小寺信良のシティ・カントリー・シティ

第35回

「地方回帰」は本物か? 地方移住の条件とは

直近30日の東京都の新規感染者状況(JHU CSSE COVID-19 Dataを元にGoogleがグラフ化)

夏の緊急事態宣言終了後、新型コロナウイルス感染者は目に見えて減少を続けており、東京都でさえも10月17日以降、日々の感染者数が50人を割り込んでいる。夜の営業や外出の自粛要請も解除され、地方からニュースで見る限り、東京の街にも活気が戻りつつあるようだ。

誰もが元の生活に戻れることを心待ちにしてきたと思うが、唯一通勤だけは別だろう。多くの人が毎日同じ時間に決まった場所へ行って働くということは、公共交通機関での通勤ラッシュも元に戻るということであり、感染リスクの面からもそれは避けたいところだ。

テレワークスタート時は色々混乱もあったが、すでに1年以上が経過したところも多いだろう。そうなると、無理に東京近郊に住み続ける必要はないのではないかと考える人も出てくる。

ここ宮崎県では、2020年度に移住した人が1,326人となり、統計を取り始めた2015年以降で最多となった。毎日新聞が報じたところによれば、西都市や都城市がオンラインで相談会を開催しており、移住希望者の疑問に答えているという。

認定NPO法人ふるさと回帰支援センターでは、相談者・セミナー参加者を対象に、地⽅移住に関するアンケートを毎年実施している。今回はこの資料を見ながら、地方移住の現実性を考えてみる。

増加する移住のニーズ

相談、問い合わせの推移を見てみると、2015年ごろから急速に移住相談が増加しており、コロナ禍とは関係なく地方移住の動きが出てきたことを伺わせる。2020年に件数が激減しているのは、対面の面談やセミナーが中止されたからで、電話やメールでの相談は前年比で約25%増加している。

相談・問い合わせ数推移(認定NPO法人ふるさと回帰支援センター)

相談者の現在の居住地をみると、センター自体が東京にあるため、東京を中心に首都圏近郊が5位までを占めてきたが、電話やメール相談が中心となった2020年に大阪府が入ってきているのが印象的だ。移住のニーズは、首都圏以外の大都市にもそこそこあるということである。

相談者の現在の居住地(認定NPO法人ふるさと回帰支援センター)

また移住のタイミングという調査では、1年未満を筆頭に、定住先での就業が決まってから、1〜3年以内と続く。特に2020年は、1年以内を希望するというニーズが急速に回復しており、意外にみんな、すぐ移住したいと考えているようだ。

移住のタイミング(認定NPO法人ふるさと回帰支援センター)

ここでポイントになるのが、定住先での就職、つまり転勤や長期出張などではなく、転職も合わせて考えている人がそこそこいるという事である。

ここで、移住希望地のランキングを見てみる。筆者の住む宮崎県は過去のランキングでは大体10位以内、2019年以降は順位を下げるが、少なくとも20位以内には入っている。

移住希望地ランキング(認定NPO法人ふるさと回帰支援センター)

他県の事情はあまり存じ上げないが、宮崎県では常時人材不足なので、仕事を選ばなければ、求人はそこそこあるはずだ。平成27年度国勢調査によれば、宮崎県の産業別就業者数比率では、1位が卸売・小売で、2位が医療・福祉となっており、これだけで33%を超える。単独で2桁パーセントになっている産業はこの2つしかなく、あとは1桁台でかなりバラけている。

加えて、地方の仕事をするということは、賃金がかなり下がることは覚悟しなければならない。厚生労働省が公表した令和2年賃金構造基本統計調査によれば、東京の賃金は他県から飛び抜けており、過去移住先で人気の長野県は全国平均よりも下回る。そもそも全国平均を上回るのは東京以外に神奈川、愛知、京都、大阪しかなく、ほとんどの地方は平均以下に沈む。

都道府県別賃金(厚生労働省:令和2年賃金構造基本統計調査)

賃金が下がった分、物価も下がることを期待するかもしれない。宮崎県を例にして考えれば、首都圏から大きく下がるのは、地代家賃である。現在筆者が住むマンションは3LDKで、埼玉時代よりも1部屋少ないが、家賃は半分以下である。

一方日用品や食料品は、地産地消できるものは安いが、全国流通するようなものは東京と変わらないか、むしろちょっと高い。なぜならば物流が遠いので、小売の品々には輸送量がかかるからである。例えば首都圏では、自動販売機で買える500mlドリンクは大抵150円とすると、ここ宮崎では大抵160円である。それぐらいの微妙な上昇感があると思った方がいい。

また生活費として、お金のかけどころが違うのも注意が必要だろう。地方は車社会なので、通勤だけでなく、普段の生活にも車がなければ立ち行かない。夫婦2人で働くなら、だいたい車2台を所有するのが普通だ。1台は大型車で、1台は軽自動車という組みあわせが多い。また一度乗ると走行距離が長いので、1台所有の場合はハイブリッド車が多いというのも特徴だろう。

一般財団法人自動車検査登録情報協会の調査によれば、自家用車所有台数トップは福井県で、1世帯あたり1.715台。一方最低は東京都で、0.422台である。これが自家用車への依存率と考えれば、最大で4倍以上の開きがあることになる。

自家用乗用車の世帯当たり普及台数(一般財団法人自動車検査登録情報協会)

子供の習い事や部活動の校外練習などは、保護者が自分の車で送り迎えがデフォルトである。高校ぐらいになると、通学まで親が毎日送り迎えというのも珍しくない。大学になれば、自分で車やバイクなどを運転して通学する。郊外の学校はバスや電車のアクセスが悪く、思った時間に登下校できないからだ。「車がない家はどうするんだ」と考えるかもしれないが、地方では「家に車がない」という前提がない。

つまりいくら家賃が安くても、その差額は車の購入費・維持費で埋まり、物価はさほど変わらないとなると、地方企業に就職しての賃金では、首都圏のような生活水準は望めないということになる。

個人的には、首都圏の会社にお勤めの方でテレワークが可能ならば、そのままテレワークで仕事を続けたままでの地方移住を考えた方がいいと思っている。つまり東京の賃金で、地方で暮らすのだ。地方で勤めれば地方の賃金水準で働くことになり、地元民に比べてコネやツテ、土地勘やノウハウもないぶん、立ち行かなくなるからである。

宮崎県では、今年4月から移住者向け支援制度をスタートさせた。テレワーカーも対象になっており、2人以上の家族・世帯では100万円、単身者では60万円が支給される。引っ越し費用ぐらいはこれで賄えるだろう。おそらく他県にも似たような制度があるのではないだろうか。

筆者は今のようにコロナ禍になる前に移住しているが、どこに住んでいても東京の仕事ができる状況になったのは、コロナ禍によるテレワークが東京で始まってからである。つまりこうした働き方が可能になってから、まだほんの1年しか経っていない。「テレワークOK」の条件は、いつ何時ひっくり返るかもしれないことは、十分に会社と相談の上、ある程度のプランBも考えてから、実行に移していただきたい。

小寺 信良

テレビ番組、CM、プロモーションビデオのテクニカルディレクターとして10数年のキャリアを持ち、「難しい話を簡単に、簡単な話を難しく」をモットーに、ビデオ・オーディオとコンテンツのフィールドで幅広く執筆を行なう。メールマガジン「小寺・西田のマンデーランチビュッフェ」( http://yakan-hiko.com/kodera.html )も好評配信中。