こどもとIT

石狩で小学校の現場に寄り添う、さくらインターネットのプログラミング教育

――「第3回小学校プログラミング教育を考える夕べ@東京」レポート

めっきり寒さも厳しくなった2018年師走の12月9日、「第3回小学校プログラミング教育を考える夕べ@東京」がさくらインターネット株式会社(以下、さくらインターネット)セミナールームにて開催された。イベントの主催は、同社が進めている「石狩市への小学校プログラミング教育プロジェクト」だ。第1回、第2回はいずれも札幌で行われており、今回が初の東京開催となった。

プログラミング教育についてオープンに意見交換し、考えていこうというこのイベント。最前線で活動する方々の登壇に加え、筆者も参加したパネルディスカッションが行われた。どれも大変濃い内容だったため、特に筆者が印象に残ったポイントをピックアップしてお届けする。

プログラミング教育普及に挑むみんなのコード

最初に登壇したのは、特定非営利活動法人みんなのコード(以下、みんなのコード)代表理事の利根川裕太氏。筆者は、みんなのコードとサイボウズ株式会社による理科と国語の実証授業の取材時にお目にかかってはいたものの、みんなのコードそのものの活動について、きちんと話を伺うのは実は今回が初めて。筆者も含め、参加者も興味深く耳を傾けていた。

みんなのコード代表理事の利根川裕太氏

会場に訪れたのは、教育関係者だけでなく「プログラミング教育」に関心を持つ一般、エンジニアの人達。そのため、小学校(そして学校全体の)プログラミング教育については、まだまだ正確な理解、認識がされていないのが実情だ。オープンに議論する前に、共通認識は整理しておく必要がある。

利根川氏は、みんなのコードの活動を紹介しながら、小学校プログラミング教育のそもそもの目的や課題について、語っていった。詳細については、関連リンクの当日資料を参考にして頂きたい。また参考資料として、2018年11月に公開された「小学校プログラミング教育の手引(第二版)」も目を通しておくことをお薦めする。

みんなのコードは『全ての子どもがプログラミングを楽しむ国にする』をミッションとしてかかげ、2015年から活動を続けている。全ての子ども、日本全国の小学校、そしてそこに通う児童達の規模はいったいどれくらいなのか。

概算だが、小学校が約2万校、児童数は六学年で約650万人という規模になる(ちなみにこの数字ピーク時の約半分で少子化が進んできたことがわかる統計でもある)。これだけの数の隅々までプログラミング教育を進めるとなると一団体の人数だけでは歯が立たない。施策の1つとして、現場の先生達が自ら授業を実施できるようにサポートするという取り組みが紹介された。

具体的には、指導的立場の教員2000名の育成を目標とした「プログラミング指導教員養成塾」の実施、その指導教員の活動で、最終的には全ての小学校の教員がプログラミング教育の授業をできるようにするのが目標だ。

みんなのコードの活動実績(利根川氏の当日資料「そもそも、学校でのプログラミング教育って?」より抜粋)

プログルを体験して授業をイメージしてみよう

もう1つ大切なのは、現場の先生達が授業を行いやすいツールの提供だ。みんなのコードは「プログル」というツールを開発し、いくつかの指導案を提供している。会場にはノートPCを持参している人の姿も多く、利根川氏のデモを見ながら実際に触ってみる流れになった。

プログルの中の多角形の教材のデモ

プログル教材の特徴としては、集合授業、個別授業どちらにも対応できるドリル形式をとっていることに加え、実際の授業で使うためのワークシートもセットになっていることがあげられる。教材の内容は小学校の現場をよく知るベテランの元教員のスタッフが実際に授業で行なったものが元になっている。

筆者も自信満々で正三角形を描く課題をやってみたのだが、哀しいかな、あっさり違う図形になってしまった。完全に小学生の気分である。ちなみに正解がどうなるかは、是非ご自分でやってみてほしい。

プログルの多角形教材、正三角形を描くにはいったい何度に向けるのが正しいのか?

日本初の「コンピュータークラブハウス」設立に向けた動きも始動

この日の登壇の中で、利根川氏から「One more thing」的な案内があった。日本初の「コンピュータークラブハウス」を加賀市に設立するための、ふるさと納税制度を活用したクラウドファンディングである。コンピュータークラブハウスとは25年以上の歴史がある世界的な取り組みだ。子ども達がテクノロジーに親しみ自ら創造者として活動できる学校外の施設である。

コンピュータークラブハウスの設立を発表(利根川氏の当日資料「そもそも、学校でのプログラミング教育って?」より抜粋)

小学校の先生達によるプログラミング授業で裾野を広げ、さらにプログラミングで輝くこども達の居場所作りを進めることで、「全ての子どもがプログラミングを楽しむ国にする」に向かっているわけだ。今後の展開に注目していきたい。

この取り組みとコンピュータークラブハウスの詳細については、加賀市宮元市長と利根川氏のインタビュー『「子ども達がテクノロジーに親しめる場を作りたい!」加賀市がふるさと納税クラウドファンディングに挑戦中』をご覧頂きたい。

石狩市への小学校プログラミング教育支援プロジェクトとは

続いての登壇は、今回のイベントの主催者でもある、さくらインターネットで「石狩市への小学校プログラミング教育支援プロジェクト」のシニアプロデューサーを務める朝倉 恵氏だ。

「石狩市への小学校プログラミング教育支援プロジェクト」シニアプロデューサーの朝倉 恵氏

さくらインターネットと石狩市の関係は深い。昨年2018年9月に起きた北海道の震災の際に、同社石狩データセンターが非常用電源で停電を見事に乗り切ったエピソードは記憶は新しい。朝倉氏は過去、このデータセンターの運営リーダー、さらに遡ると社会人のスタートが幼稚園教諭という珍しい経歴の持ち主でもある。

多くのIT企業が、プログラミング教育に関心を寄せている中、実際の自治体、現場との関係を築けている例は多くはないだろう。その中で、さくらインターネットのプロジェクトは石狩市との太いパイプがもともとあったとはいえ、市の教育委員会、さらに小学校の現場へと関係構築に朝倉氏の果たした役割は大きいようだ。

そもそも、学校関係者でもない限り、先生達が普段どういう仕事をしているのかを具体的にイメージできる人はそう多くはないだろう。朝倉氏は、まず小学校の中に飛び込んで、現場を知ることからはじめたという。いざ行ってみると、電子黒板やネットワークプリンターなどいろいろ小トラブルは目につくようで、親身に相談にのっていくことで関係性もおのずと深まっていったのだそうだ。

こうした現場によりそう地道な活動が実を結び、2017年には石狩市内13の小学校でプログラミングの出前授業が実施され、2018年は2年目の活動として現場の先生達自らがプログラミング教育を行う段階に進んでいった。さらに石狩市から北海道全域へと活動が広がっているそうだ。

さくらインターネットによる石狩市内の小学校でのプログラミング教育支援(朝倉氏の当日資料「石狩でのプログラミング教育支援~2年目の成果~」より抜粋)

このプロジェクトは、継続的な情報の発信も行われていて、中でも「こどもプログラミング通信」としてA4一枚にまとめられた資料は2017年から計18回の発行を数え好評だという。実は、プロジェクトには、さくらインターネットのエバンジェリストも参画しており、このような情報発信に果たしている役割は大きいようだ。これらは関連リンクの「さくらのプログラミング教育ポータル」からも閲覧できるのでぜひご覧頂きたい。

また、新たに浮かび上がってきたのが、小学校に続く中学校でのプログラミング教育だという。既に中学校では「計測と制御」というテーマで、技術の授業でプログラミング教育が必修となっているのが、2021年度からの中学校の新学習指導要領では、「ネットワークを利用した双方向性のあるコンテンツのプログラミング」という新しいテーマが加わることになっている。小学校からの流れを受けた、新しい教材と指導案が必要とされてきているのだ。

中学校の課題から、小学校でどこまでやればよいのかが見えてくる(朝倉氏の当日資料「石狩でのプログラミング教育支援~2年目の成果~」より抜粋)

朝倉氏から「ぜひ中学校の教材も」と「みんなのコード」へエールが送られ、利根川氏が苦笑するという一幕があった。みんなのコードでは、プログラミング教育に関心のあるエンジニアを募集しているので、興味がある方はコンタクトしてみてはどうだろう。

ワイワイと賑やかなパネルと会場を巻き込んだディスカッションへ

お二人の登壇に続き、パネルディスカッションの時間となった。パネルには、登壇した利根川氏、朝倉氏に加えて、情報通信総合研究所の平井聡一郎氏、フェイスブックジャパン株式会社の安藤祐介氏、という豪華なメンバーが並ぶ末席に(たぶん)癒し担当として筆者も加わらせて頂いた。モデレーターは、さくらインターネットの前佛氏だ。

平井氏は、教育畑の経験が長く、現在では教育現場へのICT導入やプログラミング教育のエバンジェリストとして全国を飛び回っており、今回のパネルにはうってつけの人物だ。安藤氏は、個人で購入可能な「情報」の教科書を買い集めて分析したブログを公開するなど、自称「プログラミング教育に詳しい素人」として独自の鋭い分析に定評がある。筆者はCoderDojoひばりヶ丘の主宰をなんだかんだで2012年からやっていることで呼ばれたようで、自己紹介のときに、「今日は取材しながらの参加です」と挨拶したのだが、よく考えてみると大層なこき使われ方ではあるまいか(苦笑)。

なかなか見られない豪華な顔ぶれのパネルディスカッション、「つべこべいわずにやってみろ」キャッチフレーズでプログラミング教育では有名な平井氏も忙しい時間を割いて参加してくださった

このディスカッション、参加者とパネラーの距離が大変近かったこともあり、かなり生々しい話が飛び交ったため、記事化できそうな内容を中心ご紹介させていただく。全文載せられないのがはなはだ残念である。

まず、あらかじめ参加者からあげられていた質問を軸に進められた。今回の参加者の中にはプログラミングの体験ワークショップを実施した経験がある方もおり、質問もその経験に基づく小学校での実施を心配する声があがっていた。ワークショップの内容によっては、子ども数人に対して大人1人のサポートが必要な場合は少なくない。実際、過去に筆者が取材させて頂いたワークショップでも、そのようなケースは多かった。

この点について、安藤氏から、プログラミング教育を一種の英才教育のような、非常に高度な内容をイメージされがちなのではないかと、危惧する発言があった。また、平井氏からは、小学校の先生達は現場の専門家であり、教材・題材をきちんと選んで授業として実施できると力強く語っていた。

ただ、これだけ「プログラミング教育」云々のプレッシャーがかかると、勇み足をしてしまう先生もいそうである。中でも、パソコンがいらないアンプラグド教材は根強い人気がある。しかし、それに安易に飛びついてはいけないという平井氏の話には説得力があった。

プログラミングを活用することで魅力ある授業を

一段落したところで、アルコールも配られ、会場をまじえてのフリーディスカッションタイムとなった。さらにワイワイ感が広がる中、筆者も、「カリキュラムマネジメント」について話題を振ってみた。いろいろな意見があがった中、プログラミングを学校の中で活用する1つの考え方として、紹介しておきたい。

平井氏からは、図工で作ったオブジェをカメラで取り込み、それを動かすお話を考えて、プログラミングでアニメーション化する、といったアイデアが紹介された。確かに、何かを表現するツールとしてプログラミングを捉えることができれば、科目・単元を組み合わせた、児童達が主体的に参加できる愉しい授業ができるかもしれない。児童達が身を乗り出して参加する授業をデザインし、実践できることは、小学校の先生にとって何よりの喜びではないだろうか。

小学校の現場では、2020年度の実施に向けて、新指導要領に基づく教科書の選定がはじまり、各学校での準備は大詰めに入るはずだ。ただ、このタイミングは、ゴールではなく、新しい学びのスパイラルのスタート地点に立つと考える方がよさそうだ。各地で進められる準備や取り組み事例が、今回のイベントのようにオープンに議論され、広く共有されていくことに期待したい。

さくらインターネットは、今回同様のイベントを各地で引き続き開催していく予定だという。是非近くで行われた際には足を運んでみて欲しい。

新妻正夫

ライター/ITコンサルタント、サイボウズ公認kintoneエバンジェリスト。2012年よりCoderDojoひばりヶ丘を主催。自らが運営する首都圏ベッドタウンの一軒家型コワーキングスペースを拠点として、幅広い分野で活動中。 他にコワーキング協同組合理事、ペライチ公式埼玉県代表サポーターも勤める。