小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第43回

九州謎の伝統「朝課外」の過酷

筆者が通った公立高校は、宮崎県下でも有数の進学校であった。そのため、正規の授業の前に1時間「朝課外」があり、そこから6時間の通常授業のあと、放課後の「課外」が2時間あった。合計9時間授業である。

こうした課外授業は、進学校なら全国どこでも同じようなものだろうと思っていた。だが、高校生活を描いたマンガやアニメ作品では、そうした描写が出てこない。設定が進学校じゃないのかとずっと思っていたわけだが、どうやらこの「朝課外」というのは、九州地方だけの特殊な形態であるとつい最近知ることとなった。なぜならば地元メディアで、この朝課外が廃止の方向に動いていると報道され始めたからだ。

朝課外は正規のカリキュラムではないので、朝7時半ぐらいからスタートする。当然それまでに登校しておかなければならないので、7時過ぎには家を出なければならない。家が遠い子は、まだ暗いうちから自転車を漕ぎ出す必要がある。それまでにお弁当を作っておかなければならない親は、毎日6時起きだ。

課外内容は、受験に必須の主要科目、主に数学、英語、物理、化学などである。これは筆者が理系だったからで、文系の場合は国語や地理、歴史などだったのだろう。その朝課外が終わったあと、あらためてホームルームがあって正規授業に入る。

この朝課外の歴史は古く、宮崎県立大宮髙校の学校史によれば、同校で朝課外がスタートしたのは1962年のことだという。筆者もまだ産まれていない、60年前の話だ。しかもこの慣習は、PTAからの要請で始まったものだという。

筆者が高校生だった80年代初頭では、宮崎市内には大学進学に向けた予備校がほとんどなかった(新たにオープンする、という噂はあった)。せいぜい小学生向けのソロバン塾や、高校受験までを面倒見る中学生向けの私塾が少しあったぐらいのものである。

そうなると、大学進学のための対策は、高校に頼る以外にない。大学受験レベルが教えられる教員が、高校にしか居ないからである。そうした保護者の要望を受けて、朝課外や放課後課外が始まったのだろう。

筆者が高校3年生の時、「補習科」という制度がスタートした。これは大学受験に失敗して浪人した卒業生が1年間だけ、その高校で授業が受けられるというものである。もちろん正式には3年間の学業を終了してしまっているので、全授業が「補習」である。

教室は通常教室とは別棟になっていたが、卒業したはずの先輩が同じ制服を来て同じ学校に通ってくるのは、お互いに気まずいものがある。移動教室などですれ違うこともあったが、挨拶するのもためらわれたものである。

ただこうした制度がなければ、浪人した場合の受け皿が地元にないというのは深刻な問題であった。仮に予備校に通うとすれば、他県や都市部へ一人暮らしで行くことになり、よほど裕福な家庭でなければ無理だ。従って無理矢理にも現役合格が目標となり、朝夕の補習授業も必須になっていく、というわけだった。

学びの多様化に取り残される

なぜ朝の課外だけが見直されているかと言えば、過酷だからだ。

まず教員の立場からすれば、通常の授業の準備以外に、課外授業で使用する問題演習の準備などが必要になる。前日に準備できればいいが、できなかった場合は生徒達よりもかなり早くから出勤して準備する事になる。出勤が早すぎて、保育園に子供が預けられないといった弊害もあるようだ。

正規の授業ではないため、先生はタダ働きか、PTA会費から多少の謝礼が支払われる。だがその苦労に見合う金額ではないだろう。働き方改革の面でも、超過勤務を始業前に行なわせると言う点で問題も多い。

生徒の立場では、朝課外の参加は任意とは言い切れない。正規の授業ではないので、出なくても遅刻にはカウントされないが、原則全員参加が求められている。夜は夜で山のように宅習があり、朝は早起きともなれば、睡眠時間を削るしかない。午前中だけで5時間授業、さらに体育の授業がある日には、お昼前にはくたくただ。肝心の正規の授業に集中できないのであれば、問題演習ばかりが得意になる。それを人材育成と言えるのか。

現在宮崎県に県立高校は34校あり、そのうち朝課外を実施しているのは25校にも上る。それだけの学習量があるにも関わらず、全国の学力水準からすると、宮崎県は上位とは言えない。朝課外は、苦労に見合った効果があるのかないのか、その検証もこれまでされてこなかった。

すでに宮崎県内には、大学受験を前提とした進学予備校も多く開校している。以前は衛星放送などを使って著名講師の授業をライブ配信していた予備校も、今はオンラインで展開しており、受信設備のある教室に通わなくても講義が受けられるようになった。リアルに先生がいないと勉強しないという子もいるだろうが、学びの多様化という点では、教室の有無はあまり関係なくなったとも言える。

来年度の高校受験へ向けて、各中学校向けに公立・私立校の高校説明会が開催されている。市内の宮崎県立北高校は、今年度よりすでに朝課外を廃止しており、その代わりに授業全体を20分前倒しして、むしろ放課後の活動に余裕を持たせる方向に転換したという。

学校教育では、生徒それぞれの考える力の向上を重視する方向に転換するよう求められている。だが地方では地元に有力な大学がないため、定期テストや全国模試の成績で、他県のどの大学に行かせてもらえるか、もっと言えば何が学べるかまで決まってしまう。試験しか人の能力を図る方法がないなら、それでどうやって考える力や問題解決能力を測定できるのか。

一番進化が求められているのは、実は「試験方法」なのではないだろうか。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。