アカデミー賞外国語賞他4部門に輝いたアジア映画の傑作『グリーン・デスティニー』。実はこの作品、相当面白いとの評判を聞きながらも見損ねてしまったので、今回のDVD発売は待ってましたという感じだった。ちょっぴり興奮気味で封を開く手ももどかしい。さあ、彼らはどんな“跳び”を見せてくれるのか・・・。

　アクション、ロマンス、そして人間ドラマ。さまざまな要素を盛り込みながらアジアならではの文化世界を前面に打ち出した映画作りが勝利した瞬間を目にした気分だ。個性を失った欧米型のアクション映画とはしっかりと一線を画し、その個性ゆえに世界に受け入れられ作品である。何といっても、注目はアジア映画界を代表するスター、チョウ・ユンファ、ミシェル・ヨーの共演と、ハリウッドでの活躍も目覚しいアン・リー監督の組み合わせ。世界＝ハリウッドに羽ばたき外の世界を見て成長した三人が、自らのルーツのために全力を尽くす。それはまるで、世界トップランクのリーグで活躍するサッカー選手たちが、ワールドカップ出場のために祖国に戻り、代表選手として心をひとつにするような、そんな感じか。

　主流である欧型の攻撃スタイルに惑わされることなく、個性的な戦略で世界的勝利を手にすることがどれほどの意味を持つかは、特典として収録されているメイキング映像の中で語られるキャスト、スタッフの言葉からも読み取ることができる。特にアジアの才能たちを動かした大きな理由は、自らの文化を世界に伝えたいと言う思いだ。ミシェル・ヨーはインタビュー映像の中でこのように話している。「アジアで馴染みのある武術映画というものを中国圏以外の世界の人たちと共有したい。身近なものを通じて、少しでも私たちの文化を理解してほしい。それが意思疎通の手段となる」。かつて映画がそうであったように、異文化の語り手という役を見事こなしたという意味においても、アン・リーが生んだこの作品の功績は大きい。人々を未知の世界に誘い、驚きを与え、好奇心を満すという映画が持つ本来の醍醐味を蘇らせたからだ。だからこそ映画界の最高峰、アカデミー賞で堂々と戦い抜き、高い評価を得ることができたに違いない。

　中国全土で、剣の名手としてその名を知られるリー・ムー・バイ。森での修行から帰った彼は、ある決意のもと自らが所有する名剣“グリーン・デスティニー”を手放すことに。そして弟子である女性剣士、シューリンに剣を北京のティエ氏まで届けるよう依頼。ティエ宅についたシューリンは、そこで結婚を間近に控えた貴族の娘イェンと出会い、親交を深めるのだが・・・。

　いつの時代にも社会の犠牲になってきた女性たちがいる。本作に登場する二人の女性は、婚約者の死とともに社会から未亡人同然に扱われてしまう女性剣士と、自由を望みながらも親の決めた結婚を甘んじて受け入れようとする貴族の娘。どちらも清の時代に人々が理想とした女性像に縛られた犠牲者たちである。だが、実は彼らの美しく穏やかな笑顔の裏には、意外なほどの情熱と激しさが隠されている。原題の直訳は「かがんでいる虎、隠れた龍」となるのだが、表面的な顔の下にあるもうひとつの顔を表した中国語のたとえのひとつだそうだ。この言葉が示す通り、女性たちの隠された意外性がこの作品の魅力となって描かれる。登場人物たちは皆“隠れた龍”の部分を持っているのだが、抑圧され続けてきた女性たちへのオマージュ的要素が強いことは観ていて明らかだ。時代もの、女性の自立、アクションなど相容れないと思われてきた要素を混ぜ合わせ、映画界に新風を吹き込んだのである。

　アクション作品では、技術面に意識が向くあまり、人間の感情に焦点を当てられることが少ない。映画がストーリーを語る媒体であるにも関わらず物語は軽視されがちだったのだ。その定説を打ち破ったのが『マトリックス』である。複雑に絡み合った人間感情と見ごたえのあるアクションを融合させたことで多くの支持を得た。その意味では本作は『マトリックス』に匹敵する映画と言えるかもしれない。アクション女優として長年活躍してきたミシェル・ヨーは、人間の内側が描かれていることに感銘を受け「絶対にこの映画には出演するべきだ」と考えたと言う。「リー監督との仕事が女優として成長させてくれることを疑わなかった」と。インタビューではどれほど綿密に役作りを行ったかも語っている。表面的な演技では、当時の女性の立場、自己抑圧、犠牲の精神などを表現することなど不可能だからだ。かつて女性にここまで望んだアクション映画があっただろうか。ヨーはこの映画を通して新たなるステージに上がり、演じることの苦労と素晴らしさを噛みしめたことだろう。アクション映画でありながら、思いもかけない深みがある作品。そう、この作品の中にこそ、隠れた龍が存在しているのである。

　素晴らしい作品ほどどんな風に作られたのか興味が湧くものだ。特に『グリーン・デスティニー』のように、生身のアクションが披露され、各国からキャスト、スタッフが集結した作品となれば、メイキング映像を覗かないわけにはいかない。ワイヤーを使った撮影の裏側や、多国籍国家と化す現場の様子などを目にするのは本編を観るのと同じくらいエキサイティングである。

　総製作費が1500万ドルと言われているが、その規模、豪華なキャスト＆スタッフどれをとっても大スケール。だが製作の裏側を知れば、そこには必然が見えてくる。『マトリックス』でその名を世に知らしめたアクション監督、ユエン・ウーピンのチームは最高のワイヤーアクションを生み出す。複数のスタッフが空中の俳優を操るのだ。一歩間違えば大事故を起こしかねない危険な仕事である。優秀なスタッフがいてこそ実現した名場面は、舞台裏を知ってから見てみるとまた違った面白さを発見することができる。だが、アクションが旨味のひとつでありながら、伝統やアクションに固執することなく人間の内面が重視された作品であることは前述の通り。メイキングでは、この“アクションとドラマの同時進行”がベテラン俳優にもたらした苦労も明らかになっている。アジアの大スター、チョウ・ユンファですら「最初の4,5テイク撮って、覚えられないと諦めた。一度にやらなければない要素が多すぎてね。立て続けに動きながら台詞を言うのは無理だよ。だからアフレコにした」と語っている。その他、作品を隅々まで知りたいなら音声解説がお勧めだ。本編に製作スタッフの声を重ねることが可能な音声解説は今やメイキングとともにDVD特典の定番メニュー。メイキングが初級コースなら、音声解説は上級コース。まるで、スタッフを自宅に招いて特別講座を開いてもらっているような気分だ。本作ではアジア人であるアン・リー監督と西洋人である脚本家のジェイムズ・シェイマスが登場。作品の向こう側に存在する東と洋のせめぎ合いをも感じさせている。ジョークまで飛び出す漫才のような会話は映像と同じくらい傑作。とにかく、この作品がどれだけ大切にされているか思い知らされることだろう。

　武侠映画のファンだったというアン・リー監督は、「幼いころの夢だった。武術映画は娯楽の王様。こんな映画をつくりたいと思い続けていた」と言っているが、『グリーン・デスティニー』はきっと彼が観てきた多くの作品を超えているはず。原作では、本作で取り上げた物語が全5部作のうちの4部目ということであるから、シリーズ化への期待はどうしても高まってしまう。