こどもとIT

1人1台時代、創造性を進めるiPadを活用したICT教育環境

――安心・安全なICT教育環境を支援するMDM「mobiconnect」

GIGAスクール構想によって、全国の小中学校は1人1台のコンピューターで学ぶ時代に突入した。これまでのようにパソコン教室で“わざわざ使うICT”ではなく、これからは子どもたちの机の上に端末が常備され、文房具のように使う学びが求められる。このようなICT環境では、学びはどのように変わるのか。また、今までとは異なるICT環境をどのように学校現場で管理・運用していくべきか。

1人1台を実践している先進校では、どのように取り組みを進めているのか。今回は3名のiPad導入校の教育者や専門家に話を聞いた。

聖徳学園中学校・高等学校 学校改革本部長/ICTディレクター 品田健 教諭。前任校の桜丘中学校・高等学校では、2014年にiPadによる1人1台を実施。聖徳学園ではSTEAM教育など創造性を伸ばす教育実践に力を入れる
株式会社Doit代表取締役 土井敏裕 氏。大分県で小学校教員を務めた後、同県教育庁教育財務課情報化推進班 指導主事に着任。県全域の高校へのiPad導入に携わる。現在は企業人として教育現場のICT活用を支援している
立命館守山中学校・高等学校 メディア教育部主任/情報科 伊藤久泰 教諭。同校が1人1台iPad導入を実施した2014年に赴任して以来、中高合わせて1600台の端末管理やICT活用推進を担う

学習を支えるICT活用から、一人ひとりの学びを発展させるツールへ

――まずは1人1台を実施されている聖徳学園の品田先生と、立命館守山の伊藤先生にお聞きします。1人1台になるとICT活用が進むと思いますが、生徒の学びはどのように変わっていくのでしょうか。

品田: 聖徳学園は2015年からiPadの1人1台を実施したのですが、最初の頃に比べて、課題の配信や宿題の提出、連絡事項の伝達や知識のインプットなど、学習インフラとしてのICT活用はかなり定着してきましたね。今は、聖徳学園が重視しているSTEAM教育の中で、生徒たちの創造性を伸ばしていくような、アウトプットを広げるICT活用に力を入れています。

聖徳学園中学校・高等学校(東京都武蔵野市)。中学1年生から高校3年生まで生徒全員がiPadとApple Pencilを所持。教職員も同様。全校で1000台弱の端末が稼働

たとえば、今まで生徒たちはテスト前に課題をやっていたのですが、最近はワンポイントレッスンの解説動画を作っています。背景の板書を作って、グリーンスクリーンの前で撮った解説動画を合成して仕上げるのですが、作った動画に皆でコメントをし合ったりして、教科の学びを深めることができていますね。また動画制作では、生徒たちのオリジナリティも発揮されるので、学習意欲を刺激し、聖徳学園が大事にしている創造性の育成にもつながっています。

ワンポイント解説動画を作成中のようす。背景の板書とグリーンスクリーンの前で撮った解説動画を合成して仕上げる。「こういう学習は一人ひとり違うものができあがるのが面白い」と品田教諭

伊藤: 立命館守山も当初に比べて、かなりICT活用が進んできましたね。最初は、カメラを使う、動画を使うなど授業改善の視点でICTを活用していましたが、今は生徒たちが自分の学習データを持ち歩ける1人1台のメリットを活かして、個別学習に力を入れるようになってきました。最近は、生徒が意欲的に取り組めるデジタル教材も増えてきましたから。

立命館守山中学校・高等学校(滋賀県守山市)。生徒・教師合わせて1600台のiPadが稼働

また本校は、多くの教員がiPadで一斉授業も、協働学習も、個別学習もできるようになったので、授業のバリエーションが広がってきました。私自身も一斉授業から、動画を活用した反転学習や個別学習を取り入れた授業に変わり、自分が説明する時間が減りましたね。一人ひとりの対応や質問に時間が割けるようになってきたと思います。

伊藤教諭が受け持つプログラミングの授業

――なるほど。ICT活用が進んでいくと、生徒の学びが広がっていくのが分かりますね。土井さんは、公立小・中学校のGIGAスクール端末の導入などに関わっていらっしゃいますが、公立では1人1台の活用は進んでいますか

土井: そうですね、公立は今、GIGAスクールの端末が導入されている段階なので、本格的に1人1台に取り組んでいる学校は少ないですね。現状は、先生用の端末があって、児童生徒用の端末があって、それをグループ学習やプログラミング学習に使うというパターンが多いような気がします。

またiPadに関しては、操作性に優れていて、小学校低学年の子どもでも簡単に使えるので、「カメラ」や「Keynote」などを使って、シンプルなICT活用を授業に取り入れている先生が多いと思います。これから端末が導入されれば本格的に活用が進んでいくと思いますし、期待したいですね。

1人1台だからこそ、「安心・安全に使える環境」と「効率的な端末管理」が必須

――一方で、1人1台環境になると、先生方や保護者の方の心配も増えると思うのですが、どのように対応されているのでしょうか。

品田: たしかに、ご心配の声はありますね。前任校でiPadの1人1台を進めていたときも、保護者と現場の教員から“壊れたらどうしよう”、“生徒は余計なことをしないか”など、不安の声があったので、安心してiPadが使えるようにMDMを導入しました。

よくMDMっていうと、企業では情報漏洩の対策に使われていて、セキュリティや機能制限を強化して端末を管理するという発想だと思いますが、私としてはMDMで生徒の端末を管理・監視するという発想は全くなくて。例えるなら、自動車を買った時に、自動車保険に入るのと同じ感覚で、iPadで何かトラブルがあった時に頼れる存在と捉えていました。MDMがあれば生徒の使用状況も分かるので、保護者や教員に対して、安心・安全にiPadを活用できると説得材料にもなりましたね。

伊藤: 私は立命館守山がiPadの1人1台を実施した2014年に赴任したのですが、MDMの導入はすでに決まっていました。当時、iPad先進校はMDMを使っており、本校も導入したと聞いています。品田先生の言うように安心・安全な環境を築くためにMDMも必要ですが、もうひとつのメリットとしては、効率化でしょうか。1人1台になると、アプリを追加する度に生徒の端末を集めるわけにもいかず、MDMで遠隔操作できる環境は、効率的に端末を活用するためにも必要だと思いますね。

立命館守山高校での、iPadを活用した協働学習の様子

――公立校ではMDMの事例が少ないですが、導入はむずかしいのでしょうか。

土井: そうですね、私は以前、大分全域の県立高校にiPadを導入したのですが、公立はやはりMDMの予算化で苦労しましたね。当時はMDMだけではなく、端末やネットワーク、プロジェクターなど、他にも整備すべきものがありましたから。そのため、iPadの管理は各学校に配備したMacBookに直接接続して、Apple Configurator 2(※1)でアプリのインストールやアップデートを行なうようにしました。

※1 iPadなどの端末をMacに接続して設定を行なうためのApple純正のツール

また当時は、端末管理についても、教育委員会や財政課の理解が進んでおらず、予算化がむずかしかった原因のひとつだったと思います。ただ今はGIGAスクール構想の国の補助金も、iPadであればキーボードとMDMがセットですので、iPadを導入してMDMを導入しない自治体は、私の知る限りではないですね。

品田: MDMの予算化がむずかしいのは、私立でもあると思いますよ。私が前任校で導入したときも、「トラブル対応にMDMは絶対必要です。それが学校の信頼度につながります」と説明して理解してもらいました。あと、MDMは必要ないと考えている管理職の方もいるかもしれませんが、MDMがないと、同じアプリの同じバージョンが生徒全員に行き渡りません。MDMなしで、これをやろうとすると大変な作業になりますからね。

伊藤: そういう部分、知ってほしいですよね。最近、他校から「iPadを導入したから管理の方法を教えてほしい」と問い合わせを頂くのですが、みなさん、よく口にされるのは「iPadだけあれば、できるのかと思っていたけど意外にそうじゃないね」ということです。iPadのOSやアプリのバージョンが揃っていないと、いざ授業で使うときにできないこともあります。それに、アプリの追加やアップデートの度に生徒の端末を回収していては、生徒の学習時間も奪ってしまいます。効率化のためにもMDMは必要だと思ってほしいですね。

自由と制限、端末の機能制限はどうすべき?問われる学校の方針

――MDMで端末を管理するのは効率的ですが、一方で端末の機能制限を厳しく設定してしまって、子どもたちの使い方を制限してしまうことも可能です。学校現場で端末をうまく運用するためには、機能制限はどのように考えるべきでしょうか。

品田: 聖徳学園では、生徒にはiPadを自由に使ってもらいたいと考えているので、厳しい制限は設けていません。たとえばYouTubeアプリを規制する学校もありますが、本校では遠隔授業をYouTubeで限定公開したり、私の授業でも使うので、生徒はYouTubeも視聴できますね。ただ、校内のWi-Fiはフィルタリングされているので、何でも見られるわけではありませんが。

あとは、中学生と高校生では発達段階がかなり異なるので、App Storeの利用については中学では制限し、高校は自由にしています。高校生になるとスマホの経験もありますが、中学生は初めてiPadに触る生徒もいますからね、保護者の方の心配も考慮して、そのような設定にしています。ただ、中学生のやりたいことにも柔軟に対応したいと考えているので、生徒から“こんなアプリを使いたい”とリクエストがあればホワイトリスト形式で採用するようにしていますよ。

品田教諭が実施した自分の好きな曲を紹介するジャケット制作。YouTubeへのリンクも埋め込む

伊藤: 立命館守山は最初、一部のSNSだけを禁止して、あとは自由に使う方針で進めていたんですね。すると、ゲームやYouTubeばかりをやってしまう生徒も出てきて……。保護者の方が不安に思われることもあったので、iPadは“学習で使う端末”と位置づけて、学習に関係のないものはMDMで制限するようにしました。

ただし、一律に制限をかけるのではなくて、学年主任と相談しながら、学年ごとにポリシーを作ってMDMに適用しています。“生徒がルールを守れるようになってきたから、この制限を外したい”とか、“文化祭の前だけ制限を外したい”など、その学年に合わせて対応していますね。

土井: それ、すごいですね。学年ごとにポリシーを設けるのは素晴らしい運用だと思います。私の場合、大分県立校でiPadを導入した時は、MDMの代わりにApple Configurator 2 で管理していたので、厳しい制限は設けませんでした。当時はいろいろな意見もあったのですが、初期設定を変更する作業って大変なので、できる限り、自由に使ってもらいながら、困りごとが出た時に対応する形にしました。ただし、教員用のiPadは一切制限をかけず自由に使ってもらっていましたね。

品田: 1人1台になると、保護者方が心配されるのも分かります。実際に「iPadで勉強しているようには見えない」という声をいただくこともありますから。そういう時にMDMがあると、生徒の使用履歴(※2)を見て、「これはゲームに見えますが、実は学校のプログラミングの課題ですよ」と言えますし、生徒の使用履歴から、不適切な使い方が見つかれば正しく指導できたりもします。

※2 mobiconnectの有料オプション「Cisco Clarity」で提供される機能

iPadで学べるプログラミング教材「Swift Playgrounds」。何も知らない保護者から見れば一見、遊んでいるようにも見えてしまう

土井: MDMの初期設定をどうするかって、個人的にはすごく大切な部分だと思いますね。立命館守山のように制限を設けて学習用ツールとするのか、聖徳学園のように自由度を認めるのか。教員や保護者が不安だからと厳しく制限してしまうと、使いづらい端末になって現場の稼働率も下がりますからね。ICTでどういう教育をめざすのか、学校のビジョンにも関わる重要な部分だと思います。

STEAMの授業風景。自分たちで企画したフェアトレードについて発表動画を作成中

端末の管理・運用に教員はかかわるべき?教育に専念できる環境をつくるために

――1人1台になると、学校現場で大量の端末を管理しなければなりませんが、現場での先生方の負担が増えるのではないかと思います。端末の運用など、どのように進めていくべきでしょうか。

伊藤: 立命館守山では最初の年、MDMの操作を全て企業の方に「年に何回」という形でお願いしたのですが、アプリの追加など教員からの要望が非常に多く、その回数では足りなくなったので、途中から私もMDMの操作を覚えて触るようになりました。その結果、たしかに現場のスピード感がアップして、iPad活用も大きく進んだのですが、私の負担があまりにも増えてしまったんです。そのため人員を増やしてもらって、今は、私と4名の専門スタッフの計5名で1600台の端末を運用しています。

iPadを導入すると端末管理だけじゃなくて、様々な業務が増えるんですよ。たとえば毎年3月の後半から4月にかけて行なうアプリケーションの年度更新は大変な作業で、こうした業務の大変さは、やっている人にしかわからないと思います。教員は自分の教材研究や部活動の指導、生徒指導など、ほかにも多くの業務がありますし、さらにシステムの業務も増えてしまうと、どっちつかずになりかねないです。ICT支援員などきちんとした体制を作って取り組みを進めてほしいと思います。

品田: 聖徳学園も、システム専従の職員が2名いて、基本的には端末管理をお任せしています。ただし、OSアップデートなど授業に影響するものは、アプリが動かなくなると困るので、現場の教員とシステムの職員が情報を共有し、アップデートのタイミングなどを決めていますね。教員がMDMに触るのは生徒の使用履歴(※3)を確認するときくらいですが、それもシステムの職員にサポートしてもらいながら触っています。

※3 mobiconnectの有料オプション「Cisco Clarity」で提供される機能

土井: そのような体制は、私立だからできることかもしれませんね。公立は、ICT支援員が学校に常駐するのはむずかしいので、校内で組織化し、何人かの教員はMDMを操作できる体制が望ましいかなと思っています。とはいえ、MDMの機能を熟知する必要はなくて、学校現場で必要になる操作といえば、アプリの追加と、全員の端末にインストールできたかどうかのチェック、OSのアップデートくらいかな。この操作ができれば十分だと思います。

ただ、そのためには、アプリのインストールとアップデートの権限は教育委員会ではなく、学校に移管した方がいいですね。使いたいアプリの許可をその都度、教育委員会に求めるのは時間がかかりますし、子どもの実情や現場の先生のやりたいことに合わせて、校長が判断して進めるようにするのが望ましいと思いますね。

土井氏が講師を務めていた大分県での教員研修の様子

品田: ただ、管理職の立場で言わせてもらうと、教員ができてしまうからって端末管理をやってもらうのは、見た目には費用がかかっていないように見えるけど、本来であれば、その先生が教材研究に使えた時間が無駄になっているわけだからね。管理職は、そうした時間の使い方を考えて、やっぱり端末管理にはコストや人員をかけるという発想を持ってほしいですね。教員に本来の仕事をやってもらわないと教育の質が下がりかねないですからね。

1人1台時代に求められる学習環境とは?

――これから学校現場では、子どもたちが1人1台のコンピューターを持ち、本格的なICT活用が始まります。これから学びの質を高めていくために、どのような学習環境が重要になってくるでしょうか。

品田: これからの学校は“失敗できる環境”が求められていると思います。たとえば、SNSの使い方も社会では致命的なことでも、校内で使用する場合は大丈夫といえる環境が大切でしょう。そのためには安心・安全な環境が必要で、手段としてMDMは有効ですし、生徒や保護者、教員の理解も得られると思います。大人がお膳立てするのではなく、生徒が自分で考えてICTを活用し、チャレンジできる環境を作っていきたいですね。

ちなみに、失敗できる環境になると、生徒は教員が教えた以上のことをできるようになりますよ。逆に、失敗を許さない環境では、生徒は教員の言う通りにしかやりません。授業や学校生活の中で、“生徒たち、こんなことできるんだ”と教員が驚くようなことがあるので、失敗できる環境つくってほしいですね。

マルチデバイスを授業で活用する聖徳学園の生徒たち

土井: 私は、“子どもに教えなきゃ”、“子どもよりも知っておかなきゃ”といった教員のマインドを捨てることが求められていると思います。子どもたちがiPadをのびのび使える活動をどういう風に組み立て、学校の中に取り入れていくか。教員がもう少し肩の力を抜いて考えられるといいですね。

そのためには、教員も、企業も一緒になって取り組み、いろんな情報を発信し合って、“ICTって面白いね、テクノロジーが入ると、こんなに面白いことができるんだね”って、そんな価値観を作っていかなければと思います。

伊藤: ICTを活用すると、時間や空間を超えた学びが可能になるので、社会や世界とつながりながら学ぶ環境が大切になってくると思います。私のプログラミングの授業でも、普段は講演に来ていただけないような専門家の方に“Zoomだったらいいよ”と指導いだだく機会が作れました。生徒たちもデジタルを使った表現力が伸びて、世の中に発信できる生徒が増えました。ICTを通していろんな経験をしながら成長できる環境が、生徒たちの未来に必要だと考えています。

子どもたちと現場の教師がICT活用を進められる環境を築くには

1人1台のコンピューターで学ぶ時代、大量の端末を学校現場で効率的に管理するために、また安心・安全な学習環境を築くために、MDMの利用は必須だといえる。ただし、MDMによる機能制限については、子どもたちのICTスキルの育成にも関わってくるため、学校がめざす教育や、教育的な観点が重要になってくるだろう。

子どもたちが本当に“使いたい”と思う端末にしていくためには、どうすればいいか。日常的にICTを活用し、学びを広げられる環境が求められている。

※本稿の元となった対談動画が、インヴェンティット株式会社のYouTubeチャンネルにて公開されています。文字数の都合で掲載できなかった各氏の知見が余すところなく語られていますので、ご興味のある方はこちらも是非ご覧ください。

【mobiconnect 対談企画 - 前編 -(約60分)】
【mobiconnect 対談企画 - 後編 -(約35分)】

神谷加代

こどもとIT編集記者。「教育×IT」をテーマに教育分野におけるIT活用やプログラミング教育、EdTech関連の話題を多数取材。著書に『子どもにプログラミングを学ばせるべき6つの理由 「21世紀型スキル」で社会を生き抜く』(共著、インプレス)、『マインクラフトで身につく5つの力』(共著、学研プラス)など。