こどもとIT - 教員のICT活用

1人1台とデジタル教科書で、学びが困難な子が救われる

――「東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナーVOL.3」レポート①

GIGAスクール構想の1人1台を心待ちにしていた学校がある。インクルーシブ教育を長年研究・実践し、2018年からはICTを組み合わせて取り組み加速させている東京学芸大学付属小金井小学校(以下、学芸大附属小金井小)だ。

1人1台のタブレット環境が、学びに困難を抱えている子にとっても、そうでない子にとっても「自分にあった学び方を選ぼう」という気持ちになるために必須である、と考える同校。「個別最適化された学びを子ども自身が獲得する」ことを目指した1年間の取り組みを発表する「ICTに学びを救われる子はあなたのそばにいる 東京学芸大学附属小金井小学校 ICT×インクルーシブ教育セミナーVOL.3」が、2020年11月7日に開催された。

ICT×インクルーシブ教育セミナーVOL.3の講師・登壇者

3回目となる今回、コロナ禍のため授業の公開ができず、オンラインでのセミナーとなったが、登壇者は同校に集まり、対談を含む多くの発表がライブ感のある環境で行われた。本記事ではセミナーの前半、同校教諭によるICT×インクルーシブ教育の実践発表を中心にレポートする。後編の、ゲスト講演と対談の様子と合わせて是非ご覧いただきたい。

子どもが学びの手段を選べる、国語科の授業提案

同校情報部長でもある鈴木秀樹教諭は5年生の担任。国語の「想像力のスイッチを入れよう」(下村健一)の単元で授業提案を行った。鈴木教諭は、国語が苦手な児童に多い傾向として、「読む、書く、話す、聞く」のそれぞれについての苦手感や困難さについて以下の通り分析する。

・読む
 教科書の文字を追うことができない。
 読んでも内容を理解することができない。

・書く
 書くのが遅い。文字が汚い・間違える。
 何を書けば良いのかがわからない。

・話す
 前に立って発表するのが苦手。
 話し合いで意見を言うことができない。

・聞く
 集中して話を聞くことができない。
 聞いただけでは理解できない。

学芸大附属小金井小 鈴木秀樹教諭

これらの困難さは、1人1台の端末導入や学習者用デジタル教科書の導入などのICT活用によりサポートできる。たとえば、まず教室で本文を読むとき、児童は、紙の教科書、デジタル教科書のどちらを使ってもよいし、デジタル教科書の録音音声で再生しても構わない。実際教室内では、周りに気にすることなくそれぞれ自分の好きな手段で「読む」様子が見られた。

紙、デジタル、デジタル+音声など好きな方法で読んでいる様子

本文の内容を整理する段階でも、デジタル教科書は力を発揮する。文章を読んで内容を理解するためには、本文に線を引いたりメモをとったりするときにもデジタル教科書は便利だ。手軽にマーカーやペンの機能で書き込みができ、書き直したり表示のオン/オフも手軽。紙に比べて「いくらでも思考錯誤ができる」と鈴木教諭は操作性を紹介した。

デジタル教科書には段落番号がふられ、マーカー、ペン書き、メモなどが手軽に行える。画面は「学習者用デジタル教科書+教材 国語5年」(光村図書)より

「想像力のスイッチとは何か?」を教科書の中の言葉を使いながらまとめるシーンでは、デジタル教科書の「マイ黒板」機能を使った。本文の引用や手書き描画、キーボード入力でのメモなどが行える。手書きで引用する必要がないので、内容を考えることにすぐに時間を使える。まとめ方は児童によってさまざまで、自分の思考を整理する道具として使っている様子が見える。

「ここでは書くことが目的ではなく考えることが目的だったので、書く労力を減らして考えることに集中して欲しいと思い、マイ黒板機能をつかいました」と鈴木教諭は説明する。児童の様子は、教師の指示や板書通りにノートを書き写す行為とは全く違うし、手書きでは、このスピードでは情報の整理はできないだろう。

マイ黒板機能で考えを整理しているところ。児童によってアプローチは全く違い、自由に情報整理を行っている

グループごとに画面を見せながら発表しあって情報共有をしたり、マイ黒板のスクリーンショットをグループワークツールのMicrosoft Teamsで共有するなどして、児童同士が互いにヒントを得られる工夫も行っている。「話す」「聞く」必然性を上げ、心理的抵抗感を減らすことにもつなげる考えだ。

鈴木教諭がこのような授業スタイルについて研究会で発表をすると、必ず「手書きでやらなくていいんですか?」と聞かれるという。「手書きかデジタルかというこではなく、この授業で大切にしているポイントは『想像力のスイッチ』とは何かを考えることです。それを実現する手段を個に応じて用意することがICT×インクルーシブ教育で一番重要なことなのではないかと考えています」と教諭は結んだ。

子どもの選択を保証するために必要なこと

続いて放送大学の中川一史教授が発表を振り返り、この授業が児童にとって3つの保証をしていると整理した。それは「いろいろな選択肢の保証」「内容理解への保証」「考えぬく力への保証」だ。

放送大学 中川一史教授

これらを保証した上で、子ども自身が自分で自分の選び方を選び取れることが重要だと両氏は対談で示す。鈴木教諭は「個別最適化という言葉がありますが、最適化するのは周りではなくて、子どもが自分にあっている手段をつかみ取っていかないと意味がないと思います」と語った。

中川教授は「『自分で選ぶ』というのは言うは易しですが、これまでずっと『今はこれでやりなさい』言われて過ごしてきた子ども達は、『選んでいいのかな』と思ってしまいがちで殻をやぶらせるのは難しいことではないでしょうか」と投げかける。

それを受け、鈴木教諭は「子どもが自由に使える状態にしておくと、いろいろな機能を見つけて動画を作り始めるような子どももいます。子ども達にゆだね、新しいことを発見するのを信じて、トラブルが起きたら一緒に解決していこうというくらいのつもりで制限をゆるくしてたくさん使わせてあげるのがいいのではないかと思っています」と話した。

ICTを自由に使える環境があって「使い倒す」ことができてこそ、自分で学びたいこと、伝えたいことも見つかるし、その積み重ねが「自分で選ぶ」力につながるというわけだ。使い倒す過程でトラブルが起きたときこそチャンスで教育の出番であり、トラブルを避けて機器の使用制限を強くかけることについては両氏とも否定的だ。

使い倒すことのひとつとしてデジタル教科書の使用には期待が寄せられる。中川氏による解説で、学習者用デジタル教科書の変遷や位置づけ、今後の課題が整理される機会ともなった。

GIGAスクール構想等により環境と制度は整いつつあるが、活用とスキルは今後の大きな課題だ

同校ICT活用の3つの実践報告

絵や音声の活用で音読の世界を広げる、国語科の授業実践

同校の2年生担任の大村幸子教諭は、同じく国語科の実践報告を行った。

学芸大附属小金井小 大村幸子教諭

国語では音読に困り感を感じる児童が多く、その理由は恥ずかしさ、達成感のなさ、場面をイメージしづらいことなどがあげられる。そこで、「スイミー」(レオ・レオニ)の単元でタブレットの動画作成アプリを使って音読ムービーを作ることに取り組んだ。

「スイミー」の単元で行った音読ムービー作りの授業計画

6月後半からの分散登校中の活動で、低学年ということもあり、作成とTeamsへの投稿などは、家庭学習も利用して保護者の協力を得ながら行われた。音読ムービー作りは、自分で紙に描いた挿絵をタブレットのカメラで撮影し、音読を録音する。ひとりでタブレットに向かって録音するので世界に入りやすく、再生して自分の声を聞くことができるため、音読の工夫をする姿や「うまくいった!」という達成感を持てている様子が見られたという。

児童の作品の一部

もうひとつ児童の苦手意識が強い漢字についてもTeamsを使用して言葉に興味を持てる活動を工夫した。大村教諭は、画像や音声の活用により、児童の読み書きの負担を減らしながらも理解や興味が深まる可能性を見いだしているということだ。

生き物の観察にICTの利点をフル活用した、理科の授業実践

3年生担任の小林靖隆教諭は、理科の実践を発表。Teamsのビデオ会議機能を活用して、週末に家庭から遠隔でモンシロチョウやカブトムシの羽化する様子を観察した。

学芸大附属小金井小 小林靖隆教諭

子ども達は家庭から保護者の協力でTeamsにログインして、教室に設置されたパソコンのカメラ経由で飼育ケースを観察。リアルタイムで羽化の様子を観察できた児童も多くいた。

教室のパソコンのカメラで飼育ケースを写し、Teamsのビデオ会議を開いたままにした

また、教室で各自が飼育しているカイコの様子を観察するために、MindMeisterというマインドマップ作成ツールをTeamsと連携させて使用。単語や短文で、事実と解釈に分けて記録をつけることにより、観察の記録が文章力に左右されがちな側面を解消した。マインドマップはTeamsで共有し、他の班の意見を参照する学び合いが生まれたという。また、生き物のように動くものの観察には、写真や動画で記録すると細部をていねいに確認できて効果的だった。

MindMeisterでつけた観察記録をTeamsで共有

学校現場の実践を支えるICT支援員の立場から

ICT支援員の西尾智賀子氏は、同校に訪問して教員のサポートを行っている。同校では、インクルーシブの視点でさまざまな機器の活用が行われていて、その設定や使用サポートを行っていることを紹介した。

学芸大附属小金井小 ICT支援員 西尾智賀子氏

例えば、簡単なプログラミングで動くコミュニケーションロボットで児童の発表をサポートしたり、AIスピーカーとWebカメラで保健室から教室の授業を受けらるようにしたり、交流や意見共有を円滑にするフロアプロジェクションやデジタルテーブルの活用を行ったりしている。

同校で導入しているさまざまな情報機器の設定や接続などの支援を行うのも業務のひとつ

西尾氏は多様な機器の技術面での使用サポートを行ってきた経験から、今後のICT支援員のスキルとして、ネットワーク、セキュリティへの知識や機器を提供する企業との連携などが益々必要とされることを示すと同時に、支援員の訪問日数も限りがある中で、現場のニーズに答える方策を課題としてあげた。

どの子にも同じ「内容」ではなく、同じ「到達点」を保証する

3つの発表を受けて、昨年度からパナソニック教育財団の特別研究指定校である同校の実践をアドバイザーの立場で見守ってきた帝京大学大学院 田村順一教授が講評を行なった。まず田村教授は、日本の伝統的な教育観とインクルーシブ教育の考え方を整理した。

帝京大学大学院 田村順一教授

“同質の集団に同じ教育を保証する”という既存の教育感からの転換がインクルーシブ教育には必要であり、「どの子にも同じ『内容』を保証するというのではなく、同じ『到達点』を保証するべき」という指摘は、今多くの学校の教室が潜在的に抱える課題を明快に示している。

田村教授による、伝統的な教育観とインクルーシブ教育の考え方の違い

田村教授は、一般に「個々の違いを学力の階層と誤認しやすく、ヒエラルキーを作ってしまいがち」だと指摘する。「『誰もが大切な自分を持っていて尊重されるべきである』ということを、理屈ではなく、感覚的に理解させるということを目指しているのがこの学校のインクルーシブ教育なのだと思います。ICTはそのための有力なツールです」と、同校の一連の取り組みを評価した。

後編では、子ども時代に学びの困難さを理解されず、学ぶ機会を奪われ続けた成人当事者が、ICTで学びを取り戻した事例と、困難さを見逃さないために必要な教師のマインドセットについて。ゲストの講演とパネルディスカッションの内容から、紐解いていきたい。

狩野さやか

株式会社Studio947のデザイナー・ライター。ウェブサイトやアプリのデザイン・制作、技術書籍の執筆に携わる。自社で「知りたい!プログラミングツール図鑑」「ICT toolbox」を運営し、子ども向けプログラミングやICT教育について情報発信している。