石野純也のモバイル通信SE

日本のギャラクシー 日本の“SIMフリー”

我々の生活に最も欠かせないデバイスの一つといえる「スマホ」。スマートフォンやモバイル業界で起きているトレンドを、ケータイジャーナリストの石野純也氏が紹介します(編集部)

4月21日にAmazonなどのオンラインストアで発売されるGalaxy M23 5G

サムスン電子初となる“SIMフリースマホ”の「Galaxy M23 5G」が、4月21日に発売される。Galaxy M23 5Gは、Amazonや家電量販店のECサイトなど、オンラインの販路に特化しているのが特徴。スペックはいわゆるミドルレンジモデルで、120Hzの滑らかな表示が可能なディスプレイや比較的処理能力の高いSnapdragon 750G、5,000万画素のカメラを搭載している。価格は約4万円だ。

サムスン、国内で同社初のSIMフリースマホ「Galaxy M23 5G」

いわゆる”SIMフリースマホ”の現状

“SIMフリースマホ”と引用符つきで表記したのは、現在、日本で発売されているスマホのほとんどにSIMロックがかかっていないからだ。'21年10月のガイドライン改正に合わせ、大手キャリアもスマホにSIMロックをかけずに発売しているため、SIMロックの有無で販路の違いを表すのが難しくなった。海外では、メーカーが自由に販売することから、「オープンマーケット版」などと呼ばれることも多い。

サムスン自身は「SIMフリーモデル」と呼んでいるが、いわゆるオープンマーケット版という位置づけになる

Galaxy M23 5Gも、このオープンマーケット版に相当する。これまでサムスン電子は、コラボ製品などの特殊なモデルを除き、原則として端末はいったんキャリアに納入してきた。初代Galaxy Sは2010年10月のため、Androidスマホを投入し始めてから実に11年半の間、キャリアでの販売に特化していたことになる。サムスン電子がこのような販売戦略を取っている背景は、非常にシンプル。キャリアに納入するのが、販売数を拡大するうえでもっとも近道だからだ。

実際、オープンマーケット版の販売数は、話題性の高さに十分伴っているとは言いがたい。調査会社MM総研の2月に発表した2021年の国内携帯電話端末出荷台数は、スマートフォンだけで3,374.4万台にものぼり、過去最高を記録した。一方で、内訳を見ると、キャリア向けが3,135.9万台なのに対し、オープンマーケット版はわずか238.5万台にすぎない。出荷台数はキャリア版の1/10以下でしかなく、残り9割以上の市場に食い込めているサムスン電子が手を出すモチベーションが低かった。

MM総研が2月9日に発表した2021年の携帯電話出荷台数。スマホは、全3374.4万台だが、オープンマーケットは238.5万台にとどまる

例えば、オープンマーケットにキャリアと同じフラッグシップモデルを投入すれば、端末としては競合する形になる。Galaxyのパイが一定だとすると、キャリアからの調達台数が減ってしまう事態につながりかねない。キャリアへの納入で成功を収めているメーカーにとって、むやみにオープンマーケットに端末を投入するのは、リスクが高いと言えるだろう。

日本でのオープンマーケットの歴史を見ても、それはうなずける。この市場の先例になったのは、台湾のASUSや中国のファーウェイだが、2社とも、どちらかと言えばスマホに関しては後発。キャリア市場に十分食い込めていなかった。一方で、ASUSが初代の「ZenFone 5」を発売した2014年ごろには、MVNOが台頭し、そのSIMカードで利用するための端末を単体で購入するニーズが徐々に高まり始めていた。市場としては小さいが、競合も少なく、参入の余地があったということだ。

2014年11月に発売されたASUSのZenFone 5を皮切りに、オープンマーケットの端末はそのバリエーションを徐々に拡大していった

ファーウェイのように、オープンマーケットで一定の実績を作り、ユーザーのニーズを証明したあと、キャリアへの納入を本格化させていったメーカーも存在する。キャリアとの交渉は時間がかかるうえに、要求される仕様もオープンマーケットに比べると厳しい。そのため、まずはユーザーの支持を得るためにオープンマーケットを利用した格好だ。同様の手法は、その後に日本に参入したOPPOやXiaomi(シャオミ)も踏襲している。

ファーウェイは通信機器ベンダーとしてキャリアとの関係は深かったが、スマホはまずオープンマーケットに注力。実績を積み重ねたのちに、ドコモにフラッグシップモデルの「P20 Pro」が採用された

ソニーやシャープなどの日本メーカーはこの例に当てはまらないが、2社も販売台数を稼いでいるのは、どちらかと言えばキャリア版。シャープのAQUOS senseシリーズのように、幅広い販路でMVNOでの採用も多い端末であれば販売台数の上乗せには寄与するものの、メーカーのブランディングという色合いも濃い。キャリアの戦略に左右されずに自身で販売することで、シリーズ全体の認知度やイメージの向上を狙っていると言えるだろう。

その意味で、日本のオープンマーケットは、オープンマーケットが販売の主戦場になっている欧州やアジアの一部と比べると、やや特殊な位置づけと言える。歴史的に、携帯電話はキャリアが仕様を決め、キャリアモデルとして販売してきた名残と言えるかもしれない。

サムスンが見極めた“市場の変化”

では、なぜサムスン電子はこのタイミングでGalaxy M23 5Gの販売に踏み切ったのか。

答えは、市場の変化にある。先に挙げたように、販売台数ベースではまだまだ少ないオープンマーケットのスマホだが、今後、徐々に増えていく可能性もある。ahamo、povo2.0、LINEMOといったオンライン専用料金プラン/ブランドが増えているからだ。端末を単体で購入する習慣が定着すれば、オープンマーケットに販路がないことがマイナスになる。

オンライン専用プラン/ブランドが増え、キャリアショップでスマホを買う習慣が変わりつつある

キャリアモデル、特にハイエンドモデルの市場が縮小していることも関係しているという。サムスン電子ジャパンのCMO、小林謙一氏は「事業者(キャリア)のマーケットはステイ(現状維持)か、フラッグシップモデルはダウンしている」と語る。販売台数自体は大きく変わっていないが、メーカーにとってはラインナップの構成比も重要だ。相対的に価格の安いミドルレンジモデルが増え、販売数が変わらないとなれば、売上は低下してしまう。市場の変化で新規市場を開拓する必要があったというわけだ。

グローバルのラインナップに、キャリアモデルと重複しないGalaxy Mシリーズができたのも、オープンマーケット参入の決め手になった格好だ。サムスンには、フォルダブルスマホのGalaxy ZシリーズやフラッグシップモデルのGalaxy Sシリーズ、エントリーからミドルレンジモデルをカバーするGalaxy Aシリーズがあるが、いずれもキャリアモデルとして販売されている。

フラッグシップモデルは、キャリアと競合してしまうこともあり、サムスンにとって投入しづらい。写真はドコモ、KDDIから発売される「Galaxy S22 Ultra」

これに対し、Galaxy Mシリーズは、「グローバルでAmazonとニーズを確認しながら開発されているモデル」(小林氏)。日本でもオンライン専用モデルと位置付けられており、企画当初からキャリアモデルとは異なる販路が想定されていた。他メーカーにもオンラインに特化したブランドはあり、ファーウェイから独立したhonorはその代表例。流通コストを削減することで、コストパフォーマンスを発揮できるのが、こうしたモデルの魅力だ。

Galaxy Mシリーズが継続的に販売されるかどうかは「やってみないと分からないのが本当のことろ」(小林氏)というが、現在の市場動向を踏まえると、今後も端末が投入される可能性は高い。

総務省の政策次第の側面はあるが、SIMロックが原則禁止になり、端末と通信料金の分離が徹底された結果、オープンマーケットの役割が徐々に大きくなっていることがうかがえる。

石野 純也

慶應義塾大学卒業後、新卒で出版社の宝島社に入社。独立後はケータイジャーナリスト/ライターとして幅広い媒体で執筆、コメントなどを行なう。 ケータイ業界が主な取材テーマ。 Twitter:@june_ya