こどもとIT

「子ども達がテクノロジーに親しめる場を作りたい!」加賀市がふるさと納税クラウドファンディングに挑戦中

――加賀市宮元市長・みんなのコード利根川代表インタビュー

石川県の加賀市といえば、温泉やカニ、九谷焼などを思い浮かべる人が多いだろう。その加賀市がふるさと納税として、宿泊券やカニではなく、子ども達がプログラムミングを自由に楽しめる場を作るために、なんとクラウドファンディングを始めた。

今回のプロジェクトで加賀市が作ろうとしているのが「コンピュータクラブハウス」の日本第1号だ。「コンピュータクラブハウス」は、アメリカのボストンで1993年にMITのメディアラボが協力して設立されたのが始まりで、バックグラウンドに関係なくすべての子ども達がテクノロジーに触れ、コンピュータを活用できる学校外の場として機能している。

現在、ふるさと納税クラウドファンディング「すべての子どもたちに、テクノロジーに触れ自己肯定感を感じられる場所を提供したい!」は、90日間の寄付受付期間の3分の1ほどまで進み、残り2ヶ月弱となった。引き続き寄付を受け付け中だ。

いったいどんな経緯や思いで、加賀市はこのクラウドファンディングに至ったのだろうか。加賀市の宮元陸(みやもとりく)市長と、加賀市の取り組みをサポートする特定非営利活動法人みんなのコードの利根川裕太代表理事にお話を聞いた。

加賀市 宮元陸市長(左)とみんなのコード 利根川裕太代表理事(右)

実は2014年からプログラミング教育の芽があった加賀市

――加賀市がプログラミング教育に熱心だということはまだあまり知られていません。いつ頃からどんな取り組みをしてきたのでしょうか?

宮元市長  2014年にRoboRAVE(ロボレーブ)という自作ロボットで競技をする大会を日本で初めて開催したのが最初です。翌年から加賀ロボレーブ国際大会を毎年開催しています。でもその頃はまだ、プログラミングの必修化どころか第4次産業革命という話も出ていませんでした。

たまたまご縁があったのと漠然とした予感で始めた取り組みでしたが、その後、さまざまな情報に触れていく中で、テクノロジーの発達のスピードと重要性を知るようになりました。その基本になるプログラミングに子ども達が触れる機会をぜひ作りたいと考え、プログラミング教育に明るい利根川さんに、ぜひ力を貸して欲しいとご連絡したんです。

利根川代表  あれが2016年ですね。宮元市長から初めてご連絡をいただいたとき、「あさって東京に行くので……」というスピード感でお会いしたことをよく覚えています。早速、総務省の「若年層に対するプログラミング教育の普及促進」事業として、みんなのコードがプログラミングの指導者研修会と学校外での児童向け授業を加賀市で実施しました。

翌2017年からは市内の全小中学校で、小学校4年生以上の全学年で年間5時間のプログラミング教育が先生方自身の手で開始されました。学校外でも、地域おこし協力隊によるRaspberry Pi(ラズベリー パイ)を使ったプログラミング教室が実施され、小学4年生〜6年生250名が参加しています。このときは希望者にRaspberry Piを配布しているんですよ。

本年度2018年には、総務省の「地域におけるIoTの学び推進事業」に手を挙げ「地域ICTクラブ」を立ち上げました。その次のステップとして今回の「コンピュータクラブハウス」の日本第1号を作ろうという取り組みにつながっています。

宮元市長  加賀市の挑戦は石川県内でも注目されるようになり、2018年5月には金沢市と「プログラミング活用人材育成に関する連携協定」を結びました。

地方ならではの危機感が強い原動力に

――かなり早い時期から積極的に取り組まれているのですね。宮元市長ご自身が、プログラミングのご経験やテクノロジーと強く結びつくバックグラウンドをお持ちなのでしょうか?

宮元市長  私自身、プログラミングは全くわかりません。ただし、情報をつかんで必要だと思ったらすぐに動く方なんですよ。

――ご経験からでないとすると、そのスピード感とご判断はどこからくるのでしょうか? 同じ情報に接しても、加賀市のようにプログラミング教育に力を入れる自治体とそうでない自治体がありますが、何が違うとお考えですか?

宮元市長  危機感です。加賀市は、日本創成会議が消滅可能性都市(2010年からの30年間で若年女性人口が5割以上減ると予測される自治体)として挙げた896の自治体に入っているんです。人口の急激な減少で自治体運営が難しくなるという危機感が根底にあり、原点に戻って人材育成にこそ力を入れなければと強く思っています。子ども達が早い段階でプログラミングなどテクノロジーに触れる機会を持てるようにするのは大人の役目です。

――市政の中で特に教育に力をいれているのでしょうか?

宮元市長  私が市長になって現在2期目の5年目ですが、市の教育に関する予算を以前の倍にしました。橋や道路、ハコ物を作るのではなく、人材育成という原点を重視した市政をしています。ですから教育と子育て支援には力をいれてきました。教育に贅沢はないので惜しみなく投資します。

利根川代表  市長はよく「『消費』じゃなくて『投資』だ」と表現されていますね。

宮元市長  教育は結果がすぐに出るわけではなく時間のかかる領域ですし、育った人材が結局東京や大阪に出て行ってしまう可能性もあります。でもだからといって、やらないという理由にはなりません。人材育成は国の要であり加賀市の要です。

新しい知恵と技術が加賀市を変える可能性

――子ども達へのプログラミング教育が加賀市の既存の産業を変化させていく可能性をどう見ていますか?

宮元市長  既存のものをただデジタル化するというよりも、これから新しい柱となる産業の創出を目指しています。加賀市がかつて観光で栄えた高度経済成長期とは状況が全く違います。同じ石川県内でも県都の金沢市と比べたら県境の加賀市は厳しい。攻める必要があります。

利根川代表  たしかに地方には、東京にいると気付かない課題がたくさんあるのを感じます。でも、その地方の課題はITで解決できることがけっこうあって、加賀から出てくるイノベーションは、むしろそこに強みがあるかもしれませんね。

宮元市長  農業の例で言えば、加賀でルビーロマンという高級ブドウ品種を栽培しているんですが、規格が厳しく商品化率が50%を切っています。このルビーロマンの商品化率を上げるために、栽培データを蓄積して分析する支援などを現在しているところです。

利根川代表  それはとても興味深い例ですね。例えばお父さんが農家をやっていて、その困りごとや課題を身近に見ているお子さんがプログラミングを学べば、そこから「プログラミングの技術を使えばこんなことができるのでは?」という発想が生まれるかもしれませんね。

宮元市長  課題に気づいて、それを解決するための技術を持っていれば、変革を起こせます。例えば、アプリを作る技術を持つ若い人材が、産業自体を変えていく可能性がありますよね。

ふるさと納税を活用する意義とコンピュータクラブハウスの未来像

――今回、コンピュータクラブハウスのためにふるさと納税のクラウドファンディングを活用したのはなぜですか?

宮元市長  ふるさと納税は、返礼品ばかりが注目されがちですが、もともとその地域がどうしたらよくなるか、ということに関心を持って寄付してもらうものです。コンピュータクラブハウスの設置という今回のプロジェクトに賛同して、そのために寄付してもらうということは、ふるさと納税の本来の姿だと感じたことが、今回クラウドファンディングに挑戦した大きな理由です。

利根川代表  ふるさと納税のクラウドファンディングとして掲げたことがきっかけで、加賀市に注目していただけているという実感もあります。先日も現役のエンジニアにこの取り組みを紹介したばかりですが、加賀市が子ども達のテクノロジー環境作りに熱心だということについて、まず意外に感じているようでした。その上で、多くの方が興味を持って支援してくれています。

――学校でのプログラミング教育、地域ICTクラブとコンピュータクラブハウスはどのような位置づけと関係になっていくのでしょうか。

宮元市長  小中学校でプログラミング教育に取り組んでいますが、学校の枠組みの外側でも、子ども達がテクノロジーに接する機会を持てるようにしたいと考えています。それが、地域ICTクラブやコンピュータクラブハウスという場です。子ども達が創造性を発揮できる機会や場を積極的に作っていきたいと思っています。

利根川代表  地域ICTクラブは、例えば地域の野球チームのように活動すると場だとイメージしてください。一方、今回作ろうとしているコンピュータクラブハウスは、いわば図書館のように、いつでも誰でもそこに来れば無料でコンピュータやデジタルのモノ作りの機器が使える場を目指しています。加賀市のサポートのもと、専任のスタッフが常駐して安定した運営ができる体制を整える予定です。

ふるさと納税を活用すると個人が特定の地域を支援できる

現在、加賀市のふるさと納税クラウドファンディングは達成率が78%を越えており(2019年1月記事執筆時点)、いいペースで伸びてきているようだ。12月は前年分の駆け込みが増える時期なので、ここから残りの約2ヶ月弱が勝負だろう。

ふるさと納税というのは、自分が支援したい市区町村を選んで寄付(ふるさと納税)をすると、その額に応じて、所得税と住民税が控除される仕組みだ。通常の寄付金控除とは違う基準で控除額が決まり、寄付額そのものに近い税控除が受けられる。

「税金が減る」というイメージだけを持っている人がいるかもしれないが、もともと、今自分が住んでいる市区町村に納めるべき住民税の一部を、代わりに自分が支援したい市区町村への寄付にまわすことができる仕組みとして生まれた制度だ(総務省 ふるさと納税ポータルサイト「よくわかる!ふるさと納税」参照)。控除額は個人の諸条件によって異なるので、ルールを確認してシミュレーターなどを利用すると良いだろう。

同じふるさと納税でも、返礼品は立派だが集まった寄付金の使途がはっきりしないケースは多い。特定の地域で、用途のはっきりしたお金の使い道に自分の意志で寄付ができるクラウドファンディング型のふるさと納税は画期的だ。コンピュータクラブハウスのプロジェクトに賛同する人は、ぜひ自分の意志で加賀市を応援してみてはどうだろうか。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。