こどもとIT

プログラミング教育に大切なのは、地域と大人がまずは変わることだ

――『平成30年度 かごしま「教育の情報化」フォーラム』レポート

2020年度から小学校で必須化されるプログラミング教育。現場は混乱しているのではないか、不安に感じているのではないか、そんな気持ちを持ちながら、鹿児島県教育委員会が主催する『平成30年度 かごしま「教育の情報化」フォーラム』に参加した。

参加者の大多数は小学校の先生で、残りは中学校、高校の教職員が主。フォーラムは、2名の講演と9つのワークショップ、座談会に加えて、企業展示が25社、見本誌展示が2社と充実していた。開会前から多くの参加者が企業展示を回り、企業担当者に熱心に質問する様子も見受けられ、当フォーラムへの期待と熱意は想像以上だった。

外国の事例紹介を交えた挨拶で始まり、講演はプログラミング教育必修化に関する解説、科学の面白さを伝える体験談があり、予備知識や経験がなくても理解が深められる構成だ。ワークショップはパソコンやロボットなどを用い、プログラミングを体験したり、模擬授業を受けたりと趣向が凝らされており、どの会場も熱気に満ちている。そして最後の締めは「Society 5.0で、授業はどう変わる?」と題した座談会。具体的な事例を挙げて未来を語り、課題について議論をした。

開会の挨拶で登壇したICT CONNECT 21 会長の赤堀侃司氏は、外国の事例を紹介

多くの機器に囲まれ生活をしている現代。ITとは無縁だと思っていても、家電製品やICカードなどを利用する生活は、コンピュータによって支えられている。この身の回りの機器がどのような仕組みで動くのかを知り、実際に動かすにはどのような指示を与えたらよいのか、論理的に考える力を身に付けることが重要だ。その学びのひとつが、プログラミング教育。プログラミング的思考を学び、コンピュータの良さを知って主体的に活用する態度を育み、教科の学びを深める。その結果、子どもたちは「生き抜く力」を身に付け、ICTやAIを活用して新たな課題解決ができる人間に育つことが期待されている。

本記事では、講演の内容を参加者である先生方の様子も交えながら紹介する。筆者は記者として、そして同じ地域に住む保護者として今回のフォーラムに参加し、プログラミング教育必修化で子どもたちの教育がさらに充実したものになることを確信した。ぜひ子どもを持つ保護者の皆さんに読んでもらいたい。

プログラミングは専門家ではなく、先生が教えるのが望ましい

最初の講演は「ゼロから分かるプログラミング教育」と題して、特定非営利活動法人 みんなのコード代表の利根川裕太氏が登壇。冒頭、同氏が会場にプログラミングの必修化について賛成かどうか質問したところ、「大賛成 2020年では遅いくらいだ」と「やや賛成 必要感はわかる」が多数だった。多くの先生方が、プログラミング教育を行うことで、子どもたちの成長を促すと感じているのだろう。一方で、プログラミング教育があと1年ほどでスタートすることに関しては、「少し不安」や「まずい」という声が多く、戸惑いもある様子だった。

特定非営利活動法人 みんなのコード代表の利根川裕太氏

同氏のもとには、先生方から「プログラミングのようなものは、本当は企業の方にやってほしい」という声が届くのだそう。実は、筆者も外部講師にお願いするのも一案だと思ったのだが、同氏の考えは違った。同氏が小学校で研究授業を行った際、普段は発言しない子どもがプログラミングの授業では輝いていたそう。担任の先生なら、当然、この点にすぐに気付き、大事にしたい機会になるはずだ。しかし、外部講師だと、こういったことに気付けない。だから同氏は「プログラミングの特に最初の部分は、担任の先生に教えてもらいたい」と訴えた。

同氏の講演では、プログラミング教育の事例も多数紹介されており、発想が面白いと思ったものがあったので一つ紹介しよう。第16回文化庁メディア芸術祭エンターテイメント部門で優秀賞に輝いた「勝手に入るゴミ箱」という作品がある。ゴミ箱に向かってゴミを投げると、センサーが感知してゴミの落下位置をパソコンが計算する。そしてその情報を無線でゴミ箱に伝え、ゴミ箱が移動し、ゴミが入る仕組みだ。今の生活の中でどんな機能があると便利か考え、落下位置を計算するプログラムを組み、ゴミ箱が移動できるよう組み立てる。この過程に非常に多くの学びがあることは想像に難くない。子どもたちが、どんなものを作りたいと考えるのだろうか、そんなことを考えるだけでワクワクしてくるのは筆者だけではないだろう。

利根川氏が身の回りのものとコンピューターの組み合わせ事例として紹介した「勝手に入るゴミ箱」

先生方の表情に感じたプログラミング教育の可能性

講演が終わると、参加者は9つのワークショップの中から前半、後半で好きなものを選び、学んだ。例えば、日本マイクロソフト株式会社の「【C分類】教科外活動や特別支援教育で取り組む micro:bitとマイクラのプログラミング教育」は、実際にプログラムを作成するワークショップだ。micro:bit(マイクロビット)と呼ばれる、手のひらサイズの基盤上に、加速度センサーや明るさセンサー、磁気センサーなどを搭載したマイクロコンピューターを使用する。micro:bitとパソコンを接続し、micro:bitのサイトにアクセスすると、プログラムの作成ができる。日本語で「基本」「入力」「音楽」といった項目が並んでいるので、その中から必要なものを選択し、パズルのように組み合わせていく。初めてでも直感的に操作でき、プログラミングの本質を理解するのにピッタリだ。2,000円程度で購入できるとあって、教育現場での利用が増えることが期待されている。

パソコンに繋がれた状態のmicro:bit
講師の説明を熱心に聞く参加者

先生方を中心とした参加者は、講師の説明を聞きながらmicro:bitのプログラムを作っていった。恐る恐る操作する先生方は緊張しているように見えたが、思い通りに動いた瞬間は、大きく表情を崩さないまでも、笑みがこぼれる。「あっ、動いた」という安堵感と達成感なのだろう。筆者は、この達成感を子どもたちにも味わってもらいたいと強く思う。イキイキと目を輝かす子どもたちの姿を見たい。この日に見た先生方なら、きっと子どもたちの気持ちに寄り添い、良い方向に導いてくれると確信している。

ほかにも会場にはそれぞれにパソコンやロボットなどが準備され、手を動かしながら理解が深められるよう工夫が凝らされている。デモ展示やプログラミング関連書籍の見本誌コーナーも用意され、開始前から多くの参加者が企業担当者に質問をしたり、パネルやパンフレットを読んだりと、終始会場は熱気に包まれていた。

座談会:Society 5.0で、授業はどう変わる?

「Society 5.0で、授業はどう変わる?」をテーマに行われた座談会。鹿児島大学教育学部 准教授の山本朋弘氏をコーディネータとし、薩摩川内市立川内中央中学校 校長の辻 慎一郎氏、先生方へ研修を行う立場から県総合教育センター情報教育研修課 課長の木原敏行氏、プログラミング教育の普及にかかわるIT企業の専門家として日本マイクロソフト株式会社の原田英典氏、地方創生にかかわりIT企業の経営者である鹿児島県長島町地方創生統括監の土井 隆氏の4名をパネラーに迎え行なわれた。

「Society 5.0で、授業はどう変わる?」をテーマにした、4名のパネラーによる座談会

未来の教育は、地域と学校との連携がカギを握る

ロボットや自動走行車などの技術で、少子高齢化、地方の過疎化、貧富の格差などの課題が克服されるといわれるSociety 5.0の社会。「学校はどうなるか?」という問いに対して、学校教育にかかわる辻氏からは「学校はより人間くさい部分が協調されるだろう。今まで以上に学校の存在意義が高まる。学校は教えるところから、学ぶところへ変わる」、木原氏からは「人間がよりイキイキした学校になってほしい。子どもたちがICTを有効に活用してイキイキ活動しているのが楽しみ」といった趣旨の話が語られた。

鹿児島県薩摩川内市立川内中央中学校を例に、Society 5.0社会の学校の姿が語られる

「今までよりもたくさんの方法で、たくさんの種類のことを学べるようになると思う」と語るのは原田氏。社会での学びが、学校に繋がる学習になるのだという。子どもたちは、学校の外でも習い事などの魅力的な活動をしている。そういったものが学校での学びと繋がり、同じことを教えるにしても、子ども同士で学び合い、新たな価値を生み出せる。また、日本語が分からないなど、集団教育が難しく、個別学習が必要な際に、「子どもの外での活動などを参考に、テクノロジーがその子どもに合った教材を提案してくれる仕組みもできてくるのでは」と述べた。例えば漢字の学習だと、人によって不得意な漢字が違う。その人のデータに基づき、どの漢字をどれだけ学習したらいいか提案できるようになるかもしれない。テクノロジーが先生を手伝い、先生はより子どもの学びそのものをサポートし、教育の質を高めていけるようになる。原田氏の発言を受け、伝統的な授業形式から学習者中心の授業へ変わるとき、先生の大事な仕事は「授業作りをどうイメージできるかだ」と木原氏は語った。

テクノロジーによって学習者中心の授業が実現し、教師の役割は「ファシリテーター」になる

土井氏は「地域の教育は今後チャンスがあり、教育の現場がもっと地域に開かれていく」と述べる。鹿児島県長島町は、地域に開かれる教育拠点として学校法人角川ドワンゴ学園の教育コンテンツと提携した「長島大陸Nセンター」を開設。高校のない町で高校生のアクティブラーニングを実施するプログラムを開催している。地域と学校が良い関係を築くためには、一方通行の関係ではなく、相談できる関係を作ることが必要だ。子どもが地域とかかわると大人が変わる。子どもたちが現場に行くと、自分たちの仕事を伝えようと大人が目を輝かせる姿が見られる。子どもたちは、課題を解決しようと取り組んでいる現場を知ると、プログラミング教育のモチベーションになる。その背中を先生が押してあげることが大事なのだ。

地域に開かれる教育拠点として鹿児島県長島町に開設した「長島大陸Nセンター」の例、子どもが地域と関わることで大人も変わり、大人が課題解決に取り組む姿を見せることで子どものモチベーションにもなるのだという

一方、地域で何か行おうとしても、なかなか参加してもらえない、保護者の理解が必要など、どうやったら地域と学校を繋げられるのかという課題もある。これに対して、原田氏からは「先生が子どもと良い関係ができ、科学に対して興味関心を引き出す付き合いができると、校外のプログラムにも参加してくれる。そういうことを提供できるのは学校しかない。先生の活動と地域の活動、企業との協力が組み合わさると、子どもの可能性を広げていくことに繋がる」という話があった。

各パネラーによる未来予想

ICTの活用により充実する個別学習

座談会の最後に、コーディネーターの鹿児島大学教育学部准教授の山本朋弘氏は、先生が赤ペンを持ってドリルを解く子どもたちの机を回る個別学習の例を紹介した。1クラスの人数を考えれば、先生が回りきれないのも当然だが、ずっと手を挙げ続けている子がいるようでは「個に応じた学習」とは言えない。本来であれば、先生は子どもたちがどこを間違え、どういうふうに間違えているのかを把握しないといけないのだ。これが個別学習支援システムを使うと、先生はタブレットを見ることで、どの子どもが遅れているのか把握でき、その子のもとへ行きピンポイントで教えることが可能になる。このシステムにより「非常に個別指導がやりやすくなった」と現場の先生は話す。

個別学習支援システムを使った授業の例

学校には、特別な支援が必要な子どももいる。筆者が知っているだけでも、ノートを書くことが難しい子ども、漢字を枠の中に書くことが難しい子ども、お金の計算が難しい子ども、不登校の子どもなど、実にさまざまだ。そんな子どもたちも含めて、自分に合った学習方法を選べる環境が整えば、子どもたちの生きにくさが解消され、長所が生かせるようになるかもしれない。特別な支援が必要な子どもを持つ親のひとりとしても、そうなることを期待したい。

子どもたち、先生方がプログラミング教育という新しいことに挑戦しようとしている。苦手な先生もいるだろう、失敗もあるだろう。しばらくは試行錯誤が続くかもしれない。その状況を保護者として、一歩引いた目で見るのではなく、地域に住む大人として、自分ができることから支え、協力していく必要があると感じた。子どもだけでなく、大人がまずは変わることが大切だ。

奥地美涼

フリーライター兼ウェブアナリスト。主に企業のウェブサイトの運営に携わりなら、ITや働き方に関する記事を多数執筆。プライベートでは故郷である鹿児島で中学生、小学生、保育園児の3人の子育て中。好きな街に住み、やりがいのある仕事を得、家族とともに日々を大切に過ごすことを大切にしている。