好きにしか売れない」のと「価値がわかる富裕層が継続して買う」とでは話が違ってくる。

ソフトは「出して改良」が非常に有効だが、ハードウェア、特にコアな機構の部分は、出したあとでの改良が難しい。低価格で数が売れるなら、どんどん世代交代を促していくこともできる。逆に高価なものなら、「改良したら交換・出張修理する」パターンもあり得るだろう。だがどちらにしろ、ある程度「これでいける」という方向性が決まっていないと、出して進化を待つのも難しい。

別の言い方をすれば、ランドロイドはまだ「R&Dレベル」だったのではないか。それを無理に発売に結びつけようとすると問題が起きるのも当然だ。「研究」と「製品」のギャップをちゃんと乗り越えられなかったのではないか……という疑念が残る。

パナソニックとしては、200万円の家電にはおそらくさほど興味がなかったのだろう。お互いにノウハウを蓄え、「普通の人が買える家電」に落としこむことが狙いだったはず。これは筆者の予想だが、開発が難航する段階で、「これはそのままのアプローチでは、低価格な家電にはならない」と見切りを付けたのではないか。本当に可能性があるなら、パナソニックが追加出資したり、別のパートナーをパナソニック経由で見つけたりと、なんらかの解決策が見いだせたはずだ。

それがなかったということは、「200万の家電にはなっても、その先が難しい」と判断されたのではないか、と思うのだ。

早すぎたアピール、ハードウェア・スタートアップ破綻の典型例か

そして、筆者がもうひとつ思うのは、「アピールが早すぎた」ということだ。2015年の発表の段階では、市販製品を作れるレベルではなかったはずだ。それはいい。

だが、同社は大きな展示会にずっと出展を続け、大々的に製品をアピールしていた。海外の展示会にもだ

ドイツのIFAにも出展(2016年9月)

2017年の3月には、ランドロイドを体験できるカフェもオープンした。筆者も取材で訪れたが、かなり贅沢な作りだった。既存の店舗とのコラボによる飲食店で、ゼロから作るよりはお金がかかっていないのだろうが、それでも、相応のコストがかかっていただろう。

「ランドロイド」を体験できるカフェがオープン(2017年3月)

開発に難航し、延期を繰り返す(プレス関係者に内々に伝えられていたスケジュールが変更になったこともある)一方で、プロモーションには多額の資金を投じ続けていた。名前を売り、出資者を募るための作戦でもあったのだろうが、「ちょっと急ぎ過ぎではないか」と思ったのも事実だ。開発側の意識と、坂根社長をはじめとした経営側の意識にズレはなかっただろうか。

こうしたことを考えると、「日本的なシステムが有望なスタートアップを破綻させた」と、シンプルに考えるのは難しい。

むしろ、「アピール先行型のハードウェア・スタートアップが、製品化に失敗した」と見るのが自然ではないか。そういう例は、世界中にあまたある。決して珍しいものではない。

西田 宗千佳

1971年福井県生まれ。フリージャーナリスト。得意ジャンルは、パソコン・デジタルAV・家電、そしてネットワーク関連など「電気かデータが流れるもの全般」。主に、取材記事と個人向け解説記事を担当。朝日新聞、読売新聞、日本経済新聞、週刊朝日、AERA、週刊東洋経済、GetNavi、デジモノステーションなどに寄稿する他、テレビ番組・雑誌などの監修も手がける。
 近著に、「顧客を売り場へ直送する」「漂流するソニーのDNAプレイステーションで世界と戦った男たち」(講談社)、「電子書籍革命の真実未来の本 本のミライ」(エンターブレイン)、「ソニーとアップル」(朝日新聞出版)、「スマートテレビ」(KADOKAWA)などがある。
 メールマガジン「小寺・西田の『金曜ランチビュッフェ』」を小寺信良氏と共同で配信中。 Twitterは@mnishi41