こどもとIT

小学生の集めたデータがすごい! 身近な疑問の仮説検証にデータサイエンティストも脱帽

――SAS「なつやすみ 親子でデータサイエンス」レポート

社会のデジタル化が進むにつれて、データを分析・活用するスキルが求められるようになった。しかし、教育現場では統計などを学習として学ぶ機会はあっても、子どもの頃からデータ活用の面白さに触れる機会は少ない。

そうした中、小学生が身近な疑問をデータを通して考えるワークショップ「なつやすみ 親子でデータサイエンス」が、2020年8月に開催された(主催:SAS Institute Japan株式会社/以下、SAS)。同イベントは、多くのデータサイエンティストを抱えるSASの年次イベントで、今年が5回目。データサイエンスに関する子どもたちの興味・関心を広げていくために、本物のデータサイエンティストと子どもたちが交流しながら、楽しく学べる場を提供している。新型コロナ感染予防のため、初めてオンライン開催となった今年のイベント。小学生たちがどのようなデータ分析力を見せてくれたのか紹介しよう。

「なつやすみ 親子でデータサイエンス」の受賞作品。PCを使えば表やグラフも簡単に作成できるが、本ワークショプでは子どもたちがデータ分析した結果をどのように見せるのが良いか、自分で考えて工夫することを重視している。そのためポスターも手描きにこだわっており、受賞作品はどれも力作ばかり。隅々まで丁寧に描き込まれている

リモート開催の良さが生きたワークショップ

ワークショップ「なつやすみ 親子でデータサイエンス」は、小学生と保護者が一緒にデータや統計を使ったポスターを作るイベント。例年は参加者が下調べしたデータを持ち寄って会場に集合し、その日のうちにグラフを含む発表ポスターを作成するというライブ感あるスタイルで行ってきた。しかし今年はオンラインでの開催のため、運営体制を大きく変更することになる。

まず、8月1日にキックオフイベントを開催。抽選で選ばれた⼩学2年〜6年の親⼦20組の参加者がビデオ会議システムで集い、データサイエンスのレクチャーを受けた。翌日から2週間が研究期間となり、各自がテーマ選びからデータ収集、発表ポスター制作、アピール動画制作を行う。参加者には個別にSASの社員がサポーターとしてつき、期間中にビデオ会議でアドバイスするなど伴走し、審査を経て、8月22日にオンライン表彰式を行った。

オンラインでの表彰式ではあったが、子どもたち一人ひとりの名前を呼んでお互いが手を振り返す一体感のあるイベントとなった

同社の堀田徹哉社長は、「オンライン開催のため、東京近郊だけでなく日本全国から参加してもらえたことをうれしく思います。また、じっくり時間をかけて取り組むことができたため、例年よりもクオリティの高いデータ分析とポスター制作につながりました」と表彰式でコメントした。社会情勢の変化で制約が多い中、形を変えてこのワークショップを実現したことに、学びのチャンスを止めないという同社の意思が伺える。

SAS Institute Japan株式会社 堀田徹哉社長

小学生にデータサイエンスなんて難しくないの?

キックオフミーティングで行われたレクチャーでは、小学生にもわかる言葉で「データサイエンスとは何か?」が説明された。「データ」は私たちの身近にあり、例えば、AくんもBくんも「足が速い」と言う代わりに「50m走で○秒」と数字で表せば、それが「データ」だ。「データサイエンス」は、「データを使って世の中を理解したり問題を解決したりすること」で、例えば「50m走で○秒」というデータを使って、AくんとBくんのどちらの足が速いのかを知り、リレーの選手を決めるという問題解決ができる。

データサイエンスの考え方を、小学生の身近な事例でわかりやすく解説

実際にデータサイエンスを実践するための具体的なステップとして、まずテーマを決め、仮説を立てて、仮説を確かめるためのデータを集めるという手順が説明された。ただ単に、なんとなく調べたものをグラフにして、きれいなポスターに仕上げるのではなく、自分の身近なことに疑問を持ち、仮説を立て、どんなデータを集めるか、そこに至るプロセスが大切な学びになるのだ。

実際にデータサイエンスに取り組む子どもたちに、順序立ててデータを分析する方法を説明するSASのサポーター

本イベントのアドバイザーである玉川学園アカデミックセンターセンター長 伊部敏之氏によれば、小さな頃からデータに触れて検証する経験をした子どもたちには、明らかな変化があるという。まず、「話し方」が変わるというのだ。

玉川学園アカデミックセンターセンター長 伊部敏之氏

「データサイエンスを学ぶと、自分の考えを伝えるときに、どうすれば相手が理解するのかを考え、順を追って説明ができるようになります。また、相手を納得させるために、単なる形容詞ではなくて、数字を示したり、比較をしたり、分類をしたりして、根拠のある言葉を使うスキルが身につきます。この学びを繰り返して学年を進んでいくとみるみる話し方が変わっていきますよ」と伊部氏は説明する。同時に「聞き方」も変化し、批判的思考力が身につく。話す力と聞く力のバランスが良くなると、コミュニケーションが円滑になるという。

さて、各参加者は、どのようなテーマでデータサイエンスに取り組んだのだろうか。

小学生でもそこまで掘り下げられるのか……と大人もうなる発表の数々

表彰式では、「ビジュアル賞」「アイディア賞」「データサイエンス賞」の3つの賞が発表された。審査は特別審査員として⽟川学園アカデミックセンター センター⻑ 伊部敏之⽒、慶應義塾⼤学健康マネジメント研究科教授 渡辺美智⼦⽒、実践⼥⼦⼤学⼈間社会学部教授 ⽵内光悦⽒の3名とSASサポーターの評価に加え、参加者間の評価も加えられ、上位3作品が選出された。受賞作品を紹介していこう。

ビジュアル賞:「箱根駅伝出場⼤学で⼀番選⼿をのばしている⼤学はどこか」まっさん(⿅児島県・⼩学6年)

陸上をやっているまっさんは、「選手の力を伸ばしている大学はどこか」ということに興味を持った。無作為に選んだ各大学5名ずつの選手について、高校時代、大学時代の自己ベストタイムを比べ、大学でのタイムの伸びを検証した。グラフ縦軸に配したタイムの数値の並びを反転させ、タイムが短く成績の良い人がグラフ上部に位置するよう工夫している。他にも、ユニフォームカラーをグラフの色にするなど、視覚的な工夫が目立った。

「箱根駅伝出場大学で一番選手をのばしている大学はどこか」のポスター

審査員からは、縦軸の反転アイディアやグラフの見やすさなどビジュアル面の工夫に加え、着眼点とデータの取り方、分析力が素晴らしいというコメントも寄せられた。まっさんからは、分析をふまえて、自分が行きたい大学と来年の箱根駅伝の予想順位の発表があった。

「箱根駅伝出場大学で一番選手をのばしている大学はどこか」を調査した、まっさん(鹿児島県・小学6年)

アイディア賞:「家の前でなぜクラクションがなるの?」たっくん(京都府・小学2年)

車のクラクションをきっかけに、車が交差点で止まらないことや運転マナーに問題があるのではないかと考えたたっくんは、家の前の交差点の車を観察して、一時停止する車としない車の数、運転手のマナーや男女差などを調べた。T字路の曲がり方に4通りあることに注目して分類。曲がり方によって止まらない車が多いケースがあることを見つけた。

「家の前でなぜクラクションがなるの?」のポスター

審査員からは、「なぜクラクションが鳴るのか」という身近な疑問を、交差点での車のふるまいを調べるというアイデアにつなげたことを評価するコメントが多かった。「もしかしたら、止まる車の数がちがう原因があるかも」と、さらなる調査と分析に期待を寄せるコメントも。たっくん本人からは「注意の看板が必要だと思う」「曲がる時は止まった方が良いと思います」などの感想があった。

「家の前でなぜクラクションがなるの?」を調査した、たっくん(京都府・小学2年)

データサイエンス賞:「私も女医になれるかな?」けいけいさん(千葉県・小学3年)

将来医師になりたいけいけいさんは、身の回りに女性の医師が少ないので「私が女医になろうとしてもなれないのかな?」と感じ、実態を調査した。国内の医師の女性比率を、年推移、地区別、診療科別などで調査したあとに、世界に目を向け、OECDのデータで国際比較をした。国内の医師の女性比率は2018年で28%しかないこと、国際比較では女性比率が最下位だったことが報告された。

「私も女医になれるかな?」のポスター

審査員からは、医師の女性比率を様々な視点で調べストーリー性のあるポスターに仕上がっていることや、考察や分析の明快さなどを評価するコメントが集まった。「ぜひ将来立派なお医者さんになってください」と応援する声も。けいけいさんからは「女医さんはやっぱり少なくて、私の周りだけ少ないわけではなかった」という事実の報告とともに、「がんばって勉強しないと女医さんになるのは大変だなと思いました」「私も女医になって人を助けたい」との感想があった。

小学生に、女子である自分は医師になれないのかな?と思わせてしまうだけのジェンダーギャップを抱えた社会状況であることに、改めて危機感を感じさせられたひとコマだった。

「私も女医になれるかな?」を調査した、けいけいさん(千葉県・小学3年)

リモートでの制作過程で見えた伴走型ワークショップの利点

それぞれが身近な視点でデータサイエンスに取り組んだ小学生たちには、制作期間の2週間、SASの社員サポーターが伴走し、適宜アドバイスを行った。例年のデータを持ち寄り会場でポスター制作をする方法とは大きく異なる。ワークショップを振り返り、玉川学園の伊部氏と、同社でイベント運営を担当した竹村尚大氏、サポーターとして参加した諸戸愼一氏に話を聞いた。

左からSASの竹村尚大氏と諸戸愼一氏

諸戸氏は、例年との一番の違いは、「データを取る段階からアドバイスできたこと」だと実際に小学生をサポートした日々を振り返る。例年ならデータ調べは各自で済ませてくるので、仮に情報が足りなくてもそれ以上深めることができない。「子どもたちは興味のあるテーマを選び自分の仮説を持っています。それを検証するためのデータの集め方をアドバイスできたのは大きな効果がありました」。

竹村氏は、今年ならではの工夫を2つあげた。1つ目は、トライアンドエラーできる時間を十分に取ったこと、2つ目はフィードバックの機会を多く作ったことだ。「データサイエンスには、仮説を立ててトライして、ダメなら別のデータを集めるという過程が重要です。また、制作中にサポーターからフィードバックがあると自分の考えを深められて学びが生まれると思うんですね。完成後のフィードバックも重視し、審査コメントは全員が見られるようにしました」。

ポスターの制作過程の様子。写真左)「ビジュアル賞」を受賞したまっさんが、SASサポーターからアドバイスを受ける様子。「最初は漠然としたイメージしかなかったけれど、先生(SASサポーター)から具体的なアドバイスをもらったので、予想以上の仕上がりになりました」(まっさん)。写真右)静岡県のそうたさんがグラフを作っている様子。参加した子どもたちは自分の手を動かして、試行錯誤しながらポスターを完成させた

伊部氏は、コロナ禍で強いられたリモートでのワークショップスタイルを次のように評価する。「子どもたち自身が発表の中で、『あのときああすればよかった』とか『また来年はこういうふうにしたい』と表現していましたね。今年は時間をかけて取り組んだことで『振り返り』ができたので、反省からすぐに改善に移れる体制ができていました」。

一方で、ライブ感あふれる昨年までの良さも改めて感じたと竹村氏。「同じ場所で、チーム間でしゃべったり様子を見たりして、互いに影響を受ける機会が持てなかったことは残念でした」と来年に向けての課題もあったことを語った。

小学生の頃からデータサイエンスに触れる工夫を

サポーターとして新たな発見もあったという。諸戸氏は「興味を持ったものに対する観点って、大人も小学生も一緒なのかな、と気付きました。⼩学⽣だからこの程度のレベルということはなく、逆に小学生だからといって柔軟な発想、新しい発想かといえばそうでもない。自分の経験から仮説を立てていて、そこは大きな差がないと感じています」と話す。

小学生にとって難しいのは、その仮説を検証するためにどういうデータで検証すればよいか、という具体的な策に落とし込む部分だという。また、例えば「すごい」と表現することを、どう定量化して数字で表すのか、ということも、小学生がまずぶつかりやすい壁だそうだ。このあたりを、教え過ぎること無く、適度に導くのはなかなか難しそうだ。

では、子どもに「教えすぎない」ようにするにはどうしたらよいのだろうか。伊部氏は「正解を出してしまうと思考を止めてしまう可能性があるので、選択肢を作ってあげるということがアドバイスの中で重要だと思います。子どもが自分で考えて判断して行動するということが成長につながります」と解説する。日々子どもと接していると悩むポイントだけに、親として大変参考になる。

「ビジュアル賞」で次に高評価だった2作品。左から「体が柔らかくなりたい?」(あやねんさん・東京都)、「野菜の色べつえいようそ調べ」(れいりさん・東京都)
「アイディア賞」で次に高評価だった2作品。左から「ハムスターはどんなときによく走る?」(みささん、たまさん・兵庫県)、「せんこう花火は種類によってついている時間は変わるのか」(ゆうかピーさん・東京都)
「データサイエンス賞」で次に高評価だった2作品。左から「どうしたらぐっすりねむれるか」(はるきさん・大阪府)、「大きな動物園と小さな動物園をくらべてみよう」(ミープさん・神奈川県)

現在データサイエンスを仕事にする竹村氏と諸戸氏に、自身の子ども時代を振り返ってもらうと、それぞれデータとの出会いがあった。諸戸氏は小学生の頃、自由研究が大好きで、初めてデータを集めたのは太陽の動きだという。季節によって太陽の位置が変わることを本で読んで「本当にそうなのか?」と確かめたくて、毎日同じ時間に日時計の影の位置を40日ほど記録したそうだ。竹村氏は、子ども時代のゲームプレイにデータサイエンスとの出会いを見いだす。RPGで敵に出会うケースを数字で捉えようとしていたと語る竹村氏に、諸戸氏もゲームで敵の攻撃パターンを数値で把握しようとしていたと応じる。そう考えると、子どもたちの日常はもちろん、親からは時間の浪費に見えがちなゲームにも、データサイエンスの姿が見えてくる。

子どもの頃、データサイエンスとの出会いについて語る諸戸氏と竹村氏。ゲームとデータサイエンスのつながりで思わず熱く語る一幕も

今回参加した子ども達も、日常の素朴な疑問に等身大で取り組んだ姿がとても印象的だ。親子で日常からもっと手軽にデータに触れるアイディアとして、伊部教授は、新聞などに載っているグラフや表などを親子で一緒に見ることをあげる。「これはどう見える?」と子ども自身にしゃべらせるような問いかけをすると良いという。また、もっと身近に、絵本に出てくる登場人物や日常で使うさまざまなものを、色、形、その他さまざまな性質でグループ分けをする分類の作業もデータサイエンスの大切な入り口になるということだ。

同社はCSRの一環として、データサイエンスに関する教育活動に熱心で、「データを使って社会を良くする」というメッセージがこの夏休みの親子イベントにもこめられている。短く不自由な夏休みを過ごすことになった全国の子どもたちにとって、自らの疑問に対して仮説を立て、データの収集、分析をして発表まで一貫して取り組んだことは、豊かな経験になったに違いない。

[制作協力:SAS Institute Japan株式会社]

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。