こどもとIT

1人1台時代の良い使い手を育む「デジタル・シティズンシップ教育」とは

――戸田市教育委員会 戸ヶ﨑勤教育長・合同会社未来教育デザイン 平井聡一郎氏 対談レポート

小中学生が1人1台の端末を利用するようになった今、情報モラルの育成は喫緊の課題だ。デジタル社会の中で、子どもたちが正しい判断力を持ち、未来に必要な力を育むためには、どのような教育に取り組めばいいか。

GIGAスクール以前から先進的なICT活用を実践してきた埼玉県戸田市の事例を紹介しよう。同市は、ICTのより良い使い手の育成をめざす「デジタル・シティズンシップ教育」に2018年から取り組んでいる。

本稿では同市教育委員会 教育長の戸ヶ﨑 勤氏と、同市の「21世紀型スキル育成アドバイザー」を務める合同会社未来教育デザインの平井聡一郎氏に、デジタル・シティズンシップ教育や端末の持ち帰りについて語ってもらった。

戸ヶ﨑勤氏。中学校教諭、小中学校長、戸田市及び埼玉県教育委員会 指導主事等を経て、2015年4月1日より戸田市教育委員会教育長に就任。自治体と産官学の連携にいち早く取り組み、教育改革を推進。文部科学省 全国的な学力調査に関する専門家会議、教育データの利活用に関する有識者会議など、多数の委員を務める
平井聡一郎氏。株式会社情報通信総合研究所、ICTリサーチコンサルティング部特別研究員、合同会社未来教育デザイン 代表社員、茨城大学教育学部非常勤講師。文部科学省ICT活用教育アドバイザーや総務省地域情報化アドバイザーなど、多くの自治体や学校の環境構築サポート、職員研修に取り組んでいる

市を挙げてファーストペンギンとなり、約70の企業と学校が連携した取り組みを実施

戸田市の教育改革は、戸ヶ﨑 勤氏が教育長として着任した2016年からスタートする。同市は、先進的で質の高い教育を提供するためには、ICTや1人1台環境は必須であると考え、産官学民と広く連携。学校を実証の場として外部に提供することで、新しい教育に取り組む“ファーストペンギン”の立場を重視した。

戸田市の教育改革、全容をまとめたもの

その結果、戸田市にはICTを用いた先進的な学びの実践が集結。これまでに連携した企業は、実に70社を超え、個別化・デジタル化による学力向上、PBL(課題解決型学習)、STEAM教育といった多様な学びを充実させている。こうした一連の教育改革は「戸田市SEEPプロジェクト」(※)と呼ばれ、正解主義、自前主義、予定調和といった、これまで学校が受け継いできた“当たり前”からの脱却をめざしている。

※Subject、Evidence-based Policy Making、EdTech、PBLの頭文字を取った呼称で、第4次戸田市教育振興計画の理念を具体化したもの

戸田市が取り組む教育改革の肝となるのは、産官学民との連携による「SEEPプロジェクト」。連携する企業は70社以上にもなる
戸田市教育委員会 教育長 戸ヶ﨑 勤氏

戸ヶ﨑氏は、「今の社会は、自分の記憶や思考だけで正解を追い求めるのではなく、さまざまな知識にアクセスしながら、他人と協力し合って課題に取り組むことが求められています。学校も、そうした時代や社会を意識し、ICTを活用して学びを変えていく必要があります」と教育改革に懸ける想いを語る。

とはいえ、学校現場でICT活用を進めるのはむずかしい。そのため戸ヶ﨑氏は、「Just do it(とにかくやってみる)」、「Practice Makes Perfect(習うより慣れろ)」といったメッセージを掲げ、現場の挑戦を後押し。ICTを教具から文具へ転換する方向をめざした。一方で、ただICTを使うのではなく、本当に学びに効果があるのか、エビデンスベースで効果検証を行なうEBPM(証拠に基づく政策立案)も推進。ICT活用の効果や、質の向上にもこだわった。

GIGAスクールが始まってからは、学校の当たり前を徐々に廃止する取り組みにも着手。パソコン教室やホワイトボードを廃止し、プリント学習もなくしつつあるという。

「子どもたちにとってタブレット端末は、仲間同士で共に考えたり、作ったりするツールで、動画によるプレゼンやアプリ制作、ホームページの発信などアウトプットも多様化してきました。コロナ禍においては遠隔授業やクラウドを活用した学習もどんどん進み、学び方も変わっています。今まで受け入れていた学校の当たり前を見直す時期にきています」と戸ヶ﨑氏は語る。

タブレット端末の活用がどんどん進む戸田市。アウトプットが多様化し、子どもたちが協働で学ぶツールになっている

こうした戸田市の取り組みについて、同市の「21世紀型スキル育成アドバイザー」を務める合同会社未来教育デザインの平井聡一郎氏は、戸田市の取り組みが上手く進められているのは明確なビジョンがあったからだと評価する。

合同会社未来教育デザインの平井聡一郎氏は、戸田市の21世紀型スキル育成アドバイザーも務める

「戸田市はSEEPプロジェクトを掲げ、目指すべきビジョンを明確にしたからこそ、改革を積み重ねられたと思います。自治体の力だけでなく外部の力を上手く巻き込めたのも、このビジョンがあったからだと言えるでしょう」と平井氏は分析した。

GIGAスクール端末の持ち帰りで、シームレスな学びを実現する

戸田市では、端末の持ち帰りについても積極的に取り組んでいる。全国を見渡せば、端末の持ち帰りに否定的な自治体も多いが、多様な学びを実現していくうえで、持ち帰りが可能な環境を築くことは重要である。戸田市ではどのように進めているのだろうか。

同市が持ち帰りを実施したのは、コロナ禍の休校がきっかけだ。家庭にある端末や、学校の端末を活用して、児童生徒とつながりを作り、新しい学びにチャレンジできないか、そんな想いでスタートしたという。幸い、コロナ前に準備を進めていた児童生徒全員分のGoogleアカウントも配布することができ、各家庭からGoogleドライブやGoogleクラスルームにアクセスできる環境も整った。

日頃からICTを活用していたこともあり、休校中は、各学校でオンライン授業も開始。もちろんWi-Fi環境のない家庭には個別対応しつつ、学級懇談会や学校行事などもオンライン対応した。その結果、職場からリモートで参加する保護者が増えたり、各家庭のWi-Fi環境への対応も進んだという。

こうした取り組みを経て、GIGAスクール端末の持ち帰りも実施。運用開始にあたっては、教育委員会で「端末の持ち帰り運用のための方針」をまとめ、「端末運用資料」や「保護者向け資料のひな形」など14種類の資料を各学校に提供した。

教育委員会が「端末の持ち帰り運用のための方針」を用意し学校をサポート
端末持ち帰りによるシームレスな学びの実現に向けて、教育委員会であげた検討事項

また保護者とのコンセンサスも重要であるため、学級懇談会を通して資料をもとに持ち帰りについても説明。「大切なことは、学校が決めたルールを押しつけるのではなく、児童生徒と保護者と共にルールを作っていくこと。戸田市が重要視するデジタル・シティズンシップ教育の根底にあるものです」と戸ヶ﨑氏は語った。

戸田市版のGIGAスクール構想について詳しく解説したリーフレットも用意し、保護者への理解にも努めた

一方で平井氏は持ち帰りについて、「コロナ禍の休校時の持ち帰りと、GIGAスクール後の持ち帰りはめざすものが違う」と指摘する。休校時はあくまでも“オンライン上のつながりが重要であったのに対し、GIGAスクールが始まった今は、学校と家庭の学びがリンクすることが大事だと話す。

「プレゼンの作成やプログラミングなど、授業では作業時間が足りず、端末を使って家で続きをやりたい子、学校でやったことをもう一度じっくり見直したい子、次の日の授業に備えて、オンデマンド教材を家庭で見たい子など、学校の続きや授業の準備を家庭でやりたい子もいます。そうした環境を提供するためには、端末の持ち帰りが必要となります。つまり、家庭と学校の学びがシームレスにつながる学習環境が今後は求められるでしょう」(平井氏)

とはいえ、端末の持ち帰りを実施しない自治体は多いと平井氏は指摘する。GIGAスクールが始まった以上は、端末を使っていくことが大事であり、「学校や授業内の利用にとらわれず、『まず、使う』『とにかく使う』『いつでも使う』『どこでも使う』『自由に使う』といった利用範囲を広げていく使い方が大切。どんどん使っていってほしい」と強調する。

平井氏といえば「つべこべ言わずにやってみろ」の合い言葉が教育関係者の間では有名だが、最近は「まず、使う とにかく使う いつでも使う どこでも使う 自由に使う」を掲げているという

ただ、端末の使う頻度や範囲が広がるにつれ、児童生徒が不適切な使い方をし、何かトラブルが起きてしまうのではないかと不安になる教育者は多い。

この点について平井氏は「これからデジタル社会で生きる子どもたちは、端末を活用しながら、自分で考えて、自分で判断して、行動できることが求められます。ただし、自分で判断することはとてもむずかしく、何を根拠に判断するのか、そこを学んでいく必要があります。それがこれまでの情報モラル教育とデジタル・シティズンシップ教育との違いです」と語った。

厳しく制限するより、「デジタル・シティズンシップ」を学ぶことが効果的

「デジタル・シティズンシップ教育」とは聞きなれない言葉であるが、どのようなものなのか。

簡単に言うと、ICTの「べからず」を子どもたちに教えるのではなく、子ども自身がICTのよき使い手になるよう、自分で考えて使える力を育む教育のことを指す。世界に目を向けても、デジタル・シティズンシップ教育は広がりを見せており、重要度は増している。

戸ヶ﨑氏は、デジタル・シティズンシップ教育を重視する理由について、端末やネットを“使わせない”のではなく、“使いながら、失敗を通して学んでいくことが大事”だと話す。

「子どもたちの将来を考えると、今は学校という、ある程度、セキュリティが守られた環境の中で“安全に失敗させる”ことが大切なのではないでしょうか。持ち帰り端末の活用についても、SNSを通して学校の知らないところでいじめにつながる事案があったり、家庭でYouTubeを禁止したりするよりも、“みんなでこの課題とどう向き合っていくのか”をしっかりと考えて、デジタルのよき使い手となっていくことが大切だと考えています」と戸ヶ﨑氏は述べる。

「DQ World」はブラウザーベースのコンテンツ。サイトでIDとパスワードを入力してログインして開始する

具体的な取り組みとして、戸田市ではデジタル・シティズンシップが学べるオンライン学習プラットフォームに「DQ World」を採用。これは国際シンクタンク「DQ Institute」がグローバルで展開している教材で、日本では株式会社サイバーフェリックスが学校等への提供を行なっている。

戸田市では2019年から戸田第二小学校などでDQ Worldを導入しており、学校からの評価も高いようだ。特に道徳・学級活動・総合の時間に有効活用できると話が広がり、導入希望校が増えているという。

戸田東小学校で「DQ World」に取り組んだ様子

平井氏はDQ Worldのメリットについて、「プライバシーの扱い」「デジタル共感力」「サイバーセキュリティの扱い」「デジタル市民のアイデンティティ」などデジタル・シティズンシップに関わる8つのスキルが体系化されているうえ、児童生徒はゲーム感覚で楽しみながら学習できるのが良いと話す。

デジタル・シティズンシップ8つのスキル。①プライバシーの扱い、②クリティカルシンキング、③デジタルフットプリントの扱い、④デジタル共感力、⑤サイバーセキュリティの扱い、⑥ネットいじめの扱い、⑦スクリーンタイムの扱い、⑧デジタル市民のアイデンティティ。「デジタルインテリジェンス(DQ)」は、個々人がデジタルライフの課題に向き合い、デジタルライフのニーズに対応するために必要な、技術的・精神的・社会的スキルの総称

「デジタル・シティズンシップについては、知識の部分がここまで整理されているものは今までありませんでした。これまでの情報モラル教育といえば規範意識に頼っていましたが、それに対してDQ Worldは情報を基に個人で判断する力を求めているところが良いですね。しかも、ここまで体系化されていると、日本の先生方も理解しやすい。またゲーミフィケーションで自然に身につけられる仕組みで、学習結果も数値で可視化されるので、先生も児童生徒の理解度を把握できるようになっています」(平井氏)

各ステージにはボス戦も設けられている。ステージごとに用意されたアニメーションで知識を習得していく

戸ヶ﨑氏は、「DQ Worldは何をやったら良いのか、カリキュラムに落とし込まれており、可視化されている点が良いと思います」とメリットを語る。取り組んだ成果が可視化・定量化できるのが非常に分かりやすく、エピソードベースではなく、データにもとづいて改善点を考えられるのがよいようだ。戸田市が取り組む教育改革においても、EBPMを推進しており、DQ Worldは戸田市がめざす教育とも親和性が高い教材だといえる。

DQに必要な8つのスキルの詳細がまとめられたDQ Worldのカリキュラム

また戸ヶ﨑氏は、「今までの情報モラル教育のコンテンツは、“悪いことが起きたのはなぜか”、“悪いことが起きたらどうすればいいか”といった対処療法的なものが多かったのですが、DQ Worldはその前段階の判断を求められるのがいいですね。建設的な考え方に基づいていると思います」と語る。

一例として、YouTubeを挙げてみよう。今までの情報モラル教育では、YouTubeに潜む危険やリスクを学ぶことが多かったが、DQ Worldでは、YouTubeを使って情報発信し、自分の成果をアピールしようという課題について考える。「“ツールを活用した先に何があるのか”まで学べるのがDQ Worldのメリット。デジタルのよき使い手になるために、より良く使っていこうと子どもたちに問うているのが良いと思います」と戸ヶ﨑氏は語る。

これから目指す教育の姿、教育改革の重点は「GIGAスクール構想第2フェーズ」へ

戸ヶ﨑氏はこれからめざす教育の姿について、戸田市が取り組む「GIGAスクール構想第2フェーズ」について語ってくれた。同市では、さらにICT活用を加速させ、質の高い学び方、働き方をめざしていく考えだ。すでに校務・研修のDXでは成果も見られ、「学校の中から紙が消えた」と戸ヶ﨑氏。欠席連絡もクラウド上で申請が完結し、今では朝に1本も電話が鳴らない学校もあるのだとか。

また戸田市では現在、校長会を中心に「学校の当たり前を問い直してみよう」という取り組みを進めているという。その取り組みは本当に必要なのか、学びが深まったのか。学校の当たり前を問い直し、必要のない取り組みは廃止することも検討していく。一方で、時間をかけなくても効果的だったものや、短時間でも参加者が多かったもの、子どもの声を聞いたらより良いものができた、といった取り組みを広げていきたい考えだ。

学習者用デジタル教科書の研究、校務・研修のDX、デジタル・シティズンシップ教育など、今後もさらにICT活用に力をいれる戸田市

平井氏は、これから目指す教育の姿として、「どんなに変化の激しい時代になっても、自分で考えて判断して行動できる子どもたちを育てる、この1点に尽きる」と断言。そのために学校はどうあるべきか。日常でどのような学びが必要なのかを考えることが大切だと指摘した。「自分が考えていることをアウトプットし、それに対してフィードバックをもらう、そんなやりとりができるような力が育つ学校にしていかなくてはならない」と語った。

さらに、「ICTは文房具だという方もいるが、私は“武器”だと思っています。武器だけに、使い方を誤ると危ない時もある。学校はこうした武器がきちんと使えるよう、この時代を生き抜く力を育む場所であってほしい」と語った。

最後に平井氏は、学校や教育委員会に対しては、ひとりよがりにならないよう警鐘を鳴らした。「各地の学校や教育委員会は、戸田市のように取り組みをオープンにし、これからは今まで以上に発信していくことが大切でしょう。地域や保護者を巻き込んで、一緒に教育を考えていくような学校にしていく必要があると思います」と締めくくった。

※株式会社サイバーフェリックスは現在、GIGAスクール端末の持ち帰りを実施、または実施予定の教育委員会および学校を対象に、「DQ World」を無償貸与するキャンペーンを実施中です。ご興味のある教育者の方はこちらにアクセスしてください。

[制作協力:株式会社サイバーフェリックス]

赤池淳子

1973年東京都生まれ。IT系出版社を経て編集者兼フリーライターに。雑誌やWeb媒体での執筆・編集を行なっている。Watchシリーズでは以前、西村敦子のペンネームで執筆。デジタルカメラ、旅行関連、家電、コミュニティや地域作り、子どものプログラミング教育などを追いかけている。