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日本酒の拡大に「缶」が必要な理由

一合日本酒「ICHI-GO-CAN」

日本酒の国内出荷量が年々減少している反面、輸出量は増加傾向にあるのをご存知でしょうか。国内出荷量は1973年の約170万kl(キロリットル)をピークに年々減少、2021年には約40万klにまで落ち込んでいます。一方で輸出量は増加傾向にあり、2022年には約3万6,000klにまで増えました。

まだまだ国内に比べて市場が小さいのは確かですが、こうした状況下で積極的に国内、さらには海外にまで市場を広げようとしているのが、ベンチャー企業のAgnavi(アグナビ)です。

同社は「ICHI-GO-CAN(一合缶)」というブランドを立ち上げ、全国の蔵元の日本酒を内容量180mlの小ぶりな缶に詰めて国内外に売り始めています。ICHI-GO-CANブランドを立ち上げた経緯や今後の展開について、Agnavi代表取締役の玄成秀氏に聞きました。

Agnavi代表取締役 玄成秀氏

冒頭で紹介したように日本酒の消費量は年々減少しており、酒米の消費低迷にも繋がっています。地方も含めて日本全体の景気が低迷する中で、酒蔵の再生は重要な役割を担うと玄氏は語ります。

「蔵元は地域の名士として農家や小売店、コンビニなどに土地を貸していたり、ガス会社を営んだりと、地域の基盤になっていることが多くあります。そういった人を中心に経済が発展するため、蔵元が潤うことが二次波及、三次波及的に地域自体を潤していくことにつながるというのが私の考えです」(玄氏)

しかし、お店で買える日本酒の多くは一升瓶(1.8L)や4合瓶(720ml)など、一度では飲みきれない容量が中心。「日本酒自体を知らない人に買ってもらえるような導線がないと思っていました」と玄氏は話します。

そこで着目したのが「缶」です。ICHI-GO-CANは現在80近い蔵元と提携し、180mlと小容量で飲める日本酒缶を展開。

「我々が売りにしているのは『適量』、『おしゃれ』、『持ち運び便利』、『環境に優しい』という点です。『ICHI-GO-CAN』でブランディングをしている会社と思われがちですが、生産から消費までのサプライチェーン全体をアップデートしているというのが大きな特徴です」(玄氏)

現在は80近い蔵元と提携

日本酒缶の課題は「充てん」

現在ICHI-GO-CANの販売先は、公式オンラインショップやAmazon、Yahoo!ショッピングなどのオンラインのほか、京王ストア全27店舗やOdakyuOX全28店舗、京王百貨店新宿店など。首都圏を中心にさまざまな店舗で購入でき、今後さらに取扱店舗が増える予定です。

商品は単品販売のほか、さまざまな蔵元の日本酒を4本組み合わせた飲み比べセットもあります。

一合缶を4本組み合わせた「飲み比べセット」(価格:3,730円)

缶入りの日本酒というのは50年の歴史がありますが、展開している蔵元は限られます。この理由について玄氏は「『充てん』と『ロット数』がボトルネックになっていました」と話します。

「蔵元は年間で1~2回しか充てん設備を使わないため、自前で充てん機を購入するのはハードルが高いのです。大規模な蔵元は自社で導入すると思いますが、中小規模ではなかなかそうはいきません。そこで我々は充てん機を購入して共同充てん所を用意し、各蔵元さんに使ってもらっています。

また、充てん機を自前で用意して使うとなると、構造上1回に数万本の日本酒缶を製造しなくてはいけなくなります。蔵元が製造して在庫を持つにはハードルが高い量です。しかし我々は80近くの蔵元と連携しており、複数の蔵元の日本酒を充てんできるので、小ロットでの製造が可能になるのです」(玄氏)

ICHI-GO-CANシステム概要

物流コストにおいても大きなメリットがあります。現在、アグナビは埼玉県に充てん工場を持っており、酒蔵からは1,000Lタンクで日本酒が送られてきます。

「消費地は人口の多い東京が中心になります。例えば新潟県から配送する場合、瓶よりも積載効率の高いタンクで埼玉県まで配送した方が効率がいい。そこで充てんした缶を各地に送る方が物流として最適化されます。具体的には1,000Lタンクの場合、2トントラックに1.1×1.1mのパレットを2段詰めます。しかし一升瓶で同じ容量を詰もうとしたらその2.5倍ぐらいパレットが必要になります。つまり物流コストを5分の2くらいまで削減できるのです」(玄氏)

これまで瓶への充てんやラベル貼りなどは蔵元が行ない、卸などへ販売していた。そのコストは決して小さいものではなかったと玄氏は語ります。

「実は小売価格の約20%が瓶詰め費用になっているのです。瓶自体が高いだけでなく、ラベル貼りのコストも大きいのです。最近は機械化が進みましたが、手でラベルを貼っているところも多いです。缶の場合はラベルを貼るパターンと缶に直接印刷するパターンがあり、直接印刷の場合はロットが数万本になります。ラベルを貼るパターンはコストが上がるものの、数千本から対応できます」(玄氏)

埼玉県の充てん工場に酒造から1,000Lタンクで日本酒が送られてきます。充てん機は東洋製罐エンジニアリング製

充てん設備を用意するのとともに、アグナビは日本酒消費を喚起するためのブランディングなども担当。

「日本酒の生産自体はたくさんできる状況で、既存の流通含めて消費もあり、さらに新しい市場を我々が作る。既存の物流で摩擦が起きていた部分を缶で供給することによって、サプライチェーン全体を通したアップデートをしている状況です」(玄氏)

ICHI-GO-CANの商品コンセプトについて玄氏は、「1合缶で500円以上というのと、これを飲めばその蔵の日本酒の特徴が分かるという設計にしています」と話します。

「例えば富山県には『勝駒』(清都酒造場)という、小規模ですがとても有名な蔵元があります。1升は出せなくても、1合缶で1,000本や2,000本なら出せるという蔵元は実はたくさんあるのです。飲んでおいしいお酒は蔵のサイズには関係ありません。大手酒造だけでなく、小さな蔵元も横串で刺すことで、不公平感などがないようにしたいと思っています」(玄氏)

海外にも積極的に展開

現在、アグナビは香港や台湾、シンガポール、米国など海外展開も積極的に進めています。

「今までは海外に瓶で輸出していたため物流コストがすごく高く、日本の価格の2倍や3倍になっていました。しかし物流が発展していき、EMS(国際スピード郵便)だと1週間以内、欧州でも2週間程度で届くようになりました。配送料がかかっても、我々が直にEMSなどで発送した方が現地で買うよりも安いという状況です。我々が適正な価格で直接現地に届けることで海外における日本酒のハードルを低くすることと、日本酒の競争力を高められるという2つの側面を生み出せると考えています。これによって日本酒業界をより活性化していきたいと思っています」(玄氏)

海外向けには、よりリーズナブルで気軽に手に取れるセカンドブランドとして「Canpai(カンパイ)」も展開。

「Canpaiは関税の問題もあり、価格帯は国によって異なります。ビールの価格が国によって違うので、だいたいビールのロング缶1本と同じぐらいの価格帯にしたいと考えています」(玄氏)

海外向けにはセカンドブランドとして「Canpai」も展開(ICHI-GO-CANおよびCanpaiはAgnavi社の登録商標)

現在は世界各地にあるJETRO(日本貿易振興機構)の現地事務所と連携し、日本酒に関するセミナーの実施や流通業との交渉などを進めています。

「私の感触としては、東南アジアで缶の市場が絶対に広がると思います。これからどんどん成熟していくので、どうやって最短距離で進めていくかを考えることが重要だと改めて感じました。マカオなどは1Lあたりの取引単価が最も高いため行ってみたのですが、量というよりは質という印象です。香港では高級スーパーの『City'super(シティスーパー)』としっかりと手を組むことで市場形成ができるのと、飲食店にもこれから入っていきます。日本酒がなかった市場というのを新たに開拓していきます」(玄氏)

香港のCity'superでは既に、ICHI-GO-CANが日本円で1,000~1,200円程度で販売されており、飛ぶように売れているといいいます。

「隣には有名ブランドの日本酒が4合瓶で1万円前後で売られているのですが、それを1万円で買うより、1合缶を1,000円で飲んだ方がいいんじゃない? という感覚で売れているのだと思います。この『ICHI-GO-CAN』という表記がある商品に安心を感じて買ってもらえるようにすると、日本酒業界全体のボトムアップにつながるのではないかと思っています」(玄氏)

国内外のICHI-GO-CAN取り扱い店舗

4合(720ml)で1万円前後より、1合(180ml)で1,000~1,200円程度の方が割安というだけでなく、「海外の方ほど小容量を求めているというのがあります」と玄氏は説明。

「例えば台湾の飲食店では、開けた後の劣化や異物混入のリスクなどもあり、ボトルで提供する文化があります。欧米に行けば行くほどその意識が高まるため、量が多い4合瓶では売れなくなります。小容量の缶にすることで1~2割ほど価格が高くなったとしても、飲食店には問題ないのではないかという仮説があり、今はそれを検証しているところです」(玄氏)

海外進出のプライオリティとしては、まずアジアを攻めていくとのことです。

「ICHI-GO-CANとCanpaiで戦略は全然違うのですが、まずは台湾、シンガポール、香港をアジアのショーケースだと考えています。そこをしっかりと攻めていき、その後中国に対しての輸出を本格始動しようと思っています」

フタはイージーオープンタイプ

アジア以外では、米国やブラジルにも展開を進めています。

「アジアを重視する一方、今年は米国にもしっかりと輸出を進めていきたいと思っています。米国の日本酒輸出額は全体で100億円を越えており、ICHI-GO-CANによって日本酒業界の市場を膨れ上がらせたいと考えています。

米国は現地のJETROと共同でプロジェクトを進めており、3月には約10蔵ほどを現地のバイヤーにサンプル輸出しました。そのフィードバックもかなりいい状況です。ブラジルには日系人が多く、現地で日本酒を造っている酒蔵もあります。現地のJETROと一緒に2022年に実証実験を実施しており、現在も継続的に進んでいる状況です。ブラジルは日本の真裏にあるので、そこに輸出できれば世界中どこでも輸出できるだろうと考えています」(玄氏)

日本食とともに日本酒も広めたい

最近は海外で日本酒がブームになっているといった話題がメディアを賑わすことが多い。玄氏の肌感覚としては「それはとらえ方次第かもしれません」と、そこまでポジティブにはとらえていないものの、「ワインが当たり前のように海外から入ってきて広がっているのが成功モデルなので、そのプロセスを最短距離で進むのが我々がやりたいことですね」と話します。

日本酒の輸出は右肩上がりで増えているものの、まだまだ市場としては決して大きくありません。しかし日本食がブームと言われており、実際に日本食レストランの数は2006年の約24,000店から2021年には約159,000店まで約6.6倍に増えています。

海外における日本食レストランの数(出典:外務省調べにより、農林水産省が推計)

「日本食があるところには日本酒が必然的にあるべきだと思っています。食文化としての日本食は海外で広がっており、そこにいい感じでシナジーを持たせて日本酒が広がっていけばいいなと思っています」(玄氏)

海外での展開も注目したいが、日本人としてはICHI-GO-CANがいかに入手しやすくなり、ラインアップが増えていくのかも気になるところ。

「2022年の出荷本数は約15万本でしたが、2023年には100万本を売る予定です。現在取引が決まっているチェーンだけで100万本を売れる体制になっています。大手の全国チェーンから地域のチェーン店まで広げていく予定です。」

現在は約80の蔵元と連携していますが、ほかの蔵元にも「ぜひお声がけいただきたい」と玄氏は話します。

「いいものを作るための仕組みをしっかり調整していますので、そこに蔵元が来ていただけるとうれしいです。そのほかは、組合単位や県単位での取り組みが多いですね。そういう形だと我々もあまり人的リソースを割かずに横串でやれるので、最短距離でいろいろな蔵元と量をしっかり作って販売していけます。

自治体単位などで取り組んで道の駅などで売ると最強なんです。地域には、その地域で強いスーパーがいて、その横には卸がいます。我々はそことしっかり取り引きすることでコンビニや地域の道の駅などに展開できます。そことしっかりと連携することが我々の事業のポイントです。さらに今後は、ICHI-GO-CANだけでなく、提携している蔵元さん自体にもっと注目を集められるようにしたいですね」(玄氏)

安蔵 靖志