こどもとIT

Googleが語るGIGAの先にある教育、愛知県春日井市が取り組んだ日常的なICT活用とは

――「Edvation x Summit 2020 Online」Googleセミナーレポート①

GIGAスクール構想で整備された1人1台環境をどのように活かし、どのような教育をめざしていくべきか。今、多くの教育関係者が向き合っている課題であろう。

Googleはこのような課題について、昨年11月に開催されたEdTechのグローバルカンファレンス「Edvation x Summit」(主催:教育イノベーション協議会)で、実際の活用事例やこれからの教育を語るオンラインセッションを開催。教育者やGoogle でプログラミング教育やAIを推進する担当者らが登壇した。

本稿は、同カンファレンスで実施されたGoogleのセッション「GIGA スクール構想の先にある教育とは?」と「Googlerが語るGIGAの先にある教育とAI」、2つのセッションを元に、GIGAスクール構想の先にある教育の形を探っていく。

Googleが語る、GIGAスクール構想で期待できる3つの変化

1人1台、授業での活用よりも、学校生活の場面で使うことが成功の秘訣

春日井市立藤山台小学校 久川慶貴教諭

1人1台環境が整備され、端末の活用を始めるとき、“授業でどう使うか”と考える教育者は多いだろう。

しかし、愛知県春日井市立藤山台小学校の久川慶貴教諭は、「いきなり授業に取り入れるのではなく、朝の会や学級会など学校生活の場面から使い始めるのが良い」と話す。その方が、児童たちの活用頻度も高くなるほか、教師も簡単に使いやすいというのだ。

もちろん、そうした使い方であっても基礎的なICTスキルは必要だ。そこで久川教諭は児童たちがGoogle アプリケーションを使って、休み時間に絵しりとりの遊びをできるようにしたり、1日の振り返りをキーボードで入力したりと、「スモールステップ」で地道にICTに慣れるよう促した。

朝の連絡や委員会活動など、授業以外の学校生活の場面から端末を活用するのが良いと久川教諭

学校生活では最初、各クラスや各教科のGoogle Classroomに記載された連絡事項を連絡帳に書き写すところからスタート。週の始めにはGoogle カレンダーを使って家庭学習の計画も立てた。「計画を立てるのが苦手な児童も、友達の計画を参考にできる。クラウドを活用するメリットだ」と同教諭は述べた。

各教科やクラスのプラットフォームを作成
Googleカレンダーを活用した学習計画

係を決める学級活動では、前学期の係活動に関する振り返りとして児童がGoogle Formでアンケートを作成して実施。その結果をまとめて、久川教諭にメールで連絡したという。「土曜日の夕方に児童からメールが来たのは初めてだったので驚いた」(久川教諭)。学級会の運営でも、事前に進行をGoogle Docsにまとめ、児童同士がコメント欄を通して意見を交換。学級会をどう運営するか主体的な姿勢が目立つようになり、自信を持って進行する姿が見られたようだ。

一方、授業においては、教科ごとのClassroomに授業の課題や流れを掲示したり、児童は授業の振り返りをGoogle スプレッドシートに記入するところから活用を始めた。また社会では、調べた内容をクラウド上で共同編集してひとつのスライドにまとめる学習にも挑戦。「まとめられた内容を見ながら、教師が議論の質問を投げられるようになった」と久川教諭。児童の学びが進化している様子が分かる。

国語の授業では「新しい生活様式に慣れて感染拡大を防ぐ」というテーマを元に、グループで提案文を作成した。付箋で意見出しができる「Jamboard」を使って、グループで提案文の構成を試行錯誤。何度でも修正でき、手書き作業の時と比べて労力も時間も軽減されるのがメリットだ。書いた提案文は、グループでコメントし合ってブラッシュアップ。「成果物を作り、相互評価をして再構築するというフローを重ねていくうちに児童たちの作文の質はどんどん上がった。学習の流れを全体で共有することで、児童たちの学びが加速した」と久川教諭は手ごたえを述べた。

Jamboardを使って提案文を作成する国語の授業の画面

管理職と教師がクラウドの良さを実感し、児童生徒へ取り組みを拡大

春日井市立高森台中学校の水谷年孝校長

続いて、春日井市立高森台中学校の水谷年孝校長が登壇し、同市におけるICT活用の取り組みや、教師のクラウド利用を促進する教員研修について発表した。

水谷校長は冒頭、高森台中学校での取り組みを振り返り、決してICT環境に恵まれていない同校が、タブレットを活用できるようになったのは、「一部の教師だけで進めるのではなく全教職員で使う」「授業だけにこだわらず、あらゆる場面で活用」「常に無理をせず、スモールステップで着実に」など7つの要因があると語った。

ICT活用を促進した取り組みについて、7つの要因があると紹介

またコロナ禍の休校中はさらにICT活用が求められたことから、まずは管理職が使えるようにと、春日井市内の校長会では情報共有にクラウドを活用。「各校の管理職がその便利さを体感したことは、後のICT活用を進めていくうえで大きかった」と水谷校長は語った。

休校期間中は、Google Meetを使ったオンライン朝の会や、初任者研修もオンラインで実施。また、授業以外では保護者に向けたアンケートもGoogle Formを活用するほか、保護者会も対面とオンラインのどちらかを選べるハイブリッド開催を実現し、多くの教員や保護者が便利さを体感できる場面を増やしているという。ほかにも、校内研修も集合型で行なうのはむずかしいため、教員がすき間時間にClassroomで参加できるスタイルに変えるなど、「これまでに比べて時間の使い方も良くなった」と水谷校長は語った。

こうした教師によるクラウド活用を経て、いよいよ生徒の活用へ。1人1台環境が整備される前から、生徒たちはクラウドやネットを活用した調べ学習を体験したり、キーボード入力に慣れたりと、ICTの経験値を増やしていった。教師が校務でクラウドを経験していることで、生徒のICT活用においても不安を軽減してスタートできたであろう。

春日井市の学校でICT実践の浸透スピードが加速した理由はもうひとつある。それは教科の枠を越えて教師間の実践をGoogle Chatで共有していたことだ。そして、なかでも良い実践については、校内だけで共有するのではなく、Classroomを通して市内の小中学校へ発信されているという。

春日井市内で、Chromebookを用いた授業を先行実践している教員への意識調査

その結果、先行実践に取り組む市内4校の教員への意識調査によると、タブレットが導入される前と導入後2か月を比べて、「授業で活用したい」と答えた教師が89.4%から97.0%にアップ。水谷校長は「1人1台環境が整備される前からできることはあり、クラウドの良さを体験する、日常的に活用することが大切だ」と締めくくった。

東京学芸大学の高橋純准教授

一方、春日井市の発表を受けて登壇した東京学芸大学の高橋純准教授は、「自治体間おけるGIGAスクール構想の温度差は、経験値の差によるものが大きい」と語った。そのうえで、春日井市のように、日常的な活動からICTを活用することで、教師や児童生徒の経験値を増やしてきた取り組みを高く評価した。

またGIGAスクール構想の話を“家を建てる”たとえ話になぞらえ、「家を建てようとして、機材だけが届いても家は完成しない。“慣れ”や“スキル”といった土台部分が重要であり、さらにその深くにある“マインド”も大切だ」と述べた。

高橋氏はこれからICT活用に取り組む教育者に向けて、まずは「情報のデジタル化」を経験し、「情報共有」に挑戦していくことが望ましいとアドバイス。そして、情報共有で留まるのではなく、春日井市の実践で見られたようにICT活用では「活動の共有」をめざしていくことが大切だと強調。ICTを活用して児童生徒が自ら学び方を決めたり、周囲のクラスメイトと協働しながら活動することが深い学びにつながると語った。

セミナーの結びに際して高橋氏は、現場の教員の努力や工夫を周囲が支え「失敗を恐れず、挑戦を受け入れることが、GIGAスクールの土台を強固なものにする」と訴えた。

子どもたちに期待するのは、AIを使った柔軟な発想力と専門に縛られない自由さ

GIGAスクール構想が実現した未来の教育はどうあるべきか。AIやプログラミングなど教育分野に関わるGooglerたちが熱いメッセージを送った。

Google合同会社 コンピュータサイエンス教育プログラムマネージャ 鵜飼祐 氏(写真右上)、Google合同会社 Google Cloud デベロッパーアドボケイト 佐藤一憲氏(写真左下)、Google for Education マーケティング統括部長, アジア太平洋地域 スチュアート ミラー氏(写真右下)

Google for Educationマーケティング統括部長のスチュアート・ミラー氏は、GIGAスクール構想によって3つの変化が期待できると語った。ひとつは「端末とアクセスの普及」、そして「必要なスキルを習得」、最後に「つながる授業が当たり前」というもので、GIGAスクールによって、児童生徒が文房具のように端末を活用していくことで主体的に学び合う力を伸ばしていけると強調。

また日本のGIGAスクール構想の取り組みは海外からも注目されており、シンガポールも同様の施策を始めていると同氏。素晴らしい取り組みを活かし、子どもたちの学びを変えてほしいとエールを送った。

「AIは大企業やエンジニア、データサイエンティストだけのものではない」、そう語るのはGoogle合同会社 Google Cloud デベロッパーアドボケイト 佐藤一憲氏だ。

同氏は専門知識がなくても、誰でもAIについて無償で学べるGrow with Googleプログラムの教育コンテンツ「はじめてのAI」を紹介し、誰にとっても身近であると述べた。またAIによるセルフレジを開発したクリーニング店の事例や、写真を読み込むだけで自画像を作成するアプリ「AI画伯」を取り上げ、「お金をかけなくてもだれでも作れるし、AIの力を使えば自分のアイディアや発想を世界に伝えられる」と語った。

クリーニング店が開発したAIを活用したセルフレジ
顔写真をアップすると西洋絵画風のポートレートを生成する「AI画伯」

同じくGoogle合同会社 コンピュータサイエンス教育プログラムマネージャの鵜飼 祐氏は、現在Googleが取り組んでいる子どもたちに向けたAIとプログラミングの教育支援について紹介した。

Googleは画像認識や音声認識のAIを作成できるプラットフォーム「Teachable Machine」を無償で提供しており、作成したAIはScratchの拡張機能を使ってプログラミングできる。「AIとプログラミングで身近な課題を解決しよう」をテーマに、小学校の総合的な学習の時間で使える指導案も用意されており、子どもたちがAIやプログラミングについて学べる機会を提供している。

画像認識AIを活用したプログラミングの学習は小学校でも可能

また、プログラミングを学んだ子どもたちの発表の場として、「キッズAIプログラミングコンテスト」を実施。鵜飼氏は2020年度の受賞作品を紹介しながら、「身の回りの課題解決を、AIプログラミングで行う子どもたちの応援したい」という熱いメッセージを伝えた。

セミナーの後半のディスカッションでは、「社会の問題解決にAIが役立つと子どもが理解するために、学校や先生にできることは?」とミラー氏は問いかけた。それに対し佐藤氏は、「教える教員がAIの知識がなくても、教材を用意すれば子どもたちはAIを使いながら体感で学んでいく」と回答。また鵜飼氏は「プログラミングを学ぶうえでいちばん大切なのは、周りの人たちの人生をハッピーに便利にできるという自信がつくことだ」と述べ、社会のイノベーションに欠かせないAIやテクノロジーの分野に自分も参加し、社会に貢献できる体験を与えることが大切なのだと語った。

ディスカッションの中で印象的だったのは、子どもたちがAIを学び活用していくなかで社会問題を解決するだけでなく、クリエイティビティを発揮できるという話題だった。佐藤氏はPerfumeのライブ演出などで知られるメディアアーティストグループ・ライゾマティクスの活動を挙げ、AIは芸術分野や子どもたちの想像力を広げる可能性を持つと強調。

また、高校で「情報Ⅰ」が必修化される動きについても、「幅広い人たちが学ぶことで、多くのソリューションの解決につながる」と歓迎の意を示した。たしかにICTやAIが生きていくうえで欠かせないツールになる時代では、関心を抱く分野が多様なほどリーチできる課題が多く見つかりそうだ。

今回2つのセミナーを通して感じたのは、「体験」とそれを共有することの大切さだ。1人1台環境を整える進捗やICTの活用度は学校によってまだまだ差がある。しかし、日常の活動にICTを取り入れ体験を積み重ねることで不安からワクワクにマインドを転換していきたい。GIGAの一歩を踏み出した2021年に、子どもたちの学びがどう変わっていくのか楽しみだ。

本多 恵

フリーライター/編集者。コンシューマーやゲームアプリを中心とした雑誌・WEB、育児系メディアでの執筆経験を持つ。プライベートでは6歳と2歳の男の子を育てるママ。来年小学校入学を控えた子を持つ母として、親目線&ゲーマー視点で教育ICTやeスポーツの分野に取り組んでいく。