こどもとIT

学校は”もっと学びたいと思える場所に”、STEAM教育で育った現役高校生の声

――「レノボが現役高校生と考えるSTEAM教育のこれから」レポート

1人1台環境が進む学校現場で、これからどのような学びを実現するのか。そのひとつとして「STEAM教育」への関心が高まっている。予測不可能な未来の社会をたくましく生きるために、自ら課題を発見し、解決できる力の育成が求められているが、STEAM教育はそうした力を伸ばす学びのひとつとして、取り組む教育者が増えているのだ。

レノボ・ジャパンは2020年12月5日、「レノボが現役高校生と考えるSTEAM教育のこれから-校内・校外学習の融合を目指して-」と題して、教育関係者に向けたオンラインシンポジウムを実施。パネリストに国際ロボコンチーム「SAKURA Tempesta」で活躍する現役高校生の立崎乃衣さんを迎え、立崎さんが育ってきた環境や、学校内外の関わりを紐解きながら、これからのSTEAM教育の在り方を議論した。

渋谷教育学園幕張高等学校教諭 後藤 聡氏(写真左上)、レノボ・ジャパン合同会社代表取締役社長 デビット・ベネット氏(左下)、渋谷教育学園幕張高等学校1年 立崎乃衣さん(真ん中)、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター研究員 富山 健氏(右上)、NPO法人CANVAS代表/慶應義塾大学教授 石戸奈々子氏(右下)

小さい頃から、知らず知らずのうちにSTEAM教育を受けてきた

本シンポジウムの主役である渋谷教育学園幕張高等学校1年の立崎乃衣さん。立崎さんは小学3年生からロボット製作を始め、これまで13台のロボットを製作している。千葉県を中心に活動する国際ロボコンチーム「SAKURA Tempesta」に所属し、レノボが立ち上げたグローバルキャンペーン「New Realities」で、“世界を変える10人の女性たち”にも選出されるなど、世界の舞台で活躍できる高校生だ。

渋谷教育学園幕張高等学校1年の立崎乃衣さん。学校では物理部に所属
小学3年生の頃にロボット製作を開始。これまで13台のロボットを製作

立崎さんの名前が一躍世間に広がったのは、2020年4月から始めた「Face Shield Japan」の活動だろう。立崎さんは同団体を立ち上げ、3Dプリンターを使ってフェイスシールドを制作し、不足している医療従事者に寄付。その取り組みは、テレビなどで大きく報じられた。

2020年4月、不足するフェイスシールドを医療従事者に届けるため、立崎さんは「Face Shield Japan」を設立。同年6月までに1人で800個以上を寄付した。現在はロボコンチームによって運営・制作が引き継がれ、これまでに合計1900個近くを寄付している

立崎さんのような行動力と技術力を兼ね備える高校生は、STEAM教育でめざしたい生徒像といえるだろう。立崎さん自身も、「2歳の頃から知らず知らずのうちに、STEAM教育のようなものを受けていた」と語り、博物館に行ったり、実験や生き物の観察に親しんだ幼少期の様子を語ってくれた。また4歳頃からは立体工作や絵本に親しみ、小学校3年生のときにはPCを与えてもらってプログラミングを開始したという。

「2歳の頃から知らず知らずのうちに、STEAM教育のようなものを受けていた」

そんな子ども時代を過ごした立崎さんの世界をさらに広げたのが中1から所属した「SAKURA Tempesta」の活動だ。同チームは世界最大規模のロボコン大会「FIRST Robotics Competition」(FRC)に参加するロボコンチームで、立崎さんは「家庭や学校だけでは学べない、さまざまな経験ができるところ」と説明した。

たとえばSAKURA Tempestaでは、毎年約300万円にも及ぶ活動資金をメンバー自らが働きかけて調達している。また、より多くの人々がエンジニアリングを学べるよう、ワークショップも定期的に開催。こうした活動はFRCの大会でも認められ、最高権威の賞と言われる「CHAIRMAN'S AWARD」を2年連続受賞した。立崎さんはこのワークショップで、チーム側の責任者を務め、中高生を対象にしたエンジニアリングの体験教室も夏休みに開催。この経験が、「Face Shield Japan」の立ち上げにつながったと分析した。

SAKURA Tempestaが参加するロボコン大会「FRC」では、チームの活動に必要なものを自分たちで調達する必要がある。SAKURA TempestaはFRCで最高権威の賞と言われるCHAIRMAN'S AWARDを2年連続受賞

立崎さんは日本でSTEAM教育を普及させるためには「幼児期からの環境こそ重要」だと指摘した。「家庭・学校教育・民間が連携し、子どもがいろいろなものを見たり、考えたり、手を動かしたり、テクノロジーに触れたり、社会や世界と関わりを持ったりする機会を提供することが大切だと思います。子どもが興味を広げ、その中から、自分に合った分野を将来の職業として選べることができれば、子ども自身も、そして社会にもプラスになると思います」と子ども時代の体験学習の重要性について述べた。

興味をもたせる「家庭」、知識や技術を知る「学校教育」、社会を経験できる「民間」の三者が連携してSTEAM教育を広げることが大事だと立崎さん
子どもの頃にこれらのことを体験できる場が必要だと指摘した

メンターは黒子に徹する。学校と社会をつなげるプロデューサーが必要

立崎さんが所属する「SAKURA Tempesta」でメンターを務めているのが、千葉工業大学未来ロボット技術研究センター研究員の富山 健氏だ。同氏は、立崎さんのような若者の人材育成に何が必要かを語った。

千葉工業大学未来ロボット技術研究センター研究員の富山 健氏

富山氏自身、アメリカの大学に10年在籍。幼少期から自分の好きなことを人に伝える「Show-and-Tell」の活動や、小・中・高校で推奨されている課外活動やボランティア、大学レベルの科目を高校でも取れる仕組みなど、アメリカ教育の特長を紹介した。またアメリカでは、子どもに対して「あなたならどうする」という、一人前としての扱いや問いかけがあるのも良いところだと話した。

アメリカの教育において、若者の人材育成の観点で注目したいポイント

富山氏は日本に帰国後、アメリカの大学の良さを取り入れるべく、様々な取り組みを行なう。なかでも、青山学院大学と千葉工業大学では、研究室で「オープンドアーポリシー」を実施。また千葉工業大学では、学生が実際の介護現場に赴き、現場を見て課題解決に取り組む「SI-Lab(社会実装演習)」を導入し、実践ベースでリアルに学べる場を提供した。

SAKURA Tempestaの支援は、2017年にスタート。OB・OGの進路相談や推薦、FRCルールの翻訳などの英語指導、アドバイス、プレゼンテーションの指導、会場提供などを支援しているという。また富山氏はメンターが意識するポイントとして、「自分が黒子に徹することが重要だ」と述べた。「常にオープンであり、遠慮なく話しかけられる雰囲気を出すことや、ダメなことはダメだが、それ以外はギリギリまで許すこと。また、ロボットの楽しさを語り、将来どうしたいか頻繁にたずねることも重要だ」と語った。

富山氏によるメンターとして意識するポイント

さらに富山氏はSTEAM教育の実現にむけて「大学と小・中・高、それぞれの間を取り持つ人間がいないのではないか。STEAM教育を現場と一緒になってやる、プロデューサーが必要だ」と、学校と外部が連携するために動ける人材の必要性を指摘した。

学校生活の中でさまざまな機会を提供し、それを掴み取る生徒を育てる

立崎さんのような人材育成に学校教育はどのような影響をもたらしているのか。立崎さんが通う渋谷教育学園幕張高等学校 教諭 後藤 聡氏が登壇した。

渋谷教育学園幕張高等学校 教諭 後藤 聡氏

後藤氏はまず、同校の教育目標のひとつである「自調自考」の精神について語った。同校では学校創設者の田村哲夫校長がリベラルアーツに関する講義を自ら行なうなど、「自由に挑戦できる校風のもと、自ら調べ、自ら考える姿勢が自己認識を深めるとともに学力向上にもつながっている」と説明した。

同校はSTEAM教育を掲げているわけではないが、校内にはそうした教育を実践できる施設や環境が整備されている。理科では物理・科学・生物・地学4分野において実験室を設けているほか、オーケストラを招いた芸術活動、また英語以外の第二外国語を学べる講座も希望者は受講できるという。コロナ禍では、テクノロジーの活用を進め、個人のパソコンやスマートフォンを用いたオンライン学習にも取り組んだ。

物理・科学・生物・地学4分野それぞれにおいて実験室を備えている
芸術活動も重視し、生徒がソリストとしてオーケストラをバックに演奏する機会もある

「いろいろな機会を生徒に与えているが、それを掴むのは生徒自身だと考えている」と後藤氏。「教師はサポートするが、生徒は自調自考の精神でさまざまな経験を積み、次の活躍の場へ自らの力で巣立つと考えている。立崎さんも他の生徒と同様に、渋幕生として一歩一歩成長している」と語った。学校生活の中で、自然に生徒たちが多くの刺激を受け、さまざまな学びを自分で発展できる場があるのが伺える。

レノボがSTEAM教育に力を入れる理由。多様性のある人材育成をめざして

一方、立崎さんのような人材は産業界も求めているだろう。本シンポジウムを主催したレノボ・ジャパンも教育分野に力を入れており、なかでもSTEAM教育を重視している。これについて、同社 代表取締役社長 デビット・ベネット氏が取り組みや課題などを述べた。

レノボ・ジャパン合同会社代表取締役社長 デビット・ベネット氏

レノボは今や、世界のK-12市場でトップシェアを獲得する世界最大のPCメーカーだ。ゆえに、さまざまな教育活動の支援にも力を入れており、STEAM教育の普及もそのひとつに含まれる。具体的には、STEAM教育の支援を行なう慈善団体「Lenovo Foundation」を立ち上げ、NGOのサポートなどに貢献。「2025年までに世界500万人の子どもがSTEAM教育に触れる機会を提供できるよう活動している」とベネット氏は語った。

レノボは世界市場で24%のシェア、日本市場では40%のシェアを獲得。また世界のK-12市場では第1位のシェアで21.6%を占めている

同氏は、現在のレノボが、米IBM社のPC部門を中国のLegendが買収し、多様性のあるチームの力で同社が発展してきた経緯を説明。「成長し続けるために多様性がいかに大切であるかはレノボが身を持って経験している。多様性のある人材が出てくるためには、すべての人に質の高い教育が必要であり、レノボがSTEAM教育に力をいれる理由はここにある」とベネット氏は述べた。

ただし、立崎さんのような高校生を増やしていくためには、高校におけるICT教育にも課題があると指摘。1人1台環境が整備されていないことや、知識のインプットが多く「探求する力」を伸ばす学びが少ないことを取り上げ、今までの学びを変えていくためには、学校が社会やコミュニティとつながることが重要ではないかと提案した。

これからの人材には「課題を解決する力」「発信する力」「議論する力」「多様な人と協力する力」が必要

後半は、パネリストらによるディスカッションや、視聴者からの質問に答えるQ&Aの時間が設けられた。

モデレーターの石戸氏は、立崎さんの「社会に目を向ける力」に注目し、この力を伸ばすためには、社会や学校外が果たす役割が大きいのではないかと指摘。これについて富山氏は、「子どもが自分たちで社会に出て行くのは難しく、我々がプロデューサーになることが重要だ。子どもは怖がるので、怒られてもいいんだとフォローする必要があり、現場との関係性を良好に保つことは大人のやることだ」と語った。

NPO法人CANVAS代表/慶應義塾大学教授 石戸奈々子氏

今後STEAM教育をどうやって広げるかという問いかけに対し、立崎さんは、「学校で習ったことを実際に活用できるような場があったら良いなと思う」と回答。「中学・高校の数学や理科で学んだ中に、ロボット製作に使える知識がたくさんありました。それを実際に使えることができると、学んで良かったなと思う気持ちが生まれ、もっと新しいことを知りたいという気持ちも生まれます。誰かから習ってそれをただ覚えるだけではなく、自分からもっとこれを勉強したいという思いが生まれる場所が、学校であれば良いと思います」とコメントした。

さらに石戸氏は、ベネット氏に、STEAM教育や探究的な学びについて日本と海外の教育環境の違いについて質問。ベネット氏自身の日本の高校・大学時の留学経験から「日本では暗記が多く、ファクト(事実)を覚えることが重要でしたが、海外はどちらかというとクリティカルシンキング(批判的思考)が大切。自分で勉強をしながら、自分のアイデアを出して何かを作ることの方が多かった」と振り返り、富山氏の「SI-Lab」のような活動が、全体的に見るとまだまだ足りないと指摘した。

ベネット氏は最後に「これから世界に通用する人材を育てるためには、『課題を解決する力』『発信する力』『議論する力』『多様な人と協力する力』が必要だ。こうした力を身に着ける場を用意するのは、我々大人の責任である」とコメント。「そのためには、学校とコミュニティのつながりが重要であり、レノボもこれに協力していきたい」とまとめた。ロボット製作に興味を持った立崎さんが、「SAKURA Tempesta」で自身の活躍の場を広げたように、学校外のコミュニティが重要だというのだ。

「学校とコミュニティが協力することが、次世代の人材育成には欠かせない」とデビット・ベネット氏

子どもたちは好きなことを見つけても、それがどのように学びや社会とつながっているのか、見えないことが多い。しかし、立崎さんのように、自分の好きなことが社会や学びとつながることを知っていれば、子どもたちはもっと学びに対して主体的になれるかもしれない。

1人1台環境になれば、子どもたちは自分の手で知識をつかみ取り、学びを進めていくこともできるだろう。学校の中だけで学びを完結するのではなく、学校・家庭・コミュニティがつながり、子どもたちの好きなことを広げていく発想が必要だ。

赤池淳子

1973年東京都生まれ。IT系出版社を経て編集者兼フリーライターに。雑誌やWeb媒体での執筆・編集を行なっている。Watchシリーズでは以前、西村敦子のペンネームで執筆。デジタルカメラ、旅行関連、家電、コミュニティや地域作り、子どものプログラミング教育などを追いかけている。