レビュー
「PCである」ことの価値。Surface Pro Xで2週間仕事した
2020年2月6日 08:10
マイクロソフトの2 in 1ノートPC「Surface Pro X」が1月に発売された。Surface Pro Xは、キックスタンド型のSurface Proシリーズの最新モデルでありつつ、非常に野心的な製品だ。CPUはARM系で、LTEによる通信を標準搭載。いわば「新しい世代のSurface Pro」だ。
だが、野心的である、ということはいろいろ不安な部分も多い、ということである。
そこで筆者は、メインのマシンをまるっと2週間、Surface Pro Xに置き換える実験をしてみた。可能な限りSurface Pro Xだけを使った。
Surface Pro Xは、「普段使いのPC」として問題なく使えるのだろうか?
CPUはARM系、LTE内蔵で「より薄く狭額縁」なSurface
まずスペックをおさらいしておこう。
CPUは、QualcommのSnapdragonをマイクロソフトの要望に合わせてカスタマイズした「Microsoft SQ1」。Snapdragonはスマートフォンなどで使われるARM系で、(パソコンで使われる)x86系ではない。そのため、x86系のために作られたWindowsアプリケーション(大半のアプリだ)は、x86からARMへとエミュレーションして動作する。そのプロセスをユーザーが意識することはないし、逆に介入することもできない。
ARM系はスマホやタブレットで使われるCPUなので、「PCよりスペックが劣る」と思いがちだ。実際、多くのスマホやタブレットは、メモリーやストレージ量、メモリーとの間のバンド幅などがPCほどリッチではない。
だがSurface Pro Xは、その辺「ちゃんとしている」。メモリーは8GBもしくは16GB。ストレージも128GBから512GBで、タブレットよりもPC寄りのスペック。「Surfaceとしての水準を満たしている」のだ。
ディスプレイは現行のx86系Surface Proである「7」(12.3インチ)よりも若干大きな13インチで、「狭額縁」になっている。重量は774g(Pro X)対775g(Pro 7)でほとんど変わらない。
ディスプレイサイズで比較するならiPad Pro・12.9インチモデルに近いが、重量はiPad Proの方が130g軽い。とはいうものの、Surface Pro Xが特段「重い」とは感じなかった。角がとれて、立てたり持ったりする時に便利な「キックスタンド」があることを思えば、この重量差は納得できる範囲だ。
PCとして見た時に重要なのは、LTEモジュールが内蔵されていて、通信が簡単に使えることだ。LTE内蔵のPCも増えてはきたが、iPadなどのタブレットほどあたりまえにはなっていない。最新のデバイスを搭載することに積極的なSurfaceシリーズの中でも、LTE内蔵モデルはまだ少ない。Surface Pro Xを選ぶ最大の理由のひとつは、「LTE内蔵」である、といっても過言ではない、と思う。
PCとしてSurface Proシリーズを使う場合、「タイプカバー」と呼ばれる別売のキーボードは必須の存在だ。Surface Pro Xでは過去のモデルからインターフェースなどを改良した新型が採用された。新型キーボードはペンが内蔵できるようになっており、これがとにかく便利。ペンは平たいデザインになっているが、感度や使いやすさは、従来のSurface用ペンと同じだ。
ただ、タイプカバーは比較的高価であるのが欠点だ。Surface Pro X専用のタイプカバーは、ペン付きで実売価格が32,000円を超える。ペンの入らないものも用意されており、そちらは18,000円程度。
やはりペン付きがおすすめだが、そうすると、Surface Pro Xの購入価格は、実質的に「本体+32,000円程度」になるわけだ。もっとも安価なモデルでも、Surface Pro Xの本体は14万円以上するので、トータルで「17万円以上のノートPC」ということになる。その点は頭に入れておいてほしい。
意外と動くWindowsアプリ、「インストールできない」ものもあることに注意
さて、実際に仕事につかってみよう。
Surface Pro Xの特徴は「ARMベースであること」と「LTEを内蔵していること」だ。ARMベースであることは、本体の薄型化と消費電力低減に寄与しており、LTE内蔵であるのも、そこに紐づいている。
仕事をするためには必要なアプリを入れ、環境を整備する必要がある。通信の方は問題ない。SIMカードスロットには、手持ちのNTTドコモのSIMを入れた。簡単につながったし、特に問題も感じなかった。ただ、iPadなどで使っている時に比べると、接続の過程がこなれておらず、ちょっと分かりづらさはある。eSIM内蔵なので、必要な時だけ契約して使うのも簡単だ。
そうなるとポイントは「アプリ」。具体的には「ARM系であることが障害になるか」という点だ。ポイントは2つ。「インストールして使えるのか」ということと、「満足な速度で動くのか」という点だ。
結論からいえば、多くのソフトは問題なくインストールして使えたし、速度面での不満もほぼなかった。
まず、マイクロソフト・オフィス。これは問題ない。マイクロソフト製PCだから当たり前といえば当たり前だが。
次に、エディタ。筆者はWindows Store版の「秀丸」をつかっているが、これも問題ない。ちなみに、ストア版でない方でも問題はなかった。
ウェブブラウザーも、Chromeが普通に使える。キーボードレイアウトの変更に使うフリーソフトである「Change Key」も動く。
じゃあなにも問題ないのか……というと、もちろんあった。
まずAdobeの「Lightroom」。筆者は写真の管理にLightroom、特にクラウド対応でマルチプラットフォームの「Lightroom CC」を愛用している。だが、これが現状のSurface Pro Xでは動かない。
理由は、Surface Pro Xでx86版のアプリを使う場合、「32bit版」しか使えないからだ。ここまで「動いた」と書いているアプリは、すべて32bit版が存在する。AdobeはPhotoshopなど、歴史あるアプリでは32bit版も用意しているが、Lightroom CCは64bit版しかない。
現在、アプリもOSも64bit化が進んでおり、ARM版Windows 10やARM版アプリ自体は64bitである。しかし、その上で動くx86版アプリのエミュレーションが32bit版アプリにしか対応していないため、こうした問題が起きる。
他にも使えないアプリはいくつかあった。それも正直なところ、事前に想定していた「32bit版がないから」という理由でダメだったのは、筆者の場合、Adobe系くらいだった。
まず、ダメで困ったのが「ATOK」。日本語入力ソフトとして日々使っているが、インストールはできたものの、ちゃんと動かなかった。
次に「Dropboxのクライアントアプリ」。こちらは、インストール時に「このCPUには対応していないので、Windows Store版を」と警告が出た。Dropboxの場合、Windows Store版のアプリと通常のクライアントアプリは役割が異なる。ファイルを同期しながら使うには通常のクライアントアプリが必要だ。こういう現象が出た理由は、インストーラーが過去のARM系CPUを使ったWindowsプラットフォームである「Windows RT」と、現在のARM版Windowsを勘違いしたからではないか、と思われる。無理矢理インストールする方法もあるだろうとは思うが、ここはガマンしておいた。
実のところ、仕事に使う上でもっとも困ったのはこのDropboxだったりする。
速度面での不満はなし、ブラウザーが「PC版」の安心感
使えないのはしょうがない。では、32bit版しか動かないことも含め、大きな問題があるかというと……あんまりない。
32bit版アプリと64bit版アプリの差は、少なくともオフィス系アプリなど、筆者が普段仕事に使うソフトではほとんど感じなかった。
体感的にいえば、エミュレーションが絡む関係か、アプリの初回起動にはx86版以上の時間がかかる。しかし、二回目以降は遅くない。なにも言われなければ、エミュレーションだとは思わないのではないか。Photoshopだけはどうにも動作が重く、不自然に感じることがあった。これは、アプリの規模ゆえか、それとも別の理由かはわからない。
ATOKが動かないことは知っていた。まあ、確かにちょっと変換のクセや効率は落ちるのだが、今のWindows標準のIMEは、決して悪いものではない。問題はない。
困ったのはLightroomだ。こちらは「ウェブ版」を使うことで切り抜けた。ウェブ版からは写真の管理とちょっとした修正だけができる。機能は不足しているのだが、必要ならばそちらはスマホやiPadでやってもいい。それができてしまうのが、クラウドソリューションであるLightroom CCのいいところ、とも言える。
Dropboxの方はいかんともし難い。幸い、メインのクラウドストレージはOneDriveであり、Dropboxは補助的に使っているだけだ。なので、必要な場合だけ、こちらもウェブクライアント経由で切り抜けた。
PCのいいところは、現在のアプリケーションの多くがウェブ化しているところだ。とはいえ、スマホのブラウザーではダメな部分があり、PCのもつ「フル機能のブラウザー」があって安心できる、というのは事実だ。例えば、iPadOS最新版のSafariはとても完成度も互換性も高いが、「ファイルを複数選んでウェブサービスにアップロードする」ことができない。(もしかするとできるのかもしれないが、筆者の知る複数のサービスではそれができない、と言った方が正しい)
だから、「PCのウェブブラウザー」がそのまま使えているSurface Pro Xはとても安心感がある。
エミュレーションの負荷は意外と重い?
Surface Pro Xは別にx86系アプリをエミュレーションで動かすことだけを考えて作られたものではない。それを主軸としてはいるが。ARM系向けに作られた「ネイティブアプリケーション」を用意することもできる。ただ現状、ネイティブアプリケーションはほとんどない。
個人的に意外だったのは、マイクロソフトがオフィスのARMネイティブ版を用意していないことだ。その必要性もない、という判断かもしれないが。
マイクロソフトの新ウェブブラウザーである、Chromium版「Microsoft Edge」も、公開された正式版を入れると、x86版がインストールされる。
ところがこちらは、テスト版の一つである「Canary版」として、ARMネイティブ版が提供されている。こちらをインストールしてもいい。
すると、ちょっと面白いことに気付く。
x86・32bit版のChromeを使っている場合に比べ、CPU負荷が低いのだ。ベンチマークをとるのは難しいので目視での印象になるが、負荷はARM版Edge<x86版Edge<x86版Chrome、という感じだった。体感上速度には反映されていないが、CPU自体はエミュレーションで負荷がかかっていると想定できる。
ではそこでARM版にこだわる意味があるか? というと、これもはっきりしない。おそらく「多少は消費電力に影響しているんじゃなかろうか」くらいのレベルである。強く気にする必要はないが、「やっぱりARM版があればプラスなんじゃないか」と考える根拠にはなっている。
そういう意味では、x86・32bit版のアプリからの移行は積極的にすすめてほしい。マイクロソフトはオフィスも移行するべきだし、Adobeはちゃんと、最新のCCアプリケーションのARM版を作って欲しい。最新のペイントツール「Fresco」はSurfaceへの最適化を進めているのだから、ARM化にも積極的になってほしい。
バッテリー動作時間はとても長い。カタログスペック上は13時間。ここまでは長持ちしなかったが、1日5~6時間使っても残量は50%を切ったところで、10時間は動作しそうである。重量を考えれば立派なところではないか。ARMネイティブ化によるパフォーマンス向上や消費電力低減の効果はどのくらいなのか、気になる部分がある。
なお、Surface Pro Xはファンレスで、音がまったくしないのもプラスだ。
「PCである」にどれだけ重きを置くかで決断
では結論だ。
Surface Pro Xは、「自分が使うアプリがちゃんとある」ことがわかっている、もしくは、ウェブアプリで多くの仕事ができることがわかっていれば、普通にPCとして使える。特に、ブラウザーの信頼性は大きい。
一方、誰にでも勧められるか、というとそこは悩む。
まず、コストが高い。
確かに良いPCだが、キーボード込みで17万から18万円予算を用意できるなら、他にも選択肢はある。それこそ、iPadならば半分から3分の2のコストでいい。アプリ面ではむしろ、iPadの方が充実しつつある。カメラやペンを使ったクリエイティブ系アプリの充実は、WindowsよりもiPadの方が活況だ。この点は軽く見るべきではない。アイデアを練ったり絵を描いたり、写真・動画の編集をするならiPadの方がいい。一方、iPadはPCではないがゆえに、時たま困ることがある。
結局、iPadかSurface Pro Xかを分けるのは「PCが欲しいのか、PCでなくてもいいのか」がポイントだ。
あくまで「新しいアーキテクチャのPC」が欲しいなら、Surface Pro Xは最適だ。すなわち「自分の唯一の仕事機器」として選べる安心感があるのがSurface Pro Xだ。だが、「別にPCをもっている」前提であるなら、PCでなくてもいいならすでに選択肢はある。
そのことをどう見るかが、Surface Pro Xを選ぶか否かの別れ目だ。