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紅白は音楽の“いま”を反映? ビルボードジャパンチャートとヒットの仕組み

紅白歌合戦はビルボードジャパンチャートを反映している?

昨年末にドラマ「silent」(フジテレビ)の“大ヒット”が伝えられました。ドラマの舞台が聖地化、見逃し配信の記録を作られるなど、「silent現象」とも言われた同作ですが、実は「視聴率」では一度として10%に届いていません(ビデオリサーチ調べ 関東地区)。

「silent」のヒットについては、「見逃し配信」の多さもその理由に挙げられています。視聴率として普段報じられるのはリアルタイム視聴率ですが、録画視聴率や総合視聴率とは別のものです。つまり、現代のドラマの人気は単にリアルタイム視聴率だけではわからないいうことです。

そして、ドラマ主題歌のOfficial髭男dism「Subtitle」もストリーミングで2億再生を超えて「大ヒット」と伝えられています。しかしこの「Subtitle」、実はシングルCDはリリースされていません。

Official髭男dism「Subtitle」

「silent」同様に「Subtitle」も大ヒットと伝えられ、そう認識している方が多いとすれば、今における“ヒット”は「視聴率やCDの売上枚数だけでは測れない」と言えるのではないでしょうか。

では、現在のヒットの指標とはどのようなものがあるのでしょうか?

筆者は音楽において、「ビルボードジャパンソングチャート」がその役割を果たしていると考えます。今回は、そのビルボードジャパンのチャートの仕組みや設計思想を確認しながら、現在のヒット作品の生まれ方を紹介していきます。

デジタルリリース作品のヒットを可視化したビルボードジャパン

ビルボードジャパンソングチャート(Hot 100)は2008年にスタートした音楽チャートです。米ビルボードソングチャートに倣い複数の指標で構成され、CD売上などのフィジカルセールス中心のオリコンシングルランキングとは異なるものです。ビルボードも発足当初はCD等のフィジカルセールスおよびラジオの2指標だけでしたが、時代の変化に合わせて指標の数を増やし、またそれぞれの指標においてもその都度リニューアルされています。

現在のビルボードジャパンソングチャートはフィジカルセールス、ダウンロード、ストリーミング、ラジオ、動画再生、カラオケの6つの指標で構成され、これらは所有と接触とに大別されます(パソコン等へのCD取込を指すルックアップ、およびTwitterの2指標は2023年度から廃止)。各指標においても適宜変更が実施され、とりわけフィジカルセールスにおいて2017年度以降に一定枚数を超える売上への係数処理が施されたことで、デジタルのヒット曲が週間単位でも最上位に来やすい形となっています。

今のヒット曲に最も欠かせない要素がストリーミング指標です。メディアで“○億回再生”との言葉をよく見かけますが、これはこの指標の基となるサブスクやYouTubeオーディオストリーミングの再生回数を指します。2022年のビルボードジャパン年間ソングチャートをみると、総合トップ10とストリーミングの上位10曲とでは順位こそ異なるものの顔ぶれが同じであり、ストリーミングヒットの重要性がよく解るのです。

2022年のビルボードジャパン年間ソングチャート(チャートをもとに著者作成)

構成指標や各指標のバランス等はビルボードジャパンの匙加減と言われればそれまでですが、ストリーミング1億回再生超えが一昨年秋に100曲を突破したこと、また昨年末に発表されたストリーミング歴代再生回数上位50曲の顔ぶれ(1位からYOASOBI、Official髭男dism、BTS、優里、King Gnu)をみれば、フィジカルセールスが強い曲以上にストリーミングヒット曲のほうがより知られているのではないでしょうか?

ビルボードジャパンは各指標の影響力を考慮し、バランスを決定しているのです。

なおオリコンも複合指標に基づく合算ランキングを2019年度にスタートしていますが、フィジカルセールスに係数処理が施されずダイレクトに反映されるためビルボードジャパンとは顔ぶれが異なります。加えてオリコンは年間ランキングは10位までの発表となっているため、ビルボードジャパンのほうがより詳細で信頼できるチャートと言えます。

「紅白」にビルボードジャパンのチャートが反映

ビルボードジャパンがソングチャートを主体に社会的ヒットの鑑となったことで、このチャートを紹介するメディアが増えています。

そして「NHK紅白歌合戦」がビルボードジャパンのチャート設計思想と同じ考えに基づき出場者の人選を行なっていることが、昨年制作統括を務めたNHK加藤英明チーフプロデューサーによる発言から見て取れます(朝日新聞の記事)。

NHK側は紅白の選考基準としてその年の活躍、世論の支持および番組の企画や演出を挙げています。加えて周年を迎えた歌手(オールタイムベストアルバムをリリースしたならばなおの事)等も選ばれる傾向が強いと感じています。昨年は10組が初出場を果たしましたが(特別企画枠のback numberおよびTHE LAST ROCKSTARSを除く)、その選出の妥当性を記した自分のブログには多くの反響をいただきました

ブログではビルボードジャパンのソングおよびアルバムチャートから成るトップアーティストチャート(Artist 100)を用いて、初出場歌手の人気を紹介しました。その後発表された2022年度の年間チャートではAdoさんの1位をはじめ、Vaundy(7位)、Saucy Dog(10位)、Aimer(14位)、なにわ男子(21位)、BE:FIRST(22位)、JO1(25位)、IVE(29位)、緑黄色社会(36位)、LE SSERAFIM(58位)となっており、どの歌手も活躍したことが解ります

昨年11月16日にNHKが紅白出場歌手を発表した直後、ビルボードジャパンが初出場10組のチャート成績を記事化したことも注目です。ビルボードジャパンが事前に記事を用意していたことが想像できると共に、紅白側が出場歌手選出時にやはりビルボードジャパンを参考にしていたと考えていいでしょう。ビルボードジャパン側のチャートへの自負も感じられます。

紅白で“見つかった”Vaundy 効果はチャートで可視化

紅白で話題になった曲や歌手はその後のチャートで上昇します。

昨年の歌唱曲で最も目立ったチャートアクションを示したのはVaundy「怪獣の花唄」で、1月11日公開分のビルボードジャパンソングチャートにて3位に急上昇。またVaundyさん自身、トップアーティストチャートで最高位となる2位に浮上しています。各チャートの動向はビルボードジャパンが提供するグラフ「CHART insight」から確認できます。

「怪獣の花唄」はストリーミング(グラフでは青で表示)やカラオケ指標(緑)でヒットを続けていたことが解ります。Vaundyさんはストリーミング1億回再生を超える作品が7曲もあり音楽好きの間では既に知られた存在でしたが、紅白を機に広く世間に“見つかった”と言っても過言ではないでしょう。

CHART insightでVaundyのチャート推移を確認

2003年、前年の紅白初出演を経て中島みゆき「地上の星」が登場130週目にしてオリコンシングルランキングを制しました。そんな例のように、かつて紅白効果はCDセールスに大きく反映されていましたが、今や紅白の反応は複合指標から成るビルボードジャパンで可視化されるといえます。なお、「怪獣の花唄」もシングルはフィジカルリリースされていません。

紅白は視聴率の低下などを指摘されることが多くなっていますが、ネットの反響においてはこれまでにない成功を収めていることが、「こちら徒然研究室(仮称)」さんのnoteでわかります。また地上波全体のリアルタイム視聴率が低下している中にあって紅白が健闘していることについては、徳力基彦さんがコラムで指摘されています。紅白についても多角的な、それこそビルボードジャパンのような複合的な見方に基づく評価が必要なのです。

チャートから音楽の今が見える

ビルボードジャパンは水曜午後に最新チャートを発表します。好成績を記録した歌手はSNSで拡散することでコアファンとの結びつきを高め、また曲は気になるものの歌手のファンというわけではないライト層の方々も刺激します。

2020年度はYOASOBI「夜に駆ける」、2021年度は優里「ドライフラワー」がビルボードジャパン年間ソングチャートを制しましたが、彼らがSNSやYouTube等を上手く活用していることも人気継続の一因です。

そのYOASOBI「夜に駆ける」は今年に入りストリーミング9億回再生を突破、そして冒頭で紹介したOfficial髭男dism「Subtitle」は1月最終週に歴代単独での最長首位記録を達成しました。後者においてはわずか15週で2億6千万回近いストリーミング再生回数を記録しており、年間チャートを制する可能性も十分。今の時代におけるストリーミングヒットの重要性を示すに十分な作品ではないでしょうか。

ChartInsignt

無料でも登録できるサービスもあるサブスクを活用すること、そしてその影響が大きく反映されるビルボードジャパンソングチャートをチェックすることで、今の時代のヒット曲を探ることができます。

なお、ビルボードジャパンソングチャートのストリーミングや動画再生といった接触指標群は、各デジタルプラットフォームの無料会員による1回再生以上に「有料会員」の1回再生のウエイト(獲得ポイント)が高く設定されています。サブスクは1回再生の利益が乏しいという指摘もありますが、ビルボードジャパンはお金を払って聴く方を重視したチャート集計方法を採っていることも記しておきます。

昨年末の紅白放送時には、SNS上で「紅白見ない」や「出場歌手を知らない」という声も散見されました。紅白を見る見ないは自由なのですが、チャートの観点からは、紅白出場アーティストは2022年のヒットをしっかり反映していたと筆者は考えます。

紅白が新たな出会いや気付きの機会になったという方には、まずはビルボードジャパンに触れてみることをお勧めします。ビルボードジャパンが提供するCHART insightを操作するのも楽しいかもしれません。ストリーミングで人気の曲、CDが売れている曲、カラオケで歌われている人気曲などが簡単に確認でき、新たな発見があるはずです。

Kei

音楽チャートアナライザー。ブログ『イマオト -今の音楽を追うブログ-』管理人。青森県津軽地方在住で、地元ラジオ局でDJも担当。これまでに『TOKION』『uDiscovermusic日本版』『NumberWeb』等へ寄稿。 ブログ:https://www.imaoto.com/