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デジタル放送とレコーダの歴史から振り返る「録画補償金問題」の本質

8月23日、文化庁は著作権法施行令の一部を改正するとして、パブリックコメントを開始した。録画補償金の対象としてブルーレイレコーダを追加指定するということで、24日に各メディアが一報を報じて以降、SNSなどでも話題になり始めているところだ。

もしかしたら、「そう言えば昔そんなようなことがあったような…」と思われた方もいるかもしれない。そう、実はこの件、元を辿ればもう15年ぐらい前から燻ってきた問題なのである。今回は、テレビ放送とAV機器の関係を長く追いかけてきた立場から、この問題の本質を紐解いてみたい。

キミは「コピーワンス」を覚えているか

デジタル放送は、BSが2000年に、地上波が2003年にスタートした。BSデジタルはHD放送でもあったので、それを機に初めてHD対応液晶テレビに買い換えたという方も多い事だろう。当初はどちらもコピーフリーでの放送だったが、2004年4月より、1度録画したらそれ以降は移動(ムーブ)しかできない「コピーワンス」が導入された。

当時はまだ、「DVDレコーダ」全盛の時代である。コンシューマ市場最初のブルーレイレコーダは、2003年にソニーから発売されているが、一般庶民には高嶺の花であった。メディアもケースに入っており、今のブルーレイディスクとは別物であった。

コピーワンスということは、最初にHDDに録画したら、そこからDVDに焼く際にはムーブとなる。ところがムーブに失敗してコンテンツが失われるといった事故が報告されるようになり、これはあまりにも使い勝手が悪いのではないかということで、総務省「情報通信政策部会 デジタルコンテンツ流通促進等に関する検討委員会(以下デジコン委員会)」で見直しの議論をすすめ、今で言う「ダビング10」ルールが策定された。これが2007年の話である。

この頃になると、ブルーレイレコーダも各社から発売されており、またアナログ放送もまだやっていたので、デジタル・アナログ両方で録画できるレコーダが主流だった。次世代DVDということでは東芝が「HD DVD」を推進したが、2008年2月に全面撤退を発表し、規格争いはブルーレイ1本ということで収束した。

ダビング10の開始時期に関しては、かなり揺れ動いた。2008年夏には北京オリンピックが開催される予定となっており、メーカーとしてはオリンピック商戦に間に合わせたいということで、開始時期が2008年6月2日に設定された。だが利害関係を調整している委員会が別の省庁にまでまたがってしまったことから、スケジュール感が共有できなかった。

なぜそんなことになったかと言えば、デジコン委員会の第4次中間答申に、「他の検討の場においても、それぞれの組織の役割に応じて、クリエーターに適切な対価を還元していくための制度やルールの在り方について、消費者の利便性確保とのバランスに常に配慮しつつ更に検討を進め、可能な限り早期に具体策がまとめられることを期待する。」という記述があったからである。

デジタルコンテンツ流通促進等に関する検討委員会 第4次中間答申の一部(アンダーラインは筆者)

「クリエーターに適切な対価を還元」「消費者の利便性確保とのバランス」というキーワードから、これは実質録画補償金しか現時点では手がない、ということになった。ここから、「ダビング10」と「録画補償金」が結びついたわけだ。

実は録画録音補償金制度は、2005年の文化庁法制問題小委員会の議論では「制度の廃止を含めて検討」という事になっていた。翌年開始された専門委員会では、権利者団体の反対により議論が平行線となったものの、文化庁が未来の理想的なDRMによって補償金が不要になるといった未来像を描くことで、なんとなく縮小方向を維持していた。それが「ダビング10と補償金」という関係が生まれたことから、再び補償金の拡大路線に火が付いた。

突然出てきた省庁合意

文化庁私的録音録画補償金小委員会では、「クリエーターに適切な対価を還元」とは録画補償金制度であると主張する権利者団体と、それは別の制度を作るということだと主張するJEITAの間でそもそもの前提が食い違っており、話がまとまらなかった。

利害関係者で話がまとまらないのであれば、省庁間で調整するしかないということになり、当初の開始予定を過ぎた2008年6月17日、総務省と経済産業省とのあいだで、現在のブルーレイレコーダがアナログチューナーを搭載しており、コピーフリーでダビングできることから、暫定的にブルーレイレコーダとディスクを補償金対象として政令指定することで合意した。省庁間合意という格好にはなっているが、実質的には当時文部科学省大臣であった渡海紀三朗議員と、経済産業省大臣であった甘利明議員の間で話をつけて、早急にダビング10が開始されるように取り計らったという事であろう。

これに対して権利者団体は、両大臣についてかなりの不快感を示す共同声明を出している。つまり今回の指定は、

1. デジタル放送と関係ないのでは
2. 補償金制度がどうなるか保障されていないのでは

というわけである。

2008年6月に権利者団体合同で出された声明

結果、ダビング10は約1カ月遅れて、2008年7月4日からスタートすることになった。そして権利者団体の懸念は、後日現実のものとなる。

アナログ停波と東芝補償金裁判

デジタル放送だけを録画する機器であれば、テレビ録画はダビング10ルールに従うことになり、完全にコピーフリーではなくなる。当時、そして今もなお、DRMで保護されているなら補償金は必要ないのか、結論が出ていない。

2009年11月、SARVH(私的録画補償金管理協会)は、デジタル専用録画機の補償金納付を怠ったとして、東芝を相手取り訴訟を提起した。「東芝補償金裁判」と呼ばれる。当時はまだアナログ放送は停波していないが、デジタル放送しか受信しないレコーダを作っていたのは東芝とパナソニックのみであった。補償金の納付は各メーカーとも1年単位だが、半年ごとで納期が別れている。東芝の納期は2009年9月末であり、パナソニックは2010年3月だったため、東芝のみが訴訟の対象となった。

当時東芝が補償金を納付しなかったのは、デジタル放送専用機が「補償金の課金対象(著作権法上の特定機器)になるか明確になっておらず、現時点で徴収できない」ということで、そもそも販売時に補償金を上乗せした徴収を行なっていなかった。パナソニックも同様である。

この裁判は1審、2審とも東芝が勝訴、2012年の最高裁までもつれ込んだが、最高裁が控訴棄却し、2審の知財高裁判決で決着した。控訴棄却とは、不服申し立てに理由がないとして、審議しないという意味である。最高裁は主に憲法違反の問題があるかどうかを見るので、憲法に関係しない場合はまず控訴棄却となる。

こうした経緯から、デジタル放送専用録画機器からは、補償金の徴収が行なわれなくなった。ディスクも同じである。2011年にアナログが完全停波したため、現在のレコーダは、デジタル放送専用機器しか存在しない。

メディアの補償金は日本記録メディア工業会がとりまとめて納付していたが、2013年3月に解散している。レコーダの補償金とりまとめはJEITAが行なってきたが、録画補償金管理団体であったSARVHも2015年3月に解散している。

したがって現在録画補償金制度は完全停止しており、徴収はゼロとなっている。一方、録音補償金のほうは、音楽CDがCD-Rなどへコピーできるため、制度はまだ機能している。

レコーダ市場も縮小。補償金徴収してどうなる?

そもそも、ブルーレイレコーダはそれほど売れているのか。現在ブルーレイレコーダを商品化しているのは、パナソニック、シャープ、TVS REGZA(元東芝)、ソニー、フナイの5社である。このうちソニーとフナイは2021年を最後に、新製品を出していない。

JEITAが8月24日に公開した資料によれば、レコーダの出荷金額は最盛期の1/4に縮小している。台数で行けば、2021年の実績で約143万台というレベルである。

JEITA公開の資料より抜粋

録画補償金は、カタログに表示された標準価格の65%相当額の2%で、上限は1,000円だ。そもそも昨今はオープン価格なので、カタログに標準価格の記載がなく、基準がない状態だ。過去アナログ放送向けDVDレコーダの例でいけば、東芝補償金裁判の過程で1台平均約480円であった。

ただしデジタル時代になり、消費者はDRM技術、すなわちBCAS/ACASに関する開発費も機器の価格に含まれる形で支払っている。その費用は、補償金額から引き算されるべきである。そうしないと、消費者は二重払いになるからだ。

ACASチップ開発費、チップ代金、基板設計費、製造費などのコストを引いていくと、そもそも480円の中に収まるかどうか定かではない。補償金額は1台あたり、がんばって数10円といったところだろう。おそらく2022年は出荷台数もさらに下がると思われるので、録画補償金総額は年間でも1億円行くかどうか。

録画補償金の分配は、平成17年にSARVHが文化庁に提出した資料によれば、以下の図のようになっている。

SARVH提出資料「私的録音録画補償金の分配の流れ」より抜粋

集められた補償金のうち、還付引当基金、管理手数料、共通目的基金を差し引いた額が分配の対象となる。当時の実績によれば、受領額の74.2%が分配に充てられたとしている。

仮に集まった補償金が1億円だったとして計算すると、分配対象となるのは7,420万円。例えば、JASRACに分配される金額を追っていくと、分配率がこれの16%になるので、1,187万円。JASRACの会員・信託者数の合計は19,489人だが、全員が録画に関係するわけではないだろう。仮に1割ぐらいだとしても、JASRACの事務手数料などもあるだろうから、1人当たりの平均割当額は5,000円ぐらいだろうか。

これはJASRACだから個人まで頑張って分配するだろうが、例えば映像製作者団体に分配された補償金は、所属会員会社の現場で頑張っているテレビマン1人1人にまで分配されるのだろうか。分配されたとして、それはいくらになるのだろうか。途中を通る団体や会社が増えるほど、事務手数料その他によって消えてしまうのではないだろうか。これは、消費者がイメージする「クリエーターに適切な対価を還元」の姿とは必ずしも一致しない。

録画補償金についてはすでに管理団体が消滅しているわけだが、ブルーレイレコーダへの補償金問題が出てくる以前の今年6月、私的録音補償金管理協会(sarah)が略称はそのままに、私的録音録画補償金管理協会へ改名した。この時点で、文化庁から録画補償金復活の内示があったのかは定かではないが、SARVH解散から7年も経過した今、協会名を変えるにはそれなりの根拠があるのだろう。

録画補償金を管理するためには、文化庁による指定が必要になる。sarahはまだ現時点では指定されていないが、準備は万端といったところだろう。一方で、メディアへの補償金はとりまとめ団体が解散したままである。指定はすれども、実際には徴収しようがない。ということは、今回のブルーレイレコーダの指定は、HDDを含む「なんらかの記録媒体に録画できる機器」の指定と実質的には同じ意味になる。

ここが通ってしまうと、今後はHDDのみのレコーダ、外付けHDDに録画可能なテレビやSTBなどへも拡大することが考えられる。やってることは同じだろう、という事になるからだ。さらにスマートフォンへ接続できるワンセグチューナーや、PC用フルセグテレビチューナー、そして録画メディアとしてスマートフォンやPC、クラウドへ拡大する可能性もある。

そもそも、東芝裁判以降10年放置していたブルーレイ補償金を今なぜ復活させるのか、根拠がまったくわからない。加えて補償金の支払者が消費者に設定されている以上、権利者団体とメーカー、文化庁と経産省との折衝だけではもはや解決できず、消費者が納得できなければ決着はない。

消費者としては、もし何らかの損害があるなら、アーティストへの適切な還元は必要だろうと思っている。ただもう録画文化も衰退しつつあり、損害も観測できない。加えて今の制度設計では中間団体が少し潤うかもしれないが、アーティストまできちんとお金が届くようには見えない。

文化庁は消費者団体向けに、新しい制度の策定をにおわせているが、まだその青図もなにも聞いたことがない。

2021年に文化庁が消費者団体向けに公開した資料

なりふり構わずとりあえず通せ、ということなのかもしれないが、ざっくり経緯を振り返るだけでも、非常に疑問が残る内容だ。SNSなどで異論も相次いでいるが、そこで騒いでも政策に反映されるわけではない。意見を送る窓口は文化庁のパブリックコメントだ。パブリックコメントの受付期間は、9月21日までとなっている